第45話 カレとのデート!

*45*

 昇降口で鞄を提げて、踵を上げ下げして時間を潰す。ふとガラスに映った自分が気になった。


 ……ちっちゃい。あ、跳ねてる。


「ミスト、あったかな」と鞄を探ると、ちく、と何かが萌美の手を刺激した。手を突っ込んでミストとはほど遠い封筒を掴み出す。


 ――駿河先輩の公演のチケットだ。開けて確認すると、ちゃんと三枚入っていた。


(どうしようかな。これ)


 観てみたい気もする。高校生なのに、客演のところに名前がクレジットされているのは、それだけ実力を認められているという現れだろう。


 元々萌美は洋画やショーが好きだから、俳優や演劇にも興味を引かれやすい性質だ。


(小さい頃にパパに連れて行ってもらった「ウイーン少年合唱団」やミュージカル。美術館なんかより、ずっと面白かった。知り合いが出るなら、観に行ってみたいけど)


 ――蓼丸は演劇が好きそうだが、涼風は……きっと5分で爆睡だろう。


「これだけ、二人っきりで行こうって誘ってみようか」


 みんなで仲良く遊びましょ。は幼稚園までにして欲しい。そうと決まれば練習だ。

「蓼丸、ちょっと話があるんだけどぉ」


 ……間延びした。キャラじゃないし。――やり直し。


「蓼丸、デートしよっ!」


 噛んだ。もともとぱっと明るく弾ける言い方は向いていない。やり直し。


「ねえねえ、デートしてよ。たまには二人っきりでさ……いちゃこらしたいの」


 ……あー、なんかいやらしい。蓼丸は眉を潜めるかも知れない。


「あーっ! もう。どれが一番良いんだろっ……難しいよぉ」

「最後かな」


 声がして、萌美はそうかともう一度繰り返した。


「ねえねえ、デートォ。たまには二人っきり……で」


 振り返ると、そこには「ハイ」と笑いを堪える蓼丸の姿があった。


***


「ふうん、駿河の演劇のチケットか」

「………………」


 恥ずかしさのあまり、校門から一言も声が出せない。告白に続いて二度目の失態。


しかし、気配を消して見守っている蓼丸も蓼丸だ。本当は性格が悪かったりして。


「ロミオとジュリエット。定番だけど、……もしかして駿河、ジュリエットのほう?」


 鞄をきちんと抱えて、蓼丸は「こーら」と萌美の頭をぽぽんとやった。


「そんなに泣きそうになるなよ。結局俺に言えたんだから、結果オーライだ。桃原はすぐに自分を責めるが、俺の可愛い桃原を、そうやってすぐに苛めて欲しくないな」


 ――可愛い桃原! ばっと顔を上げる。またクククと零れ笑いを貰って俯いた。


「桃原、俺ちょっと小腹が空いたんだけど、何か食べて帰らないか? ちゃんと送るから」

「えっ? あ、うん。どこに行くの?」

「牛丼とか」


 ――ぎゅうどん。


 そういえば、蓼丸は華奢なのにものすごく良く食べる。多分、あっちこっちに頭を使いまくっているから、栄養が食べたそばから零れるのだと思っている。


「彼女つれて牛丼はないな。……ハンバーガーでいいよ。キングサイズあったよな」


 蓼丸は進路を『バーガークイーン』の方角に向けた。学校の近くにあるので、生徒がよく利用する。高校生になると、買い食いのチェックは入らない。


「チーズスモールバーガーと、珈琲がいいな」


「俺、キング照り焼きバーガーとクイーンポテト。あと、キャラメルアイスマシュマロ載せ。イートインでね」


「スマイル」を何故か客である蓼丸が振りまいている。蓼丸の笑顔には厭味はないし、片方眼帯なんかをしているから、どこに行っても興味を引く。


「桃原、席座ってていいぞ」


 セルフサービスのお水を2つ持って、夕方のハンバーガーショップを見回した。


 ――前、一人で映画の帰りに寄った時より、色々輝いて見える。(カレがいるってこんなに違う)と今更の満喫感を味わったところで、トレイに載ったホカホカバーガーがやって来た。


 甘そうな照り焼きソースの匂いがふわっと周辺に広がって行く。つやつやした照り焼きが「今から蓼丸にかじられるのよ」と萌美を誘惑した。湯気がレタスを綺麗に光らせて、隠し味のマスタードもぴりっと美味しそうだ。


