第38話 バレー部へ潜り込め!
*38*
「――で?」
「雫、バレー部でしょ? なんとか、潜り込めないかなぁ……とか?」
翌日、萌美は目を擦り擦り、教室で雫に詰め寄っていた。雫はバレー部のホープで、類い希なる男気に憧れる女子は多い。良いお姉さんで、成績もいい。性格も優しくて厳しくて、萌美の自慢の心友だ。
「そういや、先輩が合宿の間の雑用係増やしたがってたけど、聞いてみようか?」
――雑用係! 思わぬ言葉が出て、萌美は食いつくように雫の腕にしがみついた。
「ほんと? それなら、合宿参加出来る? 何すればいいの?」
「洗濯、部員の食事準備、差し入れに用具準備。マネの仕事が多すぎるって常日頃から問題なんだよね」
――洗濯、まあまあ出来る。アイロン出来ません。食事、おにぎりとお味噌汁なら。差し入れ、レモンの蜂蜜作れます。
「やってみるっ! 余ったら蓼丸に持って行けるし! ありがと、雫!」
頑張ろうと、思ったところで、聞いていたらしいサルこと、涼風が「おい」と萌美の肩を掴んだ。
(ドキ)と鼓動を鳴らして、モジモジと振り返った。選挙の一件から、どうも涼風のポイントも上がっていて、内心困り果てている。
(マコだし! ドキドキしても仕方ないのに)と思いつつ、和泉風味のつっけんどんで告げた。
「なに? あんたにもちゃんと作るよ?」
「じゃねえって。桃、知らないだろ。中間考査、クリアしないと合宿参加できねーの。俺よりおまえ確かお馬鹿……」
涼風は言い倦ねて、ププ、と笑った。忽ち「ドキ」が「怒気」になって、萌美は腕を振り上げてみせる。
「笑ったなあっ! バカだと思ったんでしょー!」
「だって、英語と理科との差、有り過ぎ。追試、一週間後。コレをクリア出来ないと、今後の行事、一切停止なんだよ。知らなかった?」
「知らないよっ!」
行事が参加出来ないとなると、秋の運動会、文化祭、何も楽しめない話になる。いくらなんでもそこまで厳しいはずはないだろう。
「マコの言うことは当てにならない! 先生に聞いてくる!」
萌美は直ぐさま職員室に飛び込んだが、引きつり笑いの立野教諭曰く――
「あ? 知らなかったか。この学校は学力考査が全てだよ。桃原は、3教科75点以上獲れないと、期末考査でアヒルがつく。それになぁ、担任のあたしの古語が一番悪いって、あんた喧嘩売ってんのか」
泣きそうになった萌美に「ま、頑張んな。蓼丸に笑われる前に」と立野は笑って珈琲を淹れに消えた。
――鬼教諭! おにばば! 古語オバケ!
(やばい、どうしよう……それに75点って高すぎ!)
急に世界が色褪せて見えた。(そっかぁ……)と涙を浮かばせて見る学校は、灰色に揺らめいて見えた。
学校は楽しいけど、お馬鹿は楽しめない。中学校とは違う。学校は勉強する場所だから、赤点お馬鹿は小さく背中を丸めて、こそこそと追試のお勉強をしなきゃいけない。
――合宿、参加したかったな。色々お手伝いがしたかったのに。
しょんぼりと教室に戻ると、涼風は携帯のトランプのアプリゲームに夢中だった。力が抜けた。
「あんたも、追試なのにいいの? のんきしてて。ま、いいけど。マコ、どの教科がへっぽこだったの?」
自分のへっぽこ29点トリオ(古語・社会歴史・社会倫理)を棚に上げて、萌美は涼風を覗き込んだ。涼風はぼそっと「英語と理科」と答えた。
「その他は?」
「数学87点、古語89点、社会倫理80点、社会歴史92点……理科が22点、英語が……7点」
「バカじゃん! あたしより!」
「うるせえな!」と涼風は「見てろよ?」と携帯で2人の合計を足した。
――萌美のほうが総合点が低かった。(もう、泣きたい)と思ったところで杜野がやってきた。
「お二人とも、素晴らしい点数だけど、どっちも蓼丸さんに顔向け出来ないって分かってる? 涼風は、生徒会の合宿に参加できない。桃原は彼女なのに、ヤバイだろ」
