第34話 篠笹高校第58期生徒会総選挙②
*34*
たくさんの一般生徒たちが座ってステージを見上げているをステージから見ているだけで言い逃れも出来ず、緊張は高まってくる。
「この選挙は、私たち三年生がいる内に、後任を育てるための選挙です。新しい生徒会を楽しみにしています」とは副会長。
「次期生徒会長はまだ決まっていませんが、学校をもり立ててくれる人材に出逢いたい。しかし、男だけの立候補にぼくは落胆を隠せない。が、やるからにはしっかりとやって貰うから覚悟して来るように」
如何にもな織田の演説はどこかカリスマ性を感じさせた。こうして同じ舞台に立ってみると、生徒会役員たちの堂々とした物言いは、チューチュー萌美にとっては神の域。
(みんな、ずるいよ。そういうのどこで覚えてくるの? どこで教えて貰えるの?)
項垂れたところで、「投票について書記から」と生徒会長・副会長を引き継ぐ形で蓼丸が立ち上がった時も、萌美はどこか心を遠くにして、蓼丸を横から見詰めていた。
眼帯側。綺麗な口元は見えるけれど、大好きな目は見せてくれない。こんなにも遠く感じる。
「投票については、学校内のイントラネットに、IT研究会が統計アプリを載せていますので、各時認証番号を入れて、投票してください。尚、この選挙は全員強制となっています。しっかり聞いて、役員に相応しい生徒を選定すること。投票順に、副会長補佐2名、書記補佐2名、議長団補佐1名、役員2名。計7名を選出します。二年生においては……」
(7名。24名のうちの7名……およそ3割なんだ)
ぼうっとしてる間に蓼丸の説明は終わって、「では1-Dから」と選挙管理委員会の進行が始まり、場には一気に緊張感が漲り始めた。
「1-Dの真那俊樹です。僕は昔から――……」
……みんな、自己紹介が巧い。立候補者もきちんと公約があって、場違いに思える。杜野は「甘いものじゃない」と言っていた。憧れだけで突っ走るものじゃなかった。
(どうしよう、どうしよう……)
「1-Cに移ります」(うわ、近づいて来た)しかもあいうえお順だから、杜野と涼風なら、涼風のほうが先。
「涼風真成さん」呼ばれて「はい」と声を震わせて涼風が立ち上がった。スタスタと演説台に向かって行く。
備え付けだと思ったマイクを涼風は強く掴み、「あー……」と言葉を止め、ぎゅっと拳にした手を震わせ、腕を伸ばして「よし!」と小さく気合いを入れた。
『俺、マジックが好きなんですよね』とトランプを取り出した!
(ちょ! 本当にやるの?!)
『ちょっと緊張してるんで、いいですか? いいっすよね? 落ち着くんですよ』
指でバララララ、と弾いて、手の中に数度収める。『親父ほどじゃないんですけど、幼少に』昔話に空気は和んで、誰かが「すご……」と呟いた。今度はポケットからダイスを取り出して、指に挟み込むと、手招きした。
「応援者、桃原、ちょっと来てくんないですか」
(あんたは、ここがどこだか判ってんのっ!)怒りたい気持ちでステージを見ると、いつしかつまらなそうだった生徒たちが夢中な顔を向けていた。
『ほらね。マジックって不思議なモンで。退屈~な選挙も、楽しくなるんだ。成功したら拍手を。失敗したら、オトナの対応で願います。ではご注目~』
ふっと手を振ると、ダイスが空中に消えた。どよめきが上がる。
「3・2・1……桃原さん、ポケットのダイス返して」
ポケットを見ると、ダイスが二個。「えええええ?」と驚く前で、涼風は「カードも返して貰いたいな」と指を鳴らして、すたすたと生徒会側の織田のジャケットを指した。
「織田会長、カード返してくださいよ」
「ん? ――おおっ! こりゃ驚いた!」
織田は感心しきってカードをポケットから取り出した。
『なーんちゃって』と涼風がマイクで喋る。『今のは俺が二人に内緒で仕込んだだけっすけどね。ぼけっとしてたんで』爆笑が起こった。
『笑ったっすね。俺の公約は、今みたいに楽しく過ごせるように努力すること。あとは、俺の夢で、ひとときの夢を与えたい。当選したら、モノホンのマジックを見せてやるつもり。まだまだ技、少ないけど……。あと、この学校、笑顔が少ないから、そんでは、いっつも笑っている桃原さん、お願いします』
底なしのお馬鹿さんは、呆れ返った選挙管理委員会に頭を下げ、シコシコと席に座った。
――盛り上げるだけ盛り上げて! この後をどうしろと!
