第六話 それぞれの思うこと

「……まあ、そういうことだからかまわないか?」

「はい」


 夕刻になり、ティルズは王城にある団長室へ出向いた。

 そして内容を説明され、同意する。


 今目の前にいるのはルベンダの父親であるタギーナ・ベガリニウス団長。

 ちなみに有名な恋物語のヒーロー役。亜麻色の髪に鳶色の瞳で、目じりに少し皺が寄っている。だが歳を取った今でも整った顔で、年齢より若く見える。


 部屋は団長という立場ということもあり、普通の騎士よりも豪華だ。

 座り心地がよさそうなイスに、りっぱな大木で作られた机。その上には、どっしりと積み上げられている書類の数。タギーナは少し苦笑しながら言った。


「仕事を手伝ってもらって悪かったな。あんなに数があったのに」

「いえ、問題ありません」


 そう、ティルズが部屋で見ていた書類は、実はタギーナの仕事の半分だ。

 頭の回転が早く優秀なことを見込んで、タギーナはティルズに頼んでいたのだった。しばしこちらに視線を合わせていたが、タギーナは暗くなった空を見るように窓へ顔を向ける。


「……それで、ルベンダは元気か?」

「はい。昔と一向に変わっていません」


 するとはっはっは、と笑う。少し嬉しそうに見えた。

 現在ルベンダはメイドとして「癒しの花園」で寝泊まりしており、家に帰る機会がほぼない。だから父親であるタギーナは、少なからず心配していたのだ。


「そうか。まぁ自分の娘ながら、よくもあんなに勇ましく育ったものだ」

「団長の教育も関係していたと思いますが」

「ははっ! 確かにそうだな。だが……本当に、妻に似て美しく成長してくれた」


 どこか遠い目をしながら言った。妻のことを思い出していたのだろう。


 かなり有名な愛妻家でもあったタギーナは、妻の死に立ち直れなかった期間があったのだ。だが子供たちのおかげで、今では元気になり、自らのろけ話を口にするまでになった。


 しばらくしてからタギーナはまた笑い、そしてティルズに帰っていいと告げた。

 バタンッとドアが閉まった後、部屋は一気にしんとする。




 今頃若造の騎士たちは、「癒しの花園」で華やかな生活を送っているのだろう。なんだか懐かしい気がして、思わずふっと笑う。と、少し思い出に浸ろうとしたとき、ドアが乱暴に開かれた。入ってきた人物に目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻って眉を顰める。


「なんだ? こんな時間帯に。急ぎの用事じゃないのなら出てってもらいたい」

「ひどい言いぐさだな。昔からの仲じゃないか」

「ティルズの方がもっと礼儀ができていたぞ。少しは見習え、レインサス」


 すると銀髪で、タギーナと同い年であるレインサス・ハギノウが薄く笑った。がっちりした背中に品のいい顔立ち。今その顔には笑みがあり、活発な印象を受ける。


「確かにあいつは俺とミヨウに似て美形で頭もいいやつだけど、残念ながら愛想がない」

「……自分の息子をそう貶すな。しかもさらっと自慢をするな」

「俺は本当のことしか言ってないぞ?」

「……そういうところは親子でそっくりだな」


 タギーナが呆れたようにため息をついた。


 昔から互いに仲が良く、そして実はリアダを巡って対戦していた好敵手だ。今ではレインサスにもミヨウと言う名の妻がおり、愛妻家としてタギーナと共に名前が上がっている。最近は音沙汰がなかったが、今日いきなりやってきた。何か重要なことでもあったのかと顔色を窺う。


 が、それは杞憂のようで、相手は少し口元を緩ませてこう言ってきた。


「そういえば、娘はかなりの別嬪らしいな」

「…………それがどうした」

「しかもリアダそっくりなんだろ? 性格は真逆のようだが」


 ちらっとこちらを見る顔は、よく見れば笑っている。

 それで把握できないほど、タギーナは馬鹿ではない。


「娘はやらんぞ」

「まあ、待て。俺はまだ何も言ってない」

「何が待てだ。お前がルベンダを狙っているという噂くらいは耳に入っている」


 すると相手はふっと笑う。まるで、ここまでは予想通りといった表情だ。そしてちっちっち、と舌を鳴らしながら人差し指を振った後、真面目くさった顔で言う。


「お前の娘を息子の嫁に欲しい」

「断る」


 即答で答える。その顔は真顔だ。


 すると相手は深いため息をつき、残念そうな顔になった。

 その顔がいかにも嘘っぽい。


「少しは迷えよ。一応侯爵家という立派な家系の息子だぞ?」

「それが何だ? ルベンダはやらん」

「いつまでも頑固親父のままでいいのか? ルベンダも十八だろ。そろそろ旦那様くらい選ぶべきだ」


 その言葉は正論だったので、思わず口を閉じた。

 確かに早く結婚している娘も多いし、取り残されるよりはいい。しかも認めるのは嫌だが、ハギノウ家は地位や名誉があるし、顔もいいし能力も高い。これほどいい結婚相手はいないだろう。


