第53話 色んな人の役に立てること
*53*
掃除を終えると同時に「わーかったって」と観念したような織田の声がして、蓼丸はふっと萌美から離れた。見れば涼風が織田を引っ張って戻って来たところで。
「おかえり織田」と仁王立ち(でも品良く)糯月副会長が出迎える。
(うわ、篠笹の会長、副会長、書記さんが揃った……)
圧巻である。そこに最近飼い始めたサルと、お馬鹿なパンピー女子高生。
「織田、逃げても無駄よ。最後の花道なんだから、ちゃんとやりなさい」
「ぜったい、いやだっ!」
何かまた揉めているらしい。蓼丸と副会長は顔を見あわせ、「どうしたもんかしらね」と困惑している。また問題の気配。もう織田の出現でいちゃこらは諦めているので、あっけらかんと聞いた。
「どうしたんですか?」
「あら、桃姫ごきげんよう」と丁寧な挨拶をされて「あ、ごきげんようです」と頭を下げた。
「どうもこうもない。篠笹の生徒会の伝統で、男子は騎馬戦をやるんだけど、絶対嫌だって。女子となら騎馬戦やるって言い張ってるだけだけど、それセクハラだから」
「根っからの女好きさんなんですね……」
呆れて呟くと、織田は「それがなにか」と不思議そうな顔をした。
(うわぁ、根っからの……)蓼丸を見ると、また青筋を立てて、眼帯を毟り取りそうな雰囲気だ。「蓼丸眼帯毟り取り阻止部隊出動」。パトロール体勢を取るべく、気を引き締めた。
何しろ蓼丸と織田は仲良しなようでいて、どこか溝があるは感じている。
それに、蓼丸が眼帯を外す相手は織田会長だけだった。織田会長も悪戯で外すから、お互い様なんだけど。
「俺、眼帯外しますよ、いいんですね?」(ほら出た!)とばかりの脅しに織田は無言になった。悪戯するくせに、自分がターゲットにされるのはいやな様子。とことん我が儘だ。
「さっさと本館に戻らないと、両名、帰れませんよ。体育祭の種目チェックを早急に。でないとプログラムを徹夜で生徒会が手描きすることになります。印刷所待たせていますので料金も値上がりする。それから、各クラスのシンボルマークもリテイク組を早く知らせてやらないと。ポスターのチェックもありますし、当日の進行や招待客のリストのチェックも予算配分も。騎馬戦で逃げ回っている場合ではないです織田会長」
「あーっ! その素潜り命令口調辞めてくれるか! 頭痛い。戻るぞ、糯月」
「そうね。行きましょう」と叱られ常連の生徒会の二人はピンシャンと歩いて行き、涼風と、蓼丸と萌美が残った。残った生徒会役員二人は同時に「は~~~~~」と肩を落として大きく息を吐く。
「ご苦労、涼風」「おう……」また無言で「は~~~~」の繰り返し。
「……なんか、二人とも大変なんだね……あたしからみると生徒会って何やってんのって思うんだけど」
「会長たちが仕事を止めてっからなぁ。俺としては、サクサク仕事して欲しいんだ……ん?」
涼風と一緒に蓼丸を見て、萌美は(やっぱり蓼丸が生徒会長のほうが)と言葉を呑み込んだ。しかし、それも織田の策略に思えてならない。
織田が蓼丸を「超好き」と告げた。そっちのほうが、しっくりくる。
――ん? 騎馬戦? 言葉に気付いて胸ぐらを掴んで軽く揺さぶった。
「蓼丸っ! 騎馬戦出るの?」
蓼丸は首に手を当てて、「んー」と微妙な返事をした。涼風が揚々と喋り始める。
「伝統なんだってさ。昔篠笹は武士同士のたっての遊技場だったらしくて、演習の演義として、合戦演習をした。それ、生徒会が引き継ぐんだって。聞いた杜野が興奮しちゃってさ。「蓼丸さん、伊達政宗じゃん」って。涙浮かべちゃって、「俺、伊達蓼丸チーム作ってお膳立てしますから! ご安心を!」って。あいつもよくわかんねー」
(あー……目に見えるな……なんだろ、伊達蓼丸チームって……)
「そんなわけで、一年の俺と、二年の蓼丸さんと、三年の織田会長。で争うわけ。一つの目玉なんだけど、織田会長がごねてさ」
「困った人だね。でも、蓼丸の騎馬戦、超、見たい!」
「おっまえ! おれたちの状況見てんの?」と涼風がなにやらごちゃごちゃ言っているけれど、萌美は蓼丸の騎馬姿を想像して倒れそうになった。
(やばい! ヤバイくらい、ヤバイ! 絶対似合うし、超見たい!)
