第60話 生涯のあたしの天敵か! あいつ!

*60*


 高校生にもなると、イベントの規模は違うとは分かっていたが、グラウンドに設置された数々の簡易建造物は一年生たちの度肝を抜いた。


 戦国館を模した模造門に、浮き上がるような篠笹の校章をデザインした看板。


「美術企業の来客が来るから、美術部と建築部が本気を出したんだ。丁度いい。篠笹は文化祭と体育祭が交互だったからな。文化祭がない年の芸術コースの救済だ。OBたちも悔しがってると思うよ。名実ともに58期生徒会は何を遺すかな」


 確かに、「篠笹体育祭」の看板だけでも、圧倒される。「彼らは徹夜だったみたいでね。後で本部と合流して、労いに行くぞ、涼風」


「ういっす」と三人でグラウンドに降りて、ライン整備してくれた陸上部有志に挨拶に。「近江部長が実行委員すからね!」と副部長の二年生は嬉しそうにグラウンドを見詰める。


「――走破コーナー配置は?」蓼丸はボードを抱えてチェックに余念が無い。


「短距離が最初だから、グラウンドが荒れていると困るから。一応考えたつもりだが」


「あ、それ、助かるッス。荒れる競技が午後だから、女子棒倒しの合間に、ライン引いて」


 涼風が「あー、それで、女子棒倒しがリレーの手前だったんすか」と口を挟んだ。


(ふわー。色々考えてるんだ……)


「お昼のショータイム・パレードが終わり次第、騎馬戦のラインを引くッス。任せてください! 伊達政宗の道筋は俺らがしっかりと!」


 1-Cのクラスメートが数人顔を並べて、ちゃっかり裏切った。


「おい、俺、総大将なんだけど!」


「サルより伊達を応援する! 俺ら、杜野を筆頭に、ばっちり騎馬戦アシストしますから! 名付けて伊達蓼丸応援チーム!」


 何やら不可解なチーム結成。三人はポーズを取った。間違いなく委員長の杜野の命令だろう。


「ありがとう。織田には負けない。君たちも、全力でね」

「……男子に人気だね。蓼丸」


 鼻の頭を掻く蓼丸と、陸上部とはさよならして、次は朝から衣装チェックに余念の無い演劇部室・クラブハウス・講堂前の体育祭本部へ。進学コースの希望者から選ばれた来客接待組だ。


「講堂が本部デスクになるんだ。ここは生徒会の副会長と杜野の管轄。隣に報道本部・放送有志。マイクの調子は?」


「絶好調です! 来客のリストもチェック済み。ここは俺に任せてください!」

 時計を覗き込んで、蓼丸はいよいよ演劇部へ足を向けた。一般生徒前に、衣装を身につけておかなければいけなくて。


 ――桃太郎も、ご相伴預かります。


***


「じゃあ、あとは本番で」演劇部のあるフロアから、ほっそりとした着物の女性の声が響く。


(わ すごい和風美人。誰だろう)


そばには、もうちょっと小さい大和撫子。むすっと頬を膨らませて小さいながらも偉そうに立っている後ろ姿はツンデレ和泉だと分かった。


「おはよ。つばにゃん!」「お、汚いももたろはら」(桃原!)と言い返そうとぐぬっとなったところで、蓼丸がすいっと前に進み出た。


「おはよう、和泉・宮城。織田に振り回されて大変だろう」


 二人は黒髪を揺らし、顔を見あわせ、和泉は肩を落としたが、宮城は着付けた袖をばさっと揺らしただけ。


「え?! 宮城さんっ?!」

「そうだけど?」

(うわ……気付かなかった! これ、宮城さんか! ってウチの男子って何なの!)


 あまりに普通に立っているので、すっかり女子だと思ったが、考えたら、ツンデレ和泉が傍にいるなら、百パーセントで宮城に違いない。


「ああ、おはよう。いや、織田って言ったら蘭丸だろって言ったら手打ちにされそうになったんで、濃姫で手を打ったんだよ」


「迷惑ばかりだな。織田会長は」


「慣れているから平気。僕としては蘭丸のほうが(※織田が可愛がった男小姓の恋人)動きやすいんだけど、ははは……。和泉、5分過ぎた」


「はいっ。やまんば桃太郎に教えておくけど、十二単着てると全部かぐや姫かよ。おめでたいね。僕は織田信長の妹だっつーの! 古典赤点はスゴイね」


 がーん……ぼけっとしたところで、涼風が「和泉とは縁があんな」と萌美の肩を叩く。


「俺、生徒会執行部だからみちゃったんだけど、短距離走、くじ引きだろ。おまえと和泉、同じレースだった。おい、負けんなよ!」

「和泉椿、足早いの?! あれって選抜でしょ?!」


 午前中の1発目。100メートル走 「学年無視のくじ引き走破レース」だけは各クラスは本気で足の速い生徒を選んでくる。ぼけっとしていたら萌美が女子で一番足が速かった事実が判明。総勢10レースはくじ引きで、3年も2年も1年もないのに。


(なんの因果! おつむで負けてるのに、足では負けられない!)


