第55話 篠笹の生徒総会

*55*


 ざわざわざわ……篠笹の生徒総会は、クラスごとに並ばないスタイルで、割と自由だが、今日の総会はきちんとクラスのプレートが立ててあった。


「1-C……っと」


 見ればプレートの並びがおかしい。

 通常なら

「1-A」「1-B」…というように学年―アルファベットで並んでいるはずが、左から「3-A」「2-A」「1-A」と並んでいるのである。

 しかも次は「1-F」「2-F」「3-F」。

 通路を挟んで次は「2-B」「1-B」「3-B」・「1-E」「2-E」「3-E」とまた順番が違う。

 また通路を挟んで、ようやく「1-C」のプレートを見つけた。


(あ、あった! 1-C!)


 萌美のクラス「1-C」はちょうど講堂を三つに分けて、さらに6個のクラスの塊を作っている三つの川の最前列だ。


「「1-C」「2-C」「3-C」、「1-D」「2-D」「3-D」……?」


 また順番が変。


(なんだこれ。生徒会のやったことかな……座るか)とパイプ椅子に腰を下ろしたところで、「お、桃~、こっちこっち」と涼風が腕を振ってくれて、萌美はたたっと駆け寄った。最前列だからステージが良く見える。


「なにこの席順。滅茶苦茶なんだけど。ねえ、なんであたしたち1-Cが前なの?」


 涼風はにっと笑うと、「そいつをこれから生徒会役員が説明すっから」と萌美の肩をぽんぽんと叩いた。


 ――マコ、また背が大きくなってる。段々見上げる角度が上がってきた気がする。

「体育祭の組み分けだって。篠笹の体育祭は縦割りで決めるんだけど、必ず生徒会役員が責任者=チームリーダーになるわけ。これから説明されっけど、おまえうるさいから教えようか」


「えらっそーに! ……うん、気になるじゃん」


「そーかそーか」と涼風は膨れた萌美の頭をぽんとやった。(蓼丸みたいな仕草止めてよ)と思っていても言わない萌美である。涼風は生徒会に入って、少しサルじゃなくなった気が……と思っていたら、遠くから副会長の糯月が歩いて来た。それに、陸上部の近江まで。


「ごきげんようね。すっかり雫は霽れた模様」


「お、桃っこちゃん! 同じチームだな! ここは陸上部に任せておけって!」


 ――あ! と慌てて講堂を振り返ると、蓼丸のクラスの「2-B」は一つ向こうの組の最前列だった。組が違う。蓼丸は2-Bで芸術クラスを取っていた。


「たでまる~~~~……」


「同じはずねーだろ。黒チームは3-Aの織田会長、青チームは2-Bの蓼丸さん、そして、朱チームは……! 1-Cの、この涼風真成が総大将だっ!」


「えーーーーーーっ!!」


 思い切り大きな「えー」の不満の声に、生徒たちが注視してきた。


(この、桃ザル! 静かにしろって! 織田会長がこっち見てんだろ!)

(だって、なんであんたなの~~~~? なに? サル山でサルの運動会でもやるの? 一人でやれば?)

(そういう決まりなんだって! で、桃、おまえ、マスコットガールやって)

(やです)


 ぷいっと頬を膨らませると、涼風は「総大将がマスコット決めるんだってさ。俺、どうしてもおまえにやって欲しい格好があって……」


「あんたのせいで、あたしまで「桃ザル」って呼ばれてんじゃん! どーしてくれるの! 見なよ、このおでこ!」


「ごめんなさい」


 涼風は萌美のおでこを見ると、しょんぼりする。(ま、いいよ)と悄気た態度に溜飲が降りて、萌美は椅子の背もたれに座って、身を乗りだした。


「でも、盛り上がりそうにないよ……?」


 生徒も大半が集まって来たが、和泉を筆頭とした1-Aは手に教科書を持っているし、3-Bはガラガラだ。2-Bも人数が少ない。


(理系進学コースと、芸術コースの人たちって……)


 進学も、お稽古も大切なんだろうけれど、今しかない時間を、どうして未来の備えに使ってしまうのだろう。未来なんて見えない。なら、今しかない現在を楽しむべきだと萌美は思う。


「あのあたりの対策したほうがいんじゃない? 集団でお腹痛くなるよきっと」


 涼風は「対策済み」とにまっと笑った後で、驚いた表情になった。


「おまえが言った一言で、蓼丸さんが最終プランを練り上げたんだ。今に教科書なんか投げ出して、話を貪り聞くって。ああ、ボイコットしやがった芸術コースの生徒も多分息急ききって駆けてくるぜ。おまえのお陰だって。「やりがい」なんて言葉出したんだって? さすがは脳天気なチビ桃」


「あ、うん」褒められるが大得意の箱入り一人っ娘(ひとりっこ)性質を発揮して、萌美はほんのりと頬を熱くする。


「あんたが言ってたから。学校を楽しくする! ……体育祭にやりがいがあればって思ったの。あたし何がやりがいなのか、聞いて回ったんだ。案の定、和泉つばにゃんが一番分かりやすかった。蓼丸のお手伝いしようと思ってさ」


「おまえ、ほんっと蓼丸好きな」


 萌美はぼそっと「あんたも、好きかも知れないな」と口の中で呟く。ぎょ、と涼風が目を大きくして、一瞬だけ青ざめたような顔になった。


(なんだ、失礼なサル)


「なに? 不満?」

「いや、驚いて……なら、俺が桃カレ?」


「調子乗らないでよ。かもって言ったでしょ。あーあー、蓼丸応援しちゃおっかな~でも怒るだろうなぁ。総大将のお山のサルをまた応援するのか……ふふ、あたしいっつもマコの応援ばっかだ」


 涼風は一瞬のシリアス顔をぶっ飛ばして、「良きに計らえ」と殿様口調で告げたけど、どうみても、サル山の使いっ走りのサルにしか見えない。



「よー、桃~。早かったな」と雫と杜野がやって来る頃には、講堂は生徒で埋まっていた。


 ――教科書軍団と、ボイコットの空席が引っかかるけれど。生徒のざわめきも段々止んでいった――。

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