第62話 借り物競走「もしかすると、人かもよ?」
*62*
「あ、桃原、最前列取れたぜ」本部から出て来て、ちゃっかり最前列を陣取っていた杜野と、「おっす、お疲れ~。サッカー部の二人がさ」と男子を物色している雫の間に挟まった。
「えへ、来ちゃった。あんまり勝敗って関係ないみたいだね」
「借り人競走は1つの見物だもんな。蓼丸さん、俺、借りに来ないかな~」
杜野の台詞に珈琲を吹き出しそうになった。
【借り人競走】は通常の徒競走と同じようにスタートし、コースの途中に置かれた紙を拾い、そこに指示された品物を借りてくる。単独で行なうほかに、障害物競走の課題の1つとして行なうこともある。進行をスムーズにするために課題となる品物としては、多くの人が持っているもの、比較的軽く、持ち運びやすいもの、誰もがすぐに貸してくれそうなもの、壊れにくく、素手で持っても大丈夫なもの、が選ばれることが多い(例:ハンカチ・傘・帽子)……だが、篠笹の借り物競走は一風変わっていて。
借り物競走「もしかすると、人かもよ?」……とんでもない競技である。
しかし、ここでカップルになったり、珍騒動になったりする伝統的種目で、騒動を起こさないはずはなく。
(あー、これって嫌な予感しかしません……蓼丸も何で引き受けるかなー)
「おー、俺も来ちゃった」とのんきな総大将が加わって、いつもの四人が揃った。
(それにしても、織田会長……何も手を見せて来ない……?)
観れば織田は相変わらず少し高い櫓(やぐら)に座って、全体を見下ろしている。
織田信長の着流しもそのまま。たまに女子と携帯を振っているが、あれはいいのだろうか。堂々とSNSでナンパしているんですが。
「命令が入ってるんだって。これに蓼丸さんが出ることも条件だって聞いて」
「命令?」
涼風は頷いた。
「この種目って「別名王様ゲーム借り物競走」会長の頭の良さ、ぱねぇから。ほら、始まった。あの牛柄のボックスに命令が入ってんだ」
「ねえ、何笑ってんの?」
「――いや?」と涼風は体育座りをした萌美を見てニヤついた。
「あんた、まさか内容知ってて……!」
掴みあげようとしたところで、蓼丸はというと、命令の紙を見て顔色を変えたところだった。
(あ、蓼丸、考え込んじゃった!)
と思うとぱっと駆け出して、まっすぐに1-Cのところにやって来た。はあ、と甘い吐息にびゃっと飛び上がったところで、蓼丸は「杜野!」と呼びつけた。
「はい。ちゃんと最前列に置いといたけど、これでいいんですか」
「ありがとう。小さいから、どっかに逃げ込むと探すのに手間取るんでね」
――置いといたって、あたし?! なんだ、「桃太郎コスしたチビのお馬鹿ちゃん」とか?
きょろ、と顔を上げると、蓼丸は太陽を背中に微笑んだ。
「ああ、織田の考えそうなことだからね。桃原、巻き込んで済まない」
「え? あの?」
「俺に掴まっているんだ、しっかりとね」
目を瞠る前で、蓼丸はよいしょ、と屈み込んで、萌美を姫抱きにして走り出した!
(なんの命令貰ったんだ――っ! 人生初お姫様だっこ! 大注目されてるんですけど!)
生徒たちがワアアアアと騒ぎ出す。吹奏楽が臨時にプパー、と演奏を始める始末。シンバルまでバジャーンと鳴りだして! 応援団が勝手に踊り始める中、蓼丸はコーナーを曲がってゴールを目指した、が、跳び箱他、障害物が邪魔をしている。
「た、蓼丸、なんの命令」
「取り合ってる可愛い子を姫抱きしてゴールだ!」
「ええええっ? あ、あたし、あの、その……取り合ってるって? あ、織田会長どこまで知って……」
(その命令見て、まっしぐらに来る蓼丸と、マコは似てる……)今更気付いた。
二人は、一生懸命さが似ていることに。だから、選べないんだ……。
蓼丸は「絶対に落とさないから静かに」と低めのハードルを抱いたまま飛び越え「うひゃあああ」、ビニールに邪魔された障害物をひょいと飛び越え「ひいい」、最後の跳び箱のジャンプ台を踏んで「ふわああああ」飛び上がった。所々に間抜けな悲鳴が交じりました。ごめんなさい。
「二条、いるなら撮れ! 後で引き延ばしを要求する!」
「あ、はい!」
「どきたまえ! ドブ猫!」どこからか神部が湧いて出て来て、二条をすっころがして、這いつくばった蜥蜴のような変な格好でフラッシュを切った。
空が近い。蒼空を飛んでいる感覚。3つの跳び箱の上を飛び越えて、何の事無く蓼丸はゴールしたけれど。
生徒たちの喝采が押し寄せた。「今のお気持ちは」とインタビュア(なんなんだ)がやって来た。
『こ、こわ……っ』
『落とさなかっただろ? 大丈夫。あ、俺に賞品とかは要りません。生徒会役員なので。命令が鬼畜だったので、ちょっと怖がらせてしまいました。一位? 良かった。芸術コースはやはり運動が苦手でね。午後のショータイムで巻き返します』
すとん、と下ろされて、足がかくんと折れた。
しかし、蓼丸は「ドヤァ」な顔をさらけ出している。
