第64話 騎馬戦は現代の婆娑羅ァァァァァ!

*64*

 戦いの前の静けさとは良く言ったモノだと思う。


(あたしまで緊張して来た……)


 エールを贈り終えた織田と蓼丸、涼風の大将三名はそのまま持ち場に残り、気付けば吹奏楽部の前には和太鼓が並んでいて。


(なんか、本格的)と思った後ろでは「ほらぁ、間に合った! テストなんか受けてる場合じゃないよ!」「婆娑羅ァァァァァ!」と近隣の女子高生たちまで駆けつけて来ていて。


「篠笹の体育祭の名物だからな。俺は絶対ゴメンだけど」秋葉がぼやくと同時に、太鼓が大きく鳴り響いて、『男子入場!』の声は雪崩れ込んだ鬨の声にかき消された。


「男子! 裸足でなの?!」


 総勢50名3チーム・150人は大声で走り込んできて、それぞれの陣地に着いた。見れば蓼丸たちは小さなマイクをつけている。


『それでは、放送実行委員より篠笹大炎上騎馬戦「織田・蓼丸の乱。最終勝利は篠笹を制す!」ルールを説明します。まず、騎馬同士は肩以上の攻撃は禁止です。騎手は顔以上の攻撃は禁止。掴むも禁止です。大将の鉢巻きが奪われる、ないし、落馬した時点で負けとなります。その際、騎手の肩が地面につくことで敗北、馬が大きく崩れた時点で審判が敗北判定をします』


「色々細かいね……すごいな、裸足で」


『殲滅戦方式です。ただし、青チームの蓼丸諒介には今回の特別ルールが設定されました。織田龍也及び、本人の了承にて、トレードマークの眼帯が奪われた時点で敗北とします』


 女子がざわついた。心配で見ると、蓼丸は副将の尼寺と何やら会話をしている。涼風はと見ると、五条院と糯月に何やらマイクの位置の注意を受けている様子。


 織田は余裕の微笑みを浮かべて、女子に手を振っている。傍の宮城と和泉はやっぱり何かひそひそ話。結束が固い二人は、頭脳でも勝る。強敵なら織田よりまずは……。


『騎手マイク、OKです』と係の生徒が片腕を高く上げた。


 ――入場の砂埃が、静寂に戻るを待つ気配を見送る。


 騎馬を揃えた各陣は、1歩も動かない。誰もが開始の合図を待っているみたいだ。

 砂埃を秋風がすべて攫って行った。グラウンドが静寂に満ち―― 三人が持っている団扇型の軍配が翳される。寸分の違いもなく、振り下ろされる!



『合戦開始だ――っ!』



『篠笹大炎上騎馬戦「織田・蓼丸の乱!」 合戦開始です!』


 どおん! と太鼓とスタートの放送が鳴るなり、男子総勢150人は


「進路――っ!」

「講堂貸し切り――っ!」

「おっにっきゅ――――――っ!!!」


 との叫び放題の大乱闘の構えになった。普通コースが一番声がでかい。

「どんだけ肉喰いてぇんだよ、夏流」との秋葉の呆れに、あっという間に舞った砂埃にけほっとなっていると、動体視力の良い雫がまず目的を見つけた。


「あ、杜野、いたいた。殿の馬やってるの?! 大将乗せて、やるじゃん!」


(本当だ。マコを乗せてるの、杜野だ。あと、加藤野くんと、柴崎くんか)


 ――伊達蓼丸チームじゃなかったかな? うん? 


(そういえば、マコは蓼丸と協定してるって。どうやって織田会長に勝つつもりなんだろう)


 あの二人なら、信頼で繋がっているから、きっと勝てるとは思うけれど。織田の余裕ぷりを見ていると、何故か不安になる。


 ――と、猛速で黒チーム(織田)から数騎が陣地から飛び出した。


『攻めるぞ! ついて来な!』長い髪の武士姿の宮城滝一を乗せた騎馬10騎はまっしぐらに蓼丸に向かって行く。しかし、蓼丸側も、一騎が滑り出て、数騎が大将前でせき止めた。竹刀を横に伸ばした尼寺だ。


「尼寺主将~!」と剣道部女子が声援を送る前で、宮城と尼寺は睨み合った。


『……尼寺か。勝負と行くか? 女子だろうと手は抜かないよ』

『大将には触れさせるわけにはいかないんでね! 宮城、一度勝負してみたかったよ!』


 その周りを「わあああ」とちょろちょろ走り廻って逃げている数騎には先生の失格が下った。「いっちゃん……」「恐かったな」としょんぼりと帰ったのは、あの弱小軽音部。


 また蓼丸の注意が逸れそうだ。


(しかし、マコは何してんのよ。動かずで)


