桃カレ★Scramble!フィナーレ!
第70話 私立篠笹高校一年C組、桃原萌美の日々
*70*
さわさわさわっと冬風が萌美の前髪を揺らす。ばっ! と片手で押さえて、通り過ぎた悪戯風を睨んだけれど、少しばかりの悪戯をした風はティル・オイレンのように逃げて行った。
萌美は気を取り直して、またお気に入りのボールペンを掴む。
――マコ、元気ですか? あんたがサッサと留学決めてから、2ヶ月が経ちました。
***
(って、手紙って難しいっ!)
涼風に敬語を使うも変だし、かといって通常の「あんたまたお腹壊してないよね?!」だの「アメリカのバナナ食い尽くしてんじゃぁないでしょうね!」の言葉も躊躇いがある。
(うー、気分転換にカフェでなら書けると思ったのにな)
今日は冬でも少しばかり春の陽気。篠笹高校の図書館近く。図書館もすっかり整備された後には、小さなカフェが出来て、生徒に大人気だ。
涼風が好きそうなトランプの便せんを数枚駄目にして、「あー」と萌美が降参の声を上げたところで、杜野と雫がやって来た。
「桃、何してんの? お昼食べなよ」
「マコに手紙~~~~でも、何を書いたら良いか迷ってんの~」
「生徒会長のカレに聞けば? もうScramble終わったんだから」
(うっ)1-C委員長コンビの杜野と雫だけには事情を蓼丸が説明したので、二人は事情に内通している。
「しかし、涼風早かったよなぁ。よっぽど行きたかったんだな。織田さんの引退も早かったけどな」
ズズズズと萌美はホットコーヒーをすすって、ぷは、と顔を上げた。
「そう! 何もかも早過ぎる! マコのヤツ……っ! もうマコになんか手紙なんか出してやらないっ」
そう告げたところで、スマホがブブブと鳴った。
「蓼丸だ!」けろっと怒りを忘れていそいそとメッセージを開く。『生徒会執務室へ来てください』……こっちもカレなはずなのに、未だにメッセージは敬語。でも理由がある。
生徒会長の蓼丸とのお約束。「たでまるー!」とは呼ばないこと。普段はクールに行動すること。
「……生徒会長に呼び出されました。ホホ」萌美はスマホを仕舞うと、「生徒会室行ってくる!」とクールを気取って……。
ダ――っと本館目指して爆走した。ウキウキと本館で靴を脱いで、スリッパを拝借。
(なんだろ、生徒会執務室への呼び出しなんて初めて! あ、お昼買って行ったほうが? ううん、あたしは少し落ち着かないと! 生徒会長の彼女だよ? あ、校長先生)
「こんにちは」
「はいこんにちは」と校長先生に挨拶して貰って、(よっしゃ!)と早足になったところで、背中をどつかれた。
ぬ? と振り向くとボードを抱えた和泉椿。
「ここ、一般生徒立ち入り禁止だよ。ももたろはら」
「桃原! ふふん、呼び出されたからいいんだもーん」
「ああ、あんた、生徒会長のオンナだったか」
(生徒会長のオンナ! やだ、やらしい)
口元を押さえて、そそそと下がると、和泉は出目金の目を見開いて「なんだよ!」と赤くなった。
「つばにゃん、やらしいっ! やっぱり男の子なんだぁ」
「ぶっ飛ばすよ! ……会長に彼女は選べと言ったのに。「だから選んでるだろ」って。おい、やまんば、問題起こすなよ? 僕と杜野が責任取るんだからな! 全く、部外者を入れちゃ駄目なのに」
ぶつぶつ言っている前に「つばにゃん、ほら、きみのお昼、買えたよ。食べたがってたコロッケはみだしサンド」とにこやかな宮城。
ぎくっと和泉が肩を震わせた後ろで、萌美はしてやったりで言ってやった。
「いーけないんだー! 風紀委員長にパシリさせてパン買わせてる役員がいるよ~」
和泉は真っ赤になって「あんたは何しに来た!」と宮城に八つ当たりを始めた。
「何しに来たって……きみがコロッケはみだし」宮城は風紀委員の腕章を光らせて、「桃原、靴下」とチェックを入れると、「こっちで!」と焦った和泉と生徒会室に入っていった。
