第四話 お茶会には噂話

「何すんだ、じゃないでしょ? まったく、あんたの腕力と私達を一緒にしないで頂戴。もうすぐニストが酸欠になりそうだったんだから」

「はぁ? 手加減したぞ?」

「あんたの場合、それは手加減じゃないのよ。とにかく、年長者の言うことは聞きなさいよ?」


 説明するのが面倒なのか、シャナンは少し上から目線でそう締めくくる。

 だがルベンダは、不満そうに突っ込んだ。


「二つしか違わないくせに」

「それでも恋愛経験ゼロのあんたよりはマシよ」

「なにいっ」

「恋の一つでもしてから、あたしにたてつくことね?」


 おほほほほ、と馬鹿にされたように笑われた。

 それは否定できないので、ルベンダは言い返せない。むうっと少し唸るだけだ。


 実際シャナンはかなり恋愛経験が豊富らしい。美人なこともあって、色恋沙汰に巻き込まれることも日常茶飯事なのだという。そのおかげでたいていのトラブルは解決でき、他のメイドが彼女に恋愛相談している姿もよく目にする。だが本人は過去のことにけじめをつけたいと考え、ここに来た。詳しいことまではルベンダも知らない。ここでは規律がきちんとあり、それを守らない者はここにはいられなくなる。過去のことはいくらでも話せるが、今ではシャナンも大人しく規律に従っているらしい。


 そうこうしている内にに準備ができたようで、庭のテラスでお茶会が始まった。

 ルベンダ達は先に片づけなどを行う。


 しばらくしてから騎士たちがやってくる。おいしそうにコーヒーを飲んだり、メイドたち自慢の甘いお菓子を食べてくれている。そしてメイドと会話が始まり、なかなか和やかな様子だ。ルベンダがほっとしてその様子を見ていると、一人のメイドが困ったような顔をして近づいてきた。


「ね、ねぇルベンダ」

「うん? どうかしたのか」

「ティルズ様のことなんだけど……」

「…………」


 すかさず顔が渋くなる。でもまだ自分がティルズと知り合いであることは知られてないので、ここは我慢して話を聞いてみることにした。


「……えーっと、ティルズ……さまがどうかしたのか?」


 ルベンダのいつもと違った怪しい言い方に気づかず、そのメイドは話してくれた。


「書類を整理したいからお茶会には参加しないらしいの。それに、お菓子も紅茶も嫌いみたい」

「……なんだそれ」

「それと、ルベンダにコーヒーを持ってきてほしいって」


 ルベンダの眉が完璧に吊り上がる。そして眼光が怪しく光っていた。

 それはまるで、敵を狙う鷹のごとくだ。


 皆に心配をかけてはいけないので、ルベンダはにこやかな顔で答える。


「私に任せてくれ」


 言い終わると、ルベンダはすぐにコーヒーを作った。

 ちゃんと時間を計り、最高においしい出来で持っていく。ミルクと砂糖は持っていかない。お菓子も紅茶もダメなら、甘いものが苦手なのだろう。


 じっとその作業を見ていたメイド達に、またもやにこやかな笑みを見せる。


「じゃあ行ってくる」


 その様子は、なんだかどこかの戦場へ行くような雰囲気を出していた。

 実際顔はにこやかでも、背中から感じるぴりぴりした空気は誰もが分かる。


 ニストは、少し心配そうにその後ろ姿を見送った。

 同じく隣にいたシャナンに顔を向けると……何かを探るような目つきをしていた。


「……シャナンさん?」

「ティルズ様……って、もしかして『氷の貴公子』の?」

「えっ? シャナンさん、ご存じなんですか?」


 そんな風に呼ばれているとは、まったく知らなかった。シャナンの顔を見ると、にやにやと笑っていた。その顔で思い出す。そう、シャナンは噂話や情報収集が好きだと。しかも先ほどまで紅茶やお菓子を運ぶ仕事だった。頭の回転も早く、そして口もよく回るシャナンのことだ。さっきの間にも、何か情報を集めていたのだろう。


「かなり注目を集めている方ね。家柄良し、顔良し、そしてなにより優秀よ」

「へぇ……」

「王立騎士学校で広まっている、ティルズ様の有名な話、聞きたい?」

「え? そんな話があるんですか?」

「そう。そしてそのせいで『氷の貴公子』と呼ばれるようになったらしいわ」


 面白そうに笑い、そしてシャナンは話し始めた。


 それはティルズが王立騎士学校に入学したばかりのこと。先輩たちとの交流を図るため、食堂で食事を共にしていたのだという。そんなとき、二人の先輩の口論が始まってしまった。なんでもペア同士で剣の試合をしたとき、どちらのおかげで勝てたのかを言い争ってたらしい。


