第69話 桃カレになってください
*69*
「早く行ってやれよ。まだ、砂場に引っ繰り返ってるんじゃないかな」
――最後の最後まで騒動をやらかした(元)眼帯王子に呆気に取られている場合ではない。
玄関ピクニックの掃除を終えて、萌美はおどおどした。
「でも、ママ……」
「俺も事情説明してから公園行くから。それまで話、聞いてやれよ。サルなりに頑張ってたんだから」
「あ、うん……救急箱……」
「それより、パジャマ」
「ああっ! パジャマはやだー!」慌てて駆け上がって、ジーンズとパーカーを引っ張り出した。またドドドドドと階段を降りて、平然と手を振る蓼丸に頬を膨らませて見せて、慌てて公園までパーカー掴んで走った。
――幼稚園の時から変わらない公園は小さなものだけど、あの時はともかく広くて、良く走り廻ったもので。
(ええと、砂場、砂場……)
砂場の近くの水飲み場に、だらりと手足を伸ばした涼風の姿を見つけた。
(うっわ……相当やられたな……)と心配になるほどのズダボロ具合。まずシャツのボタンがないので、薄いけどしっかりした胸板が見えているし、ネクタイも見当たらない。砂場にトランプが散らかっているから、また「マジック・イリュージョン!」とやらをやったのだろうか。首をさらけ出した涼風にそっと絞ったタオルを当てた。
「――あ、桃……」
「ボロボロ」と膝に載せて、目を冷やしてやる。青タンを作った顔を涼風は向けて、「へへっ」と笑った。
「笑ってる場合じゃない! 何があったの?」
今度は両眼に溢れる涙。忙しいサルだ。
「……超、恐かった……。マジ、海賊……リスペクト、超、恐かった……」
(蓼丸……んっとに男に容赦なしかい!)とズダボロ涼風を抱き起こした。
「マジ恐かった。おまえんち行くから、掃除さぼってついてきて、少し話しようって。俺も話したいからいいよって、一緒にハンバーガー食べて、今後の話を聞かせて貰って。で、公園の前に来るなり、「やっぱり桃原がひとりで泣いているかと思うとね」って。俺めっちゃ殴られた。応戦したけど、勝てなかった」
また、へへっと涼風は笑った。殴られてへらへら。
「なに? 頭打ったの?」
「殴りたくなるほど、桃のことが好きってわかって……嬉しかったんだ」
にやっと言われて、萌美は首を振る。
「あたしは」言いかけた言葉は遮られた。
「マコを選んだんだよ……? そりゃ違うだろって。昨日も言ったけどさ、やっぱ、恋じゃねーよ、俺らは」
涼風は立ち上がると、「イテテ」と唇に顔を顰めながら、ブランコの方面に歩いて、飛び乗った。仕方が無いので、萌美も隣にちょこんと座って、キコキコやる。
「幼なじみってさ、恋が猛速で駆け抜けて行くんだって。仲良くなりすぎて、恋、飛び越えちゃうんだってさ――っ」
キコキコ揺らすマコに、座ってキコキコする萌美。
「頑張ってみたけどさぁ――っ、やっぱ、蓼丸にはかなわねーけど、俺、頑張ったと思わない? ちゃんと桃に選んで貰えたし――っ? おまえ昨日言っただろ。あたしの気持ち、ちゃんと持っていけって。持っていくよ。持ってくからさ――っ!」
ぴた、とブランコが止まった。涼風は緩みきったズボンと伸びたシャツをはためかせて、片足をブランコの椅子に乗せる。
「明日から俺、忙しくなるんだ。とうとう、決まったんだよ。織田の推薦で。クリスマスまでにアメリカの姉妹高校に留学すんだ」
――アメリカの姉妹高校?!