「知らなかった。桃原、足、早かったんだな。考えたら、一番に逃げてって、躓いて……」


 蓼丸ツアーの失態なんか思い出して笑いを堪えた蓼丸が「和泉はS中でも誰より足が速かったよ」言われて見れば、早足も追いつかなかったし、宮城と消えるも早い。


(生涯のあたしの天敵か! あいつ!)炎を燃やしたところで、涼風が先に「おはよざいやす!」とドアを開け、蓼丸が萌美の肩を叩いた。


「協力、ありがとう。女の子なのに桃原、桃太……和泉と逆……。そうまでしても俺に協力を? 断っても良かったのに」


 萌美はきょと、と目を見開いて首を振った。


「断るなら、蓼丸だって断って良かったんだよ? 赤点お馬鹿の逃げ足早い桃太郎なんかより……ううん、好きな人の役に立てるなら、あのサル殿と頑張れる。選挙で分かった。あたしは、蓼丸のためなら頑張れる!」

「……ちょっとだけいいか。敵同士になる前に」


 壁に追い詰めるような腕の上げ方に気付けば両腕の中に、チビ桃太郎(予定)はすっぽり収まって。蓼丸は両腕を伸ばしたまま、ちら、と廊下を窺っている。


「ありがとうのキスくらいはさせてくれるよな」


「キッ……」「不安が吹き飛ぶ御守り、サンキュ」「う、ううん? ねえ、眼帯つけてるよね……ちょ、そんな目で見ないでよ」


「俺のために頑張る桃原が可愛くてね」


 顔を火照らせて倍速で瞬きを繰り返していると、頬を撫でられた。


「いい?」「うん」蓼丸が顔を傾けたところで、「こらぁ、蓼丸諒介!」とドアが吹っ飛ぶように開いて、唇直前で蓼丸はガクッとなり、萌美の肩に沈んだ。


(もおおおおお! あとちょっとだったのにぃっ!)


「あんたの着付け、一番時間かかんの! ラブシーンなんか後にしてさっさとしなさい! そこの熟れた桃も! あんたの小さい足に草鞋合わせるのも大変なんだからね!」


(でも、今の蓼丸……眼帯してたのに? あれ? 何か、気になる……)


 まだ馨子に怒られて困惑している蓼丸を見詰める。そうしている内に、放送が流れ始めた。



『最終打合せを行います。体育祭実行委員と、生徒会役員、各部有志は講堂の体育祭実行本部へ集合です』



「あ、杜野くんだ」

「おまえもだよ」と涼風が袴を捌いて手を掴んで来た。「実行委員扱いだから、俺らと一緒でいーの」開会式で旗持ち行進するって聞いてた? 一般生徒とは違うんだから、ミスすんなよ」


 涼風は目を細めて嬉しそうに頷いた。


「俺が好きな女の子なんだから、エンターティナーでなきゃ困る。あと、今日は俺の近くにいろ。蓼丸は敵なんだから」


〝俺が好きな女の子〟


 涼風をじ、と観ると、涼風は「バナナ美味かったな~」と殿様服装を揺らして、腕を頭の後ろで組んでにっと笑った。


 ――どきん。


 一生懸命の色の矢が胸に刺さる。この矢はきっと抜けない。抜いたら心が痛いだろう。


「うん。マコといる。行こ。そうだね、あたしがここにいること、すっごく幸せなことなんだよね。マコ、生徒会大変?」


「まーな、お、スマホの呼び出し」と涼風は軽く言うと、「蓼丸さん、また戦場で」と手を軽く挙げて、まだ着付けの終わらない蓼丸に別れを告げた。



***


 ――織田会長の姿が見えないが気になる。


「ねえ、織田会長見当たらないね」と会話を始めるなり、「やられたぞ、涼風! 校門だ!」と伊達蓼丸がびゅんと駆け抜けた。


「あっ。蓼丸が走ってったけど! 足、速!」


「会長が織田の衣装つけたまま、校門でさっそく武士モードで近隣の女子含めて口説いてるって! 男子から苦情殺到! くっそー! 捕まえてくらぁっ!」


(姿が見えないと思ったら!)


「会長! じっとしててくださいっ!」


 二人に追いついて走って、校門で「知ってる?織田信長って多妻制だったんだ。どうする?」 などと女子の山と列を作っている会長を女子を押しのけて捕獲するのは大変だった上、「ちょ、伊達! 伊達正宗! 婆娑羅(ばさら)ァァァァァ!」と蓼丸が女子に掴まるという珍騒動になった。


「わかった! 後で、後で写真撮らせる時間必ず取るから! 織田会長! 当日まで騒動起こして! いい加減にしてくれませんか!」


「後夜祭でだって。じゃーねー」とひらひらと手を振って投げキッス。頭を抱える蓼丸と、涼風に挟まれた織田と目が合った。


「織田の格好が勿体ないだろ。ああ、蓼丸誘えば入れ食い状態だったか。しまった」


 ……織田会長? いつになく雰囲気が違うは織田信長コスのせいじゃない。


(何、企んでるのよ。全く、見えないよ)俯いたところで。織田がふっと傍に寄ってきた。


 ぎょ、と見上げる萌美の耳にそっと形良い唇を寄せてくる。


「――桃太郎ちゃん。さて、眼帯王子か、マジシャン志望の殿様か。どっちを選ぶか。この体育祭で決まるかもな?」


 ――え? 顔を上げると、織田は涼風に「殿様似合うねぇ」ともう絡んでいて。



(織田会長、まさか、あたしたちの事情、全部知ってる?! Scrambleの三角が崩れて来ていることも――?)



 振り返った織田の笑みは優しく不敵で、胸騒ぎを感じずにいられなかった――。

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