第58話 桃カレたちの衣装合わせ

*58*


 蓼丸は演劇部長との打合せに訪れたついでに、萌美に会いたくて(ここ大切、テストに出ます!)逢いたくて立ち寄ったらしい。


 蓼丸は涼風と違って、心を口にはしない。〝読み取っていいよ〟と言わんばかりに、心の手前でふっと微笑むだけ。言葉の取り返せない恐怖を知っているのかも知れない――。


***


「隣、失礼するよ」といきなりふわっと十二単が舞い降りた。和泉はむすっとしつつも、「飲む?」とオレンジジュースを差し出してくれる。有り難く戴いて、簡易ステージに座った和泉を見やった。


「つばにゃんと、あたし、似てるよね」


「似てない」ぴしゃりと言われて、しょぼんと俯いた後で、桃のプリント柄の鉢巻きを弄くり倒しながら、聞いてみる。


「よく、引き受けたね。男の子なのに」


「宮城さんに言われたら、断れないだろ。散々迷惑かけてんだから。嫌だよ。これでも男の子なんだからな。でも……さ」


 ツンデレがしょぼんとすると、別の意味で迫力がある。(そうだよね)きっと内心は「命令」で嫌々なんだろうと思うと切なくて、萌美は思わず和泉の肩に手を置こうとした。


 瞬間、和泉はくふっと笑った。


「桃原さんみたいな信じられない赤点取ったへっちゃらバカもいて、生徒会ってフザケんなって思ったよ。涼風なんかサル山に引き摺ってやるつもりで監査したのに副会長補佐。あー、何とかなるんだって思ったら、吹っ切れた」


「……心配して損した! 教科書に埋もれちゃえ!」


 和泉はあはははと笑って、忙しそうに走り廻る部員に、ボードを片手に色々指示や確認している蓼丸・宮城コンビを見て、呟いた。


「こんなに一生懸命準備して、一瞬で終わっちゃうんだ。でも、そんな時間も悪くない。僕らも、少し未来を見過ぎているのかもって。……羨ましいなら、やればいい。教科書抱えても楽しむことは出来るし、その時だけ閉じれば良い。優勝は織田勢の1-Aだ。委員長として、ここまでの覚悟で参加するなら、勝って当たり前だ」


「そうだね……すぐ終わっちゃうけど、切ないけど、きっと、楽しいよね」


「きみらは、織田会長と蓼丸さんの抗争に巻き込まれて吹っ飛んで終わるよ。総大将の涼風に宜しく」


(相変わらず毒舌きっついな……)でも、涼風の何やら怖ろしい何かを知っているは萌美だけだ。あの涼風が何も考えて――……考えてないから、あたしを桃太郎なんかにするんだった。


「その衣装、似合ってるよ」和泉はにこ、と笑いながら最高の毒舌を置くと、「宮城さん」と何やら告げに走って行った。宮城が和泉と話し込むと、蓼丸がこっちを向いた。


「ももたろ……桃原、気をつけて帰れよ」しっかり呼び間違えて手を振ったりする。


 夢中でふりかえしている間に、演劇部長の馨子がズズンと割り込んだ。


「じゃ、俺は生徒会に戻りますので」

「蓼丸くん」

 呼び止められて、蓼丸はぎくっと足を止めた。


「あんたの衣装合わせが終わってないでしょ、蓼丸諒介」そうだ、蓼丸だけ衣装合わせをばらしていない。


「逃がさないわよ。我が芸術の蓼丸勢の総大将がいつまで引き延ばしているの! かかりなさい! 部員共!」

「はい、馨子さん!」

「ちょ……っ 俺、打合せが終わってからで! あの、マジで勘弁してくれませんか!」

「往生際が悪いっ!」


 ……今度は蓼丸が演劇部の餌食になった様子だ。


「涼風、衣装合わせ終わりました」


「よっ」とどう見ても殿様の黄金サルが顔を見せた。

「杜野がサルっつったら殿だろって。意味わかんねーけど、金ぴかにしてって言っといたんだけど」


(良かった、サルじゃない……ケド……けど……どうみてもバカの……!)


 お腹の中で、たくさんの萌美が笑い転げて、胃を苛め始めた。「そんなに笑うかよ! 塗られたんだよ! 手打ちにすんぞ!」


 最後の二年生の近江も終わったらしく、一緒に出て来たが、背が高いから、天草四郎の衣装が良く似合う。しかし、本人は誰の衣装か分からないらしく、「首のところのくしゃくしゃに見覚えがある」……などという程度。


(そういえば、みなさん、追試でお逢いしました……涼風赤点トリオだ!)


