第65話 きみが果たしてどっちを選んだのか。選ぶつもりか
*65*
体育祭が終わると、すぐに体育祭の実行本部だった講堂には簡単な飲み物や、校内にある自販機が集められ、食べ物・差し入れが並び始めた。生徒たちはわいわいと飲み物を受け取る。体育祭後の後夜祭――。
「つまりだね、あの時の織田の作戦はだな――」
(中島先生、生徒集めちゃって。大人気だな)と思いつつ、飲むアイスコーヒーがとても美味しい。
(結局優勝クラスは「1-A」と「2-B」の同点一位。三位が「1-C」優勝はしなかったけど、そういうイベントじゃないんだって)
教科書を閉じた進学クラスの生徒が、まだちらほらいるが証拠だ。みんなでやりとげた実感と余韻を味わって欲しいと思ったりする。
後夜祭の華、吹奏楽部有志の演奏するバラードに聴き惚れていると、雫たちがやって来た。
「あれ? 桃。また桃太郎になってる?」
「あ、うん。蓼丸とマコと写真撮ろうと思って……だけど」
萌美は息を吐いて、がっくりと肩を落とした。
「いつまでかかるのかなって思ってたとこだよ」
「あー、大変そうだもんねぇ」
人気の上がった大将三人は、終わるや否や、女子や男子、近隣の人たちの写真撮影に付き合わされているらしく。桃太郎姿でウロウロしている萌美にまで「撮らせて!」と女子がやってくる。
「楽しかった想い出、残したいんだよ。くっそー、同点一位とはねー。1-Aはリレーと競走が良くって、2-Bは断然騎馬戦勝利だもんな。でも、うちらも頑張ったよな! ほーら、泣いてないで」
「泣いてないもん」
「泣いてる、泣いてるって!」
あははっと雫が笑い、女子バレー部の子たちと講堂の奥の報道本部に出向く話になった。
***
「この写真は僕が撮ったんだ。どうだ! この会長の凛々しさ! それに、蓼丸の両眼のアップもある! やはり美しく写真を撮るにはだね! あ、入部希望? そうかそうか! ふんふん、君、鍵とか開けられる?」
神部が報道部と書かれたポスターの前でふんぞり返っていた。
――結局、蓼丸の何を撮りたかったんだろ?
「おおー、体育祭のお花ちゃん! さっきも、お花ちゃんの和泉がウロウロしていたぞ。あ、いいね、そのカッコ! はいこっち向いて向いて~」
「この子泣いてるでしょ!」
神部は大きなカメラを構えて、上半身を捩った。
「タイトル! 『鬼に勝った泣きべそ桃太郎!』さあ、報道部への展示室へようこそ!」
オーバーリアクションの神部に誘導されたスペースには、既に現像した(デジタルなので)写真が貼られていた。トップパネルには騎馬戦で織田と蓼丸が揉み合ったシーン。よく見えなかったが、歯を食いしばった二人はモノホンの戦国武将のようだ。
ラストの鉢巻きを掲げた蓼丸の笑顔にくらっとした。
「こら、頬を寄せちゃだめだめ」
(あ、蓼丸……かっこいい……っ!)
クラスごとに数枚ずつ飾られている。お昼に廻ったらしく、みんな笑顔だ。進むと笑顔でステッキを振り回す涼風の写真に足を止めた――……。
(マコ、こんな笑顔してたんだっけ)
いつも見る笑顔は広く、遠くに向けられている。と、女子たちがくすくすと「こっちこっち」と萌美の腕を引いた。
そこには、どーんと引き延ばされた一枚が!
「ええええ、これ、あたし?!」と太陽の光を浴びて姫だっこされてる写真! 借りモノ競走の時のものだ。
「これ、一番綺麗に撮れたから、報道コンペティションに出そうと思って」とやきそばパン片手に二条が現れた。
「あ、うん。ねえ、これ、あとでちょうだい。買う!」
「あとで希望回すしな。俺がほとんど撮ったから」と二条は嬉しそうに頷いた。ところで、雫たちが離脱して、一人ぼっちになった。
――うん、楽しかったな。できること、いっぱいやったし。終わっちゃうの、寂しい気がするよ。
「……あ」隣の声に気付くと、白拍子姿の尼寺が同じように写真を見詰めていた。
「桃原、お疲れ」と紙コップで乾杯、尼寺はいつも一人だ。
「……尼寺さんの好きな人って副会長ですか」
自分には疎いが、他人の恋には敏感だ。萌美の言葉に尼寺は困惑して頷いた。
「あ、判っちゃったか。まあ、モロバレしたよね。うっかり騎馬飛び降りちゃったから」
尼寺は壁に寄り掛かり、座り込む。萌美もそそっと隣に座り込んだ。
「結構無茶なんだな。副会長だから騎馬戦見届けるって言い張ったらしくて。心配だから駿河の代理で出た。しかし、宮城滝一、強かったな。あいつ、中学の時に剣道やってたからね。地区大会で一緒になったんだよ。一本だけ手合わせしてね」
(宮城先輩……謎だ)と思いつつ、あのきちっとした武闘家のような歩き方を思えば頷けた。
「トーナメントは違ったけど。……進学するって辞めたんだって。騎馬戦だったけど、気迫が違った。和泉はありゃ負けず嫌いだけだけど」
「うん、つばにゃん……そうだ、聞きたいんだった」
「和泉なら、講堂の前にいたよ。宮城と和風美人コスで歩いてるから目立つんだ」
萌美は尼寺に頭を下げると、「まだまだ見ていきたまえ。教頭のハゲが眩しいと思わないか。タイトル、『禿』」と引き留める神部を振り払って、早足でブースを出た。
講堂を見回すと、結構な数の生徒や教師が残っている。戸口に佇むチビ十二単をすぐに見つけた。
「つーばにゃん」
「ぶっ飛ばされたいのか? 何?」
声を掛けたがいいが、何を言っていいか判らなくて、萌美は言葉に詰まった。「同情すんなら、桃に詰めて川に流すよ」と和泉は昔話を無視した厭味を言い、「聞くよ」と何もかも判っている口振りになる。
「蓼丸さんが生徒会長、では、つばにゃんが願った宮城さんは? ――だろ。僕、優勝で機嫌いいから答えてやろうか?」
ぶんぶんと頭をこくこく振ると、和泉は涙を滲ませて顔を上げた。
「……やりたいことがあるんだって。『だから、生徒会はやらない。監査をやって、蓼丸はとても生徒を大切にしているし、眼帯のこだわりもないなら、僕は僕の道を行く――ごめん、つばにゃん』以上」
ふいっと顔を背けた鼻は赤かった。
「気にすることはないって。……神部のバカ、生徒会にカメラマンの責任者にさせられて、Scandalどころじゃないし。でも悔しいから、僕が生徒会に入る。どのみち空きが――」
「空き?」と聞くと、和泉は言葉を押しとどめ、「いい気になるなよ、やまんバカ」と十二単で仁王立ちした。後で、頬を赤くして、横を向いた。
ばっと手を見せて、後ずさりした。
(んん?)
「これ、意味はないんだけど、今度やまんばとじっくり話してみたいから、お昼誘っていい?」
究極のツンデレは、女の子を誘うも苦労するらしい。
「もちろんだよ! 待ってるよ! 生徒会の立候補するんだね! あたし、応援する! つばにゃんとは仲良くしたいし!」
ぎょ、と和泉の出目金の目が大きくなった。男の子のくせに目がでかい。「あれ」とくすっと笑いを漏らすと、「じゃ、またね。宮城さんどこだろ」と講堂の中に消えて行き。
「やあっと逃げられた! 見ろよ、ぼろっぼろ!」と殿様衣装総崩れの涼風に、女子に剥かれたらしい伊達姿の蓼丸、袖を着流しにした織田が揃ってやって来た。
「いいね、その衣装、目立つからどこにいるか見つけやすくて」と蓼丸は萌美に微笑む。クローバーの不格好な眼帯が目に入った。
「あれ? 眼帯してるんだ。やだなあ、不格好の葉っぱ」
「……落ち着かないからさ。これ、可愛いし。今日くらいは使おうかと」
「桃姫ちゃん、ちょっといいかな」と織田が不敵に笑って足を止めた。
蓼丸と涼風は飲み物を取りに行こうとして、また生徒に足止めされている。
「おーおー、人気だね……さて、この織田とちょっとお話させてくれないかな? きみが果たして蓼丸諒介か、涼風真成か。どっちを選んだのか。選ぶつもりかを聞かせて貰うよ」
思ってもいない言葉だった。もっと猶予があると思っていた。
織田会長――……。
「きみの返答は、僕個人だけじゃない。生徒会にも関わって来るし、学校の名誉にも関わる話だから。――全て話そうか。生徒会室までついておいで」
しっかりと見据えた織田の目は嘘を言っていなかった。
「――はい」
萌美もしっかりと返事をして、拳を握る。
(わたしは、果たして蓼丸諒介か、涼風真成か。どっちを選ぶべきか――……)
このScrambleの全ては、萌美の心にあるのだった――。
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