あたま、真っ白。色々考えていた言葉は全部吹き飛んでしまった。
(まさか本当にマジックやると思わなかった。結局あんたの夢はなんなんだ!)
「桃原萌美、とっとと応援演説始めてください」
小声の和泉に涙目で首を振る。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)頭に散らばった内容は、涼風のトランプショックで吹き飛んでしまって出て来ない。
(でも、何か喋らなきゃ……)
「イッツ……」萌美は一気に喋りだした!「桃原?!」蓼丸の声が聞こえた気がする。(大丈夫だよ。あたしだって頑張れるんだから!)とマイクに声を吹きかけた。
『It is truly an idiot.(こいつ、真のお馬鹿さんなんです)』誰かがくすっとやった。
『But I try hard and I want to cheer. Always give me a word. That is very important thing. There are things I can not say or things I can not say.(でも、一生懸命で、応援したくなるんです。いつだって言葉をくれる。それってとっても大切なことですよね。言えないことや言っちゃいけないこともあるけれど)』
(続き。続き)と何とか散らかった文面をかき集めて紡いでいく。一生懸命喋って、ふと、和泉がすっとカードを持ち上げたを見て言葉を止めた。
『桃原、全部英語になってるんだけど! 日本語でやって!』
――げ。一部分を得意の英語にするつもりが、まるで洋画の字幕の如く、萌美は全部英語で喋っていた! 超得意科目が仇になって、萌美は慌てて言い繕った。
「あ、あの……すいません、そんなつもりじゃ……。ううん、違う」
違う。そんなつもりだった。
得意を見せつけてきた涼風を応援するなら、萌美だって覚悟を決めなきゃと思う。
(好きなものに言い訳は、したくない。マコがせっかく頑張ったのに)
――あのサルの応援は、わたししかできないんだってば。それが幼なじみってヤツなのかも知れない。
すう、と息を吸って、萌美はまたマイクに向き直った。
『私の夢は、洋画のお仕事をすること。夢を皆さんに見せた涼風は……』不思議と心が落ち着いて来た。
『きっと、みなさんの夢の応援を一生懸命すると思います。そうして……きっと、大切なものの応援を一生懸命して、自分の夢も、しっかりちゃっかり叶えていくと思うんです。どうぞ、安心して、預けてください。わたしも、ひとつの夢を追って、篠笹にきました。It is never too late to make a dream come true(夢を叶えるに、遅すぎることはないと思います)』
――終わった……。
ほ、と見回すと、生徒はしーんとしていた。ふと、誰かが「ありがとう」と言った。忽ち応援演説の拍手は広がって、震える足を押さえて目下を見渡す。
雛たちが、手を叩いている。それは萌美への称賛じゃない。夢を語った涼風への称賛だ。(マコが大切なものの応援をどうやるかは、一番知ってる。だからこそ、そこを伝えなきゃと思った……。最後だけを英語にして、格好良く決めようと思ったのに。まさか途中を英語で喋っちゃうなんて! もう、もうもうもう!)
顔を真っ赤にして火照らせた時、蓼丸と視線が合った。
(やだ、恥ずかしい)泣きそうな目で見ると、蓼丸は口元を軽く緩めた。途端に涙が滲んだ。
(あたしの応援演説は、こうして流れるように終わった。でも、これで良かったんだって。自分の得意で勝負できたのは、手を震わせながらも、未熟なマジックを披露した涼風の勇気のお陰かも知れない。ねえ、桃色のチビな鼠だけど、ちょっとは、みんなに近づいたかな)
「次、1-D」立ち上がって演説を始める生徒が、どうにも窮屈に見えたところで、隣の雫が呟いた。「涼風は当選するよ。杜野はどうかな。計算高すぎ」
「雫、上手だったから大丈夫だよ」
「どうかなー。内申がよけリャいーんだけどさ」
また涼風の背中が動いた。(小刻みに揺れてる……壇上で泣くなって言わなきゃ)
でも、不思議と心はハレバレとしている感じがする。
――マコ、夢を堂々と名乗れるあんたに好かれて、あたしは幸せ。みんなの夢、持ってってよ。
蓼丸の宿題の答はまだ見つからない。
(それでも、どうして蓼丸が良いんだろう。マコと蓼丸を選べない理由はなんだろう。ずっと三人がいいって思うのは間違いなのかな)
その後の演説の時間は驚く程早く流れた。
(あ、涼風をよろしくお願いします)を言い忘れたと気付いたは、すべて終わってからだった。
一人でも多くの生徒に、涼風の良さが伝わればいい。そうして、生徒会に入ってくれたら、蓼丸との時間が戻って来る。
ほらね。やっぱり蓼丸に思考が落ち着くんだけど、どうなってるんだろう……あたしはどっちが好きなのかな。誰か教えて欲しいです。
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