 ……これ、なんのちんどん屋? 落ち込んだ時に、シャッと蓼丸のカーテンが開いた。誰もが言葉を喪った前で、蓼丸は「ん? やっぱり似合わないよな」と眉を顰めて見せる。


 ……世界が一瞬終末を迎えたように、静寂になった。


(篠笹に、……ついに降臨! 伊達政宗! ああ、黒の鎧風味の衣装が眩しい!)


「伊達政宗の騎馬武者の鎧は全て黒、兜の前立ても金色の半月で統一されたんだ。馬飾りは虎・豹・熊の毛皮そして孔雀の羽。全員の具足の前と後ろに金で星が描かれ、政宗自身は熊毛の陣羽織を身につけて……これは伊達政宗の京上がりの時の」


 馨子がふん、と鼻を膨らませて、「戦国ものやったからね」とふんぞり返った。


「篠笹の伊達政宗よ! 名付けて、篠笹炎上。フフ、1度あんたに着せたかったのよね! 勝ったら演劇部部費アップを申請するよ、精々頑張れ、蓼丸諒介、あっはっは! あんたのその眼帯素材、生かさない手はないでしょ!」


 蓼丸は眼帯を押さえながらも、鏡であれこれポーズを取っている。


(そういえば、伊達政宗好きって……あのひと、無意識に超、嬉しそうなんですが……もしかして、眼帯気に入ってる?! 蓼丸がわからない人になってきた……。)


 きら、と目線を向けられて、お腰のきびだんごを投げそうになった。


「いや、似合ってないよ。派手じゃないか? ……俺、イベント企画は好きだが、御輿は……フフ、髪、どうしようか」


「何を言ってんだ。蓼丸」「さあ? 嬉しくてクールぶっ飛ばして呆けてんですね」アンドロイド毒舌監査ズだけが冷静に会話をしている。


 しばらくして、男子の走り込む音に、ドアがバーンと開いた。


「鍵忘れたの誰だ!」と五条院が怒鳴る前で、

「蓼丸さんが伊達正宗やってるって本当っすか!」誰が知らせたのか、蓼丸リスペクターズの杜野他男子がすっ飛んできて、二条も駆けつけてきて、カメラフラッシュの大騒ぎになった。


「桃? 桃? 桃太郎~? 鬼退治行くか~? 桃? ももー、おい、好きだぜ? あー、だめだ。固まってる。くっそー、王道で勝負かよ、さすがは芸術コース!」


(もう、負けでいいや。バカな殿様と、張り合うまでもないもん。この姿が拝めれば、あたしは焼き肉打ち上げしなくっていい)


 桃太郎だけど! 萌美は泣きそうになって、(まてよ?)と思い留まった。ここは嘆く場面じゃない。一般生徒のわたしも、同じく参加させて貰えているのは……。


(マコ……まさか、またあんた、仕組んだ?)


 萌美がマスコットガールになれば、生徒会や実行委員とも近くなれる。逆に言えば、チャンスはここしかなかった。


「マコ! ありがとね!」涼風は「もっと派手にしたい」と我が儘を言っていたが、萌美に気付いて片手を挙げた。


 ――なんだよ、また、お膳立てしちゃって……あんた、何がしたいの。


 やがて蓼丸が無表情(のつもり)で萌美に歩いて来た。


「話しておきたいことがあるんだが、このまま校内を歩かないか? いいプロモーションになるだろうし。このまま織田に言いたい事があって。来てくれない?」


 歩きたいらしい。どうやら、見せびらかしたいらしい。萌美は「乗った!」と腕に掴まった。


***


 いつもと変わらずに歩いているだけでも、画になる。「伊達政宗だ! は? 桃太郎?」とおまけになりながら、渡り廊下を渡り終えて、蓼丸はにこやかに手を振って足を止めた。


「織田会長の話なんだけど……最初は本気で嫌がってたんだ。意外だろ」


 手すりに腕を載せて、蓼丸は、唇を曲げた。


「進学コースの親玉なんだから、体育祭の成功は織田の評価に繋がる。絶対にやりたがると思ったのに「女の子としけ込みたい」なんて言い出して、問い詰めたんだよ。

生徒会長をなんでやってんだって! 仕事はしない、決裁も俺任せ。そのくせ、能力はあるし、カリスマだって群を抜く。織田が立ち上がれば、生徒はみんな言うこと聞くだろ」


 総会を思い出した。確かに、織田の言葉でほぼ全員がやる気を出したし、あの和泉たちですら、参加しようとしている。


「ショックだったよ。あの後のクラスアンケート、一番に出して来たのが「1-A」と「2-A」だった。いくら言っても、腹が痛いと言い張る進学コースのアンドロイド連中。演劇部だってあんなにいきいき……」


