第三話 最大の敵に遠慮なし

 さっき兄と一緒に稽古をこなしてきたことを思い出した……が、実はその場にいたのはルベンダとファントムだけではなかった。そう、そこにさっきの少年。ティルズ・ハギノウも一緒にいたのだ。


 なんでも父親の友人の息子だそうで、しかも侯爵家。

 将来は騎士にしたいと言われ、タギーナが承諾して一緒に稽古をするようになった。美形なのは小さい頃から変わらず。そして無愛想なのも昔からだった。歳はルベンダより一つ下らしく、最初は歳が近いので仲良くなろうと思っていた。が、相手はつんとしてルベンダと話そうとはしなかった。


 そしてある時、ティルズはルベンダに対し初めて声を発した。


「下手くそ」


 それは剣術の稽古中、言われた言葉であった。

 その瞬間、ルベンダは時が止まったかのように茫然としていた。

 

 そしてその日から、ティルズはルベンダのやることなすこと、いちいちいちゃもんをつけ始めた。「手先がぶれてる」だの、「基本動作ができてない」だの、そこまではまだ許せた。なぜならティルズは自分よりも上手かったからだ。だが、「こんなこともできないのか」「記憶力が悪すぎる」と、余計な一言までついてくるようになった。


 ある日、ルベンダは我慢の限界でこう言った。


「おい! いちいち私にそこまで嫌味を言うことはないだろう!?」

「俺は本当のことしか言ってない」


 あっさりとそう言われ、言い返せないルベンダは別のことで攻めた。


「だっ……、そもそもお前は私より年下だろ! 普通、敬語でも使うもんじゃないのか!?」


 言った後で、一つ違いなのだからそこまで意味がないことに気が付いた。が、言ってしまっては仕方ない。ぐっと堪えて相手を見ると、意外にも相手は「ああ」と納得したような声を上げた。


「それもそうか。……すみませんでしたね、ルベンダ殿」

「なっ!」


 謝ってはいたが、顔がいかにも笑っていた。

 しかもすみませんでしたね、の「ね」がつく必要性がどこにあるのか抗議したかった。だが、相手が悪すぎる。どうせまた言い返されるに違いない。その日からルベンダは完全にティルズのことが嫌いになり、タギーナに言って稽古には参加しなくなった。


 そう、それが四年前の話だ。




「……お前、なんでここにいる」

「失礼ですね。俺が王立騎士学校に通い、卒業したら騎士になることくらい想像できるのでは?」


 嫌味は健全のようだ。久々に聞いてもなお腹が立ってくる。

 だが、自分も少しは大人になった。いつまでも負けるわけにはいかない。


「だが騎士は、王城にも個人で部屋が用意されているんだろ?」


 するとおやっ、というような顔をされる。

 ルベンダは少し得意げになった。そのような細かい騎士の事情は、父であるタギーナのおかげで情報が入ってくる。実際、タギーナは多忙のために王城の部屋で過ごしており、こっちに来ることは滅多にない。


「少しは頭を使うようになったんですね」

「余計なお世話だ」

「ですが、ここを勧めてきたのは団長の方ですよ」

「なにいっ!?」


 自分がティルズと上手く合わないことは、タギーナも知っているはずだ。毎度ぼろぼろに言われていたのも分かっていたはずだし、稽古を止めると言っても特に何も言われなかった。


「昔のことは忘れてしまったようです。団長は常に多忙ですし、あまり気にしていなかったのでしょう。それにここに来る前、ルベンダ殿の自慢話をされました」

「な、なんて……」

「『最近会えてなくて心配していたんだが、君がいるなら安心だ。昔の名残もあるし、ルベンダも喜ぶだろう。ティルズ、娘と仲良くやってくれ』……と」


 ルベンダはがっくりと肩を落とした。そしてその肩を震わせる。


(…………だ、誰が喜ぶか。こんなやつ最悪だ! ていうか災厄だ!)


 だが相手は全く気にしていない様子で言った。


「これからお世話になります」

「……できればお前の世話はしたくないな」

「差別するおつもりですか?」

「はぁっ!? そういうことじゃないっ!」

「そうですか。まあ俺も、騎士学生のときは退屈していたんです。ルベンダ殿ほど、嫌味を言いやすい人はいませんでしたから」


 ルベンダは思わず吹き出しそうになる。もちろん嫌味を言ってくることは分かっていたのだが、本人からこうもはっきりと言われるとは思わなかった。


「……お、お前認めたな!? やっぱり嫌味言ってたのか!」

「普通の人が聞いただけでも分かることでは? ですが安心してください。俺は本当に思ったことしか言いません。よって全てが嫌味というわけではありません」


 今まで言われた言葉の中に、嫌味が含まれてないことなんてなかったが。


 ルベンダが頬をぴくぴくと痙攣させている間に、ティルズは軍服を軽くはたいた。ルベンダを受け止めたときに葉っぱなどがついていたようだ。その隙に色々な思いをぶちまけたい衝動が駆られたが、そんな時に別の騎士が向こう側からやってきた。


