第27話 蓼丸からの宿題

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「おはよーございまーす!」「おはよーございまーす!」篠笹は、選挙近くなると、校門が綺麗になる。それだけではない。校内のどこもかしこも、立候補者が取り合うように掃除をしてアピールするが、篠笹の選挙運動。

因みに萌美と涼風は美化委員なので、評価というよりは「当たり前」の範疇だ。


 先生たちは散らかった笹が片付くし、清掃業者費用も浮いてご機嫌だ。近所への評判も良くなる。吊られて掃除する生徒も増えていくため、選挙期間は別名「お掃除期間」と呼ぶ。

 しかし、掃除場所の確保は大変だ。そこは早起き得意のバレー部雫の努力で、萌美たち1-Cが掃除の花形の「東正門前」をゲットした。

 あふ……と欠伸しながらもせっせと箒を動かしてただ、元気に挨拶。鉢巻きをしているので、覚えては貰えるだろう。


「効果あんのかな」涼風が箒を掃く手を時折止める。


「でも、綺麗になったよ?」と萌美は校門前を見渡した。5月は青竹が伸びるので、とっちらかると、猫が増える。勝手に筍掘りに来ようとする近所のおじさんを追い払う役割もある。同じが、秋、銀杏の季節にある「生徒会継続選挙」だ。


 それに利点がある。生徒会のメンバーは朝早くの登校。二年の教室は二号館なので、二年の蓼丸が通るは一番近い東正門。


「あんたは東正門のほうがいいでしょ」

「うわーん、雫、大好き!」

「はいはい。箒持って! こら、桃!」

「あたま直してくるーっ!」


 こんな風に最高にできる親友、雫に、頭が悪すぎるサル、理系計算高い! 杜野の四人でつるむことが多くなった。


 ――蓼丸とのお昼の時間は取り上げられてしまったけれど、クラスメートたちと環になって食べるお昼も美味しいもの。


 お洒落とか、もっともっと聞いて、今度逢える時にはとっておきの笑顔で「ひさしぶり」って言うつもり。


 泣いてばかりもいられない。萌美の態度で、生徒会長の命運が決まるのだから。


「来たよ、蓼丸さん」


 ――と、蓼丸の自転車が見えて来た。萌美は箒をぎゅっと持って、ふるふるしながら顔を上げる。一瞬だけ蓼丸は校門で自転車を緩めてくれるから、会話を交わせるはたった5秒。


「お、おはよ、蓼丸っ」


「うん、おはよう。今日も綺麗だよ。ご苦労様。1-C」


 クラス単位で褒めたあとに、ふっと笑って自転車を走らせて行った。


「ふぇへヘヘへ~……綺麗って言われちった」


 良い気分の尻を涼風ががつんと肘鉄喰らわせてくるがパターン。


「おまえに言ったんじゃねえから! アレ! 今は俺の応援!」

「わかってる!」と言いつつ、涼風は怒ってはいないから、だからやはり萌美を好きなのだろうと感じてやりにくい。


 背後では、

「面白い自転車の乗り方するよな、あのひと」

「ああ、蓼丸さんはバランス感覚いいから。乗馬のように乗るんだよ。杜野、教頭」

「おっと、これは外せないよな」


 優等生の内申大好き雫と杜野は会話を止め、先生にきちんと頭を下げていた。さすが、優等生は違う。しかし萌美にとっては、蓼丸に朝一番の笑顔を向けられるほうが優等生だ。教頭には気付けばおシリを向けていた。


「ああん、今日もかっこいー……蓼丸」


「桃」と肘で突かれて、遠くから宮城と和泉が歩いて来るがみえて、四人は箒を動かしながら笑顔になった。選管は朝、臨時の見廻りをする。宮城滝一と和泉椿は風紀委員も兼ねている様子で、先日は涼風の靴紐の色と、杜野の前髪を注意していた。


「おれ、またスニーカーだ!」

「指定の靴履けっていったでしょー! あ、あたしもカラフル靴下! 脱ぐ!」


 篠笹は厳しくはないが、今回は生徒会立候補で特に厳しい。忘れて「ありす」の靴下なんか穿いてきた。しかし指定の黒色に、チェシャ猫がお邪魔しているポイントデザインだったので、折り曲げてチェシャ猫の部分を隠してセーフだ。


「おはよう。三日目だな。この時期になると立候補者は掃除や花の水やりをやりたがるのは誰も変わらない」


「綺麗なほうがいいですから」とは杜野の社交辞令。「バレー部と並行してますけど問題ないですよ」とは雫の点数稼ぎ。「た、蓼丸とは逢ってませんよ」は精一杯のお馬鹿ちゃんの頑張りアピール。「俺の写真、終わったら貰えるんすよね」は何も考えてないバカサルの欲求。