「蓼丸、我慢できないっ。一口かじってもいい?」

「じゃあ、そっちのくれる?」


 はむ。もぐもぐもぐ。


「おーいしーい――っ!」


 口の中で照り焼きがふわっとほどける。やばい、何コレ、ちょー美味しい! 脳裏には美味しいしか浮かばない。はむはむ、と二口貰ってお返しした。


「あー、幸せになった!」

「さて、幸せになったところで、桃原。会長たちが気になる話をしていてね」


「ん?」とポテトを摘んだところで、蓼丸は「あー」と髪をかき上げると、首を傾げて見せた。


「俺にも言えないことを会長たちに?」


 ――直球過ぎてポテトを掴み損ねた。


 蓼丸は意外とずばりと来る。涼風のほうが、堪えている事項が多い。優しい手つきで、蓼丸はポテトをつまんで、萌美の口元に近づけた。


「はい、あーん。まあ、付き合っていても、全部は話せないだろうし? でも、会長たちには話せるのに、俺には話せないという事実が、ちょっとな。付き合っているんだろ? なら、抱えさせたくないと思うよ」


 ポテトを丸ごと呑み込みそうになった。


「俺は桃カレになってって言われて……あれ? 違うか。桃原がカレなんだったか」

 今度はイジワルなんか言ってくる。萌美はポテトを呑み込むと、「もしかして」とポテトで蓼丸を指した。


「織田会長にヤキモチ、とか……?」


 ぎょ、と蓼丸が片眼を大きく瞠った。元々形良い眼だから、大きくすると、より美形に見えて来る。(う)と萌美はもじ、と膝を摺り合わせた。


「そんなに驚かなくても」

「いや、確かにそうだなと思ってね」


(認めちゃった!)とポテトを落とす前で、蓼丸は「困ったね」と困惑笑いをしてみせると、ポテトをつまんで、ふりふりした。


「ヤキモチを妬く、か。涼風には妬かないんだが、会長と副会長への憔悴かな。あの二人、「桃姫の悩みが眼帯王子に伝わる日は来るのだろうか」「さあ、眼帯頑固王子はいつもカリカリしているから伝わらないかもですわね」なんて厭味を。誰と誰がサボっているかという話だ」


「きゃは」と萌美は手を開いて口元を隠して声を上げた。


「笑い事じゃない。桃原、俺には言えない事項?」


 ――聞いて欲しいよ。でも。蓼丸は忙しいし、心労が絶えない。なら、癒やしてあげたいとも思う。こんな考えを持つようになったのも、会長たちのせい。


(あたしだって人に優しくしたいもん。そしてちょっぴり寂しがり屋です)


「デートしてくれたら、言うかも」

「するよ。合宿終わったら行こう。駿河も多分そのほうが嬉しいと思う」

「なぁぜ?」と聞くと、蓼丸は「合宿で観られるよ」と笑顔でバーガーを平らげた。


 萌美の掌よりも大きい三段バーガー。……華奢な外見からは想像がつかない。想像がつかないと言えば、性格も。最近眼帯を外して暴れる蓼丸をよく見る。


 食べ終えて、蓼丸鑑賞タイムの感傷に浸りながら、萌美はほうっと告げた。


「人って、ちゃんと他の人、見えてるのかな」


「俺は普段は片目で見ているけど、ちゃんと桃原は見えてる。頬のポテトとか」

 

 ふきふき。ナフキンを置いて、萌美はぽつりと続ける。


「時折ね、蓼丸が別人に見えるんだよ。ヤキモチなんか妬かないと思ってたのかな。蓼丸は大人だし」

「全然違う」と蓼丸は手を振った。


「子供だから、眼帯していないと大人しくないんだ。言えないけど、相当の抑圧がある。でも、発散をどこですればいいか分からないガキだ。図書館で調べていたら、こういう性格って大人になって大変なんだって。でも、桃原といるようになって――……」


 蓼丸はぽか、と口を開き、言葉を止めた。目をきょろきょろさせて、口元を指で擦る。


「子供っぽくなった気がする」

「ひどいーっ! あ、あたしは蓼丸といて、大人っぽくなったもんっ!」

「――で、何を隠してる?」


 やはり我慢する気がないらしい。萌美は「合宿いけないかも」と気弱に口の中で言葉を弾いた。


 腕を机に置いて、蓼丸が上半身を近づけてくる。やっと言える、と安心するのと、不安とがマーブル。マーブルは涙を連れてきた。


「ママが……反対してるの。ど、どうしたらいいかって。一緒にいたくて考えるのに……思いつかないの……みんなに置いて行かれちゃう。……副会長さんは「悩みは相談するべき」と言ってくれて、……マコは……必ずマコか蓼丸が見てるからって……あたしだけ、可愛いだけのお馬鹿ちゃん……」