 だがタギーナは、二つの理由で拒んでいる。


「まず一つ。お前はリアダを溺愛していた。まぁ俺ほどではないが、それはもう恐ろしいレベルだ。ルベンダを自分の娘にして、猫のように可愛がる姿が俺には目に浮かぶ。正直想像したくもない」

「…………人のこと変な扱いすんな。それにちゃっかりのろけ話すんじゃねえよ」

「そして二つ目」


 レインサスのかなり口調が悪い突っ込みを無視し、タギーナは言葉を続ける。


「ルベンダはまだ結婚について全く考えていない。少しずつでいいから、本人がすべき時に結婚してほしいと思っている」

「タギーナ……」


 自分はリアダと出会い、そして幸せな家庭を築くことができた。

 それもこれも、「癒しの花園」で生活していたことが関係している。ルベンダ本人から、母のことをもっと知りたいからメイドになる、と言われたときは正直驚いたが、タギーナはいい傾向だと思った。できれば自分のように、あそこで出会った騎士と幸せになってほしい。


 とはいえ、自分は団長という立場だ。ルベンダが選んだ相手によっては、絞め殺す可能性がなくはないのだが。なんて冗談までも考えてしまう。


 しばしレインサスは無言でいたが、ふっと息を吐いた。そして軽く笑う。


「分かった。この話は白紙にしとくよ」

「そうか」


 少しほっとする。


 この男は頭が切れるため、何をしでかすか分からない。

 なので敵にも回したくないのだ。


「あ、そうだ。ついでにティルズによろしく伝えといてくれ。最近会ってないから。それじゃあな~」


 言いたいことだけ言うと、レインサスはさっさと部屋を出て行ってしまった。あれで有名な侯爵家の当主だなんて、いったい誰が思うのだろう。性格が昔と変わらず軽すぎる。もう若くないというのに、あれでは

まだ子供だ。しかもちゃっかり息子への連絡を任された。なんでも親子関係はあまり良くないらしい。タギーナは思わず、押し付けられたような気分になり、思わず頭を抱えた。







 ルベンダはそうっと辺りの様子を窺う。

 「癒しの花園」と呼ばれるこの寄宿舎は、もちろん規則正しい生活を心がける。


 もう夜の時間帯。なのでたいていの部屋の明かりは消えており、とても静かだ。ちなみに今ルベンダがいるのは、門の出る直前。白い大きな布のようなものを頭からすっぽり被り、誰もいないか用心深くきょろきょろしている。そんな彼女の後ろからゆっくり忍び寄る影。そしてルベンダの肩にその手が触れる。びくっとしてゆっくり振り返れば――――ティルズだった。


「……なんだ、お前か」


 なんだか拍子抜けしてしまい、呆れたような声が出る。

 するとティルズは不愉快そうな顔をした。


「なんだとは失礼ですね。そんなことより、なぜこんな所に?」

「え。…………ティルズこそ、どうしたんだ?」


 完璧に目が泳いでいたのだが、ティルズは気づかないふりをして、団長に呼ばれていたことを伝える。すると詳しく聞きたいと言われ、元気そうだと伝えた。ほっとした様子には、父を心配している娘の顔が垣間見えた。そして今度はこちらから聞いてみる。


「で、なぜルベンダ殿はここに?」

「…………散歩に行こうと思ったんだ」

「散歩? 馬を連れてですか」


 びくっと体が揺れた。

 そう、なぜかルベンダは横に馬を連れている。この寄宿舎は騎士のために造られたこともあり、多くの馬も育てられているのだ。なのでメイドの中で乗馬ができる者も多いらしい。


「乗馬でもして、少しリラックスしたくてな」


 完全に視線を逸らして言う。

 目を合わせると嘘がバレると思ったからだろうか。本当に分かりやすい。


 ティルズは寄宿舎の方へと足を向けた。


「夜道は危ないですから、気をつけてくださいね」

「? あ、ああ」

「それでは」


 何も疑われず、ティルズは行ってしまった。


 後ろ姿が見えなくなると、ルベンダは思わずほっとする。

 会ったときは正直驚いたが、何も言われなくて助かった。ただでさえ、ここのメイド達しか知らないことなのだ。ティルズにバレるなんて冗談じゃない。


 そう思ったルベンダは、用心深く辺りを見てから馬に乗った。

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