「すごい、日本史みたい! 織田信長と伊達政宗の合戦だ!」
「桃原、ちゃんと日本史勉強してる? 伊達政宗は織田信長に憧れたけど、俺は織田会長に憧れなど抱くものか!」
「ごめんなさい……はしゃぎました」
珍しく言い切りの口調に、(やっぱり、織田会長と何かあったんだ)と萌美は口を噤んだ。何もなかったら、蓼丸は温厚さを絶対に崩さないだろう。
――眼帯を毟り取りたくなるイライラは、織田会長が仕事をしないだけじゃない。……お馬鹿には全く想像がつかないんだけど。
「おう、涼風―」教育主任が涼風を呼びに来た。「呼んでるよ」と声を掛けると、涼風は急に緊張した顔つきで、「今行きます」と足を進める。
「日本史、勉強します!」と声を掛けると、蓼丸は「悪い」と小さく謝りを口にして、顔を上げた。が、萌美を見ようとしてまた顔をちょっと下げて見せる。
「……生徒全員に参加して欲しいんだけどさ。進学クラスと芸術コースのやる気の無さには勝てないな」
以前言っていた。運動部が活躍すると、芸術部が拗ねるという話だ。
「考えてるんだけど、浮かばないし、織田はごねるし……マジで海に沈めたい、あいつ。筆頭が、駿河だ。あいつ、早々に欠席意志を出してボイコット計画しているし、理系の大半が当日に急に腹が痛くなるんだ」
――とすると、和泉椿ことつばにゃんたち……。
萌美と、和泉、駿河、ええと、雫、近江、蓼丸……みんな頑張ろうとする目的が違うわけで、理系の人たちが頑張るとすれば――……。
萌美はがしっと蓼丸の腕を鷲づかみにした。
「あたしも考える! 次の時間自習だし! みんなが楽しく出来るように! 聞いてみる! つばにゃんに! あと、駿河さんにも! 直接聞く! どうすれば頑張るのかって! 放課後まとめて伝えに行くよ!」
萌美は胸を叩いた。ぽよんとも、ぼよんともしやしない。「ほよ」な胸だけど、ないよりはいい。
「あたしは蓼丸の彼女(のつもり)だもん。出来ること、やるよ! つばにゃんになら聞けるよ。参考になるよねっ!」
蓼丸は驚いた表情をしていたが、ぷっと笑って眉を困り眉にした。
「なんで笑うの、蓼丸」
「時折、行動力に驚かされるなって。……ああ、助かるよ。俺は放課後までに織田の説得だ。伝統を58期の生徒会で終わらせるわけに行かないからね」
「がんばろーね! 一般生徒代表として一緒に頑張ります」
***
次の時間、萌美はノートにそれぞれの名前と、性格、部活や委員会を書き出してみた。
一時間をやり過ごすと、ノートを抱えて東校舎の1-Aへ。廊下で「和泉くんいますか」と言ったが、本人がしゃあしゃあと「和泉はいません」と通りすがった。
(奥の手だ)とにっこり笑って声を張り上げた。
「出目金のつばにゃーん! いーますかーっ!」秒速で和泉が飛んできて、「顔貸せ!」とばかりに階段まで引き摺られた。
「この頭からっぽのやまんばかかし! 頭の中、大鋸屑(おがくず)だろ! 踵鳴らしておうちに帰っちまえ!」
とんでもない仇名に涙目になりつつも、メルヘン和泉を引っ張り出すことに成功。ブンヤの気持ちでインタビューを開始する。
和泉は顰め面をしながらも答えてくれた。
「僕が一番悦ぶこと? そりゃ、進路と内申だよ! あと、宮城せんぱ……はどうでもいい。ともかく内申! 成績! ぶらぶら遊んでるサルや桃色やまんバカとは違ってこっちは人生かかってんだよ」
(ぐ……相変わらず毒舌が素晴らしいな)と思いつつ、単純ゆえに答えは明確。
「成績が上がること。先生への手っ取り早い点数稼ぎ」が一番嬉しいらしい。進学クラスの考えは解らない。
演劇部の駿河秋葉については、考えるまでもない。多分「予算」だ。すると、文化部は「予算次第」と言う話になる。
「桃原、訳せ~」
英語の時間に、教科書を立てて生徒手帳に書き込んだ色々をまとめた。うん、お昼休みに蓼丸に報告ができるくらいの量にはなった。
「桃原、先生は鼻が高いぞ~」黒板に訳を書いて、先生を無視して座って作戦の続きを考える。
(ようは、やりがいなんだ)
人それぞれ、悦びもやりがいも違う。だから、それぞれのやりがいを与えてあげればいい。
――では桃原萌美のやりがいは?
……色んな人の役に立てること。涼風の応援辺りから、我が儘娘は返上してる。蓼丸の役に立てることが何より嬉しい。
――お昼休みまでボード抱えてる、次期生徒会長(候補)の彼女としての誇り。涼風とわあわあやっている萌美も萌美。
(合宿で知ったの。こんなお馬鹿でも、何かの役に立ちたいって思ってたんだって)
涼風の応援はした。だから、今度は蓼丸の応援をする。
(どっちも同じくらい好きなら、わたしも示さなきゃ。甘えてばっかりじゃなくて、隣に立つんだ)
「やりがい……そうか!」蓼丸は何かヒントを得たようだった。「総会に間に合わせる」と走って行った。萌美にはまだ出来ることがあった。
「やきそばパン、余ったな~っ! どーしよっかなぁ!」と大声を上げて、チェシャネコを釣ることである。
二条は絶対何か知っている。
「またおまえかよ」と釣られて出て来たチェシャネコ二条は覚悟したような顔つきだった――。
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