第35話 篠笹高校第58期生徒会総選挙③
*35*
「冷や冷やしたよ! トランプやり出すわ、英語で喋るわで!」選挙が終わるなり、ツンデレの和泉の説教に「ごめんなさい」と涼風と二人で揃って謝っていると、遠くから英語教師の満面の笑みが注がれてきた。
余計な点数を稼いだらしい。また、授業で当てられる。(やだなあ……)と思う前で、和泉は「あれって僕に言ってたのかよ」とつっけんどんな口調を強くし、繰り返した。
「いつも言葉を出すことは大切なことだ。言えないことや言っちゃいけないこともある……ってヤツ! 言っとくけど、僕の毒舌は昔からだよ! 悪かったな。ぽんぽん出てくんだよ!」
(さすが、学年首位。英語まで完璧。そして単純だ)
「何笑ってんだよ」
「つばにゃん、可愛いなって。目、大きいし出目……」
「目はコンプレックスだよ。出目金って呼んだらぶっ殺す!」
和泉は相変わらずの口調で告げて、じ、と先輩たちが固まっている集団を見やった。「戻る。宮城さん、時間にうるさいから、ほら来ちゃった」とこちらに向かう宮城を見つけるなり、ぱっと身を翻す。
「だから、呼び方は昔のままでもいいんだよ、別にさ!」と怒り口調で言葉を投げて、もそっとやった。
「……つばにゃんって呼び名、可愛いし……可愛いの、別に嫌いじゃないし」
きょとんとした宮城に「あんた、ちゃんと聞いてた?!」と一言投げて、ズカズカと去って行った。
「聞いてたけどね……じゃあ、つばにゃんと呼べるか。おーい。つばにゃん!」
和泉は可哀想なほど飛び上がり、背中を向けたまま「なに」と素っ気なく返答。
「うまく行きそうだな。頑張った甲斐が……俺、また熱ぶり返しそ……でもいいや。倒れても! つばにゃん、俺もそう呼ぶ!」
「調子に乗るなよ! 宮城さん、二分遅れ! やまんば、ひっつくなよ!」
「えへへへへ」と嬉しくて和泉の腕を取ると、和泉は真っ赤になって萌美の腕を振りほどいた。「これから、つばにゃんと呼ぶね! 宮城さんと一緒に」
和泉はじろりと睨んで、また「だいたい、理系の僕に言葉の大切さを説かれてもっ」と言い訳をして、「和泉、挨拶くらいしよう」の声に「そうだ」と足を止めた。
「僕らの役割はこれで終わったわけだ。二人とも、厳しくして悪かったな」と宮城に頭を下げられて、涼風が「まだ当選したわけじゃないっす」と謙遜したが、考えたら彼らは結果を知ってるはず。
まして、和泉は頭いいのに、単純……。
(もしかしたら……通じたのかな。涼風の良さ。みんなに伝わったかな。議長団くらいには潜り込んでくれたらなぁ)
「つばにゃん、僕らは最後の仕事があるだろ。生徒会に報告しないと」
もう和泉は「そうだった」と元の愛称に慣れた顔に戻って、「そうそう」と思いだしたように呟いた。
「二条に、餌なら校庭のバックネットの裏にあるって言っといて。勝手に僕の事情を洩らした罰だって」
「? うん?」
「じゃ、集計のまとめがあるから」と和泉は足を止めて、「当選するよ。きっと」と笑顔を振りまいて宮城の元に駆けていった。
実はとんだ小悪魔だった和泉を見送ると、涼風と二人になった。涼風は「あー」とまた吃音になって、言葉を押し出した。
「楽しかったな~ 思う存分桃といられた気がする」
「そうだね……あんた、凄いよ。まさか本当にトランプババババやると思わなかったし! サイコロなんかいつ入れたの」
「大丈夫って手を握ったときだよ。桃、ぽーっとしてっから」
(あっ……)萌美は思い出して頬を熱くした。「マジシャンなんで」と涼風は何故か嬉しそうに猫吊り目を細めた後で、寂しげになった。
「蓼丸さんとこ、行けば?」
――必ず蓼丸に返すから。今だけは。
言葉が胸を劈(つんざ)いた。今までなら「うん」と告げて置き去りにしたはずなのに。今は、なんだかもう……。
選挙の緊張感が無くなるまでは傍にいたいと思う。頑張った同士、結果を一緒に悦びたい。
「結果出るまでいるよ」と隣に並んだ瞬間、校内放送が流れ始めた。
『選挙管理委員会の副委員長、宮城です。みなさまお疲れさまでした。第58期生徒会総選挙の速報をお伝えします』
「すげえ」と二人で黙って聞いていると
『圧倒的数字にて、副会長補佐:一年C組 杜野篤哉当選』いきなり杜野。
(さすがだなぁ……三年生を労っていたもんね……雫とはどうかな)
『同じく副会長補佐:一年C組 涼風真成』
妙なところで、涼風の名前が飛び出た。
「ちょっ……え?」
「……は? 副会長補佐? へ?」
なんと、涼風は投票二位を射止めていた。一位は理路整然とした杜野には異論はない。しかし、お猿が……でも、それは生徒の二位の順位で、生徒会役員としては役不足。でも、何かが伝わったのだろうと思って……いい?
