第十話 いざ街へ行く
「…………このメンバーで出かけるのは初めてだな」
「ついこの間知り合ったばかりですから、それはそうでしょう」
隣にいる騎士に言えば、素っ気なく返されてしまった。
今ルベンダ達がいるのは城下。
「花便り祭」という春が訪れることを祝うお祭りの真っ最中である。このお祭りは大体三日ほど続くもので、その間国中は花だらけになる。そしてどのお店も「花」をモチーフとしているものをたくさん売っている。どこからかともなく空から花びらが降ってきたり、まさに花尽くしである。
「あ、あそこは城下で有名な色んな花の蜜が売ってるお店です。この時期にしか売ってないものもあるらしくて、女性には人気ですね」
「あんなところに売ってたんですね。花便り祭に行きたいとは思ってたんですけど、人混みがすごいから避けてたんです。改めてお誘い、ありがとうございます」
「いえいえ、人数が多い方が楽しいと思ったので。来てくれてありがとうございます、シャナン殿、ニスト殿、ルベンダ殿」
スガタが律儀に少し距離のあるルベンダに対しても頭を下げてくれる。
それに対しシャナンとニストも謙虚にお礼を述べていた。
事の発端は数日前。
スガタがメイド三人によかったら花便り祭に行かないか、と誘ってくれたのである。スガタからすればまだこの三人なら顔が分かっていたこと、そして一番の理由がティルズにも大勢で遊ぶ楽しさを知ってほしいから、というものだった。メイド三人は了承し、今日は休みを取った、というわけだ。
ティルズはため息をついた。
「俺のためにわざわざ他の方にも声をかけるとは。迷惑をかけてすみませんでした」
「え、い、いや。私達も興味はあったんだ。だからスガタ様には感謝してる」
メイドの仕事はお祭り行事があってもあるものである。
滅多にこのような行事に参加したことがなかったため、シャナンもニストも嬉しそうだった。それに健気なスガタの応援をしたかった。まさかティルズの講義後の感想が「幸せを感じたことがない」とは思わなかったが、ルベンダももう少しティルズのことを知りたくなったのだ。なんせ過去の稽古くらいしか接点はなかったので、知り合いとはいえそこまでの仲ではない。
「そういえば、足の方は大丈夫ですか」
「ああ。もうだいぶ良くなってる。でもジオさんは過保護だからな。まだ力仕事はするなと言われてる」
怪我の心配をしてくれたようで、少し驚きながらそう答える。
「では踊りも?」
「あー、来週は行くつもりだ。あまりお客さんに迷惑はかけたくないからな」
捻挫をした足は鈍い熱を持ち、そしてなかなか治らなかった。
踊りは足を使ってするものもあるため、苦い顔をしながら踊るよりも、完全に治した方がお客さんのためになる。マスターは快く承諾をしてくれ、今週は休みにしてもらったのだ。
「そうですか。では来週から、護衛をさせていただきますね」
「は?」
「前に言ったことをもうお忘れですか」
「だ――! もちろん覚えてるわっ! でも私は承諾してないぞ!」
すると再度ため息をつかれた。
「怪我をしてしまったくせによく言いますね。しかも団長からの命令です。ルベンダ殿の怪我のことを報告したとき、嘆き悲しんでいましたよ」
「……う」
父親を持ち出されたらかなわない。
しかし命令と言うとは、親馬鹿というか、過保護というか。
「わ、分かったよ。よろしく頼む」
「はい」
どうせ一歩も引かないことは分かっていたので、ルベンダはそう答えた。するとティルズはさも当然のように返事をする。相変わらず相手に負けっぱなしな感覚だったが、それでもルベンダはあの時のお礼を述べようと思っていた。なぜなら結局ティルズがいなかったら帰れなかったかもしれないのである。
「ティルズ。その、あの時は助かった。ありがとう」
「…………素直にお礼を述べてくるとは、明日は槍でも振るんですかね」
「な!!」
「せっかく三日間の花便り祭なんですから、皆さんの気分をそぐわないようにしてくださいね?」
「お前せっかく人がお礼言ったのになんだよその言いぐさは――――!!」
ぎゃあぎゃあ言い始めたのが聞こえたからか、スガタ達は振り返りながら二人を見ていた。ニストはくすくすと笑い、シャナンは呆れた笑いをしている。スガタは表情を変えない同期を見つつ、いつもと違う様子に気づいた。そして満面の笑みで「良かった」と呟いた。それに対しメイドの二人がちらっとスガタを見たが、なんとなく勘付いてそのまま微笑んだ。
それから四人で城下を色々と回ってみた。
メイド達には花のお菓子をお土産で買ったり、一緒に食事をしたり、別の国から来たという踊り子の踊りを見た。ルベンダがやっている踊りとはまた違うタイプで、体の柔らかさを見せるように床に両足を付けたり、逆立ちからくるっと一回転したり、皆が釘づけになっている。ルベンダも見入るようにしていると、シャナンがくすっと笑う。