(相変わらずだな……つばにゃんのツンデレ具合)
和泉と宮城を見ていると、涼風との選挙の一騒動を思い出す。
――思えば、あの時にマコの夢を知ったのだった。
(ふふ、懐かしいな。あのサル、イカサマなマジックで沸かせたんだった。あたしは英語で喋っちゃってさ)
うん……。靴下、直そかな。
猫の部分を折り曲げると、突き当たりにある生徒会執行室にそっと歩み寄った。
一度だけ織田に連れ込まれてイタズラされた、あの部屋だ。でも、今思えば織田会長は何かを教えようとしたのではないか、と思う。
それはきっと、涼風にはなくて、蓼丸にあるもの――……。
「桃原、来ました」
織田龍也が引退して、蓼丸を会長、杜野を副会長……臨時選挙が行われ、新しい生徒会が発足したのは一ヶ月前。
新加入は堂々と書記の票を集めた和泉椿に、臨時役員に雫美香、その他に数名の役員が当選して、涼風のポストだけは空席のまま。
「涼風には戻って来たら、生徒会続投の義務があるんだ」と蓼丸は意味深に言っていた。
蓼丸の姿が見えるなり、手がわきっと動く。
はっ! と気付いた蓼丸は素早く萌美の腕を引き、生徒会執務室のドアを閉め――。
「ここならいいよ。防音だから」
「たでまるーっ!」の萌美の元気な声に、片眼で微笑んだ。
***
「あれ? また眼帯してるの? まだ辛い?」
「あ、ちょっと、な……呼び出して悪かった。昼返上で」
頭をモフモフっとやられて、唇をそっと突き出す。眼帯のスワロフスキーを揺らして蓼丸は顔を傾け、小さく唇を重ねた。
(蓼丸のキスにも慣れた。心臓おっこちなくなった)
「さっき、つばにゃんに言われたよ。生徒会長のオンナだって。いやらしいよね」
「いや」と蓼丸は赤くなって頬を指先で擦ると、ぶっきらぼうな口調になった。
「それ言ってるの、俺だから。俺のオンナだから、見逃せって。和泉は細かすぎて。規則人間だから。そうか、いやらしいか」
(そうでしたか――っ! いやらしくなんかありませんっ!)
「スミマセン」と萌美は熱くなった頬を何度も叩いて、「でも、キスに慣れたし! さっきも校長先生にちゃんと挨拶したし!」
「社会歴史の期末点数は?」
――うっ……。赤点は免れたが、言えたものではない。それも、中島が騎馬戦に感動して戦国時代の問題を多くしたから助かったわけで。
「足利時代を吹っ飛ばしたら、伊達政宗が生まれない」と眼帯王子は尤もな言葉を出し、「キスに慣れてくれたは嬉しい」と目を細めた。
「じゃ、これは?」
目を瞠る萌美にふっと笑って、――かぷっ。と唇を甘噛みした。(あ、噛まれた……ららー)とくらぁっと硬直したまま真後ろに蹌踉めくという稀有な体験させた生徒会長は諦めの息を吐く。
「駄目か。……クリスマスまでに慣れて欲しいんだけどな……」
「くっ、クリスマスまだに……です、かっ」
蓼丸は「相変わらず噛んでるな」と笑って頷き、「そう、クリスマスまでに」と繰り返した。くわんくわんの揺れる頭を必死で建て直す萌美の前で、「時間がなくなるな」と一冊のファイルを取り出した。
「見せたかったのは、コレ。ようやく野放ししたサルが報告書を出してきたんだ」
「えっ? マコの手紙? あいつあたしにはくれないのに!」
「じゃなくて、海外留学義務の報告書。俺が目を通して、理事たちに提出するんだ。しかし、涼風の英文が訳しにくくてね」
見れば必死で書いたであろう筆記体が並んでいる。
「きゃは。英語だー」
「海外留学生は留学先の言語での報告が義務だから。そこで、期末考査、英語学年一位の桃原さん。悪いけど、このよくわからん英文の文面、読んで訳してくれないかな」
(蓼丸……本当は一般生徒に見せちゃだめなのに……あたしが、寂しがっているから?)
やっぱり、三人の空気を思い出すと、しゅんとする。
だから、呼んでくれたのかな?
