第61話 「ここに、篠笹体育祭を開催する!」
*61*
「決戦は近い!」
織田・蓼丸・涼風の鬨の声と、まさかの戦国武将+桃太郎の出で立ちに、生徒が沸いた。
篠笹のモットーである「生徒自主性」を象徴するように、体育祭の部門は「有志」で支えられている。「やれることを見つけて、やる」まさに萌美がバレー部で培った大切な力だ。
(リハーサルしたけど……本番は緊張する)
「よっしゃあ、涼風チーム! 絶対負けねーっ!」涼風が吼えれば、「伊達政宗の衣装を着たからには、サルにも、うつけにも負けられない」と蓼丸チームが返し、「織田の名にかけて、戦国無双で行く」と織田会長が声を上げ、三人はしっかりと手を重ねた。
「ここに、篠笹体育祭を開催する!」
吹奏楽部が鼓笛を鳴らし、大地が揺れるほどの声を上げたところで、蓼丸と肩が擦れ合った。
「桃原、俺、平和のクローバーに誓って、負けないから」
「――うん」後ろ手ですいっと手を繋いで、目を閉じた。ところで、『第一種目・100メートル走 「学年無視のくじ引き走破レース」に参加する生徒は、すぐにグラウンドに集合してください』の呼び出し。萌美は早々に選手として出なければならない。
(もう、早いなぁっ あたし、着替えなきゃなのに!)
「じゃ、蓼丸、またね!」
背中合わせに駆け出した。
蓼丸は中央陣地の「青」、萌美と涼風は西陣地の「朱」、織田は東陣地の「黒」となる。しばらくお別れだ。でも、いい。一生懸命の蓼丸たちのちっちゃな力になっていると、実感があるから。
「桃、桃、あんた第3レースだから、急いでっ!」クラスメートに衣装を渡して、体操着になると、青空に腕を伸ばした。
「おい、桃。最初の点数、取って来い。殿に勝利を献上せよ」
「ばーか!」と涼風ことサル殿に舌を出して、たたん、と飛び上がってみる。精神統一をしようと目を閉じた途端、さっきの伊達政宗とのいちゃこらが浮かんで来た。
〝俺のために頑張る桃原が可愛くてね〟
「どわぁ……っ 口説かれてた!」今頃気付いて、顔を両手で覆う。指をぱたぱた動かしながら、ちら、と蓼丸の姿を探すと、伊達政宗はボードを小脇に、やっぱり仕事中。しかし萌美の視線に気付いたのか、ぱっと振り返って、手を振ってくれた。
(いやん)と手をおずおず振っていると、「浮かれてるとムカつくから気をつけなよ」と和泉にどつかれた。
――出たな。あたしの生涯の天敵(萌美の思い込み)!
「つばにゃん、何番目のレース?」
「……3番目」
(マジか!)闘志が燃え始める。どうも和泉とは反りが合わない。男女なのに、寄ると触ると喧嘩をふっかけられる。目の前で和泉はきゅっと鉢巻きを縛った。
「蓼丸さんのオンナのあんたに負けたら、宮城さんが負けることになるからな。悪いが、本気出すよ」
(蓼丸さんのオンナ!)言葉にぶっ倒れそうになり、なんとか体勢を戻す。
「あ、あたしだって、蓼丸、蓼丸のオンナのために負けられないもんっ!」
涼風そっちのけである。
「日本語おかしいよ赤点常連。宮城さんこそ、次期生徒会長になる存在だから」
「違う! 蓼丸のほうが向いてるよっ!」
「宮城さんだってば!」「蓼丸!」「宮城!」「ぜえったい蓼丸!」額を近づけて同じくらいの背丈で睨み合っていたら、進行役のサッカー部に揃って蹴られ、和泉に睨まれた。
和泉はどうあっても宮城さんを生徒会長にしたいらしい。それは、前回の選挙の時の監査で分かっている。過去の償いだって和泉は告げた。
(でも、蓼丸のほうが絶対いい! 和泉なんか追い抜いてやるんだから!)