「良い写真撮れたかな。報道部を復活させてやったから、俺の探りどころじゃないみたいでね。うん、平和だ」
(全然平和じゃないんですけど!)と満足そうな頬を突いてやった。よくマコにやる仕草だけど、蓼丸にもちょいっと。
蓼丸はまだ萌美を抱いたまま、片眼を険しくした。
「織田は怖ろしいよ。おそらく、全部知ってるんだろう。知っていて虎視眈々と俺を狙っている。あと、桃原、どこかで織田に話しただろ。あの時に全部見抜いたと。……引っ掻き回してくるかも知れない」
「え、やだー」
蓼丸は声を低めた。
「眼帯を毟るなら、好きにすればいい。でも、俺も涼風も、桃原が可愛いからこそ、協定したんだ。桃原を泣かすような事態にはしない。……分かってる。このままじゃいられないって。その時に、例え桃原が泣いても」
「え? 泣かないよ」
萌美は「降りる」と地面に足を下ろして、「あたしは泣かない」と繰り返した。
もう校庭の真ん中では次の球投げの準備が始まっている。「こっち」と手を引かれて、講堂裏の庭園の白亜堂に落ち着いた。
体育祭が遠く聞こえる――……。
「桃原」「泣かないってば……」ぐす、と目を擦りながら、萌美は頭を振った。もうどうしていいか分からなくなる。蓼丸は萌美にしゃがみ込んだ。
「――涼風と俺が同じくらい好きになったんだな?」
「そんなことないもん」
「いや、涼風はイイコだから……責めないから大丈夫だよ」
コクン。
(ずっと責められると思っていた。夢の蓼丸が忘れられない)
「頭から出て行かないの……っ。マコにも、蓼丸にも、きゅんとする。でも、喧嘩は嫌だ。でも、どっちかなんて決めたくない」
「約束が違うだろ」蓼丸は頭を撫でると、険しい表情に戻る。
「ちゃんと決めること。そのために、俺だって、涼風だって今まで仲良く過ごして来た。勝てば桃カレ。負ければ友人。でも、俺はね、桃原」
ぐすん、と洟を啜る前で、蓼丸は萌美を愛おしそうに抱きしめた。柔らかい萌美の四肢は引き締まった蓼丸に隠されてしまう。
「告白を受けた以上、負けるつもりはないよ。まだ、緊張する?」
ふるふると頭を振った。段々落ち着いて来て、洟をすするを終わりにした。
「うん、だいじょうぶ」
やがて蓼丸は、「次の運動部対抗リレー、俺がMCなんだよな」と眼帯を締め直して見せた。
「書いてあるもんね。『運動部対抗リレー一位は予算アップ。蓼丸まで交渉権利あり』って」
「本気で来るぞ。これ。でも、運動部の本領発揮だから。大所帯の陸上部には勝って欲しくない。また駿河と近江が揉める」
「あはははっ、きゃは」
「やっと、笑った」と蓼丸が髪を揺らして微笑んで、萌美の頬を悪戯した。
「心配だったんだ。織田会長にずっと怯えてたんじゃ、楽しめないだろうから」
「うん、頭良すぎて恐いね。あ、でも和泉椿とはもうちょっとだったよ?」
「見てたよ。二人でいがみ合いながらも追い抜いていたのを。二人、楽しそうだったぞ。和泉もあんな顔するんだなって。あどけないね」
頬に手が添えられる。その手に小さな手をそっと重ねた。泣き腫らした頬が少し冷たかったけれど、段々ぬくもりで暖かくなる。
「うん、頑張ったよ。それに、騎馬戦だって、きっと、蓼丸とマコなら勝てると思うから! あたし、最前列取って待ってる。織田会長の鉢巻きなんか毟っちゃえ!」
ふ、と笑うと、蓼丸はゆっくりと頬を傾けた。
(あ、キス来る)でも、もう緊張しない。
(蓼丸に興奮していると思っていたけれど、隠し事をしていたからなのかな)
マコに、ほんのちょっと揺らめいてるって。
だって、あんなに一生懸命、あたしのことを……。
涙が出て来た。
唇を離して、大きな胸板に頬をひっつける。
――でも、今は、蓼丸に揺らされていよう。騒動の最中だけど。身勝手かも知れないけれど。決めるから。ちゃんと、決めるから……いいよね?
***
運動部対抗リレーは特別種目なので、特に点数に加算されない。最後のサッカー部とバレー部、陸上の三つ巴は見物だった。
篠笹の午前中が終了しようとしている。結果は以下。
織田龍也率いる黒チームは和泉他の短距離で割りよく稼ぎ、障害物で選手が遅れを取りつつも、冷静なフォーメイションと計算にて、玉入れを制覇。現在一位である。クラス別順位は2-A。3-B。1-A。1-C。3-Dと続く。
蓼丸諒介率いる青チームは短距離で思うように点が伸びず、障害物競走で点を伸ばすも、玉入れでマイナスを出し、現在三位。感性で突っ走るなと蓼丸のお説教付き。
涼風真成率いる朱チームは戦績が突出していないが、順調に平均点を稼いで安定の二位。しかし、織田とは僅差である。
勝負は午後の「篠笹大炎上騎馬戦。織田・蓼丸の乱。最終勝利は篠笹を制す! 武士よ、三つ巴の乱戦を期待する」に持ち越される事となった。
男子総勢150人の乱戦である――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます