真夏の校内部活動合宿!  編

第36話 恐るべし中間学力考査

*36*


(選挙、嬉しかった……蓼丸の宿題だけ終わってないけど、うん、幸せ)などと思っていた気分は、一週間後に吹き飛んだ。


 ――恐るべし中間学力考査である。得意の英語は問題はないが、しっち面倒くさい「歴史」と「古語」が萌美を手ぐすね引いて待っていた――。


***


(どわあ)


 揃ったテスト用紙五枚の上に萌美は突っ伏していた。


「こ、古語……社会歴史、社会倫理が……」

「桃原?」と面倒見の良い副会長補佐の杜野篤哉が首を伸ばしてきた。


「あ、あははははは。お、終わったね! やっと、遊べる~~~」


(いや、遊べないだろう、コレ!)


 冷や汗を垂らして、重なった用紙をちらっと捲る。後日データで送られてくる結果が最終だが、この学校、未だにテストだけは先生が採点して返してくるアナログ方式。



 ……チラ。



(一枚目の英語は97点でクラス一位はいいとして、二枚目の化学も91点でクラスで五位。数学は75点で合格ライン。しかし……)


 ゴクリ、と捲っていくと、段々○が減っていく。右側には怒りの「追試!」の立野の朱丸が書かれていて。


 6科目のうちの、半分はクラスで五本指。半分はおしりから五本指の有様。


(やばくない? これ。頭のいいあたしと、バカが同居している……)


 視線を感じて振り返ると、泣きそうな目の涼風と目が合った。用紙を持ってふるふるしているから、同じ穴のムジナであろう。


 ――赤点も、みんなで取れば恐くない。じゃない。


 蓼丸諒介という優等生が近くにいる。聞けば蓼丸は二年で首席クラスの成績で、文武両道。眼帯さえ外さないでいれば、くせ者ではない、穏やかで優しい生徒会書記。


「以上! ホームルーム終了! オタマジャクシ、気をつけて帰れよ!」


 がさつな女子教師・立野の号令で、生徒たちはばたばたと教室を出て行こうとし、ふと立野が「桃原、涼風」と萌美と涼風を揃いで呼んだ……。


***


「おまえらね。呼ばれた意味、判ってんの?」


 涼風が「テストっすよね。なは、俺、選挙で頭一杯で」と頭をかいた。


「ほー。同じ選挙参加した杜野と雫は同点クラス一位、学年で七位だが」

 爆撃を喰らった。


「いや、おつむの出来が違うっすよ。俺らと」


(うっ……一緒にされたけど、言い返せない)


 立野はずずっと珈琲を啜ると「あんたら、生徒会関連だろ。特に涼風! おまえは副会長補佐になったんだぞ?! なんだこれ! それに桃原! あんたは担任のあたしの授業の古語が駄目って喧嘩売ってんのか」


「すいません。……漢字苦手でっ」


「言い訳はきかないからね」と立野はぴしゃりとした口調で「あんたたちは筍祭の日は追試」と告げた。


「えーっ?」とは涼風。「あ、泥だらけ嫌だからいいです」とは萌美。


 筍祭とは、裏の竹の掃除がてら、筍を掘る祭りである。一年生が参加するのだが、どろんこクイズ状態になる校長が作った「土遊び」のお祭りで女子には評判が良くない。


「え? 筍食えるぞ。孟竹宗(もうちくそう)の刺身とか」


「蓼丸に泥だらけの姿、見られたくないもん。あんたにお似合いだよ。あ、ママに筍ごはん作って貰うから、一本頂戴」


 ばん、と立野に机を叩かれて、二人はお喋りを止めた。立野は「いいのか、桃原」と声を低めて畳み掛けてくる。


「あんた、蓼丸諒介に知られていいのかって聞いてる。蓼丸の成績、あたしの友人の教師から聞いてるよ。オール98点だ。一問ずつ間違えてるところが惜しいが、それに比べて、桃原萌美は古語が……聞かれてんだよね。蓼丸が心配してるみたいでさぁ」


「わー! 先生! 黙ってて! お願い! あ、ママのアップルパイ持って来るから!」


「要りません。おまえら追試で合格しなかったら、査定下がるからね。篠笹は文武両道。お勉強も遊びも一生懸命がスローガン。勉強しないバカザルと桃色サルは夏休みもお勉強」


「やだー!」「なら、追試をクリアし、期末では朱を取らないこと。以上! 赤点生徒が出ると、先生の賞与も減るって知ってた?」


(あー、それは知りません)


 立野はボードでコツンコツンとやって、「勉強しろ」と唸りを上げた。



 萌美と涼風は職員室で頭を下げて、とぼとぼと職員室を出た。


 5月の怒濤の生徒会選挙も終わり、見事に生徒会役員(しかも副会長補佐!)に入り込んだ涼風は、理科と英語が壊滅的、萌美は差が有り過ぎるかつ、担任の立野の科目が最低点だった部分が、怒りの原因らしい。


 しょんぼりとした気持ちを引き継ぐかのように、じめっとした雨が降り始めた。

 進路指導の立野は厳しい。


(しかし、この、古語29点、社会歴史29点、社会倫理29点の29点トリオ……)


 ――蓼丸諒介という秀才の彼女なのに、傍でバカがへらへらしていたら迷惑がかかる。


(な、なんとかしなきゃっ……今までは英語だけでいいもぉ~ん だったけど! これはまずい!)


 廊下に出ると、涼風とまた目があった。


 口語に「はあ」を吐き出しながら重苦しい梅雨の学校をとぼとぼ歩く。「お」と涼風がスマホに視線を落とした。


「わり、俺、生徒会あるわ。――じゃなっ。また会長が逃げたってよ!」


 足の速い涼風は、こんな利用されているらしい。どうやら、副会長に可愛がられているらしいが、全くの無関係である。


(そっか。じゃあ、1人で傘、くるくるして帰ろうかな)


 しょんぼり乗算で、昇降口に行くと、ふわふわの頭が見えた。


(蓼丸がいる! 嬉しい!)


「たでまるーっ」


「ああ、桃。待ってたんだ。今日は生徒会なかったんでね。あ、涼風は会長捕獲部隊だから、呼び出されてたみたいだが。お陰で助かるよ。平和が一番だ」


 平和が一番。確かに、杜野と涼風が生徒会に加わってから、蓼丸は穏やかに過ごせているみたいだ。


「あのサル、足、早いもんね。使ってやってよ。幼稚園の時もちょろちょろして、よく逃げ回ってたから」


 蓼丸は傘を開くと、ちょい、と手招きした。


(はい、失礼いたします!)と走ろうとして、鞄からあの29点トリオが見えているに気づき、ぎゅむっと押し込んで傘に飛び込んだ。

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