第29話 応援って難しい

*29*


 ――初夏の教室に遊びに来るは、桜から変わっての薫風だ。篠笹の男の子を象徴する青竹の香りは、瑞々しくて、男の子の凛々しさにもよく似ている。


(うーん……応援って難しい)


 ペン回しをしている涼風に聞いてみた。


「マコ、生徒会入ったらあんた何をしたいの?」

「もっと楽しくする!」バカの予想を裏切らない公約に、早くも後悔しそうになった。


「とりあえず、購買のパン、もっと種類増やせって言いたい」


「賛成! ……って書けるかっ! 他、何かない?」

「楽しくしたいんだ」

「だーから。どうやって楽しくするのよ」


 涼風は椅子をカタカタ揺らし、「にこにこする」とか呟き、あっちみてそっちみて、今度は背中向きに跨がってガタガタやって、ペンを咥えた口をへの字にしていた。


(あたし以上に文章が苦手なヤツだもん。全くもう)


 ――勢いだけでなれるものじゃないけど……蓼丸の助力だと思って捻り出す判断をした。


(うーん。小回りが利きます。足が速いです。……本当は優しいサルです。お利口なサルです。小さい頃は泣き虫で、良くあたし、苛めていました……だめだめだめだめ)


 ――なら。もっと脚色してみようか。


(横断歩道では、おばあちゃんの手を引いていました。優しい男の子だと思いました)


 我ながら、こんなざーとらしい応援演説したくない。


 ……難しい。格好をつけると、ださくなるし。読み上げる時に噴きそうになるしで。


「飲み物買ってくっか」

「いってらっさーい。ブラックで」


 一人ぼっちになって、考えた。しかし、どうしても蓼丸と涼風の「協定」に行き着いてしまう。――いつ破れるか。と蓼丸はいつになくはっきり言った。


 いや、とっくに破りたいのに、涼風は全くの平常心だ。


(サルって諦め悪いのかな……あ、良い風)爽やかで、力強い風は青竹を潜って教室にやって来る。まるで蓼丸に撫でられているみたいだ、と5月の風に戦がれて、ふと気付いた。


 涼風が戻って来るのが遅い。自販機はフロアの突き当たりにあるはず。


(マコ、逃げたなあっ!)と見れば、用紙は見事に白紙。


「ったく。判ってんのかな。また「トランプで学校を明るくする! 以上!」なんて言うつもりじゃないでしょーね! あんたが当選しないと、蓼丸が困んのっ!」


 ……ま、まあいい。わたしはわたしで仕上げよう。


 ――5分経過。10分経過。サルが現れる気配なし。


(時間がないって判ってんの?! あのサルは!)


 萌美は涼風を探そうとして、イラッとして席を立った。ところで、教室のドアがスルリと開いた。薫風と一緒に蓼丸が近づいて来る。


(これは夢か、薫風が蓼丸になっちゃった……)


「応援演説?」薫風が喋った。

「たでまる! 蓼丸だよね?」と思わず大声。「そうだけど?」と蓼丸は普通に答えた。


「校内の見廻りだよ」と「校内巡回中」の腕章を嵌めた腕を見せて、萌美の前の椅子に向かい合わせに跨がると、ふわ、と萌美の前髪なんかを指で悪戯する。


 座りかたはやんちゃ風味なのに、手つきは「男の人」で、眼帯のないほうの目がやたらに雄めいていて、萌美はぱっと視線を逸らせてしまった。


(や、やだな。久しぶりだからかな。なんか、男の人っぽい)


 猫(二条)とサル(涼風)ばかりを見ていたせいか。やたらに色っぽく見えたりして。萌美は短めのスカートをぎゅっと握った。


「浮かばないなら、見てやろうか?」の声に、頬を熱くして首を振る。


「ううん、これはあたしがちゃんと考えるべきことだよ。ズルになっちゃう」


 微笑みと同時に、――ふわっ。


「やん」思わず声が漏れるほど、蓼丸の手は萌美を優しすぎるほど、ゆっくりと撫で始めた。空間を保った指が頭、頬、首まで伸びる。


「女の子ってふわふわだなって」


「ふわふわ」「そう、ふわふわでイイ匂いがする……」


頭を撫でる蓼丸の呂律が怪しくなってきた。あふ、と欠伸を二つはじき出し、蓼丸は机に腕を載せ、そのまま突っ伏して目を閉じた。


「5月って……ああ、桃原だ……」何を言おうとしたのか、すぅっと夢の世界の扉を開けてしまった。


 なんだろ、来てすぐ寝ちゃったよ? 


 ふと見ると、蓼丸の綺麗な髪からぴょい、と遊ぼうとしている髪が揺れている。旋毛見つけた。


 ――えへへ。とチャンスとばかりに、風に揺れる髪を撫でてみた。スウェーデンのクォーターの蓼丸の髪は、少しばかり柔らかい。指に絡まって鳥の巣のようになる。光の当たり具合では、白銀にも見えたりして。


「ん……」と蓼丸の微かな声。


「相変わらず、お疲れさまなんだね。ねえ蓼丸、中学校の時、大変だったんだね」


 眼帯のビーズが揺れた。


「和泉椿から聞いたよ。……いつも騒動に巻き込まれちゃって大変そう」


「いや、騒動の火種はほとんど俺だから。いつも、すまない」


(そうだった! この人が火種になるんだった!)


 眼帯を外した後の破壊力は抜群だった。(えっとぉ)言葉に詰まって、萌美は取りあえず会話を繋ぐ。


「知らずに覗きに行ってたからね、のんきにも程があるな~って」


 生徒会に纏わる大騒動。和泉と二条と杜野から聞いた話はおそらく真実だ。その最中、和泉だけが傷を負ったわけじゃない。きっと、蓼丸だって傷付いたに決まってる。


「……でも、傷付いたんでしょ?」


「どうだろうな。和泉ほど深くはないよ。見ていてそっちのほうが胸が痛いかな。ペットのように宮城にくっついていたのにな。桃原と似ているよ。和泉は」


「あたしみたい?」


「そう。愛らしいってことだよ。ペットだなんて思っていないし、桃カレの自覚はあるから。それ、今日が〆切。提出していないのは、涼風と桃原コンビだけだぞ」


 ――うっ。白紙の原稿用紙のど迫力!


 でも、蓼丸の姿を見たら、すうっと心が落ち着いて来て、人を大切にする言葉とか、応援する言葉とか、萌美らしさとか、涼風の良さとかがたくさん浮かんで来た。涼風の公約は「自分らしく」なら、応援だって、自分らしく、萌美らしくしたい。


「ねえ、なんでもいいんだよねっ?」

「倫理に触れないならな。終わったら見せて。終わるまでいるから」


 それから萌美はひたすらペンを動かした。文字は全て涼風に捧げるつもりで、でも、蓼丸が待っていてくれるなら、多分最高の応援が出来る。


(うん、絶対出来る!あたしだからこその涼風真成の良さを伝えてみせる!)


 ――足が速い以外に、知っていること、一つだけあるから。それは本当の涼風はとても優しい男の子だってこと。お調子者の振りも、悪魔の振りも、全部違う。


 ……じっくり見ていたわけじゃないです。腐れ縁とはそーゆーものです悪しからず。


(でも、誰より長く見ていたんだよねぇ……)



 ちょっと複雑な気分になった。

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