篠笹大炎上! 織田・蓼丸の乱〈篠笹体育祭〉! 〈午後の部〉

第63話 サルのshow!TIME

*63*


「僅差だな」と蓼丸にあげようとしたサンドイッチに伸びて来た手をばしっと叩いた。


「あんたはいくつ食べんのよ。なくなっちゃうでしょ!」母親がせっせと作ったお弁当は、涼風と蓼丸の協力で(?)あっという間に半分に減っていた。


「桃原、涼風緊張してるから。聞いてなかったか?」とは蓼丸。そう言う蓼丸もボードと、プログラムと進行データの入ったiPadを手放さず、時折本部とイヤホンで打合せつつのお昼で。


「へ? 緊張? ないでしょ」


「ショータイムのステージ、見て来るわ!」殿様の格好を脱いだ涼風はぱっと駆け出していった。


「え? お腹でも壊した?」


「俺も本部に顔を出さなきゃならない事態。ちょっとごめんな」


「あ、うん。残りは友達と食べる」


 ――ぱこ。お弁当を閉めた。生徒会役員二人とのお付き合いは、時折寂しいと思っていると、蓼丸がすぐに戻って来てくれた。


「騎馬戦に備えて、もう少し食べておくよ。桃原のお母さんのサンドイッチお洒落だし」


 あんぐ、と美形のくせに飾らない齧り方が嬉しい。ほとんど食べ尽くして、蓼丸は親指で口元を押さえた。


「充電完了。午後、勝てる気がする。サンキュ!」と頭を撫ででくれて、すっかり空になったお弁当箱を仕舞いながら「マコのやつ、片付けも手伝わなくって」と愚痴った。


「午後一番の芸術部マーチングショータイムの監督、涼風に任せたからな。適任かと思って」


「えっ? ああ、トランプの小技上手だもんね」


「いや、驚いたよ。ああ、実際は見たほうがいいか。リハは本人発っての希望で見せなかったから。本部のほうが良く見える。見てやれよ」


 ――サルの大道芸を見てるなら、蓼丸見ていたいんですけど。……と前は言ったと思う。今はともかく、頑張る涼風の姿が眩しくて、多分――好きで。


(だから、調子狂うんだってば……)


***


『イエーイ。乗ってるかァい! 行くぜ俺とおまえのシェキナベイベー』


 シャンシャン、ギュオーン。


 生徒は乗っていない。「なにあれ!」と萌美はステージのボーカルらしき男とタンバリンを振っている二人と、まるで協調性のないギタリストに野次を飛ばした。


「弱小軽音部……あいつら、絶対出させないつもりだったのに」と蓼丸は顔を覆ってしまい、簡易ステージの本部係に歩み寄った。ステージは立派に組み上げられていて、装飾も悪くない。ちょっとしたショーイベントが出来そうだ。


「篠笹にはたまに一流ゲストが来るから。文化祭用のステージを引っ張り出したんだ」


 ……しかし、そのステージには外しまくりの弱小軽音部が「ベイベベイベベイベ」連呼しているわけで……。


「ドン引きまくってるよ……」

「ああ」と蓼丸は目をうつろにした。


「おい、涼風。あいつらの後で大丈夫か?」裏方とステージを仕切る黒幕の向こうで涼風がせせら笑った。


「全然。本場のショー見たことある? ショーはドン引いたほうがやりがいがあるし、問題じゃねーって」


(なんだ、大道芸人ぽい発言して)


 プログラムは巧く組まれていて、ショーを採点する間に、騎馬戦用のラインが引かれ始める。陸上部とバスケ部、野球部・サッカー部の合同の「ラインチーム」が手際よくラインを引くも見応えがあった。


『俺のハートはおまえにあげるゥ。おいらのハートはおれのもの~』


(まだ歌ってる! 矛盾してるし!)


 顔を顰めたところで、実行委員が動いて、三人はぺいっとステージを追い出された。「わははははは」の大きな渦だ。しかも、追い出されたほうが盛り上がっているおまけつき。来客席も朗らかだが、蓼丸は首を振っていた。


「頭いて……あいつら、明日から同好会決定」と蓼丸が額を押さえたところで、陽気なアメリカン・ミュージックと共に涼風が現れた。


「あ、マコだ。お洒落してなんだろ?」


 軽快なステップは、小柄な体によく似合っていて。


「えっ。マコ、踊れたの?!」


 帽子とスティックを持っている。まるでサーカス団長のように軽快にステッキを振り回す度にトランプが散る。違う、映像だ。3Dのトランプ映像とピッタリ動きがあっているんだ。


「涼風はリズム感が良いよな。シャッフルの時に思った。あれ、勘で合わせてるんだよ。才能あると思った。俺にトランプ投げた時も、リズムが見えたからね。聞いたらリズム・マジックというれっきとしたショーだそうでね。やってみたいって」


「マコのお父さん、手品師だったからだよ。小さい頃、良く見せて貰ったな……」


 萌美は告げながら、目を釘付けにした。


(本気だったんだ。マコは「トランプマジックで学校を楽しくする」と公約を掲げた。あたしは大笑いしたけど、もう、笑えないじゃん……マコ、あんた、なんでそう、一生懸命なんだよ……)


 ショーなんて、目指す方法も、頂点も判らない闇かも知れないのに。


〝俺のオンナなんだから、エンターティナーでないと困る〟って言ったよね……。


「本場で勉強したいって、相談を受けた。だから――……」


 蓼丸は言い倦めて、「いや」と髪を揺らした。「ライン引き見て来る」と萌美を置いて、ステージ前から離れて行った。


 ――なんか、遠い、ステージにいるマコが遠い。どうして置いて行くのよ。あんたなんか、おでこ潰したバナナサルの子孫……もう、悪口すら言えないよ。


(どうしよう。天秤、傾いてる……?)


 ――ワアアアアアアア! 今度は曲が止んで、涼風はロボットのような動きになった。パントマイムだ。突然だらりと腕が下がる。帽子が重いのか、持ち上げようとしても、帽子はすとんと落ちてしまった。


「わ、帽子重そう!」


 重い帽子を持ち上げようと、四苦八苦する動作にまた目を輝かせて萌美は思った。


 ――こんな新鮮なウキウキ、子供の時のサーカス以来。


「ふふ、帽子に何か仕掛けてるのかな?」


 涼風は今度はその帽子に何かを詰めようと腕を伸ばした。途中で眩しそうな顔をして、醒ましている。まあるい大切なもの。太陽だと判った。そっと、大切に帽子に詰めるとステッキを振り回す。


「3・2・1」――鳩! 帽子から鳩のCGが飛び出し、海が飛び出して、最後にたくさんの星とハートの大洪水だ。グラウンドの広さを使った大きな画像マジック。


『以上、副会長の涼風真成と映像研究部・IT研究部のコラボレーションでした!』


 ――すごいすごいすごい! 


 夢中で手を叩いて、萌美は隣にいた蓼丸の腕をベシバシ叩く。ステージから涼風が降りてきた。みんな拍手で出迎える中、涼風は萌美の前で足を止めた。


「どうだった?」



 ――以前は「良かったです」とつっけんどんに答えた。涼風に対しての態度は、いちいち変化してる。

 興奮が冷めないまま、萌美は訴えるように告げた。


「すっごく良かった! 最後のハート、めっちゃ可愛い! あれ、全部映像?」


「リズム・マジック。世界の中でも増えて来ていてさ。もうカードトランプの時代じゃないんだ。デジタルマジックっつーか……」


「うん、うん」

「練習したんだけどさ……いまいち」


「そんなことない! だって、みんな笑顔になったじゃん! すごいね! 篠笹にはマジシャンがいるんだ! それがあたしの幼なじみなんて! どうしよう、自慢できちゃう! ねえ、スゴイよね!」


 涼風がじとっと萌美を見詰めた。


(あー……はしゃぎすぎた――……)