(優等生と、毛色の変わったマジシャン……絶対学校楽しくなる、これ、絶対楽しくなる!)
「俺、副会長やんの……? いや、無理っしょ……雑伎団でいいよ」
「なーに言ってンの! それに雑伎団なんかないよ! 議長団だよ! あたしが応援したんですぅ! しっかりやって……蓼丸を助けてよね……」
(どうしよう、嬉しい! 応援して、良かった!! 泣きそうだ)
さっきからゆらゆらゆらゆら。心がちっとも安定しやしない。ぐすっと泣いた頭に涼風は手を乗せた。
「好きなんだろ、蓼丸のほうが」
「あんたに言われたくないっ……分かんなくなっちゃったの! マコのせいだよ!」
涼風は目を瞠った。「俺がキスしたから? こじれちゃった?」だとぅっ? 腕を振り上げたところで、蓼丸の姿が見えた。
「なんで教室にいないんだか」とはにかんで、「おめでと。これから宜しく」と涼風に手を差し出した。涼風は無言でぎゅっと握手をすると、萌美の手をぐいっと引いた。
「蓼丸さん、こいつの言葉、ちゃんと聞いてた?」
「ああ? うん?」と蓼丸はにっこりと「綺麗な英語で驚いたよ、さすがは桃原」と頭を撫でてくれて、またぽわ、となったところで「ちっげーよ!」と涼風が割り込んだ。
「蓼丸さんさ、あんた言葉ぜんっぜん! 足りねーんだよ。ッ全然桃のことわかってない! 御礼に教える。こいつは、あんたがしっかり伝えてくれないって公衆の面前で文句垂れやがったんだよ。俺との時間は終わったよ。享受権だろ。もう充分」
とん、と背中を押して「じゃーなー」とポケットに手を突っ込んでさっさと講堂を出て行った。
――また、気まずくなることばっかして! いつ文句を……萌美は押し黙った。
(確かに、当てはまる)
「あ……」
言葉が出なくなった。マコの時はぽんぽん出るのに。図星さしたマコのせいだ。
「俺、言葉足りてないか」隣の呟きに顔を上げた。(足りてないよっ!)と前の萌美なら言うだろうけど、公衆の面前で吐き出してしまって、空っぽだ。
不思議。思ってもいないと思う言葉だった。なのに、ちゃんと意味を為して行く。人の心って隠せないんだ。和泉と萌美は蓼丸が言う通り、確かに似ていた。だから、何とかしたかった……。
(ご自分のこと、出来てませんけれどね!)
でもいい。自分で出来ないから、誰かを求めるのだろうから。不完全でいいんだ。だってみんながいるんだから。
「なら、なんて言って欲しい? 正直言うとね、俺、判らないんだよ」
蓼丸は萌美の髪を撫でると、「こうするしか」と長い腕で胸板に萌美を引き寄せた。
――うん。
(蓼丸からの言葉が欲しいと思うのに、もう要らないなんて思っちゃう。ううん、聞こえてる。トクトクトクが早くなるから、聞き逃さないようにしなきゃ)
「大切過ぎて、言えないだけで……嬉しかったんだ」
頭に押しつけられた唇の、低い声が心地良い。顔を向け合って、ふと入学式の朝を思いだした。
「眼帯外して良いよ。蓼丸の甘い言葉を聞くには、眼帯取らなきゃなんだし」
――素直なままでいたい。わたしはあのステージでそう思った。夢を追いかける涼風もまた憧れなんだよって。……うん、どっちも自慢の……。
自慢の……。
(う)考えを止めて、萌美は子供の虎のように唸った。
「決められないっ」
「桃原?」
「無理! 無理無理! だって、決めたら、どっちかの良さを否定することになるんだよ? だって良さが違うんだし、このままがいいに決まってるよ!」
つい、と指で顎を持ち上げられ、超絶ウインクをがっつーんと喰らった。
「結論はクリスマスまでお預けだ、王女様」
(……そうだ。眼帯外したんだった!)
