第56話 『第29回 篠笹高校・体育祭』総大将

*56*


 普段と違う椅子の並び、クラスのプレート、それに壇上に上がる9名の姿に生徒が再びざわめいた。


 壇上に上がったメンツはとても見覚えがある。見ていると三人で一塊になって一列に並び、真ん中に生徒会長が進み出たところで。


「あー、なるほど」とは雫。


(さっぱり分かんないんだけど。マコがお山の大将だってことは分かる。でも、何でつばにゃん? 宮城さん……近江さんもいる)


 と、織田がさっと手を挙げた。照明を落とした講堂のスクリーンには『第29回 篠笹高校・体育祭』と大きな文字が映し出される。


『総監督・生徒会長織田龍也』の名前が出た途端に、織田は壇上の進行台を両手で掴み置き、いきいきと喋り始めた。

 織田生徒会長の声は聞き取りやすい。


『篠笹体育祭――っ! スローガンは文武両道の実現。というわけで! どうも、生徒会長の織田です。あと一週間ですが、準備は進んでいますか? 俺? 俺は進んでいます。いつでも。で、今年は生徒会への予算の問題が多すぎるんだよな。うちの蓼丸のせいで』


(さっそく悪者にしたな!)


『すいませんね。いつもうちの蓼丸がきっつい予算の削り方して。で、それじゃ、悪いなぁと思ってさ、先生たちから景品を集めました。『校長賞』お風呂セット! とかね』 


 イラねー! と生徒たちが和やかになった。


『ふうん? じゃあ、優勝したクラスはさ、校長と教務主任と教頭と一時間個別面談とか? 内申とか、進路とか? じっくりお願いできたりしてな? 教科書と仲良しよりいいんじゃないの?』


 進学クラスがばっと顔を上げた。にいっと織田はマイクをスタンドから外すと、更に続ける。気付けばAクラスの生徒は食い入るように織田を見上げていた。


(本当、総会のプロだ……)


 洋画が好きだからこそ分かる。この人数、述べ3000人の生徒を束ねるとは、並大抵の能力では出来ない。


 だから、蓼丸も凄いと思うが、織田はその上の「カリスマ」性がある。


 ――凄いんだ、織田会長って。


(蓼丸はこのお祭り気質と牽引力に曳けを感じてる。この織田会長の後任ともなれば、尻込みしてしまうもわからなくはないよね)


『で、続いて芸術クラスのBの生徒へなんだけど……講堂のシステム開放とか? そうだな、ステージ貸し切りとかかな』


「まじですか! 吹奏楽コンサートやりたいんですけど!」


『あー、やっちゃってやっちゃって。俺も絶対聞きに行くから。今年の篠笹は芸術コースのショータイムを入れようって話になってて。来賓へのプロモーションタイムを用意してあるんだよね。……卒業生の芸大の先輩なんかも呼んだりして』


 ――あ。


 これは〝やりがい〟だ――。進学で頭一杯のAクラスと、芸術で頭いっぱいのBクラス。蓼丸が考えた最終プランには、萌美の努力もこめられている。


(蓼丸、あの時もうこの計画を思いついてたんだ……!)


 もう生徒の大半は目を輝かせて織田を見上げているではないか。数百の視線も何のその。受け止めるが当たり前だというような笑みを織田は浮かべて、『残るは普通クラスのC・Dだが』と続けた。講堂がシンとなった。


 ――そうだ。普通が一番難しいはず。そうそう簡単には――……。



『生徒会が会費を持つ、焼き肉打ち上げパーティーとかどう?』



「うおー、おっにっきゅ!」「おっにっきゅ!」「おっにっきゅ!」


 お肉お肉の大合唱。普通生徒はとても単純で、簡単に幸せになるのだった……。


『というわけで、篠笹体育祭の編制と、総大将の発表! まずは、僕です。縦割りで「A」と「F」の総大将はこの、織田だからな! 率いるは、一年、和泉椿、二年、宮城滝一! 名付けて「天下捕り篠笹炎上!」――ま、俺が偶然にも【織田】なんで、策略にかこつけて炎上とかつけたけど。女子は優勝したクラスから数名デートに誘うつもりです。男子は対象外だから』


 ワァァァァッ。キャアアア、それ、本気だったんですか! 最後の蓼丸の嘆きを呑み込むような歓声が沸き上がった。


『ほれ』とマイクは真ん中の蓼丸に渡る。蓼丸は織田に飲まれたようで、頭を左右に振っていた。


『二年B組の蓼丸諒介です。あの、会長には絶対負けたくないんで! 「B」と「E」の総大将をさせて戴きますが、本気で行きます。本当、織田会長には負けたくねぇんでね……! 一年、真那俊樹、三年、演劇部女王様、五条院馨子。以上三名で「勇猛果敢! 美しく麗しく」の元に、知能犯組にも、体力組にも、負けないは芸術であると! イベントプロモートの力、今こそ見せてやりましょう!』


 もうバチバチと聞こえてきそうな雰囲気で、織田と蓼丸は睨み合った。


 パチパチパチパチ。芸術クラスからは「ブラボー」の声。「たでまる~~~」と間抜けた桃サルの声。ハイ、あたし、桃原が裏切りの声を上げました。すいません。


『涼風』と蓼丸はスマートに演説を終わらせて、涼風にマイクを渡す。


『あ……』さっそくどもって、涼風はぐぬぅっとマイクを握りしめると、緊張した面持ちで話し始める。後ろにいる近江がでかいので、用心棒のようにも見えるが。


『一年C組の涼風真成ッス。俺は一年ッスけど、こっちには運動部が多いんで、分があると思ってます。「疾風迅雷! サルが行く!」』


「わははははははははは」思わず笑いが飛び出してしまったらしいサッカー部に釣られて、みんなが「わはははは」と楽しそうな声を上げ始める。確かに、涼風と近江はサルっぽいから遠慮無く笑えます。