「桃、俺に惚れた?」からかいの口調。萌美はどつくはずだったが、言葉が出ない。代わりに涼風が「あー……」と困惑の声。


(なんて言えばいい?)どくんどくん。こんなに人がいるのに、自分の鼓動しか聞こえない。


 蓼丸には言えた。なのに、マコには言えない。マコはあたしにたくさん言葉と笑顔をくれるのに、あたしは何も返せてない。


「あ、えっと……」


「応援合戦の準備しないと。すぐ騎馬戦だし。くっそ、忙しくって一緒にいられねーな」


「そ、そだね! うん、き、騎馬戦、蓼丸護ってね!」


 涼風は「たりめーだろ」とまたサルの顔に戻って、「そろそろ騎馬戦連中集めて!」と係に指示をしていた。


(頼もしいなぁ)と微笑みを置いて、萌美も応援合戦の場所にダッシュした。



 ――蓼丸と、涼風を最前列で応援するため! 最前行くんだ。そして、あたしはいよいよ、どちらを選ぶか決めなきゃいけない。そんな、気がする。



「桃―! 最前列行くよ!」雫たちと合流して、「どけーっ!」と女子の陣取り戦いに集団で挑み、「なにすんのよ!」のボロボロになって最前列に辿り着いた。全男子の三分の一が参加する大炎上の騎馬戦までもうすぐだ。


『午後の部を開始します。応援合戦から、騎馬戦へと雪崩れますので、ラインロープから外へ出ないように注意してください。

 大将・副将・三将を発表します。黒チーム、大将・織田龍也! 副将・宮城滝一! 三将・和泉椿』


 黄色い悲鳴の中、着流しを織田が脱ぐと、女子が数名ふらついて保健委員が走り廻る。和泉と宮城は武士姿だ。十二単は見当たらない。しかし和風が良く似合う。


「あれ、衣装かえたのかな。動きにくいもんね」

「あれは織田の護り刀の森蘭丸と平手政秀モデルかな」

「わあっ!」


 突然現れた社会教師――中島――が満足そうに鼻の穴を膨らませて頷いた。


「織田くんは理系なのに、歴史にも詳しいからねえ。さっきはちゃんと濃姫とお市の方を連れていただろう。いやいや、なんとも素晴らしいなんという体育祭だ。これは語りぐさに」


「先生、うるさいから黙って」女子のブーイングの中で、織田チームが落ち着き、蓼丸チームが紹介された。


『大将・蓼丸諒介、副将・駿河秋葉、三将・真那……』


(蓼丸、白装束だ!)また解説が入った。これは有り難く聞いた。


 蓼丸は眼帯こそつけているが、着物は甲冑ではなく白装束。真っ白な衣装は黒髪のカツラに似合いすぎて恐い。


「あれは伊達正宗が豊臣の前に上がった時の決死の覚悟の白装束だね、いやはや、蓼丸も伊達政宗ヲタだなぁ……駿河は白拍子だな。竹刀なんか持ってたかな」


「あれ、替え玉だから」と横で声がして、振り向くと駿河が髪を編みながら気怠げに立っていた。目を剥く萌美たちに駿河は肩を竦めて廻ってみせる。


「演劇部の美しい俺がこんな泥臭いイベントに参加するわけねーだろ。髪が汚れる」


(ですよね――……で、あれは誰?!)


 駿河は白拍子を差した。


「剣道部主将の尼寺冷静だ。蓼丸を護るのに丁度いいだろ。何しろ、この騎馬戦で勝てれば一位確定なんだから。俺が出てどーすんだって揉めてたら尼寺がやりたいっつーんで、蓼丸に許可を貰った。心配ねーって。男よりつえーから」


 ――尼寺冷静先輩?!


『朱チーム。大将・涼風真成、副将・近江夏流、三将、糯月華夜・五条院馨子』の放送に珈琲を落とした。


 ――騎馬戦に先輩の女の子二人も入れて、何考えてんだ。あの殿サル! マジックから離れるとただのバカな殿でしかない。



『それでは各陣についたところで、応援合戦始めます! 織田チームは蓼丸チームへ。蓼丸チームは涼風チームへ。涼風チームは織田チームへエール合戦です』


 まだ騎馬は作られていない。それぞれにエールを贈り合う三人を見詰めている内に、否応がなく不安と、グラウンドのドキドキは高まっていった――。

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