 話の途中で歩き出した。「似合ってるよ」と声をかけても、まっすぐに目線を上げて、傍の桃太郎なんか見やしない。「おー、蓼丸……え?!」と社会の先生を驚かせながら、本館に辿り着いた。


 ――あたしなんか、見えてない。あの片眼は、今は桃太郎は映さない。


(多分、蓼丸は織田会長に勝ちたいんだ……それしか、ないんだ)


「情けないよな」とやっと向いたは生徒会室が近づいた辺り。またチェシャ猫を見かけて、萌美は「追い払ってくる」と駆け出そうとして。


「そばにいろ」と腕を引かれて「はいいっ!」と声を引っ繰り返らせた。


「織田会長に、伊達政宗の史実通り、憧れていたんだろうな」


 聞こえないくらいの声で告げると、蓼丸は萌美の前で腕を広げた。


「姿形なんか関係ない。肝心なのは、今を楽しめるか、だろ」(いえ、蓼丸、思いっきり嬉しそうです)言葉を押しとどめると、代わりに萌美も楽しくなってきた。和泉の言葉を思い出す。



〝こんなに一生懸命準備して、一瞬で終わっちゃうんだ。でも、そんな時間も悪くない。僕らも、少し未来を見過ぎているのかも〟



 そうだよ。きっと未来を不安に染めすぎている。ただ、楽しめばいいんだ。涙出るほど楽しくすごして、今にバイバイすればいい。


「桃原といるとさ……そう思うんだよ。だから、そこで見ていて?」


 頷くと、蓼丸は「イイコだ」と頭を撫でてくれ、武装した足をじゃりっと生徒会室に向けた。


「この騎馬戦、負けられない。俺は、桃カレだからな」


 ぼんっ。


 顔から炎を飛び出させる前で、蓼丸は「織田ァ!」と篭手をつけた手で、ドアを思い切り開け放した。



 夕陽がよく差し込む生徒会室には、織田会長1人だった。織田会長は「ああ、伊達正宗だったの。王道で来たな」というくらいの普通さで、窓に寄り掛かって腕を組んで蓼丸を睨む。しかし眼孔は女子のハートを射貫くような軽いものではなく、男子の魂を睨め付けるような迫力で。


 決死の覚悟。織田会長もまた、蓼丸に何かを感じているのだろうか。


「――覚悟ができたってことだな? その格好ってことは」


 いつもの織田会長と違う。女子に見せる優しさのない声で、織田は蓼丸と睨み合った。ぎゅ、と思わず蓼丸の腰の紐を掴むと、「桃姫腰にひっつけて」と織田はくすりと笑うと、蓼丸に歩み寄った。


「騎馬戦で、おまえの眼帯、しっかり剥いでやるよ。蓼丸、俺から最後に大切~なことを教えてやる。精々しっかり眼帯留めてるんだな。我が、織田勢は総力を上げて、おまえの眼帯を剥ぎに行く! むろん、涼風たちとの協定も認める。まとめてかかってくればいい」


 ――蓼丸の、眼帯を剥ぐ?! あの人数の前で眼帯を奪うと言ったの?!


(そんな自体になったら、どうなると思ってんの? 2人の男の子目にしただけで舌打ち、決闘連発の蓼丸が!)


 さすがにやりすぎだ。萌美は耐えきれず口を挟んだ。


「織田会長! あの、それは」

「男同士の話に口を出すはいただけないぞ、桃太郎ちゃん」


 ……もう、誰も桃原と呼んでくれない。涙目になった萌美の頭を蓼丸は引き寄せた。


 蓼丸は「それが会長が参加する条件なら呑むと言ったはずだ!」と自ら手を頭の後ろに回して、眼帯を緩めて、両眼で織田を見据えた。


「そう簡単に、やれるものか! その宣戦布告、受けて立とうか! 決闘しろ、織田!」


***


 翌日。この夕暮れの篠笹の本館生徒会室の「織田・蓼丸」宣戦布告は、しっかり嗅ぎつけていた報道本部(臨時)二条たちの手により、「篠笹大炎上! 織田・蓼丸の乱勃発!」との大見出しにて体育祭三日前の緊急号外としてバラ撒かれ、本館前には合成ポスターが貼られ、社会の教師と歴史好きを喜ばせた。


 ちょこんと桃太郎付きで(泣)見事体育祭の狼煙となったのだった――! 


(ちなみに、この宣戦布告の時間、ウチの総大将はというとまだ演劇部で衣装に文句をつけていたそうです……)


◇◆怒濤の篠笹体育祭開幕★Scandal!【了】

    ⇒篠笹大炎上! 織田・蓼丸の乱★Scramble! To be continued・・・

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