「う、うん! 訳す、訳す!」と涙を拭って文面に取り組んだ。時折単語を間違えているし、文法もどこかぎこちない。
でも、ああ、マコだ……と思える力強い単語がたくさん散りばめられている。
『Magic』『it’s showTime』『banana』手紙を胸に押しつけてそっと抱いた。
ソファに座ると、蓼丸も隣に座ってきた。
「マコ、頑張ってるんだね。あ、バナナとか果物が美味しい、だって! 桃にも食べさせてやりたい……?」
顔を上げた。
「ねえ、何で報告書にあたしのこと書いてんの? あのサル」
蓼丸は「その辺りから訳しにくいんだよな、変な英文で」と唇を曲げた。
「うん? 読むね。ええとですね。『Since I am abroad abroad for a year, I think I can talk a lot.』海外留学は一年なので、いっぱい話してやれるかも。ふふ、お話聞きたいな」
「その先」と蓼丸が割り込んだ。
「うん『Everyone else's girls are huge, I remember the peach often. Doing things』こっちの女子はみんなでかくて、桃のことをよく思い出す。結果…………」
(なんか、嫌な流れ……)
「『I, you are not giving up』わたしは諦めてない?!。『I understood well』よく分かったぁ?! なにこの手紙!」
蓼丸は口元を覆い、「さすが。ほとんど俺と同じ訳だよ」とげんなりした。
まだ続きがある。震える手と、信じられない想いで、文面を眼で追った。
「『俺が諦めてない。『that I did not give up. After a year, I may say again』い、一年経ったら、『I may say again』また俺は言うかも知れない……?。『Hang out with me! To?!』俺と付き合えよ!って――っ! あ、諦めてないってこと?! マコ、あれで終わったわけじゃないってこと?!」
呆然として見ると、蓼丸は「は~~~~」と肩を落として、「留学期間2年に延長しちゃおうかな」などと職権乱用を口にした。
(ま、マコ! あんた、やっぱり諦め悪すぎる!)
「猶予は1年か。いてもいなくても焦らせる、あのイタズラサル。こっちはこっちで、甘噛みのキスくらいでぶっ倒れるし、本気出したらどうなるんだ、桃原」
蓼丸はふっと笑うと、萌美の顎をひょいと指で持ち上げた。
「こんな状態じゃ、俺、いつになっても眼帯したままだぞ」
「はわぁぁ」情けない声に、ぼぼお。と顔を熱くして、話題を変えた。
「そういえば、蓼丸、なんで眼帯してるの? もう、目を慣らすって言ってたのに」
「…………前とは理由が違うんだ」
「あ、判った! 伊達政宗リスペクトだ!」
蓼丸はぼそっと「違う」と短く切って、ちらっと萌美を流し目で見た。
「今度は両眼で桃原見ると欲情するんだ」と顔を背け、顔を手で覆った。
「よく、じょ……っ?!」
……微妙な空気が通り過ぎる。
「あ、あははっ。ふ、ふーん、そう! あはっ。は、ははははは……ええーっ?!」
ちらっと指の間から赤面顔を見せながら、蓼丸は困惑声で告げた。
「だから、クリスマス前に慣れろって言ってる。眼帯絶対外してくれるな。どうなるか、俺は自分で自分がわからない……」
(それはあたしにも、どうなるか、さっぱり、わかりませんっ!)
――と、チャイムが鳴った。昼休み終了だ。
蓼丸は「その話は後だ」と萌美の手を引いた。
「そろそろ、授業、行こうか。午後の授業って眠いよな」
「うんっ! 大抵寝ちゃうよね」
「寝るなよ。ちゃんと授業を受けて。生徒会長のオンナだろ? ほら、ぼけっとしてないで鍵閉めるから出た出た」
ぽーっとなったまま、壁を見上げると時計が視界に飛び込んだ。
日本は13時。
(今頃腹出して寝ているであろう遠くのサルにも届くかな。元気よく進んで行こう)
〝今度は両眼で桃原見ると欲情〟
変な言葉が脳裏に棲み着いた。
(あわわわわ)と頭を振って、蓼丸の手を握りしめた。
「行ってきまーす!」
***
今日はちょっと暖かい春陽気。だけど好きな人に暖めて欲しくなったりする、冬。
眼帯王子改め、眼帯外すと欲情王子と幼なじみマジシャンもどき改め、諦め悪い幼なじみマジシャンにぽっこり挟まれて。
私立篠笹高校一年C組、桃原萌美の日々は、まだまだ騒動ばかり――。
LAST・EPISODE:桃カレ★Scramble!フィナーレ!
――桃カレ★Scramble! Thank you for reading many of us(たくさんのご愛読 ありがとうございました)――
2017/02/06 21:47 結愛 みりか 拝
◆桃カレ★Scramble! 天秤アリエス @Drimica
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