「涼風にちょっとジェラシー……なるほど。それは俺には言えないだろうな。分かった」


 蓼丸はすっと立ち上がって鞄を掴んだ。


 ――分かった、だって。一言で済まされちゃった……。冷たいよね。出て行こうとするし。


 慌てて追いかける。


「分かったってどういうこと?」

「いつも寂しがらせてばかりだから、楽しくしようと思って色々考えてた。桃原と過ごせると思うと、色々思いつくんだ。さっきのデートもそう。それって、楽しいからだと思わないか?」

「あたしといて、色々思いつく?」

「うん。桃原、俺は結構もてましたが」


 ――知っています。蓼丸諒介の人気は、隣町の中学校まで響いていて。みんなで蓼丸を見るツアーや、ファンクラブもあったと聞く。


 蓼丸は深く息を吐いた。


「結局一時なんだな。彼女たちの成長するためのモラトリアムの一種なわけ。付き合ったけど、どの子も合わなかった。俺がたこ焼きが食べたいと言ったら、「北欧王子のイメージじゃない」と笑う。なら、納豆食べてる俺はなんなんだって」


 例えが極端だが、萌美は蓼丸がたこ焼きをはふはふ食べるなら、きっと隣で口を開けていると思う。他人のイメージを自分が決めつけてるなんて知ったら大発見。


「でも、桃原だけは違ったみたいだからな……嬉しい反面、緊張もある。会長たちのほうが頼りになるか?」


 前屈みでしゃがんで、蓼丸は夜道の月夜に頬を晒した。


「俺じゃだめか?」


(違う。迷惑をかけてはいけない)蓼丸に嫌われないように。迷惑をかけてはいけない。

 だから、ここで「いきたかったよぉおお」なんて喚いては駄目だ。ぎゅっと目を閉じて、開いた。――うん、だいじょうぶ。心、ちゃんと建て直した。


「ねえ、合宿行けなくてごめんね。電話くらいならしてもいい?」


 蓼丸は無言で、公園に差し掛かった。いつも、ここで別れる。新興住宅の萌美のもっと先が蓼丸の家らしい。その奥に涼風の自宅があるのだが、蓼丸はすっと公園を横切った。


「蓼丸! あの、もう分かれるとこ、過ぎたよ?」

「俺から言ってやろうと思って。心配いりませんよって。それに、こういう時間を知って、ちゃんとした大人になっていくんだ。箱入り娘も可愛いけど、俺に任せてくれませんかって」

「え? ママを説得するってこと?」


 蓼丸はしっかりと頷いた。


「桃カレの俺だからこそ出来る。涼風に肝心なところ、攫われてばかりではいられない」


 片眼ウインクを喰らって、(よろり)と世界が傾いだ。やっぱり蓼丸には男を感じる。魅力がダイレクトに伝わって来て、落ち着かなくなる。


「萌美」気付くと、門の前にママ。「どなた……?」とエプロン姿で首を傾げる前で、「こんばんは」と蓼丸は礼儀良く頭を下げた。「あ、こんばんは……?」と萌美にそっくりな声でママは頭を下げる。


「夜遅いので、送らせて貰いました。あ、僕は生徒会書記の蓼丸諒介です。娘さんとお付き合いしていますのでご挨拶をと」


 ――げえっ!


(た、蓼丸、いきなりすぎるよ!)

(いつかは知られるって)と蓼丸は「失礼。眼帯したままでは不躾ですね」と眼帯を自ら外した。「桃原とよく似ています」と母親に微笑みを向け始めた!


「あの……」とモゴモゴする母の視線は、じとりと萌美に向けられている。


「あ、あの、ママ……? これはね!」

「可愛いお嬢さんです。桃原のカレだから桃カレ。僕は何よりそう言われるのが嬉しくて」


 ぽかんと親子で同じ表情になった。


(蓼丸っていったい……性格が見えなくなった)


「と、ともかく。萌美、中に案内しましょう。蓼丸くんだったかしら、とっておきのケーキでもいかが? 美味しい紅茶をご用意しますから。萌美、先に入りなさい」


 母親はエプロンを外しながら、ふふと笑った。


「娘を可愛いと言われると、親は嬉しいものなのね。いいでしょう。何やらお話がありそうね? ねえ、萌美、ママも昔生徒会役員とお付き合いしてたの。見に行っちゃった」


 蓼丸が「あはは」と声を上げて笑った。


 ――あああ、親子の血は争えない。

 一瞬浮かんだ言葉を恥ずかしさと一緒に引っ込めた。

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