第33話 篠笹高校第58期生徒会総選挙

*33*

 篠笹高校第58期生徒会総選挙。講堂のステージの上に設えられた文言が萌美の視界にまず飛び込んだ。


(いよいよなんだ……)


 思っていたより本格的で、ステージの上には、椅子が並んでいる。どうやら立候補者と応援者は壇上に上がる様子。


「桃原さん」呼ばれて振り返ると、アンドロイド姫改め、ツンデレ姫の和泉が手にコサージュを二つ持って、萌美と涼風を待っていた。


「これ、つけて。立候補者は朱、応援者は黄色。名前合っているか確認して」


 リボンの名前は「すずかぜまこと」「ももはらめぐみ」何故かひらがな。

「なんでひらがななの?」とじっと見下ろす前で、和泉がくっと笑った。


「はは、幼稚園児みたい。我慢して。両方とも、生徒は名前読めないだろうから。当選したいなら、名前を覚えて貰いたいところだし。まあ、頭も幼稚園児で釣り合っててるよ」


 口の悪さは天下一品。幼稚園児で悪かったな!


(聞いた? パパ、ママ! ……ちゃんと読める名前をお願いしますっ!)


「キラキラネームってほどじゃないけどね。じゃ、健闘を祈る桃原さん」


 告げると、和泉は二年の立候補者に早足で駆けて行った。掛け持っているらしく、よく働く。


(あれ? フルネームじゃなかったぞ)


「上がるか」と涼風と足を向けた。ところで、「あら、桃姫ちゃん、お猿さん」とは副会長の糯月華夜。まっすぐに伸びた黒髪を揺らしながら、数名の女子を引き連れてやって来た。


「お猿さん、寝込んじゃったんですって? あ、バナナチョコあげるわ」とチロルチョコを涼風に渡して「頑張ってね」と優雅に去って行った。


「……なんか、すげーな。高校って」チョコを演説前に食える涼風も凄いと思う。萌美は空返事をして、ごくりとステージを見詰めた。


 ……実は足、震えています。さっきから。必死で見栄を張っています。


(だって、こんなに本格的とは思わなかったんだもん! ……どうしよう。恐い)


 おろおろと周りを見渡せば、誰も彼もが自信ありげに見えて来た。十数年生きて来て、萌美はみんなに自慢できる何かをちゃんと拾えていたのだろうか。


 ――蓼丸も、涼風も、雫も杜野も、みんな自分をしっかりと持っていて、凄いし強くて優しい。


 しっかりしているお仲間の間で、桃色の子ネズミはちょろちょろと。


(……なんか、わたし桃色の鼠みたい。ちっちゃいだけ。応援、応援演説……応援はfight。Fight一発……目が回ってきたかも……)


 バクバクと心臓から魔物が迫ってくるような音がする。心臓から飛び出して来そうだ。もうすぐバクバクの魔物に呑み込まれる……! 


 思った刹那、手がほんのりあたたかくなった。気付けば涼風が萌美の手を掴んでいた。


(あったかい……魔物、消えて行く)


「桃だけじゃないんだ。俺だって、緊張してんだ。判るだろ? かっこわりーけど」


 指が震えているに気付いた。それでも、涼風は萌美の手をしっかりと握った。でもガクガクと震えが伝わってくる。


「本当だ。情けないなぁ」

「いや、大丈夫だ。大好きな桃が必死で、応援してくれてんだ。絶対、恥はかかせないから」


 大好きな桃。


〝きゅうん〟


(まただ、きゅん)


 頬が熱くなって、萌美はぽ、と呆けた表情のここちで、涼風をちょっと見上げた。


(マコ、いつの間にか身長伸びてる)


「ねえ、身長伸びた?」

「ちょっとだけ。あー、声も出しにくいんだ」


 男子と女子はやがて何になるのだろう?


 2人で並んでステージを見詰めて頷き合っているうち、バクバクの魔物は静かに萌美の内に帰って行った様子で、目が回っていた感覚も段々薄れてきた。


(〝桃だけじゃないんだ。俺だって、緊張してんだ〟……か。一緒なんだといつも伝えてくれる。伝えるための言葉の大切さを知っているんだ、マコ……ん、優しいの知ってるもん。それは蓼丸とは違って、ガンガン口に出す優しさなんだよ)


 ――あれ? 


「立候補者が前、応援者は後ろに座ってください」声の中で、萌美は足を止めた。


 涼風の優しさはすんなりと受け止められる。お馬鹿なりに判りやすいから。じゃあ、蓼丸の優しさは……あれ? あたし、蓼丸に……。


 ――もしかしても、しなくても! 好きって言われてない?!


「嘘だよ、そんなはずない」


「桃」と涼風が萌美の異変に気付いた。「嘘だよ。絶対言われてる! だって、付き合ってもいいよって! ちょっと待って、混乱してきた」


「おい、真っ青だ。緊張すっと腹痛くなんだろ。桃。しっかりしてくれ」

「あ、うん、大丈夫……」


(なんでこんな時に気がついちゃったんだろう)と萌美は壇上の階段に足を掛けた。涼風と蓼丸のScrambleに気を取られて、いつだって蓼丸は見えてやしないんだって恐怖の事実。


(マコは何度も口にしてくれた「好き」の言葉。……あたしは、蓼丸から聞きたいよ。でも、眼帯を外しても、蓼丸は)


 ぽす。


 ステージに座ると、まるで世界が変わったように見えた。生徒たちがぞろぞろ入って来て、視線が数人から、数十人、数百人に増えてゆく。


「あ、あ」と和泉が平然とマイクテストをするを、呆然と見送って。人形のように大人しく座って歪んだ景色をただ眺めた。


(キスだって、何でも涼風が先で、蓼丸は追いかけるようにいうことを聞いてくれているだけ。――ねえ、気持ちが見えない。変だよ)


 ステージの左側には、現生徒会役員、右側には立候補者。同じステージに並んでいても、遠すぎる。


「桃、大丈夫。悪いな、俺の夢に付き合わせて」

「あ、うん。だ、大丈夫。頑張ろうっ」


 言いながらも目はチラチラと蓼丸を探すけれど、中央の立派な演説台に阻まれて、頭しか見えない。(姿が見えれば、安心するのに。どこにいるの?)


 ――どこ? なんで隠れちゃうの?


 目で探す萌美の前で、涼風が振り返った。


「こら、今は俺のことだけ考えろ。桃の考えなんかお見通しだっつーの」


 背中が喋って、サル頭が萌美の前で揺れた。


「いずれちゃんと蓼丸に返すから。今は俺だけ想ってくんない? 頼む」

「サルに恋する……うん、そうだったよね。応援する!」


(そうだね、今はマコの応援)と涼風への気持ちをきちんと受け止めて返そうとすると、だんだん呼吸も、揺らがなくなった。



 ――マコのことを考えると、安心するんだ。これも気付きたくなかった、な……。



『それでは、篠笹高校第58期生徒会総選挙を開始します』

 生徒会長の織田の声は、まるでもう逃げられないのだという最後の狼煙のようにも聞こえた。

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