篠笹大炎上! 織田・蓼丸の乱〈篠笹体育祭〉! 編

篠笹大炎上! 織田・蓼丸の乱〈篠笹体育祭〉! 〈午前の部〉

第59話 御守りの眼帯は幸せのクローバーで

*59*


「萌美、鍋の中から肉じゃがと焼売取りだして。フライパンの卵、そろそろ布巾で包んでくれる?」



 ――いてっ。突然のママの呼び出しで、針、差した。ちゅ、と指を咥えながらキッチンに出向くと、鍋やらフライパンやらに料理が散乱していて。


 桃原家は朝からバタバタと忙しい。


 マメな母親の手料理がテーブルには所狭しと並んでいた。


「すごい、これ何? もしかして全部今日のお弁当?!」


「蓼丸くんとマコちゃんと食べるでしょ? 蓼丸くん、どんだけ食べるのよって感じだったから。体育祭だから、いっぱい作ったの。おかげでママ三時起き。ほら、普段やりなれないお裁縫で指なんか怪我して。当日まで何やってるの?」

「んー、ちょっとね……パパが言ってたこと思い出して、思い立ったの」



 実は昨晩、萌美は父親に伊達政宗についてを聞いた。逸話はたくさんあって、面白かったが、一番気になった部分は『伊達正宗は愛する姫に衣装を縫って貰っていた』部分だ。


 ――織田会長に、勝って欲しい。


 まさかの宣戦布告騒動は、今や篠笹を連日賑わわせている。社会教師が乗り気になった影響で、授業は何故か戦国無双の武士の話ばかり。


 社会教師の株まで上げてどうするんだか。蓼丸の騒動は尽きない。


 また、涼風が衣装を金ぴかにしたものだから、何だか戦国時代に突っ込まれたような気がして、大嫌いな歴史も少しだけ親近感を持ったり……三日間の日々はめまぐるしい。リハーサルもあっさり終えて、当日がやってきた。


「萌美」「んー」とフライパンを下ろしたところで、母親が嫋やかに告げた。


「あんた、変わったわね。んー、夏合宿あたりから。お寝坊さんもなくなったし、活き活きしてる気がする。やっぱり、あんな素敵な穏やかな彼氏さんを捕まえると、落ち着きが出て来るのかしらね」


(ちょっと違う)


 蓼丸自身がかっとなって眼帯を毟り取って、自ら騒動に突っ込んで行くから、いちゃこらもどこへやら、「蓼丸!眼帯!」と萌美が落ち着いて声を掛けねばならないのだ。


(いいんだけど。……落ち着かないのも慣れたし)


 萌美はほかほかの卵焼きをひょいと摘んだ。


「だって、朝、迎えに来るんだもん……やまんばみたいな頭見せるの、やだー」


「ママはてっきりマコちゃんと結婚すると思ってたんだけど。マコちゃん、あんたのことめっちゃ好きでしょ」


 卵焼き、落とした!


「ママ!」「あら、モロバレでしょうが。あんた、揺れてるでしょ。ほほほ、ママ鼻が高いわぁ。パパとも「どっちを選ぶのかしらね」なんてドラマ感覚でウキウキ話したのよ。懐かしいわぁ……ママもパパを選ぶ前に」


(うわぁ、聞きたくないっ。それに人の恋で遊ぶなっ! 真剣なんだから!)


 落とした卵焼きにさようならして、萌美はまたリビングに戻った。



〝あんた、変わったわね。んー、夏合宿あたりから。お寝坊さんもなくなったし、活き活きしてる気がする。やっぱり、あんな素敵な穏やかな彼氏さん〟


 母親の台詞には二文字足りない。「素敵な彼氏さん」だ。


「裏地、シルクでいいよね」とチクチクと針を動かして、なんとか縫い上げた。クローバーのワッペンを改造したそれを翳して目に当てるといいかんじ。


 ――織田会長は、知能派の生徒を総動員して、多分本気で蓼丸の眼帯を取りに来る。プログラムにまで書いてあるんだ。本気に違いない。



 体育祭のプログラムは髄を凝らされていて。

1, 開会式「決戦は近い」

2, エール交換「敵に塩を贈れ! ここに戦いを宣言する」

3, 100メートル走 「学年無視のくじ引き走破レース」

4, 借り物競走「もしかすると、人かもよ?」

5, 球投げ「マイナス球もあるので注意」

6, 運動部対抗リレー 「一位は予算アップ。……蓼丸まで交渉権利あり」

7, 芸術部マーチングショータイム「一位は講堂にてイベント生徒会バックアップ」

8, 応援合戦

9, 篠笹大炎上騎馬戦「織田・蓼丸の乱。最終勝利は篠笹を制す! 武士よ、三つ巴の乱戦を期待する」

※B・Eの蓼丸諒介チーム総大将蓼丸は、鉢巻きではなく眼帯を剥ぎ取られます。ご期待を。

10,女子棒倒し「ぽろりで織田を楽しませて欲しい」「晒し絶対着用で願います」

(このポロリ消して晒って書いたの蓼丸だな……あたし、出るんですけど)

11教員・科目対抗リレー 「先生たち、どうぞ不倫なんかせず、鬱憤霽らしましょう」

12,クラス対抗リレー「最後のチャンス! 戦略を練ってかかってこい」

13,綱引き「別に象野郎に興味なし」「男子の皆さん、力比べ、頑張ってください」

14、来客挨拶

15、閉会式・表彰式



(ところどころに、蓼丸らしき修整が……お仕事おつかれさまです)