(ばか)と爪先を踏んでも、涼風は真剣に聞いていた。


「ああ、終わったらそれぞれに渡すよ。データのほうだけど」


「良かった。あ、ポスターも戴きたいんすけど」


(やけに熱心だな)と思って見ていると、宮城は「判った」と言った後で「靴紐次第だ」と言い残し。涼風は「明日はちゃんと靴履きます!」と頭を下げた。


 ――和泉椿が、また、こっち見てる……。


 やりとりに一切無言で、和泉椿はじいっと萌美を睨んでいた。睨んでいるというより、心配そうな目をしている。つっかかってくる感じも……聞いて見ようか。


「雫、和泉椿がずーっとあたしを見てるんだけど」

「チビ同士で、目線が合うからだよ。姫って呼ばれてるみたいだし。可愛いよな……宮城とセットでいい画だ。和泉は勝ち気そうだから、攻めかな」


(ごめん、そっち方面わかんない)と宮城の後を従順にくっついていく和泉の背中を見ているうちに、チャイムが鳴った。


***


「和泉椿が気になるって?」箒を片付けながら雫が聞き返す。


「あんた、自分のほうは鈍いのに。やっぱね、あたしも思ってたんだ。あの子、宮城さんに恋してねーかな……」


 バレー部のホープの裏の顔はフジョシというらしい。「だからそういうのわかんないってば」とじゃれながら、「気になるよ」と並んで会話を繋げた。


 何か言いたそうな。でも、口を開けば悪役令嬢の口調だ。フルネーム呼び捨てだし、一段和泉は萌美に厳しい。


「でもさ、桃。それってチャンスじゃね?」とは涼風。


「考えてみろ。和泉は今回の敵だろ? 弱味握っておいてもいいかも。つまり、今回の選挙は――」

「和泉椿を攻略すれば勝てるってか!」

「それだ!」


 チビ二人の会話に杜野が「論点が違うだろ」と言ったが、萌美と涼風は大きく頷いた。「和泉椿の悩みを解決しよう!」……見事にあさっての回路に飛んで行った。「お馬鹿とお馬鹿がタッグ組むと、お馬鹿な方向に行くんだよねぇ」雫が「好きにしな」とバレー部に顔を出しに去って行き。


「……和泉の話なら、ブンヤが知ってるかもな」


(ぶんや?)


 残った杜野に二人で振り向くと、杜野は靴を仕舞いながら、きょろ、と上目使いになった。


「ブンヤ。新聞部の愛称なんだけど、こっちでは報道部になるか。二条だよ。あいつ一時期和泉と宮城を追いかけていたみたいで。中坊の話な。俺、二条、宮城さん、蓼丸さん神部さんは同じS中出身だって知ってた?」


 涼風と顔を見あわせた。


「神部のしつっこさに蓼丸さんが切れて、確か生徒会関係のイザコザだったと思う。俺驚いたもんな。宮城さん、なんで選管なんかやってんだって。蓼丸と争ったくらいの人が。それが和泉は気に入らないのかも」


「なんで桃が睨まれんだよ? でもあいつ首席の挨拶、あんなにツンケンしてたかな」


 覚えていない。萌美は端っこに控えた蓼丸しか見ていなかったからだ。


「そこも引っかかる。和泉は「姫」ってもっと可愛がられていたのに、あの二人の温度差。まるで何かバリケードみたいな……これ以上は俺には判らないな。俺、蓼丸さん派だし」


(バリケード……ああ、そんな感じ)


 なら、そのバリケードを解決出来れば! 今回の監査も緩くなる? 和泉椿の話のとっかかりが見つかった。涼風と萌美は頷き合った。しかし、司令長官は涼風ではなく、萌美である。

 萌美はかつて観た艦隊映画のように、腕をまっすぐに伸ばして命令を飛ばした。


「マコ、お昼休み、二条を拉致! 作戦は速やかに!」

「ラジャー! チビ軍曹! 二条の好物調べとくっす!」

「多分焼きそばパン。それより、おまえら中間考査の対策」杜野の声は届かない。


「へへ、立候補して良かったぜ」と涼風が嬉しそうに鼻の下を指で擦って「二週間は俺と一緒にいてくれよな」と告げてきた。


「蓼丸のためだからね! ……あと、一応、「享受権」あるしね」


 告げながら、先日「お別れ」の時聞いた蓼丸からの宿題を思い浮かべた。



〝桃原、宿題出してもいい? なんで桃原は「俺が好きなのか」……あ、嬉しいんだけど、そこまで駆り立てるものに興味があるよ。涼風と俺はご存じ「享受権」中なんだけど、いつ破れるか知れない〟


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