第57話 ヨーォ、ポン! 体育祭のマスコット……ガール?

*57*


(マコのアホ。自分で呼び出しておいて、お腹なんか壊してる場合じゃないでしょーが)


 萌美は放課後、イライラしながらもクラブハウス棟への渡り廊下を急いでいた。涼風はまたもや体調を崩したらしく、「先、行ってて。テテテテ」とお腹を抱えてお手洗い直行便。


(腐ったバナナでも食ったんじゃないの?)


 ……違う、マコは昔から、緊張すると腹を下すのだった。一年で総大将。生徒会役員副会長、のんきなマジックもやる暇もないほどの重責を背負っているから。


 おそらくさっきの総会の緊張が解けたのだろう。


(なんで、そうまでして生徒会……蓼丸に張り合ってるんだった)


 いつしか気付いてしまって、言葉が出なくなった。涼風の無茶は、全部好きな萌美に集約するから。バカまっしぐらで、いつだってそう。入学式すら遅刻して、蓼丸に情報を聞き出したり、選挙の時は、放課後呼びに行ってくれたり。


 合宿でも、校庭で蓼丸と少しだけ二人きりにしてくれたり。


(どうしてそこまで出来んのよ……いいよ、それならあたしも協力する)


 杜野に聞けば、涼風は今回の総大将を立候補したという。結果、一年VS二年VS三年の有り難くない縦ライバル図も出来たわけで。


「篠笹-、ファイ、オォッ」「ソー、エイ! ソー、エイ!」バレー部の室内練習だ。手を振って見送った。


「えっと、演劇部の部室は……」


 芸術コースは、普段の学舎の対角、西の校舎に位置していて、蓼丸や駿河はこちらの校舎を学舎とする。すぐに必要な教室に行けるように、音楽室や放送室、会議室、スタジオに近く配置されている。萌美たちも特別授業の時は渡り廊下を通って、教科教室に向かう。


「わっかりにくいな、こっちかな……」

「あれ、こっちじゃなかったっけ?」


 台詞が被ると同時に、向こうから歩いて来た同じくらいの背丈の人物と鉢合わせて、ごん、と頭を出会い頭にぶつけ合って一緒に額を押さえた。


「あ、悪い。演劇部の部室探して……て」


(和泉じゃん!)知り合いがいた! とほっとするも束の間、「何してるんだよ。蓼丸さんのやまんば」と有り難くない厭味を戴いた。


「蓼丸の桃原っ! つばにゃんこそ、何してるの? ここ、進学コースじゃないよ?」


 和泉はつん、と顔を背けて「こっちに用事があっちゃいけないのかよ」と大きな眼を不愉快に染めてみせる。


 ――やっぱり、毒舌いやだ。と萌美はスタスタと歩き出した。和泉が追い抜いた。(む、ムカ!)とまた早足で追い抜いて、追い越されて、追い抜いていくうちに、突き当たりの暗幕が下がっている大きな会議室のような場所に辿り着いた。


(あ、ここは知ってる)音楽室に近いフロアだ。


「そっか、こっちから来れば良かったな。コの字だって忘れてた」


 和泉椿は萌美を追い越して、ドアに手を掛けた。


「あれ? つばにゃんも演劇部に用事?」「そうだけど」「……ふうん、奇遇だね」二人で「?」な顔になって、ドアを引くと――。



「暗幕下げな!」と大声。「はいっ! 馨子先輩っ!」と女子が二人飛び出して来て、和泉と萌美の手を引いた。ッパーン! と激しくドアを閉めたあと、覗き窓までカーテンで覆って「準備完了です! 馨子さん!」今度は男子生徒が膝をついた。


 膝をついた中央に立っていた女子生徒が振り返る。


「ご苦労。ええと、一年の和泉くんと、桃原さんね! 初めまして! 演劇部長の五条院馨子(ごじょういんかおるこ)よ。3-Bね。秋葉くんから聞いてるわ。さあ、衣装合わせ始めるわよ!」


「え? つばにゃんも?」和泉は視線をはっきりと逸らせた。


***


 ともかく声が大きい馨子は、カチューシャでワンレンを上げていて、見れば腕まくりに違反のスカート、ニーハイに上履き踏みつぶし。元気なお姉さまという感じで、糯月とも、尼寺とも、夏南子とも違う明るさがあった。


「勘違いされてるけどさぁ、秋葉は副部長だから。ハイハイ、和泉くんはA室、桃原さんはD室ね。さ、部員たち!てきぱきやるわよ! 取りかかりなさい!」


「こっちこっち」と萌美は目を丸くしたまま更衣室に引っ張られて、優しそうな先輩たちが丁寧に包んだ衣装を持って来た。


(どんな衣装なんだろ……きっと可愛いって、うふ、楽しみ)


 しかし、首を伸ばして見えた衣装は――篭手、帷子、長めの陣羽織、鉢巻き、……桃のプリントされた上着。


 脳裏で組み合わせてみると、何かを思い出しそうな……なんだっけ。(なんだか、嫌な予感が)と不安を過ぎらせる萌美などお構いなしに、先輩たちは巻き尺を鞭のように這い回らせた。


「あの、これって」

「こっち、どう?」と部長の馨子が顔を見せた。部員たちは大きく頷いた。


「裑(みごろ)をちょっと詰めれば行けます! 着せちゃっていいですか?」


(いや、あの……これって!)


 萌美はたらりと待ち構えている衣装を見詰めた。そう、どうみても、これは昔話の……。


(いやいや、いくらマコがバカでも、女の子にこれはないと思いたい。いやいやいや、きっと可愛い着物に違いない)


「きびだんごと、足軽セットもね」


 ――アレに決定的な小物出ちゃった! 萌美はとうとう声を張り上げた。


「あの、これ、も、桃太郎ですよね?! な、なんでえええええええっ?!」

「あんた桃原じゃない。桃太郎は日本のヒーローよ? かっこいいんだから」


(そうだけどっ!)ぱくぱくと口を金魚のように動かす前で、「総大将の希望は合ってるからね」と馨子は優しそうに目を細めた。


 ――マコ――っ! 覚えてなよっ……! どこが可愛いだ! 目までサルか!


 同時に「ちょっと、勘弁してください! え? 織田会長には逆らえないッてェ?! や、いやだ、いやだってば! いやだああああああああ!」


 和泉の張り上げた泣き声が聞こえてきて、(うわ……あの負けん気の強いツンデレが)と気をそぞろにした瞬間、数人が寄ってたかって、萌美を着付けてしまった。


 ヨーォ、ポン! 


 そんなどこぞの歌舞伎役者と、鼓(つづみ)の効果音が聞こえてきそうな出で立ちのチビ桃太郎萌美完成。


「あら、可愛いじゃないの。うん、確かに似合ってる、似合ってる」


 鏡の向こうには、萌美の顔をした桃太郎が泣きそうな顔で、こちらを見ている。


(マコのお願いなんか、金輪際聞かない! あのアホザル! よりにも寄って、桃太郎って! 女の子ですけど! 他にも、アリスとか、姫様とか、もっと可愛い衣装があっただろーっ!!)


 呆然としたところで、和泉の叫びも止んで、「は~……」と泣きそうなため息が聞こえてきた。馨子はカーテンの向こうで、ぱん! と手を打った。


「よし、両名同時にオープンと行こうか! カーテン、オープン!」


「いやあああああ!」「や、やだ、やめろおおおおおーっ!」チビ二人の叫びも虚しくカーテンを開けられる。互いに顔を隠していた手を離して、互いを見て、同時に固まった。


 黒髪の十二単のかぐや姫風味の和泉と、鉢巻きに鎖帷子の草鞋に篭手、「ありました!」といつしか腰にきびだんご……の桃原桃太郎。


(ぶはっ)憮然とした泣き顔の和泉の余りの可愛らしさに、萌美は腹を抱えて笑い転げた。


「つばにゃ、それ……! きゃはっ! ヤバイ、可愛いっ! かぐや姫! つ、ツンデレかぐや姫! ちょ、ちょー出目金かぐや姫!」


「おまえも! あはははは。頼りない桃太郎! ノボリには『蓼丸らぶ』とでも書くのかよ。サル連れて、犬連れて、キジとドブネコ(二条のことと思われる)連れて、Aクラスに勝とうって? あは……」


 ピタリと笑いを腹に収めて、怒りで和泉と萌美は同時に詰めよりながら叫んだ。


「普通逆じゃないですか!」


「まあまあ、文句は総大将にね」と馨子が二人を諫めたところで、「失礼します」と宮城と近江がやって来て和泉が飛び上がった!


「見るなああああああ! あんた、何しに来たんだよ!」と和泉はカーテンに隠れてしまった。宮城は「総大将の織田会長の希望だからね、観念しな。つばにゃん。きみがちゃんと衣装合わせしてるか観に来ただけだ」と無表情でカーテンに近づいてぴらっとやった。


(あ、つばにゃん呼んでる。宮城さんと仲直りしたのかな。あたしたちの努力も、無駄じゃなかったかな。えへへ)と腰のきびだんごを揺らしてニヤニヤしていると、「五条院さん、蓼丸だけど。桃原萌美、ちゃんと来てる?」と今度はあろうことか、蓼丸の声!


「あ、うん、終わったとこよ、生徒会も大変ねえ。って見たいんでしょ、眼帯王子」


(げ)


 これは見られたくない。


「いやああああああああ! ちょ、見ないで蓼丸! つばにゃん、入れてっ!」


 一緒にカーテンに隠れようとしたところで、「やっと腹が治った~」とバカサルこと涼風の登場に腹が焼け付いた(気分)。草履をじゃりっと擦ってずいっとカーテンから飛び出た。


「あんたねえっ! あたしの何を見てコレに決めた! センス悪過ぎ! バカサル!」


 涼風はあっさりと答えた。


「応援の鉢巻きが似合ってたから。あと、幼稚園のお遊戯大会で桃太郎やりたいって泣いてただろ。おお、可愛いじゃん。やっぱ似合うな-、俺、天才」


 かつて、萌美は幼稚園で、桃太郎を演じたかったが、「めぐみちゃんは女の子だからね」と先生に諫められ、「ももはももたろーだ! ももたろーはももなの!」と大泣きしたのだった……。


(いつの話よ! 幼なじみなんてやっぱり嫌い!)と一発殴ってやろうとしたところで、蓼丸と目が合った。蓼丸は「あー」と言葉を探しあぐねている様子だ。


(そりゃそうだよね。彼女が桃タローになってたら。……もう、泣きたい)


「あ、あの……その……桃カレ……あは、桃太郎カレ? ……ははは」


 蓼丸、反応なし。


(お願い、何か言って! お願い、何も言わないで!)

 願う前で、蓼丸はようやく、「……似合ってんな」と片眼に涙を溜めながらもにっこりと微笑んだのだった。

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