「飛び入りで参加したい気持ちはわかるけど、今は駄目だからね?」
そう言われて言葉が詰まる。
今まさに飛び出していきたい気持ちだったのである。
だが足の治りが遅くなるのは困るので、ルベンダはシャナンの言う通り頷いておいた。
しばらくしてから花の蜜を扱ったジェラートを皆で食べていると、大広間で何やら人が湧いているのを見かけた。遠くを覗けば、その先にはなんとも美しいドレスを身に纏った女性たちがいる。それを見てスガタは微笑みながら口を開く。
「『花姫コンテスト』ですね」
花姫コンテストとは、「花姫」というこのお祭りの主役を決めるものである。毎年多くの女性が参加し、着飾り、そして頭にイメージの花をつけて互いに美を競い合う。そして「花姫」に選ばれた者は選ばれし「花」になり、城下を回るのだ。花姫の衣装は多くの洋服店が協力している。花姫に選ばれた人が着ていた衣装も注目されるため、宣伝にもなるのだ。
シャナンも知っていたようで、頷いた。
「毎年『花姫』に選ばれた人は幸せになると聞きますね」
「そうなんですか……! 素敵ですね。皆さんもお綺麗です」
「ニストだって参加できると思うぞ。だって可愛いからな」
ニストの素直な感想に、ルベンダはそう答えた。
実際にニストは常に気配りができるいい子である。それに身なりもいつも清潔であるよう気を付けている。実は男女共にニストファンがいるほどだ。それを聞いたニストは驚いたように首と手を振った。それに対しスガタは三人を見ながらこう言う。
「そういうお二人も花姫になれると思いますよ」
「……スガタ」
ティルズが少し窘めた。
人を褒めるのは大事なことだが、過剰な表現は誤解を生む。もちろんシャナンやルベンダがうぬぼれるなどとこれっぽっちも思っていないが、天然人たらしは常に危険なのだ。前にも一度注意したが、これはいちいち言ってやらないと難しいかもしれない。ティルズは少しだけ頭が痛くなった。
するとシャナンはそんなティルズの心情を読み取ったのか、余裕で微笑む。
「だったらイメージの花が必要ですね。ルベンダなら薔薇かしら。だって髪が真っ赤だもの」
「あー確かにな」
「常に豪快で熱いイメージがありますよね。暑苦しいくらいに」
「おいティルズお前それ嫌味だろ!?」
すかさず言ってくるところは抜け目がない。
ルベンダがつっこめば相手はしれっとした顔で「バレましたか」と言い放った。
「ほんとに、二人の会話は絶えませんね」
「見てるこっちが笑顔になりますよね」
またもやぎゃあぎゃあ言い出し始めたが、シャナン達は慣れた様子で笑っていた。と、ふと、シャナンはスガタの左手を見た。先程は右側にいたから気づかなかったが、なぜか包帯でぐるぐる巻きにされている。シャナンが問えば、スガタは苦笑しながら答えてくれた。
「食堂で席に座ろうとした瞬間、包丁が飛んできて」
「!? いえ、それはさすがにないのでは」
「あははっ、料理長が手を滑らせてしまったそうですよ。運よく手にかすっただけで良かったです」
「……全然、良くないと思いますけど」
「大丈夫です。こんな目に遭うのも慣れてますから」
またスガタは笑う。それに対し、シャナンは力なく笑った。
不憫な人だ。人柄は温厚で好かれていると聞くのに。
もう一度手を見てみると、包帯が取れかかっていた。よく見れば巻き方も甘く、ぐしゃぐしゃになっている。この巻き方を見れば、相手の不器用さが見て取れる。そのままにしておくのも気になるため、シャナンはスガタに声をかけた。
「よければ直しましょうか。メイドは怪我などの手当てにも慣れてますから」
「え? あ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「そうも言ってられないでしょう。失礼しますね」
シャナンは呆れてそっとほどけた包帯に手をかけた。
「う、うわああっ!!」
「!?」
ものすごく叫ばれ、シャナンはびくついてすぐ放す。もちろん他意などなく、包帯を結びなおそうとしただけだ。しかも手に触れないように気を付けたつもりなのだが。
すると叫んだ本人であるスガタははっとし、赤い顔を元の色に戻した。
しゅんとなり、申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すいません」
「いえ……」
さっきまで普通だったので、いきなりの反応に驚いてしまった。
だがシャナンは、すぐに気がつく。
(もしかして)
「スガタ様。失礼ですが、今まで女性とお付き合いしたことは……」
「うへぇっ!?」
(うへぇっ?)