 しかし。

 織田会長の本心が分からない。何か、ありそうな気がする。


 萌美はできあがったクローバーのワッペンを指で解して、買っておいたチェーンベルトを手にした。


「それ、蓼丸くんに? 縒れてるわね。強度はありそう」


「うん、そっちのほうが大切かなって」と頷いたところで、チャイムが鳴った。


 モニターから、すっかり母親に気に入られた蓼丸と、涼風が手を振っているが見える。


「上がってもらいなさいな。お二人とも。蓼丸くん、丁度良かった。お弁当持って行きなさい。萌美じゃ重いからね~ マコちゃん、おはよ。亮子にあたしの靴返せって言ってね」


「ういす。借りパクしてるんすね。ウチのババア」


 ――お重が出現した。ママのほうが張り切っている。


「あ、おばさん。うまそーなバナナ貰っていいすか?」

「おはようございます。……手伝いますよ」


 今日も眼帯伊達男は甲斐甲斐しく手伝いを見つけ、殿様サルはさっそく食卓のバナナを見つけている。


(この全く違う二人のどっちかに決めろって……良さが違うんだから。バナナ食ってるマコだって観れば可愛いし)


「これを詰めるんですね、美味しそうだな」


 颯爽と腕を捲って、蓼丸は菜箸を手にした。(いや、お弁当じゃなくって! 時間がなくなっちゃう)と思ったところで、涼風がクローバーの眼帯もどきに気がつく。


「これ、蓼丸さんに?」

「うん、念の為。織田会長とあのツンデレ和泉たち、本気でかかって来そうだし。二重にすれば心配ないでしょ。不格好だけどさ。あんたにはバナナあげる」


 二人は顔を見あわせて、小さく頷いた。


「蓼丸さん、俺が詰めんの、代わるッス。おばさん、作り過ぎ~」


 今度は交代して、蓼丸がリビングにやって来た。「お、おはよ」と肩を張らせる前で、「これ、俺に?」と片眼がふっと細くなる。


「パパに聞いたの。伊達政宗さんは、ずっと愛する姫に衣装を縫って貰ってたんだって。なら、あたしも頑張ってみようと思ったんだけど、フェルトでごわっとするかもと思って。チクチクしないように裏地縫ってたんだよ」


 手の平ほどの緑のクローバー型のワッペン眼帯は、お遊戯レベル。でも、紐はしっかりとベルトにしたから、そうは千切れないはず。


 織田会長は、蓼丸の眼帯を取るときは後ろの紐を引くから、ベルトにしたは正解だと思う。


「こうやってね、ほら、結び目、髪に隠れるでしょ? 確かウイッグが……」


 目の前で両眼が露わになった。「涼風、こっち来るなよ。決闘したくないから」と牽制して、蓼丸はじーっと萌美を見詰め続ける。


(なんだよぅ……)


 いつになく、濡れたような目。右眼の色が少しばかり薄く、左眼は力強く輝いている。


「つ、つけてあげるねっ……」


「自分で告っといて、いつまで緊張してるんだかな。うん、お願いします」


 蓼丸を座らせて、少し硬めの茶髪に手を突っ込んだ。ちゃんと測っていないから心配だったが、長さはちょうどいい。ふわっと洗い立ての石鹸の香りに、思わず頬を寄せた。


「負けないでね」

「そこにおたくの総大将がいるのにいいの?」


「――織田会長に。プログラムにまで書かれてるんだもん。心配だよ……」


 ひょこ、と涼風がバナナ片手にやって来た。


「あんたは人のウチのバナナ、大量消費しないでよ。ねえ、マコ、お願いが」

「騎馬戦では、蓼丸を助けるよ、ん、うめーな、このバナナ」


 きょと、として顔を上げると、蓼丸は眼帯を二重にして、にっこり笑った。


「織田が言ってたからね。なら、協定も有りだろ? 俺と涼風なら、協定できるって知ってるんじゃない?」


 ――そうだった。


 他の人たちには出来なくても、この二人なら、手を取り合えることは、一番知ってる。


(そっかぁ……うん、それなら、マコはきっとやってくれる)


「乱、なんて文字は「変」に書き替えてやるさ。負けるの前提の「乱」なんてこれ以上言われたくないからな。こいつと協定してでも、織田を地べたに這いつくばらせてやる。あと、人の彼女を「やまんば」呼ばわりするお姫様、中学で決着がつけられなかった宮城滝一、それから報道部で引っ掻き回した神部、逆恨みの柔道部部長、まとめてブチ倒そうかと思ってるよ」


(敵が多いなぁ……相変わらず)


「でも、どうやって?」


「――馬がいるから。男子騎馬戦に華を添えて織田をやっつけて花道にしてやるも悪くない。あ、すみません。こんなにたくさん」


(うま?)


 首を傾げる萌美の脳裏で「ぶひひ」と馬が鳴いた。


「いえいえ、もっとお裁縫上達させておくから。マコくん、亮子にバナナ代請求するわよ。そのバナナ高いのに、全部食べちゃって!」


「ういっす、母に言っておきます。取りあえず三百円でいいすか?」


 ――今日は晴天。でもちょっと曇る予定。降水確率30%の秋晴れとギリギリ言えるレベル。



 こうしてあたしたちの体育祭の朝はにぎにぎしく始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る