『広がれ――! 織田は鶴翼(かくよく)陣だ!』と蓼丸が叫ぶ。


 女子は口々に応援したい=好きな相手の名を暴露も構わず呼び散らかした。合間に「蓼丸くーん!」と聞こえたり、「涼風ちゃん!」と聞こえたり……もちろん「ODA」の団扇を持った3年女子は言わずもがな。


『……へえ。見抜いた? 和泉! 宮城! 陣地に戻れ!』


「きゃあああああ! 織田くーん!」


(い、いちいち織田会長が動くとうるさ……)


『尼寺! 横陣(おうじん!)で攻めながら守る!』


「うあああああ! たーでーまーるー!!!」


 蓼丸は萌美に気付くはずもなく、軍配を高く掲げて、ちらっと涼風を見やった。涼風は頷いて、『五条院先輩、副会長、作戦ッス!』とあどけない声を張り上げた。


『わかったわ! 五条院さん!』


 尼寺を陣地に戻し、織田も宮城と和泉を陣地に戻す。端っこで蹴り合っている男子数騎がここで勝手に崩れて退場。


『芸術コース、舐めんのもいい加減にしなさい! モヤシ教科書集団がァ!』


 副会長の声と同時に、蓼丸を乗せた騎馬が全面に走り出た。


『撃て――っ!!!!!!』


 横陣に並んだ蓼丸勢は、一斉に織田に向かって何かを投げつけた! あっという間に織田勢は赤く染まり始める。先生が唾を飛ばし始めた。


「おお! これはまさしく武田の戦法!三方ヶ原の戦いか! 織田も蓼丸も涼風もやるなあ!」


 投げつけられた集団が「ママに怒られる~!」と体操着を摘んで総崩れた。それでも、半分は残っている。織田は知らんぷりだが、肩を揺すっていた。


「もしかしてアレって……」

「血糊の小袋だ。演劇で使うヤツ。五条院の作戦」「血糊?!」「説明しようか」「先生うるさい!」血糊が飛び散る中でも蓼丸の白装束は汚れていない。


「婆娑羅ァァァァ!」と女子が踊り始める。――と、織田の密やかな笑い声が響き始めた。


「織田くーん」『ハーイ』……まだ余裕があるらしい。


(なんか、全然動じてないんですけど!)


『余裕ですね、織田会長』蓼丸のいらっとした呟きをマイクが拾う。


『いんや? そうでもないけど? 僕の馬の柔道部くんたちが強くてね』


「そうだ、俺たちは忘れない! ちょっと夜遊びしたくらいで活動停止はやりすぎじゃぁねぇか?」


 蓼丸はじろっと馬(柔道部)を睨み、織田に視線を向けた。


『買収しましたね。俺に逆恨みしてるこいつらを』


「そこだ! 夏流!」と秋葉が突然叫ぶ。(え?)と見れば近江夏流が織田の背後に回り込んだところで、しかし小回りの利く和泉が潜んでいたらしく、夏流の騎馬が遅れを取った。


「んだ、あのチビ! やたらにバランス感覚良すぎ! あー、こりゃ夏流崩れんな」


『こんちは』とにーっと笑ったかと思うと、和泉は猫のように夏流の鉢巻きを狙い始めた。


『僕小さいからさ、ってか、負けんの嫌いなんだよなァっ! 鉢巻き、寄越せええええええっ! 覚悟しろよ、陸上のでくの坊主将!』


 小柄な和泉を避けているうちに、夏流の馬が崩れ、敢えなく敗北判定。


 和泉はふんっと夏流の鉢巻きを振り回し、とっとっとっとと馬に乗って走って行った。


(つばにゃん、強……っ! 負けん気強……っ)


 ――それにしても、マコ、何もしない……? まだまだ織田の優勢は変わらない。ましてこっちは副将を削られて……とマコ、動いた!


『蓼丸さん、ごめんっ! 俺……っ!』


(何やってんの?!)


 涼風は軍配を蓼丸に向かって振った!


(協定するんじゃなかったの?! 宮城さんと、取り囲んでどーすんの!)