(行ってしまう)
「ふうん……良かったね。あたしを置いて行くんだから、しっかりサルの大道芸磨いてきなよ」
――ついつい、和泉椿の口調になった。
涼風はまたブランコに飛び乗った。
「見てみてーんだ。世界中の笑顔。同じ場所で、笑い合う世界。その笑顔は俺が引き出す。親父と一緒に世界のエンタメに飛び出そうって約束したんだ。理解して貰えないかもだけど。桃が笑ってくれたら、何でも出来る気がする。でも、俺、泣かせてばっかだな……」
片足でブランコを止めると、マコは萌美の前にしゃがみ込んだ。
「でも、ちゃんと、恋、したよな!」
夕陽を背にして腕を大きく広げて、ばしっと萌美の肩を掴んだ。
「ちっっちぇえ頃から、おまえに大好き大好き言ってて。織田の良いなりになるのはシャクだけど、俺、今も桃が好きだから!」
「ばかっ! うるっさい! ……判ってるよ!」
脳天気なボロボロシャツを掴みあげて、揺すった。「いてえいてえ」と蓼丸にやられた傷が触れるらしいが、構わずにぶんぶん振り回して、思った。
――なんか、やっぱり恋しても、甘くならないね。
幼なじみなんて、こんなもの。恋は瞬間駆け抜けて、炭酸が抜けたサイダーみたいだ。
「あんたは散々あたしの恋路を邪魔して、そんでもってなんとなく好きにさせといて、ヒョイヒョイ逃げてくんだよ! 判ってんの? 見なよ、このおでこ!」
「ごめんなさい」
二人でいつもの言い合いしているうちに、腹から笑いが込み上げて来た。ブランコに座って空を見上げる。
「赤とんぼが飛んだ日も、桜が咲いた日も、カタツムリがいっぱいの日も。一緒にいたよね。幼なじみだもん。でも、進む未来だけは違ったわけだ。でも、それでいいのかな」
「俺、トンボ嫌い」と涼風は顔を顰めた。
――多分、知らずに2つの恋をしていたんだと思う。
1つは、ドタバタの幼なじみとの恋。
1つは、憧れのやっぱり騒動ばっかりの恋。
二人がScrambleしていただけじゃない。2つの恋もまたScrambleしていたんだ。
「あたし、器用だな……どっちともちゃんと恋してた! ねえ、凄くない?」
「それは二股と言うモノですか」
「あんたがそれ言うかっ?!」腕を振り上げたところで、涼風は「コレ」とトランプを手にして見せた。
丁寧にシャッフルして、「一番上のカード、なーんだ」とおどけて笑う。
――思えばいつだって、マコのトランプの一番上は一緒だったと思う。
「ハートのエース! 判ってるし、バカすぎ!」
涙声で告げると、涼風は一枚目を捲った。
「最後に、当てたな――あ、海賊生徒会長来た……」
よほど恐かったのか、涼風は蓼丸を見るなり、そそっと隠れる真似をする。蓼丸は「ははは」と笑うと、構わずにやって来た。
「お母さん帰ってきたから、事情説明しておいたよ」とドラッグストアの袋を揺らした。
「そうとう手酷くやったから。これ、持っていけよ」
「容赦ナシって本当だったな。眼帯海賊王子さま」
「まあね」と蓼丸。
色の違う目にちゃんと綺麗な夕陽が映っている。
涼風の目にも、萌美の目にも。同じ季節を観た、三人の時間がもうすぐ終わる。
その後、二人はどういう経緯だったかを説明してくれた。
「桃原が盛大に言い間違える前にね。涼風がやって来た。ちょうど「海外留学」の告知を貼れと織田が言っていた。それが入学式の朝だったか。生徒会室は千客万来、その後に桃原がやって来たわけ。そのやりとりを織田と糯月が見ていて――……」
「俺、おまえに土下座しただろ。あれを見ていたらしくてね。……で、蓼丸ってどんなヤツか見に行ったんだ。あと、情報欲しくて。そこで、織田が「きみを推薦するに条件だ」って」
――えっ?
蓼丸はさも可笑しそうに涼風を指した。
「もし、涼風が桃原に告白しなかったら、桃原が俺に「桃カレ」宣言しなかったら、このScrambleは無かったということだよ。幼なじみって思考が似るんだな」
「あんたは英語やったほうがいいよ。赤点の海外留学なんて聞いたことない」
「おまえも、歴史なんとかしろよ。徳川幕府が五人で終わってんぞ」
涼風と目があって、ぷいっと萌美と涼風は顔を背けてしまう。
「ほらほら、喧嘩すんなよ。織田の気まぐれに振り回されて大変だったが……俺も我慢を余儀なくされたしな」
萌美は驚いて蓼丸を見やる。眼帯のない蓼丸にまだ慣れない。両眼の色も、同じく戻る日が来るのかな?