「ティルズ、そろそろ集合するぞ」

「ああ、今行く」


 この後、新しくここに住む騎士とメイドが顔合わせするのだ。

 見てみれば、玄関先に多くの人だかりができていた。


「それではまた後でお会いしましょう」


 軽く会釈をして、ティルズはもう一人の騎士と一緒にそちらへ行ってしまった。

 めらめらと闘争心が沸いてきたルベンダは、姿が見えなくなるまでずっと睨み続けてきた。


「ルベンダー。おーい、ルベンダ―。……だめだこりゃ」


 傍で見ていた双子とニストは様子をただただ呆然と見ているだけ。

 そして名前を呼んだが無駄と分かり、ハイムは苦笑していた。


 リアダは木から落ちたことにより、「最愛の人」に出会った。

 一方のルベンダは――――「最大の敵」に出会ったようだ。







 新しくこの寄宿舎に住むことになった騎士達がメイドと対面し、そして部屋へと案内される。そして王立騎士学校を卒業した記念を祝うために、お茶会が開かれるようになっている。メイド達も一緒に交流しながらお茶を楽しむのだ。


 メイドたちがいそいそと準備をしている中、ルベンダはニストと共に必要なお皿やコップを綺麗に洗っていた。騎士は人数が多く、その分お皿とコップの数を用意するのに時間がかかるのだ。もちろん事前に準備はしていたのだが、騎士がやってくる数は毎年ばらばらであり、当日にならなければ把握できないという理由があった。


 黙々と作業を続けていたが、ニストはちらっと分からないようにルベンダの顔を見る。その顔は真剣そのもので、その横顔すら美しい。だがどこか、ただならぬ雰囲気も出ている気がした。あのとき遠くで双子と一緒にある騎士とルベンダが出会う場面を見ていたが、ルベンダの眉が珍しく上がっていたと思った。


 ルベンダは誰とでもすぐに仲良くなり、相手が男性なら本当に仲間のように接している。正直あそこまで怒る姿は見たことない。だが騎士の方はなんでもないような顔をしてルベンダに対応していた。どういった関係なのか、あれだけでは分からなかった。


 ニストは無意識のうちに、口に出して聞いてしまっていた。


「先ほどの騎士様とは、お知り合いですか?」


 快調に動いていたルベンダの手が一瞬にして止まる。

 そう、言葉で表すのならピタッと止まった。そして表情も微妙に変わっていた。再度、眉が少し吊り上りそうな勢いだ。だが、ルベンダは平静を装ってこう言った。


「知らない」

「? ですが、先ほど何か話してらっしゃ」

「ニスト!」

「は、はい!」


 急に大声を上げられる。

 ニストは自分の発言がいけなかったのかと少し萎縮した。が、そんなわけではないらしく、ルベンダが心配そうに体を正面に向け、そしてニストの両肩を掴んだ。


「いいか、男は顔じゃない、中身だ。いくらが相手が美形でも、間違っても嫌味を言うのが趣味な男を好きになるんじゃないぞ!」

「……は、はぁ」


 ルベンダはもろ、ティルズのことを頭に入れて、ニストに気をつけるように言った。めらめらと目の中が炎で燃えているのを見ながら、ニストは苦笑する。


(先ほどの騎士様を、美形とは認めていらっしゃるんですね……)


 確かに品のいい顔立ちに、銀髪という鮮やかで明るい髪をした美男子だった。

 青い瞳は鋭い眼光で、感情をまったく出していない様子がいかにもクールだ。


「大丈夫ですよ、ルベンダさん。私は顔で相手を決めたりしません」


 苦笑したまま、安心させるためにそう言うと、ルベンダが潤んだ瞳でこちらを見た。そしてそのまま勢いをつけて抱きしめる。


「ニスト! それでこそ私の後輩だ!」

「えっ? あ、あの、ルベンダさん苦し……」


 敬愛している先輩の抱擁は嬉しいが、ルベンダは少々力が強すぎる。そのままぎゅうっと抱きしめられ、思わずニストは意識が遠のきそうになった。


 するとボンっと、木でできたお盆でルベンダの頭が殴られる。おかげでニストはなんとか空気を吸うことができた。しかし殴られた本人はむっとして、桃色のウェーブかかった長い髪を持つメイドを睨んだ。


「何するんだ、シャナン!」


 するとシャナン・エアグローブは呆れたような表情になる。

 小作りの可愛らしい顔に、意志の強そうな髪と同じ色の瞳。そして細い腰に豊かな胸。抜群の美貌を持つ彼女は、そんな表情をしていても輝いて見えた。

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