第37話 29点トリオwithヒロイン

*37*


 しとしとしと。


 5月の雨は、不思議な感じがする。寂しいというより、爽やかというか。


「青竹が気持ちよさそうだな」と蓼丸は速度を落として、傘を少しだけ揺らす。見ると、篠笹高校のシンボルの桜は役目を終えて、もうすっかり葉っぱに変わり、代わって青竹がぐん、と青々した笹の葉を茂らせて、雨雫を落としていた。


「本当だ。水浴びしたーい」

「濡れるだろ。桃原、風邪引くから、もっとこっちに来いって」


 あ、うん。あ、はい。優しい蓼丸の手にどぎまぎしながら、萌美はそそっと傘の中に入り込んだ。またかさっと29点トリオが動く音。ぐしゃっと突っ込んだからだ。


(静かにして!)と鞄を叩いたところで、蓼丸が気怠げに口を開いた。


「……また忙しくなるんだよなぁ……桃原が彼女になるなら、生徒会なんかやらなかったんだけどな……未来は見えない。寂しがらせるつもりはないんだ」


 済まなそうな声音に、首を振った。時折、蓼丸は「すまない」と言うが、どう答えて良いか、まだその攻略方法は見つかっていない。


「生徒会って忙しいよね。でも、ちょっとでもいいよ。こうやって……ちょっと凹んでたから、待っててもらえて嬉しいし」

「凹んでた? どうした?」


(はい、赤点取りました!)……死んでも言えない。


「あ、うん、ちょ、ちょっとおなか、そう、おなかいたくて」

「大丈夫か? じゃあ、アイス食べに行こうと思ったが、やめておくよ」


(あ~~~~~赤点のせいで放課後アイスが逃げてった! 許すまじ29点トリオ!)


 いや、自業自得かな……と萌美は泣きそうになりながらも、にこ、とクールを気取った。


「今度は何の準備で忙しいの?」


「夏休みの部活動合宿の準備があって。夏にインターハイに行く部活が合宿をするんだ。それが5月から希望解禁になって、第一陣の部活の希望がさっそく来てる。講堂がそのまま寝床になるんで、当然管理団体として生徒会メンバーも一緒に泊まることに……」


 ――部活動合宿?!


「蓼丸、学校に泊まるの?」


 蓼丸は「ん」と頷いた。


「確か、申請が出ているのは、陸上、野球、サッカーに、バレー部、演劇部、合唱部。分けての合宿。生徒会長たちと、2年の俺を筆頭に、涼風、杜野、女子2名が泊まる。飲酒とかやられればインターハイ取り消しだから見張りをするんだよ」


 楽しそう。……口には出せずに、蓼丸を窺うと、見事なうんざり顔だ。


「毎年必ず廃部や活動停止が出るんだ」

「いいなあ、あたしも泊まりたいな」


 蓼丸の足が止まった。ぱしゃ、と水たまりを爪先が蹴飛ばす。蓼丸はふっと萌美を見下ろすと、にっこり笑った。


「こっそり来る?」


 ――この海賊王子書記、時折大胆。それも、泊まりを誘っているんですが。いきなり来ちゃう? 夏のドキドキ夜イベント。――恋愛SLGのやりすぎ。


(無意識かな、無意識だろうな……でも、夜の学校で……蓼丸にしては危険な台詞な気が)


 ドキドキしていたら、「屋上で見る星、綺麗だから、見せてやりたい」と清純色の言葉がやって来た。


 うん、清純、清純。


「ばれたらどうするの。……いいよ。家で大人しく勉強してるし」

「そっか。そういえば、桃原、中間考査の結果どうだった?」


 ――うっ。たらりと見上げると、蓼丸はカサを掲げたまま「ん?」と微笑んでいる。


(よ、よし。気付かれていないな)と萌美はぱっと話題を変えた。


「お、おなか治ったみたい! アイス、アイス食べたい!」


(絶対に言えない! 29点トリオ連れてますなんて! 絶対に言えない! 涼風に負けた! これも言えない!)


 チビで、右から見れば優等生(英語、理科共にクラス上位)、左はお馬鹿(古語、社会歴史、社会倫理、29点トリオ)可愛いだけが取り柄のバ彼女にはなりたくないっ!


 ――何とかしなくちゃ。何とか……蓼丸に嫌われないように、何とかしなくちゃ……っ!



(アイスは大変美味しかったから、尚更胸が痛みました)

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