男全開の口調にまたしてもずきゅーんと心を射貫かれたところで、今度は「……なんだ、あれ。気になるな」と蓼丸が突然唸りを上げた。
今度はなんだと見ると、ふらふらとチェシャ猫が校庭をうろついていて……。
「あ、二条ぬこ!」
「まさか、まだ神部を探してるのか? 尋常じゃないな。行ってくる! というか、邪魔しやがって!」
「ちょ、蓼丸! 二条は邪魔なんかしてな……っ! もおお! 喧嘩になるから眼帯ちゃんとつけてっ!」
――やっぱり、ラブシーンは続かない!
***
足の速い蓼丸を追いかけているうちに、ふと和泉の台詞を思い出した。早足の蓼丸に短い足で追いつきながら、伝えてみる。
「蓼丸。さっきね、つばにゃんが、『二条に、餌なら校庭のバックネットの裏にあるって言っといて。勝手に僕の事情を洩らした罰だよって』伝言。どういうことかな」
蓼丸は聞くなり、「ああ、絡繰りが判った」と笑いを噛み殺して、「なら、決闘は勘弁してやるか」と手を引いてくれた。
講堂から校庭には靴のままでいける。二条はふらふらと幽霊のように校庭を彷徨っていた。蓼丸が片手を口に掲げて、スピーカーにして声を張り上げた。
「二条! 神部の大切なカメラなら、バックネット裏だよ!」
二条はぴゃっと飛び上がり、素早く野球部のバックネット裏に回り込んで、「神部さん! カメラありましたああああ!」と砂だらけのカメラを振り回し、大急ぎで走って行った。
「え? 神部さんのカメラ探してた?」
「ああ」と蓼丸は両眼のまま、くっくと笑いを漏らしている。
「聞いただろ。中学の報道部の起こした生徒会選挙の惨事。和泉は神部を怨んでいるからな。またこの選挙もブチ壊すんじゃないかと、桃原たちを心配してた」
「え? つばにゃんが?」
「神部は突然消えた大切なカメラをずーっと探し回っていて、その神部を二条が探していたんだ。神部は二条にカメラを探せと告げたまま、行方不明だ。あとね、宮城に頼まれて、神部のカメラを奪ったのはこの俺です」
――また騒動の片腕を担ったりして!
「……ちっとも穏やかじゃない。なんでそんなことするの」
「和泉は宮城と仲直りしたくて、涼風に希望を持ったんだ。でも、その涼風を応援したのは桃原で、自分を重ねたんだろ。口は超絶悪いけど、優しい子だ。役員の俺が出来るのは神部がトイレ行くのを見計らってカメラ失敬する程度。そもそも、桃原はどうして、こんなに頑張って応援したんだった?」
萌美は記憶を反芻した。確か、発端は、「蓼丸と一緒にいられない」と萌美がぼやいて、困らせて……生徒会が大変だから、手伝いが欲しいって……。
そこに和泉や宮城、涼風や杜野やお掃除がクラッシュされちゃったけど。
「……蓼丸と一緒にいたかったから」
「よく出来ました。その気持ち、しっかり受け止めているから」
「受け止めているの? えへ、受け止めてくれているの?」
蓼丸はしっかりと頷いて、「頑張ったな」と顔を傾けてくれて……。
すとん、と何かが心におちた。全然欲しかった言葉じゃない。でも、ちょっと前に欲しかったキスはきっとこれだ。蓼丸とはこれがいい。
マコは言葉をくれる。でも、蓼丸とはキスしただけで……。(う、危険区域)と思考を止めた。なんか、思考が桃色な気がして。
話したい事項は山とある。ぜんぶ、ぜんぶ聞いてくれるかな? 今はそんな可愛い期待でじゅうぶん。
「――もうすぐ、梅雨だな。また夏は想像しいかもな。校内部活動合宿があるんだよ」
「学校にお泊まりするの? 楽しそ!」
雨交じりの風が篠笹の竹を湿らせるももうすぐ。
――半月では、蓼丸の宿題は解けなかったけれど、もうちょっと考えよう。
(力一杯あたしに好きだ好きだと伝えてくるマコ)
(あたしの力一杯の好きを受け止めてくれる蓼丸)
春嵐にも負けない強さで。萌美の心の中までも、二人はまだまだScrambleするのだった。
迫る中間考査は、桃色の桃原萌美の脳裏からはすっかり忘れ去られていた――。
◇◆生徒会総選挙大騒動★Scandal!【了】
⇒夏の校内部活動合宿編★Scramble! To be continued・・・
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