第26話 アンドロイド監査ズの尋問……

*26*


「宮城さんお願いします」とアンドロイド監査ズこと宮城滝一(みやぎりゅういち)と和泉椿(いずみつばき)が雁首を揃え、萌美の向かい側に座った。


 きっちり7分で戻って来た宮城は、顔立ちは決して厳しいわけではない。美少年ではあるから、女の子のような和泉と並ぶと、女子が「ごめんなさい!」と言いたくなるような迫力があった。


(なのにあたしは一人で向かい合ってる……なんか、恐いな)


「怖がらなくていい」


 ぶるるっと震えたを見抜かれて、萌美は頬を熱くする。


「桃原さん、最初に言っておくが、これは選挙の規則だ。感情はないから」


(はい、判ってます! アンドロイドみたいだもん。和泉はアンドロイド姫、こっちは王子かな)


「まず、質疑応答にお付き合いを。涼風とは幼なじみだね」

「はい」


 手を止め、「言いにくい」と宮城は視線を逸らせ、和泉を見やった。和泉ははふ、と息を吐いて「交代します」と上半身を前にのめらせる。


「入学式に、涼風さんがあなたに土下座しているとの情報があるんです」


「土下座?」


 萌美は眉を顰めて、ぼんやりと入学式の朝を思い返し、背中に汗を感じた。


(そうだ、あれはマコが告白ってきて、お断りしたら、「頼む」って。講堂前でやられたんだった……)


 同じ一年の和泉椿が見ていたとしても不思議はない。

 あの時の涼風は恥ずかしさも構わず、頭を下げた――……だからこそ、萌美は断れなくて、今の宙ぶらりん(蓼丸的には解決)の極地にいるわけで。


 ――諦めが悪すぎるんだ。マコは。


 でも、土下座なんて言わせてはいけない。萌美は「違うんです」と宮城に向いた。和泉は言葉尻がきつくて向かい合うのも辛いので、まだ宮城のほうが話せそうだ。


「土下座ではなくて、あれ、あたしが……」


(だめ、何を言ってもマコが悪者になりそう)


気付いて涙が出そうになった。今回の立候補だって、きっと萌美のために違いない。


 二人とも、間接的にScrambleしているの、判ってるのかなぁ……全然「享受権」になってないんですけど。


「あたしがお付き合いを断って」

「それで三角関係か」先に言われて、目を剥いた。宮城はく、と笑うと、「何となく判る」と優しい目になる。


「僕は蓼丸と同じ二年生だ。進学クラスは違うが、蓼丸は有名だからね。それにきみといると目立つ。きみの声、大きいから。たでまるーって響いているよ」


 うっと口元を押さえると、宮城は肘をついて、ペンで自分の額をトントンした。


「どうする、和泉」


「どうもこうもない。規則は規則でしょ」とまたアンドロイド姫(※和泉の仇名)のきついお言葉。どうやらアンドロイド王子・宮城のほうは、業務以外では、優しい雰囲気で、和泉は根っからの几帳面らしい。風紀委員が似合いそうだ。


 しかし、二人とも言動が似ている……と気付いた。和泉は宮城にそっくりな行動をする。今もさきほどの宮城と同じようにペンで額を突いているのだ。


(もしかして)ここにもリスペクターが? とは言わないほうがいいだろう。


「蓼丸諒介と付き合っているとなると、話はもっと複雑になってくるな」


「でも、涼風の応援はしたいです!」


 乗りだした前で、宮城は「それは構わないし、お願いしたいところだよ」と嫋やかに告げた。


「では切り口を替えようか。知っている? 蓼丸は次期生徒会長候補になるとの噂がある。現行の役員の推薦がまもなく出るだろう、とね」


「すごい!」と手を叩いて、ぴくっと持ち上がった眉に「すみません」と頭を下げた。


「宮城さん、桃原萌美は理解できていないようですよ」とまたアンドロイド姫・和泉椿(負けずにフルネーム呼び捨て攻撃開始)


「しかし、きみの行動で、蓼丸さんが生徒会継続にたり得る人材かも我々としては見て行くべきだと判断する」


 ――……え?