――桃色のお馬鹿な光を照らしてあげていたら、蓼丸は騎馬戦勝った時みたいに、笑うのかな。
凍り付いていた目も、いつか綺麗に輝くかな。ううん、もう輝いてる。
「あれが、我慢してたんスか?」
「俺が本気出したら、桃原はおまえに靡かないだろ。元々俺が好きって言ったんだから」
「うわー、そう来る……っ。あんたも策士っすね」
「お言葉どうも。一生懸命の武器を持つサルには適わないよ。そういうわけで、海外留学、心なく行けよ」
涼風は「勝ったけど、勝った気がしないんスけど」とらしい言葉で困惑していた。
「んじゃ、俺は英語の勉強でもしますかね。好きな子利用して、殴られてんのがお似合いなお猿だよ~」とおどけた調子で自転車を掴んだ。
「マコ」と声を掛けた。
「あんたとも、ちゃんと恋してたよ。――忘れんなよっ!」ビシっと言ってやって、「また明日ね」と手を振った。
その背中は遠くなったけれど、もう屋上の時の寂しさは感じない。
夕陽に包まれたあたしの幼なじみは、先に未来に進むだけだって知ったから。
***
「――で?」
しんとなった公園に蓼丸の声が響いた。
(うっ……こっちのが困る)
「あ、あのね……」
「逃げるなよ、王女さま」眼帯を外すと相変わらずのフェミニスト王子はざり、と砂場の砂を踏みしめた。
「最初に言い間違いをしただろ。あれ、ちゃんと聞かせて欲しいな。ごめんな、俺、性格悪いんだ」
ウインク両眼バージョンを喰らって、久々に、くらくらになった。
「ちょ、ちょっと待って。あの、あたし、マコを選んだって言ったよね……?」
蓼丸は「俺は何も変わっていないけれどね」と変わらずの強さで告げる。
「ちょこまかしたマジシャンのサルが間にいたけど、俺は何も変えるつもりは無いよ、桃原。振り出しに戻ったんだ。でも、桃原と涼風と過ごして、楽しかったからいいが」
――このひとは……眼帯していても、していなくても、どこかで騒動を起こそうとする。諦めたはずの気持ちまで奪って行く海賊王子。
「蓼丸……あのね」
「うん」
「……春も夏も、秋も、冬も、いつも「蓼丸と過ごしたら楽しいかな」そればっかり考えてた。それしかなかった。性格悪いとか、全然見えなくって。好きってそういうものなんじゃないのかな。ぜーーーんぶ許せちゃう。そういうものじゃないのかなって……」
蓼丸はにこ、と笑って「俺の欲しい言葉じゃないな」と意地悪を言ってくる。
(いつだって、自分を巧く出せなかった。緊張ばかりしていて、色々迷惑かけまくった)
――うん、きっとそうだ。きっと誰もが自分と恋のScramble。
「でも、二人とも好きで、困った。だって、どっちも好さがあるんだもん。ただ伝えたい言葉が違ったの。その言葉は、きっと三人でヤキモキScrambleした果てにやっと見つかるような、そんな秘宝にも等しいもので。マコに言いたかった言葉と、蓼丸に言いたい言葉の違い、やっと分かったよ。でもね、ごめん。一瞬だけ、蓼丸とお別れするつもりになりました。だって、蓼丸わかんないから」
「わかんない? 俺が?」
(きゃは。本当に困っちゃったね)
「うん、わかんない。良いのか悪いのか、かっこいいのか、かっこ悪いのか。眼帯王子とかわけ分かんないし。海賊風味とかもわけわかんない。でもね、あたしは蓼丸諒介がいいの。結局、ココに戻って来ちゃって……」
――途中なのに!
黄金の葉がゆっくり散る中、小柄な体をぎゅっと抱き締められて、萌美はふっと目を閉じた。
バカばっかりやってた。篠笹高校で、あたしたちはどう続いていくだろう?
「お互い、振り回されたな。二匹のサルに」
「それって一匹は判るけど……まさか織田会長?!」
(蓼丸は愛おしいと伝えるように、何度も何度もあたしを抱き寄せた)
「桃原、今度こそ、ちゃんと、言い間違えないで言えるか?」
もちろんです。と小さく頷いて、耳元に囁こうとしたが、小さすぎて届かない。
「ほら」とふわっと体が浮いた。白い蒼空に近づくと、秋の焼けた空に気づく。きっとこんな風に心も焼け焦げて、流されて行くのかも知れない。
萌美は目を潤ませた。(泣いてる場合ジャナイよ)ときゅっと唇を引き締めて、顔を上げた。もう邪魔者はいないとか、ずっと騙してたとか、そんなのは邪魔なだけ。言いたい言葉の前には、なーにも力なんかない。どんどん気持ちが上書きされていって、いつか笑い話になればいい。あの時は騙してたねって。
(あたしだって、未来を進みたい)
「中学の時、最初に観に来た集団は追い払ったけれど、その後何度も来る顔をいつしか覚えた。それに俺は最初から性格隠してないけど。覚えてない?――桃原のカレになる男の顔、ちゃんと、見えた? ってね」
(あ!)
入学式の朝を思い出す。あの時から蓼丸の何かが動き出したんだって。萌美はそれを見たはず。
(あの時の蓼丸は、どんな表情をしていた?)
――知ってる。眼帯を毟った其処には、泣きそうな目があって、僅かに潤んでいたのはまたやり直そうとする希望の光。
(なら、あたしの言葉は1つだけ。今度こそ言い間違えはしないから)
「あたしの……っ。桃カレになってくださいっ」
――やっと、やっと。大好きな人に、ちゃんと言えました。
◇◆LAST EPISODE 桃カレ★Scramble! 【了】
⇒エピローグ まだまだ桃カレ★Scramble?! FINALE!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます