第十一話 城下の番人

「あ、あの……」


 手を差し伸べられ、ニストは少しだけ困惑していた。

 もちろん相手は善意でそう言ってくれたのだろうが、問題はそこではない。


 ニストはどうにか相手を傷つけない言葉を選んでいた。

 するとクリックと名乗った青年は、「ああ」と、あることに気づいた。


「君、メイドさんだったのか。こりゃ失礼した」


 そう言ってぱっと両手を挙げた。


「! どうして、私がメイドだと……?」


 名乗ってもないのになぜ分かったのだろうと問いかけると、クリックは笑った。


「腕についてる赤いリボンで分かったよ。それ、ルベンダが発案したものだろ?」


 言われてニストは自分の左手首についているリボンを見る。

 確かにこれは、ルベンダがメイド全員に渡したものだ。


 このリボンを渡された時はなぜ渡されたのか皆分かっていなかったが、ただルベンダが満足げに微笑んでいたことは覚えている。詳しいことは、クリックから聞けた。これは「目印」なのだという。


 赤はルベンダの髪の色を表し、リボンはメイドを意味する。つまり、この赤いリボンをつけている少女は、「癒しの花園のメイド」であることを示しているのだ。これは城下を始め、国中では広く浸透しているらしい。知らなかったのはメイド達本人くらいだろうか。


「そのリボンによって君達がメイドであるってことはすぐ分かってしまうけど、それは同時に『君達に手を出せばルベンダを怒らせることになる』ってわけだ。ルベンダ自身が強いことはもちろん、騎士団長の娘だから騎士団とすぐ連絡できるからな。それを分かってて君たちに手を出す馬鹿は、この城下にそうそういないだろうし」


 クリックは辺りを見ながら答えた。


「だから一人で買い物に行く時も、危ない目に遭ったことがなかったんですね」


 平和な世と言っても物騒なことがあることに代わりはない。

 いつも恐る恐る買い物をしていたりしたのだが、それを聞いて少し安心した。


「まぁ、城下に限っては俺達も」


 と言葉をつなげようとしたとき、急に上から何かが降ってくる音が聞こえた。


「「え?」」


 互いに上を見れば、長い錆色の髪を持つ女性がクリック目がけて足を向けている。ニストは思わず口を開けてそのまま棒立ちになったが、クリックは焦ったようにその場から少し離れた。その瞬間、ものすごい音と共にその女性がゆっくり立ち上がる。


「クリック!! 一人で行動するなっていつも言ってるでしょ!」

「だ、だからって上から飛び膝蹴りする奴があるか!?」

「言い訳は無用。これからはチームで行動するんだから、いつまでもそんな単独行動は……ってこの子は?」


 女性の目にニストが映ったからか、言葉をいったん止めてこちらを凝視する。ニストは思わずびくっとなったが、ゆっくりとお辞儀をして挨拶をした。


「ニストと言います。迷子になっていたのを、クリックさんに見つけていただいて」

「そうだったの。あたしはアネモネ・リアカ。クリックと一緒に城下の見回りをしているの、よろしくね」

「よろしくお願いします。見回り……一般の方がされているんですか?」


 見回りと言えば、騎士や警備隊が行うのではないだろうか。

 そんなことを思っていると、アネモネはくすっと笑った。


「普通はそうなんだけどね、城下に限ってはあたし達に任せてもらってるのよ。だってここで商売してるあたし達の方が、色々詳しいし」


 見ればアネモネは白いエプロンをしていた。

 しかもそこには大きくロゴマークが入っている。「リアカ精肉店」という文字だ。


「あたしは精肉店の娘なの。ニストちゃん、もしお肉を買うならあたしのとこに寄ってってね。絶品の肉をおすすめするから!」


 ウインク交じりに言われた。


 クリックがぼそっと「ちゃっかり宣伝するなよ……」とツッコミを入れていたが、本人は気にしていない様子だった。ニストは思わず笑顔がこぼれる。さっきまで不安だった気持ちがどこかに飛んだようだ。


「で、迷子? 誰と一緒に来たの?」

「あ、ルベンダさんと」


 全員の名前を出す前に、アネモネは「ああ」と声を上げた。


「あの赤い頭ならすぐに見つかるわね。どこで迷ったの? すぐ案内してあげるわ」

「えと、花姫コンテストの会場近くに……」

「おっけい! あたしに任せて!」


 言い終わらないうちに、身体が浮く。


「!?」


 見ればアネモネにお姫様抱っこされていた。

 クリックはもう諦めたような顔をして、溜息をついている。


「行くわよー!」


 そうしてふわっと宙に浮いたかと思えば、次の瞬間目の前に屋根が見えた。


「え!?」







「ニストさん、大丈夫でしょうか」


 はぐれたことを気にしたスガタが心配そうにしていたが、ルベンダとシャナンはそこまで心配していなかった。なぜなら赤い目印があるし、頼りになる知り合いがこの城下にいるからだ。


 そしてすぐに遠くから、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。


「お」

「ルベンダ~! シャナン~!!」


 皆は一斉に上に視線を向けた。

 笑顔でやってきたのはアネモネだ。


 最も、目の前にいるのではない。どかどかと家々の屋根を走っている。途中、間が空いているところもあるが、それは難なく飛び越えてこちらまで来ている。この祭りで人が大勢いるため、彼らは地面を使わず別の場所を使って移動するのだ。その後に着いて行っているクリックはどこか微妙そうな顔をしているが、容赦ないアネモネの走りに何かしら思っているのだろう。ちなみにアネモネに抱えられているニストは、意識が飛んでいた。