「そうだよ、判ってんの?」
「はい」
「おう……」
萌美と涼風は二人で同時に言葉に詰まって、クラス一位の杜野と、二位の雫の間で背中を丸めて大人しくなった。ところで授業開始のベルが鳴った。
……大好きな英語なのに、憂鬱過ぎる。
いつもなら、4限目はわくわく、そわそわで、昼休みが待ち遠しいのに。今日は蓼丸との時間が来るが恐い。
桃カレの蓼丸諒介の文武両道ぶりは、隣接の中学校まで響いていた。生徒会長で、眼帯。ミステリアスに成績優秀。球根からチューリップ育てる始末。その、蓼丸にお馬鹿が交際申し込んで、中間考査で赤点でした……。
『お付き合いはなしにしよう』なんて言われかねない。だいたい、篠笹だってギリギリで受かった。それは蓼丸に彼女にして貰うため。なら、蓼丸の彼女になるためにも……。
「俺となら、釣り合うぜ?」と脳裏で涼風がポーズを取ったが、叩きで追い出した。
(勉強しよう、勉強して、蓼丸に知られる前に追試クリアするしかないっ! 屋上の星も見たいし、夜の学校の想い出作りたいもん!)
そうだ、勉強すれば、いい!
一度は出来たんだから、絶対クリアできる! よし!
「We cannot deny that we are born equal.。桃原、訳せ~」
(得意なことばかりやってちゃダメなんだ。今はそれで良いかも知れない)
英語に当たった。しかし萌美はメラメラと炎を燃やして「勉強」とノートに書いたところで。
「桃原~、ついでに文法の型もな。桃原~」
(――ああ、もう、うるさいなあっ)立ち上がって、すらすらと答えた。簡単な英文だ。洋画の引用。多分、「平和と恋のアドバンテージ」だったと思う。
「皆が等しく生まれてきたということを否定することはできない。Thatは第五文法です」
(嫌いだからって、避けてちゃダメだ。蓼丸は全部を大切にするんだ。隣にいるに相応しい子にならなきゃ)
「……というわけで。あ、桃原、座れ。さすが英語首席だな。先生、選挙演説感動したぞ~」
無視。
(そう、勉強するんだ。合宿に参加して、蓼丸に逢いに行きたいから。みんなと過ごしたい。にっくき社会と古語! お昼休みは図書室に行こう……しばらく蓼丸には逢えないけど、クリアするまで我慢!)
仕方がない。今までの怠慢が「ばーか」と手を組んでやって来た以上、戦うしかない。勉強しなきゃ。でも、歴史って2ページで頭が痛くなる。ちっとも楽しくない。
(だってそうでしょ? 過去を知ってどうするの? 鎌倉幕府なんか覚えて、役に立つ? 幕府って何さ。徳川さんちがどんだけ続いたっていうんだ)
チャイムが鳴るなり、萌美はお弁当を抱えてお気に入りのトートバッグに取りあえず社会歴史の教科書と、筆記用具を入れて、居眠りしているサルの耳を引っ張った。
「いって!」
「教えて。あんたの得意な社会! で、あたしは英語教えるから! 協定しよ!」
涼風は眠そうな眼を擦り、首をこきっとやって「いいけど」と頷いた。ところで、廊下から黄色い声が響いた。
振り仰ぐと、蓼丸が女子の声援を片手で制しているところで。
「蓼丸さん!」杜野が一番に反応すると、カメラ小僧の二条も一緒に廊下を振り仰いだ。
「たでまるーっ」
(――っていかんいかん。……追試が終わるまでは逢わない! でも、蓼丸は迎えに来ちゃうし。でも、知られるわけには行かないしっ!)
拳にして、腕を震わせた。蓼丸、わたしはお馬鹿な彼女を卒業します!
「ああ、桃原。いいお天気だし、今日のお昼は外で」
「涼風、行くよっ! 蓼丸、ま、またねっ?」
ぼけっとしている涼風の腕を鷲掴みにして、ばびゅーんと蓼丸の横を駆け抜けながら、(蓼丸! バカなあたしを許して!)と何だかとても、情けなくなった。
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