第七話 夜に舞う白い衣装
着いた先は、城下の隅の隅にある小さなお店。
ルベンダは鈴がついているドアを勢いよく開け、コップを磨いていた温和そうな人物に話しかける。
「マスター! ご無沙汰だな!」
「ルベンダか。いらっしゃい」
笑顔で答えたのは、御年六十は過ぎている白髪頭にメガネをかけたこの店のマスターだ。この店では、各国有名の果実が多く手に入り、身体にも良い飲み物をマスターが提供している。
マスターはおじいさんとは言えないほど体が丈夫で元気だ。
果実をに対する愛情は人一倍強く、そして物知りでもあるため、ルベンダにとっては人生の師匠のような存在である。ちなみに「癒しの花園」の規律によってお酒は飲んではならないとなっているため、メイドも騎士も、よくマスターが作る果実のジュースを飲みにやってきたりする。
「さて、今日も頼むよ」
「はーい!」
そう言ってルベンダはカーテンの裏側へ走って行った。
店内には多くの客で賑わう。
割と年齢層は上が多いが、若者もいる。そして女性客も多くいた。
皆が注目しているのは、赤い幕が下りている小さなステージ。小さい店ににあるとは思えないほど立派なものだ。しばらくすると明かりが消え、目の前の大きなステージだけに明かりが照らされた。そして徐々に拍手が鳴り始め、降りている幕が上がる。
「いよっ! 待ってました!」
声をかけられ、ステージ裏から出てきたのは、数人の踊り子たち。
皆同じ白い布のふんわりとした衣装を身に着けている。そして足や腕、腰や頭に金色で丸い装具がつけられており、互いに当たるとリンッと涼やかな音が聞こえた。
真ん中にルベンダが立っており、皆の声援に微笑んで答えていた。
一人だけ頭に布を被せており、鮮やかな赤い髪はその隙間から少し見える程度だ。珍しく薄化粧をし、ふっくらとしている唇にも紅が塗られている。
「それでは皆様、『天女の舞』をお楽しみください」
ルベンダがそう言って右手を上げたのが合図になったのか、傍にいる演奏者たちが楽器を弾き始めた。そして踊り子たちも舞い始める。
長い布のようなものを使い、そして軽やかなステップをする。
皆が楽しそうに微笑み、音楽に合わせて手拍子をしてくれた。
布を翻し、踊り子といる位置を変えたり、細かな指先にも感情を込める。そしてしばらくしてから、ルベンダは頭に被っている布をはずし、長く赤い髪を見せた。すると「わあっ」と歓声が上がる。赤い髪の踊り子の名は、母によって国中に浸透している。ルベンダも母に劣らず、踊り子としてそれなりに評価されていた。そのまま髪を揺らしながら踊りを続け、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
音楽が止んでも一向に止まない多くの拍手。ルベンダを含む踊り子たちは仲良く手をつなぎ、観客たちに礼をしてみせる。口笛を吹いてくれる人もおり、大勢の人がその場から立ち上がってくれた。
その様子にルベンダは素直に嬉しく、一人ひとりの顔を見て微笑んだ。
……が、一人の人物を見た瞬間、目を見開く。わざわざ口を出さずとも、ひときわ目を引くその容姿を見れば誰だか想像はつくだろう。
――――屋敷に入った姿をちゃんと見てから、ここへ来たのに。
彼の顔はいつもと変わらなかった。
ただじっと、自分だけに視線を向けていた。まるで、その他には興味がないように。
ドアに近いところにいたからか、ここから少し距離は遠い。なので細かい様子までは分からない。でも、自分だけを見ている。視線が合わさったまま、ルベンダは思わずその場で固まる。そしてすぐに舞台裏へ引っ込むように逃げてしまった。
観客たちは少しざわめいたが、それでも拍手をしてくれている。他の踊り子たちはルベンダの行動に驚きながらも、その拍手に応えていた。
そしてルベンダだけを見ていた銀髪の騎士は、熱気と化したそのお店から一人、姿を消した。
(なんで……。なんであいつが!?)
ステージ裏には小さな楽屋へと続いている。
ルベンダは息を荒くしながらそこへ向かった。到着すると、全身映る鏡が目についた。思わず自分の姿を見てみる。全体的に真っ白で、金色の装具がひらひらと揺れる。それが当たるたびに音が鳴り、綺麗な音色のように聞こえた。そして鏡に映る自分は、普段と違う。
化粧など滅多にしないし、邪魔だからいつも髪は結んでいる。
まるで別人のような姿を、ルベンダはぼんやりと見ていた。
今度会ったときは、なんと言われるだろう。
似合わない、とでも言われるだろうか。いや、きっと鼻で笑う気がする。どちらにせよ、いい印象にはならなかった。悪い思いを断ち切るように、すぐに衣装を脱ごうと手にかけた。
そこへ、近所で食堂を営んでいる女将さんが入ってきた。
マスターとは古い間柄らしく、毎週差し入れを、直接楽屋まで持ってきてくれる。今日はルベンダが早く楽屋にいるので目を丸くし、そして着替えようとしている様子にも驚いていた。
「おや、ルベンダ。もう着替えるのかい?」
「ああ、今日はもう帰る」
「それは残念だねぇ」
「すまない」
「まぁルベンダに急用があるなら仕方ないよ。皆いい人達だからね」
「…………ああ」
ここへ集まる人は、皆気前がよくて優しい人たちだ。
それはルベンダも分かっている。だからこそ、申し訳ないという気持ちが大きかった。いつもなら終わった後に、お客さんに話しかけたりしているのだが、今日はそうもいかない。
着替えようとすると、急に女将さんが「ちょっとお待ち」と止めてきた。
ルベンダは驚いたが、言われた通り手を止める。
「せっかく綺麗な格好なんだから、今日はそれでお帰り」
「? いつも私は着替えて帰ってるのに?」
「いやだねぇ~、恋人にその姿を見せた方がいいだろ?」
(…………今、なんと?)
困惑するルベンダを余所に、女将さんが少し頬を赤らめた。
「軍服着てたからあれは騎士様かな? かなりの美少年じゃないかい。ようやくルベンダにも春が来たんだねぇ」
すぐに誰のことを言ってるのか分かったが、完璧に勘違いされている。
しかも世間一般では「癒しの花園」の規律のことはあまり知らないため、そう思われるのも致し方なかったりした。が、ルベンダははたと動きを止める。
(……おかしい。あいつのことだから、誤解を生むようなことは言わないはず。なのに恋人と勘違いされるなんて、いったい何があったんだ?)
ルベンダが怪訝そうな顔で考えていたからか、女将さんは笑いながら口を開いた。
「いや、ね? 今日は私も踊りを見てたんだけど、熱心にルベンダを見つめているのがその騎士様でね? もうこれは、二人は恋人に違いないと思って!」
(…………いや、女将さん。ただ単に見てただけで恋人と勘違いするのはどうかと……)
ルベンダは突っ込みを入れたかったが、何か妄想し出した女将さんには何も聞こえていない。勘違いほど厄介なものはないと思ったが、まぁ、一人だけだけならまだマシだろうと考えた。
とりあえずこにいるのが居たたまれなくなり、着替えずに上から白く大きな布を体に巻く。そして店の者しか知らない裏口から出る。そうっと見てみれば、暗い夜には誰もいない。しめた、と思って小走りで行こうとした。が、現実はそう甘くないようだ。
「何逃げているんですか」
ティルズの声が聞こえ、店の角から出てきた。
どうやら出てくるのを待っていたようだ。
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