 最初は仲間たちも呆れてその様子を見ていたのだが、口論から取っ組み合いが始まった。仲間が止めようとしても、二人は聞く耳を持たなかった。王立騎士学校は格式が高く、勝手な行動には厳しく罰せられるようになっている。このままでは退学処分ということもありえた。


 誰もが背中に冷や汗を流していたとき、真冬のように冷たい人物の声が聞こえてきたのだという。


「ここでは集団行動です。止められなかった俺たち側にも責任を問われ、そして全員が退学処分されるという話もあながち間違いではないと聞きました。……どちらが強いのかをここでお決めになるか、それとも皆の平和のために和解をするか。一番の責任を問われ、そしてひどい目に合わされるのはあなた方ですよ」


 間を開けずに言われた言葉に、二人の顔がさあっと青ざめる。

 聞いていた他の仲間でさえ、少し体が震えていた。


 ティルズの言ったことは紛れもない正論であり、しかもその言い方が、何かの怪談話を話しているかの如く恐ろしく聞こえる。まだ入ってきて間もない後輩に言われて腹を立てる先輩がいるどころか、下手なことをしたらティルズにひどい目に合わされると思ったのだろう。誰一人として、文句を言う者はいなかった。

 

 そう、どんな状況でも分厚い氷のように冷たく、そして動じない。

 侯爵家の息子で常にトップの成績だったため、皆は影で「氷の貴公子」と呼ぶようになったのだ。


「す、すごいお話ですね……」

「今でもティルズ様を怖がっている人は多いって聞くわ」


 少し身震いし始めたニストとは裏腹に、楽しそうにシャナンは笑う。


 ティルズは誰に対してもこのような態度らしい。

 納得し、ニストは思わず呟いた。


「だから、ルベンダさんにもあんな言い方を……」

「え?」


 何も知らないシャナンが聞き返す。ニストはさっき、ルベンダとティルズが木の下で出会ったことを話した。シャナンは聞き終わると、少し首を傾げた。


「珍しいわね。ティルズ様は女性が苦手だと聞いたわ」

「苦手……ですか? 嫌いではなく?」


 するとシャナンは苦笑する。そこは微妙なところらしい。


「嫌いとまではいかないらしいけど、好きではないようよ。実際女性には人気があるようだけど、贈り物は受け取らないし、あんまり相手をしてくれないんですって。自分に寄って来る女性に対しては嫌がっているみたいね。あんまり人とも干渉しないと聞いたわ」

「……? それなのに、ここの寄宿舎に来たのでしょうか」


 騎士もメイドと同様、結婚する意志がある場合、この寄宿所に来るようになっている。

 もしその意志がないのなら、王城で設けられている部屋があるのでそちらで寝泊まりすればいいだけだ。ティルズを見ると、今の段階ではその意志ははっきりとは分からない。が、それでもここで暮らすということは、少ならず考えているということだろうか。


 ニストが長いこと考えている間、シャナンは壁に掛けられている時計を見た。

 ルベンダが出発してから五分以上は経っただろうか。シャナンはニストの腕を掴んだ。


「じゃ、行きましょうか」

「え? あ、テラスですか?」


 自分は準備と片づけしかしていなかったので、そろそろテラスの方にいるメイドと交代する時間帯だ。そうして多くのメイドと騎士が交流できるように、時間も決められている。するとシャナンはまるで女神のような微笑みを浮かべる。


「そんなわけないでしょ? ルベンダの後をついていくの」

「え」

「だって異性同士で一対一になるのは規律違反になるもの。私達が行くしかないわね」


 確かにそのように決められている。それは、各々が本当に結婚すべき者と出会うための対策だったりする。神によって作られた姿形が異なる女性、男性というのは、近くにいると惹かれやすい存在らしい。


 が、それはルベンダもティルズも分かっていると思うので、おそらく皆が通る場所で会うのではないだろうか、とニストは思った。しかし、シャナンはあっけらかんと答える。


「ま、行けば分かるでしょ」

「あ、あの、私は他の仕事を……」


 そう言ってどうにか逃げようとしたが、シャナンはがっしりと腕を自分のと絡めていた。表情は変わらず、涼しそうにこちらを見ている。


「行きましょうか。ニスト」

「え。…………え〜!?」


 もはや強引にずるずると連れて行かれ、反抗できないニストはされるがままだ。

 一方のシャナンは楽しそうに満面の笑みを浮かべる。そして時折怪しくふふふ、と言いながら、ニストを連れて、ルベンダが通った道を進み始めた。

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