聞いたこともないような言い方で、思わず心の中で復唱してしまう。
スガタは耳まで真っ赤になりながら、しどろもどろで答えた。
「な、ななななないですよ! そ、それに、俺は寄宿舎で出会った人と結婚したいと思ってますから……」
不幸体質から見れば普通の人ではないと思っていたが、なるほどそこまで純情なのか。自分とは違うと思いながら、シャナンはくすっと笑った。「癒しの花園」でも外でも、スガタの評判はかなりいい。きっと女性からすれば、あの不幸体質を可愛く思うのだろう。
(皆、優しい人がいいんでしょうね)
シャナンは自分の過去を思い起こしながらそう思った。
自分の身にも色々起こったが、相手のために尽くせる人同士が結局幸せになれると思う。片方だけが相手のために尽くすのではないのだ。互いに尽くしあう。互いに支え合う。それが理想であることを、シャナンはもう分かっている。
「シャナン殿」
呼ばれて顔を上げれば、スガタはすっと手を差し出した。
「先程はすみません。あの、お願いできますか……?」
スガタは懸命に伝えようと、真剣な顔で(顔はまだ少し赤かったが)こちらに顔を向けている。
「お、俺は、その、慣れてないというか、恥ずかしいというか」
「分かってますよ。気にしないでください」
シャナンは苦笑しながらそう言った。
ただ手当をするだけだ。それ以上もそれ以下もない。言葉巧みに女性を喜ばせるのはできるのに、このままでは生涯のパートナーと手をつなげるのだろうか、とそっちが気になったりもしたが。
するとスガタはほっとしたような顔になり、にこっと笑った。
「良かった。ありがとうございます」
笑顔のまま深く礼をしてくれる。
律儀だなと思いながら、そしてこんなに優しい人と結ばれる人はきっと幸せになるだろうと思いながら、シャナンは手当を終えた。ふと周りを見て、ある人物の姿がないことに気づく。
「あれ、ニストは?」
「え、ニストいないのか!?」
いつまでも言い合いを続けていたルベンダも今気づいたらしい。
スガタやティルズも辺りを探したが、彼女の姿がどこにもなかった。
(こ、ここは、どこでしょう……)
一方その頃。
ニストはよく分からないままに彷徨っていた。
というのも、ルベンダやシャナン達が話をしている間、邪魔をしないように少し離れた所でその様子を見ていたのだ。自分のことを気にして話が止まってしまうのは申し訳ないと思ったからである。が、その間「花姫コンテスト」を見に集まった観客が増えたからか、人混みに紛れてしまったのである。おかげさまでその波に巻き込まれ、いた場所から随分遠くまで飛ばされてしまった。
(私はいいとして、皆さん心配しないかな……)
城下など買い物くらいしか来たことがない。
場所が全く分からなかった。
焦ってどうしようか考えていると、頭上から男性にしては高い声が聞こえた。
「あれ、君どうした?」
見上げればお店の屋根の上に人が乗っている。
頭は長い布のようなもので隠されており、前髪や後髪が少し見える程度。全身的に茶色っぽい、身軽そうな格好をしていた。ニストがあんぐりしていれば、その男性は「あ」と何かに気づいた。そしてすっと屋根から飛び降りてくる。
「!?」
十分高さがあるのに、軽々と男性は着地する。
そしてニストの瞳を覗き込んだ。
「俺の髪色と同じだな」
よく見れば確かに自分の瞳と同じ鮮やかな橙色の髪だ。
その男性はにこっと笑った。
「俺はクリック。迷子なら案内しようか? お嬢さん」
人懐こい笑みを浮かべながら、クリックは手を差し伸べてくれた。
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