「はい、ニストちゃんを連れてきたわよ」

「ありがとう、アネモネ」

「相変わらずの走りっぷりだな」

「そりゃあ、いつも大きい肉塊を捌いてるんだから。それにしてもニストちゃん、ちょっと細すぎない? もう少し食べさせた方がいいわよ」


 アネモネの力が強すぎることもあるのだが、二人ともそれは言わないでおいた。


「あの、この方達は……って、あ!!」


 スガタが聞こうとした瞬間、クリックの姿を見て声を上げた。

 そしてクリックの方も、「あ」と口を開けている。


「クリック!?」

「スガタ……ってことはもしかして」


 急にきょろきょろと誰かを探し始め、すぐ近くの木の柱でティルズを見つける。どうやらいつの間にか隠れていたようだ。クリックはにやっと笑いながら声をかけた。


「久しぶりだな、親友・・


 すると言われた側は心底嫌そうな顔をする。


「誰が親友だ。自称・・だろ」


 強調されて言われ、クリックは少しだけ面白くなさそうな顔になった。その様子を見て、スガタは苦笑している。ルベンダ達はきょとんとした。どうやらこの三人は知り合いの様だ。


「あ、そろそろ店に戻らなきゃ。じゃあ皆、またね!」


 用事が終わったからか、アネモネはさっさと行ってしまう。

 相変わらずの俊敏さだ。


 この状況をすぐに理解するのは難しいので、シャナンは素直に聞いた。


「スガタ様達は、クリックとお知り合いなのですか?」

「知り合いも何も、クリックは元々騎士学校に通っていたんです。同じクラスでした」

「え、そうだったのか!?」


 そんなことは初耳だ。


 クリックは城下で営む商人であり、この城下の平和を守る「城下の番人」という役割も担っている。元々は一人で行っていたらしいが、今ではアネモネを含む複数の城下のメンバーで治安を守っているらしい。ルベンダとはよく城下で会うため仲が良く、シャナンとは情報交換をするため顔を良く会わせている。元々商人として育ったのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。


 スガタの紹介に、クリックは咳払いをした。


「プライベートなことは、わざわざ自分から口にする必要はないと思ったんだ」

「そう言いながらミステリアスな部分を出してかっこつけてただけだろう」

「っ、ティルズ! お前勝手なことを言うなっ!」


 否定しながらも若干顔が赤い。

 もしや図星だろうか。


「じゃあなんで騎士にならなかったんだ?」

「……元々親父が商人で、店の経営があんまり良くなかったんだ。後を継ぐように言われたから、そっちの道に行ったのさ」

「それで卒業できなかったんだよな」

「俺は卒業できなかったんじゃない、しなかっただけだ」

「ふ」


 ティルズは本気で馬鹿にしたように鼻で笑った。

 クリックが思わず胸倉を掴みそうになるが、スガタが慌てて止めに入る。


 大体の事情は察したので、ルベンダとシャナンは納得した。

 だがルベンダは、もう一つ気になることがあった。


「そいや親友なんて言ってるけど、どこか親友なんだ? 仲悪そうに見えるけど」

「ばっさり言いますね。否定しませんが」


 そんなことを言うティルズの発言は常にばっさりな気がするが。


 するとクリックは眉を寄せながらこう言った。


「なんだかんだ言いながら、こいつのことが分かるからだよ。騎士学校時代からけっこう周りに色々言われてたからな。俺が庇ったりしてた」

「クリックは人望が厚いので、周りから頼られてました。ティルズを皆の輪に入れるのも上手かったですよ」

「ただの自己満足だろ」


 スガタがフォローしているというのに、ティルズは相変わらずだ。


「お前人の恩をなんだと……!」

「お前に売った恩はない」


 ぎゃあぎゃあと言い合いが始まってしまう。

 冷たい男だ、とルベンダが思っていると、スガタがこっそりと耳打ちした。


「口ではああ言ってますが、ティルズもクリックには気を許してます。お互いにはっきり言い合えるのは、それだけ仲が良い証拠です」

「喧嘩するほど仲が良い、ということですね」


 シャナンは微笑みながら頷いた。


 そしてそう言いながら、きっとスガタが見守る位置にいたのだろうなと予想した。優しいスガタのことだ。学生時代からフォローしていたのだろう。今も気苦労が絶えないように見えるが。


「で、俺のことはいいとして、なんで皆こんなに揃ってるんだ?」

「ああ、花便り祭に来たんだ」

「このメンバーで? 珍しいな。で、どこ回ったんだ?」

「まだそんなに……」

「そうなのか!? じゃあ俺がおすすめの場所を案内するよ。こう人が多いと進みにくいだろ」


 城下に詳しいクリックが案内してくれるとなると、スムーズに回れそうだ。と、少し休んでいたニストも意識を取り戻した。アネモネに直接お礼が言えなかったことを少し残念そうにしていたが、また会った時に言えばいい、とクリックがアドバイスしたので、ようやく笑顔を見せた。

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