 その後の和泉椿の言葉が頭から離れない。


『つまり、あんたが失敗や規約違反をすれば、蓼丸の評価も僕らは下げる。それが、慕う者の担うべき責任だから。結果が出るまで、学校及び放課後の蓼丸諒介との一切の接触は認められません。口閉じて、戻っていいよ桃原萌美』


***


 何あいつ、何あいつ、何あいつ! アンドロイドのくせに! ズカズカと歩いて、(あー、問題が増えた~)と元の教室に戻ると、雫と杜野、涼風は作戦を練っているところだった。


「あ、桃! 急に出てったから驚いたよ。あのね、美化活動しようと思ってるんだ。四人で」

「元気ないな……桃原?」とオトナの二人に優しくされて、萌美は「あは……」と声を震わせた。


「あー、うん……あたし、しばらく蓼丸に逢えないんだって……判ってたけどさ……蓼丸、役員だから応援者といちゃいけないんだって」


 涼風がそわっとした。「それって、俺のせい?」と不安な声に、「ううん?」と首を振る。


(そうだ。あたしが凹んだら、マコが凹む。マコが凹んだら、蓼丸を助けられない。だめだ、だめだ。そうだ、こういう時に備えて、作ったんじゃん! 鉢巻き!)


 ごそっと鉢巻きを出して「あんたも!」と涼風の頭に巻いてやった。


「おお、いいな、コレ! 俺の名前入り! やる気でるぜ! ありがと、桃。エンターティナー魂、見せてやろうぜ! トランプ余興でもやるかな」


 ――トランプ余興? どこまで頭が悪いんだ。


「あんたは喜劇にでも行くつもりなの?! 生徒会だよ!……いいよ、鉢巻きくらい」


 涼風はポーズを決めて、にかっと笑った。結局そのまま、鉢巻きでの写真撮影。

いくつかポーズを取って、選挙管理委員会(以下選管)が選定した引き延ばし写真が貼られることになり。一時間後には立ち会いで写真が一枚ずつ本館前に飾られた。しかし、桃原と涼風は鉢巻きでガッツポーズ。涼風が冗談でやったトランプ持ったポージング。


(あ~~~~~~~……貼られた……これ絶対嫌がらせだ! 和泉椿の!)


「おお、いいじゃねーか! 目立つ!」


『1-C 涼風真成。トランプマジックで学校を明るくします』


 文言に呆れて締め上げたら、本当に書いたらしい。「ばかー!」と締め上げたところに生徒会役員がやって来た。


「チェックお願いします」と選管は下がり、会長がつまらなさそうに見て、次は副会長。クスっとやられて、最後は蓼丸。三人のチェックを通して無事に掲示終了。


 ずらっと並んだ立候補者は各クラス二名で、8クラスなので、16名。二年の交代があるらしく、二年からは5名。


「あはは、これは勇ましいな。当選しそう」さりげに横に並んでくれた大好きな長身を見上げた。


(明日からはこれもお預け。当たり前に逢えるって、凄いことだったんだね)と萌美は軽く唇を噛む。


(お昼とか、一緒にいられた。こんな当たり前のこと、あたしはおざなりにし過ぎだったのかも知れない。これは神さまが「もう一度考えなよ」って言ってくれた気がするよ)


「二週間か……少し寂しいな」

「あは」


(泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ駄目。でも、笑ったはずの口元が何故か震えるの。笑えないよ。でも、笑わなきゃ)


「うっく」目をぎゅっと瞑って、嗚咽を堪える前で、蓼丸は困惑の息を吐いたが判った。


(ほら、また困らせてる。雨は駄目。晴れ、晴れ)


「桃原。こっちみて」人混みで気付かないと踏んだのか、顔を上げると綺麗な双眸が萌美を捉えていた。そう、眼帯がどこにも見当たらない。両眼になると、誰彼構わず喧嘩を起こす海賊になる癖に。萌美は慌てて手を翳した。


「眼帯、外しちゃうとまた騒動起こすからだめっ」

「んー? 大丈夫だよ」と蓼丸はにやっと笑うと、首を傾げた。


「桃原しか見てないし? 他の男なんか勿体なくて視界に入れるかよ」


 赤面ものの台詞をぶつけた後で、裏から萌美の頬に手を当てた。


「またね、王女サマ」


 頭に唇を軽く押し当てて、素早く離れて背中を向ける。ごそっと眼帯をつけなおすと、腕を大きく振って人混みを抜けていった。


「~~~~~~~っ……」頭へのちゅー、に、ふにゃふにゃになって倒れそうになった。


(だ、だから眼帯取っちゃうと、危険なんだってば! ……もうっ!)


 ちら、と見ると涼風はまだ写真に魅入っているところで。


(よ、良かった……気付いてない。気付いてたら「俺もやる!」で塗り替えられちゃう)


 遠くなった大好きな背中が見える。


 ――二週間の我慢だ。終わったら逢える。


(二週間はマコの協力しよう。マコだってわたしが好きだと言ってくれてる。返してあげなきゃね)


 ……蓼丸の評価まで、下げないように。自分の行動が二人の命運を握るなんて考えもしなかった。


 ふと、和泉がじーっと萌美を見ている事態に気付いた。

(和泉椿……)しかし和泉はふいっと小柄な体を翻して見えなくなった。



 なんで、見ていたんだろう……。


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