じりじりとレースが近づいて来た。よりにも寄って和泉とは隣。
(ここは奥の手使おうか。相手は進学エリート生徒。スタート前にフライングさせちゃうとか、足引っかけるとか)
「ほら、3レース走者。睨み合ってないで、ちゃんと並んで」
ラインを踏んで、赤色の鉢巻きを締め直した。400メートル以下なので、クラウチングスタートになる。短距離走のスタートで、両手を地面について屈んだ姿勢から、スタートダッシュをする方法だ。屈む分、瞬発力が決め手となる。和泉のフォームは綺麗な状況も負けず嫌いに火をつけた。
「位置について――よーい」
(今だっ!)萌美と和泉は同時に向き合った。同時にあさってを差した!
「あ、宮城さん!」
「あ、蓼丸さん!」
(は?)と思った瞬間で、二人で仲良く出遅れた!
「この、赤点やまんばぁ! 同じ手使うなんて! 出遅れただろっ!」と和泉とほぼ同時にスタート。
「うるっさいなあっ! そっちが同じことしたんでしょー! どいてどいて~っ!」
「やかましいっ! ンの野郎、どけぇーっ! 僕は負けらんないんだよ! 進学コース舐めんなっ!」
どっちも背丈が低いものだから、目線がぴったり合って嫌だ。同じ速度で駆け抜けて、あっという間に三人抜いた。百メートルは一瞬の勝負だ。全力を出さないと負ける。
「ついてくんなっ! 僕が一位だ!」
「そっちこそ! どいてよ!」
ダンゴになって、ぶつかり合って、テープを切っても、まだ萌美と和泉は呼吸を荒くしたまま、睨み合っていた。
『ただいまのレース、同時ゴールでしたので、IT研究部による分析が行われます』
眼鏡数人が「待ってました」とばかりに、ザッ、と立ち上がり、映像を睨み始めた。
和泉がふう、と上半身を起こしてみせた。
「……宮城さんに勝たせ……たいんだよ。押し上げてやりたいだけ……で。はぁ……つか、やまんば足が速いんだな、驚いた」
「は、蓼丸……のために、負けられ……つばにゃんも速……」
和泉はくす、と笑って、尤もな言葉を出す。
「で? どっちだ? 一位は……同時だったからな」言葉に萌美も起き上がって設置された記録ボードと、放送本部を見詰めた。
『一位1-Aと判定が出ました!』放送部の声にがっくりと沈み込んだ。
和泉は体操着で顔を拭うと、「一応、男だからね」と目を細めて見せた。
「教科書を閉じた以上は負けられない。桃原さんや涼風に釣られると、みんな磁力が良くなって、バカになるけど悪くない。次何に出る? 僕は球投げと、騎馬戦なんだけど」
「あ、うん。女子棒倒しと、リレーかな。球投げは抽選外れちゃった」
「ふーん。頭にぶつけてやろーと思ったのに。んじゃ、頑張って」と和泉は機嫌良く陣地に戻っていった。
(なんか、へんなの)
それにしても、見回すと、ほとんどの生徒が大騒ぎで応援していて。なんだか嬉しくなった。うん、一丸で、何かをやる。
――教科書なんか閉じちゃって。それでいいじゃない。
「まずは二位! まずまずの点数じゃねーか」まだ殿衣装の涼風にピースして、陣地に入り込む。蓼丸はと目で追うと、もう体操着に着替えていて。
「あれ? 蓼丸、借り物競走に出るの? マコ、前で応援しちゃ駄目だよね……?」
殿は「行ってやれって」と扇子でパタパタと煽いで笑った。殿は大層心が広い。
「でもさ」と沈んだ声に振り返る。
「蓼丸さん、次の借り物競走に絶対に出ろって、織田会長たちに言われてたんだ。気になるな……何事もなきゃいいけど」
涼風の言葉に、また朝の織田に感じた不安を甦らせる。
また一波乱ありそうな雰囲気。空も僅かに曇り始めた――……。
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