「ちょっと! マコ! あんた、裏切ったら許さないかんね! 蓼丸、護っ……」


『尼寺!』

『第二陣、撃て――っ!』


 また血糊の袋が飛ぶ中、涼風の騎馬が動いた。杜野の頭を掴んだ涼風は蓼丸に突進した。


『蓼丸さん、ごめんっ!』


 手が蓼丸の肩を掴む。もみ合いになって、二人バランスを崩す。「ひいい」と顔を手で覆った。


 ――落ちたら、負けだ! 『いっただき!』と涼風の手が蓼丸の眼帯に伸びた。


(ひどい、あんた、やっぱりひどい! や、やだ……! 蓼丸、勝つんでしょ! マコなんか蹴っ飛ばして……)

 涙が溢れた萌美に「見なよ。蓼丸の勇姿」「マコの裏切りの負けなんて見たくない」首を振った前で、涼風が崩れて行くが見えた。


「蓼丸は負けてねーって。涼風が馬を譲ってるよ……ははは」


『朱チーム、大将失格! 青チーム、規定の眼帯を奪われ……』


(え?)


 涼風の手には眼帯がある。蓼丸はギリギリのところで堪えていた。が、馬が持たない!


 杜野が充血した目で、蓼丸に怒鳴りかけている。


「どうか、俺らに乗って下さい! 死んでもおれ、落としません! 蓼丸さんっ!」


 蓼丸は頷くと、杜野たちに乗り直した!


『大将蓼丸の眼帯は外れていません! 続行です! 葉っぱの眼帯であろうと、眼帯は眼帯!』


 ――あ。


〝これ〟

〝念の為。織田会長とあのツンデレ和泉たち、本気でかかって来そうだし〟


(そうだ、マコだけは蓼丸が二重に眼帯をしているを知っていた。……まさか、杜野たちに託したの? ……自分の勝敗は捨てて。杜野たちなら、死ぬ気で蓼丸を護るからって)


 そんなのって……。涙が溢れてきた。


『きゃああああ!』副会長を乗せていた女子の馬の限界か。鬼女の格好をした糯月が崩れかけた。『糯月さんっ!』尼寺がすとんと飛び降りて、手を引いた。あとで、気付いたらしく、竹刀を肩に背負って蓼丸に頭を下げて、「無事ですか」と副会長を抱き起こした。


『ええ……? ありがとう? 冷静(れあ)さん』


 尼寺はにっこり笑う。すぐに『青チーム副将・尼寺冷静、朱チーム敗退』と審判が下された。


(まさか、尼寺先輩が好きな生徒会役員の人って……)


 見ているだけでいい。名前を間違えずに呼んでくれただけでいい。……それって。


『二重か。激情を抑え込んでいる割りには、小心モノだな。蓼丸諒介』


 織田と蓼丸はしっかりと向かい合っていた。50騎はもう数えるほどになっている。


『せっかく同じ時代に生きてんだから、遠慮無く憧れろよ、蓼丸』



 織田の挑発の言葉が響いて消えた。


***


 グラウンドに残るは、黒チーム、大将・三将、青チーム、大将のみ。


『最後まで残っていたほうが勝ちです!』


 放送を被るように、杜野が「うらああああああああ」と駆けだし、織田の騎馬も一直線に蓼丸に突っ込んだ!


『織田会長! あんたには煮え湯を飲まされ過ぎたんでね! 尊敬なんか出来ると思うか!』

『事実上の決闘だ。やっぱり、おまえのその片眼、が気に入らねえよ!』織田と蓼丸は拳をつかみ合って額をぶつけ合った。織田が吼えた。


『どうして、世界を両眼で見ないんだ! 生徒を、周りを半分にするんだ! 蓼丸、眼帯を取れ! 両眼で戦えよ! 今こそ、決闘だろうがぁっ!』


 はっと蓼丸は動きを止めた。


『両眼……』

『そうだ。大切なもん、片眼のみで護れるのか?』


(蓼丸……?)心配になる前で、蓼丸は口元をふふっと上げた。後で、泣きそうな表情で呟いた。


『桃原、済まない……俺、織田と本気で、戦いたくなった……』


 生徒会室での蓼丸が溢れてくる。


 ――織田会長に、伊達政宗の史実通り、憧れていたんだろう――と寂しそうに告げた蓼丸。


(いつもどこか、距離を置いていたのは。怯えていたのは)


 蓼丸はクローバーの眼帯を自ら剥ぎ取った!



『せっかく、作ってくれたのに……ああ、いいだろう! 決闘しろ! 織田!』



 涙が止まらなかった。蓼丸は咆吼して、織田と揉み合った。誰もが息を呑む中、織田の声がグランドを劈いた。


『これが、事実上の最終決戦! 落馬したほうが負けだ。いいな!』

『地べたに叩き落としてやる! 怨みをこめてね!』


 蓼丸の下でも、杜野たちが歯を食いしばって3年の柔道部の力に耐えていた。これは蓼丸の最後の戦い。織田を超えたいと願った。最後の――。


「……って……勝っ……」


 口元を覆っても、声が出ない。こんなときこそ、応援を送らなきゃ……でも、声が震えて。


「蓼丸さんは、落とさねぇっ! いいな、おまえら!」


 杜野たちが優勢になった。蓼丸は織田の鉢巻きに掴みかかった。


「勝って! 勝って――っ!!!」


『織田ああああああ! 大量の女子を管理する能力、生徒会長として使え――っ!』


『はははははは。俺には女の子と――……この学校が大切なんでね! 両眼になってどうだよ? つか、負けそうなんだけどなァ? 護るモンがあるって良いよなぁ』



 ぐらっと織田の騎馬が揺れる。


 同時に蓼丸の姿もぐらつき、二人は一緒に転がり落ちて砂埃に隠れた――……。


***


 砂埃が舞っている。


 霽れたとき、黒の鉢巻きを掴み、『いつも面倒かけさせやがって!』と海賊口調で織田の肩を地面に押しつけ、黒の鉢巻きを掲げる蓼丸の姿があった――。


『勝……勝者! 青チーム・蓼丸諒介! 織田勢、破れる!』


「わああああああああ!」泣きじゃくって傍にいた中島と、雫と、仲間と声を上げる。


 蓼丸は両眼で周りを見回して、嬉しそうに腕を上げた。


(嬉しそう! ……あんなに嬉しそうな手放しの笑顔をあたしは知らな……)


 萌美ははっと思い出す。


 ――最初に「顔を見せて」って眼帯を奪った。あの瞬間――……。


(蓼丸の笑顔をあたしは見ていた。……こんな風にも笑うんだって、きゅんとしたんだよ)


 男泣き状態の蓼丸を織田はからかい撫で、女子は一斉にスマホを構えた。


(あー、ピントが合わない、涙で目が痛いんだもん)


「織田が何かを喋るみたいだ」と先生に言われ、全校生徒はマイクを持った織田に注視した。織田はバサバサの髪をかき上げて、流し目になると、すっきりした顔を向けた。


『あー……時間制限なら、勝ってたんだけど。和泉椿が残っていたからね。……まあいい。こんなところだが、俺、今日で生徒会長引退すっから! 蓼丸諒介が俺の鉢巻きを奪ってくれたからさ。やっとね――第59期の生徒会長は、蓼丸諒介に任命する!』


 ぽいっとマイクを係に預けると、実はまだ泣いていた(?!)蓼丸と握手と抱擁を交わした。


 蓼丸はぼそっと『貴方に多分、憧れてた。伝えられて良かった』とまた涙声になった。『そ?』と織田は軽く返事する。


 やっと、二人の壁が見えなくなった。


 だばだばになった顔を萌美はグラウンドの砂埃に晒した。ところで、負け大将が泥だらけの白塗りでやってきた。


「織田会長はさ、蓼丸の鬱屈を見抜いてて、受け止めようとしていたんだ。ずっと。蓼丸に言ってたじゃん。「両眼で見ろ!」って……」


(うん、うん)嗚咽でずびずびの鼻をプスプス言わせながら、萌美は涼風の手を掴む。


「あんたが負けなかったら、蓼丸は負けてたよ。負けてくれてありがとう」


「――知らねーな。……負けるが勝ちってやつじゃね? 桃、体育祭って順位とかねーんだって。みんなで一緒に楽しむためのものだって。……だって、みんな蓼丸チームの勝利、喜んでんもんなぁ」


「そうだね……うふふ」


 ふと、寂しそうな和泉の顔が見えた。


(そうだ、つばにゃんは宮城さんが生徒会長になることを望んでいたのに――……)


 何となく、放っておけない。


『あー、言い忘れ~』とまた織田がマイクを持った。


(ん?)


『大将・涼風、こっちへ』呼ばれて涼風と蓼丸を揃えて、三人で握手の後、織田は素晴らしい笑顔で告げた――。


『女子! 今度はおまえたちが楽しませて欲しいナァ……つーことで! 織田の引退記念! 棒倒しの旗取った一位の女子は、俺らと写真、織田・蓼丸・涼風のハグ付き、なんてどう?』


 蓼丸が焦った口調で怒鳴り返した。


『会長! あー、織田さんっ! 俺、そういうところは憧れませんよ!』


『ま、いいじゃん? じゃ、頑張って~~~女子~~~』


***


 ……その後の女子棒倒しは、騎馬戦以上の乱戦になったことは言うまでもない。


(また余計なことばっかりして!)


「蓼丸のハグはあたしが貰うんだからあ! どけーっ!」


 ええ、この競技は失格無効になりました。女子参加者も、飛び込みも全員。

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