(飾らないとこ、好きだなぁ……)自然体の涼風の姿を目で追った。最近やけに涼風が気になる。


(あたしにやって欲しい格好ってなんだろう)


 ――可愛いといいな。マスコットガール……ふふん。


『ちょこまかちょこまかと頑張るんで、二年、近江夏流先輩、三年、糯月華夜副会長宜しくッス! これ以上蓼丸さんにも負けたくねえし、会長に迷惑かけられっぱなので、懲らしめてやりたいです。特に蓼丸さんにはね』


(ちょ、何を言い出すんだ、マコは……)


 涼風はじいっと蓼丸を睨み続けて、「負けねぇから」と唸るように告げた。


『以上9名が実行委員です。女子はなるべく俺に相談に来るように。各時必ず3種目は出ること。――男子は騎馬戦があるので、調整をします。これ、目玉だから。あと、この篠笹体育祭に関しては――』


 織田は二階を見上げて、マイクを向けた。


『廃部扱いの報道部は広報部と連携を取り、一時活動を認める! 以上が編制だが、ご存じの通り、この行事は学校の名誉に関わる大きなもので、第58期の生徒会の締めくくりでもある。つまりは、僕と糯月の引退にもなるし、この体育祭で引退する三年も多い。

 ――想い出作りとでも言えばいい? いま、この一瞬は今だからこそ。先生方、どうぞよろしくお願いします』


 ちらっと織田は蓼丸を見やると、校長と交代した。


*****


 長い校長の話を終え、何故か校歌を歌って、お開きとなった。戻る前にとステージの前に駆けつけると、蓼丸がゆっくりと降りてきて。


(そうだ、織田会長や体育祭で忘れていたけど、二条の話――)


「敵同士になっちゃったな。また離ればなれだな」と寂しげに髪を揺らしたものだから、すっかり二条のことなど頭から吹き飛んでしまった。


「ん、そだねっ! でも、蓼丸や生徒会の皆さんが必死で盛り上げようとしてるんだもん。あたしも頑張ってみる!」


「そうか」と蓼丸は嬉しそうに微笑み、「今日は一緒に帰ろうか」と放課後デートを誘ってくれた。ところで、降りてきた涼風に腕を掴まれ、引き寄せられた。


「駄目ですよ。桃原は衣装合わせがあるンすから」


 ――衣装合わせ?


「え? そっちのマスコットは桃原? 可愛いンだろうな。楽しみにしてるよ。うちは秋葉なんでね。演技力があるだろうから」


 蓼丸は視線を逸らし、何を思ったのか、眼帯を外して、涼風をじいいいいいいいと凝視した。涼風の頬がほんのり赤く染まる。


「な、なんだよ。……あ、綺麗……」


 くいっと眉を下げて、また眼帯を取り付けた。


「最近、「決闘しろ!」と思わないんだよな。前はよく風呂上がりにお祖父様にもやったらしいんだけど。なんだろう、穏やかなんだよな」


「桃と巧く行ってるからじゃね、すっかり自分のモノと思ってるもん。俺、眼中ナシかよ」


 痛いところを突かれたが、蓼丸は穏やかに「約束は護るから」と告げた。


「約束って何?」


 二人は顔を見合わせて、口を噤む。また男同士の約束、でもって女子立ち入り禁止ですか。


「いいよ、二人で仲良くすればっ……」


 むす、とむくれてみせたが、蓼丸はしれっとした顔、涼風はトランプなんかを取り出している。


「もーっ! 教えてくれないよね! ……じゃあ、どっちも選びませんっ!」


 ……というわけにはいきません。どちらかを選ぶ約束で今まで一緒に楽しく過ごして来た。選ばなかったら、蓼丸はきっと傷付く。


(じゃあ、どちらとも付き合う?)


 ――そんな甲斐性も、機転もないから。


 こっちでもバチバチ。あっちこっちで誰かと誰かがScrambleっている。蓼丸は「じゃあな」と軽く手を振ってウインクかまして去って行き。


***



 蓼丸といれば、蓼丸を見ながら、マコを考え。

 マコといれば、マコを見ながら蓼丸を考えるから。


 これはきっと。考えるのは蓼丸でもなく、マコでもない。「あたしがどうしたいか」なんだ。 

 離れて浮かんだほうが好きだと言っていた漫画のヒロインの言葉で、目を閉じると両方が一緒に浮かんで来て却下。

 書き出せば、どっちも良いところが多くて、じゃあ彼氏でとなると、蓼丸に軍配が上がる。安心するとなると、マコに軍配が上がって。結果トントン。


 それでも決めないと。もう九月。体育祭は目前に迫ってくる。涼風と二人になって、萌美はむん、と拳を握りしめた。


 すっかり二条の話をするも忘れて。


「とびっきりの可愛い格好しなきゃね!」


「そうだな。多分可愛いよ、絶対似合う」と涼風は爽やかに微笑むのだった・が――。


 その後の「衣装合わせ」の演劇部の衣装部屋には、萌美の「なんでええええ」の声が響き渡ることとなった――。

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