第22話 選管のツンデレ姫 和泉椿

*22*


『わかりました。では、涼風真成さんの応援者は桃原さんですね。選挙管理委員会としては、応援者なしは困りますので、対処します』


『えっ……あの』

『宮城先輩、二分です』


『二分七秒。失礼しよう、和泉』

『はい。宮城先輩』


(金魚のフン)と言いたくなるほど、和泉は一挙一動を宮城に合わせ、教室から出て行った。


進学クラスはみんなああいう性格かと、桃原はべー、と舌を出したところで、くるりと和泉が振り返った。


『桃原萌美の素性が判明していないので、涼風の査定は後日になります。雫美香さんと杜野篤哉さんの査定は明日より一週間。開始となりますので、どうぞ宜しくお願いします』


***



(なんっであたしだけ呼び捨て! 同じ一年生でしょーっ?! お馬鹿だからですか!)


 杜野は「よろしく」と握手までしたのに、萌美は「呼び捨て」。


 ただでさえ蓼丸と逢えない環境で、こうも無碍に扱われると、腹の底が熱くなる。


「桃原さん、帰ろう」


 ぐるぐると虎のように唸っているを見た杜野が声を掛けなければ、萌美はお腹を火事にして、今日の夕飯をコゲコゲにしたかもしれなかった。

 そのくらい、腹が立ったという話だ。


「話があるんだ。さっきの応援者と、蓼丸さんの話」


「えっ? 蓼丸の? 帰る帰る!」


 ぱっと和泉椿とのやりとりを放り出して、萌美は鞄を抱えて教室を出た。杜野が鍵を閉めて、本館の一階に鍵を返して、日直当番終了である。


「俺、自転車取って来る。珈琲ご馳走さま」


 頷いて杜野を見送ると、萌美は本館を見上げた。振り仰ぐと、三階の窓から蓼丸の背中が見えていた。(こっちむいて)と願ったが、どうやら腕組みして、何やら話し合っている様子。気付く素振りはない。


 しょんぼりして、とぼとぼ歩いていると、杜野が自転車を押してやってきた。


 5月の夕暮れは、少しずつ影を長く伸ばしていく。


「影法師って知ってるか? ばあちゃんが教えてくれたんだけどさ、影をじっとみて、上を向くと、もう独りの自分が見えるんだよ。今度、やってみ」と杜野も夕焼けを見上げている。


「話ってなぁに?」

「……雫美香、彼氏いるのか」


 杜野の表情も夕焼けのように少し赤い。杜野は隠し事ができないタイプなんだろうと思う。(ははーん★)と自分の恋は棚に上げて、萌美は目を輝かせた。


「それで、応援者?」


「まーな。バレー部で忙しいだろうと思ったけど「なに? 杜野を応援すんの? いいよ」って言ってくれたし」


「雫はそーゆー子だよ。優しいんだ」


「蓼丸さんに似ているな。誰にでも優しい。強くて優しいんだろうな」


「うん、自慢の心友」


「そうか」と杜野はほっとして頬を緩ませて見せた。萌美も杜野といると、蓼丸についてを聞けるし、雫の話もできる。この安心感は大きい。


「告白するの?」とパパラッチの目になって聞いてみると、杜野は「いずれ」と返して来た。


(ふわぁ……わたしと違ってオトナの答だ……)


 入学式前日。百回練習したのに、ド派手に言い間違いをした。「いずれカノジョにしてもらいたい」とかのほうが良かったのかな……。


 落ち込んだ萌美に杜野が「そうそう」と付け加えた。


「蓼丸さん、嬉しかったみたいだぞ。桃原さんの告白。俺には教えてくれたけど「何気なく続けて来た生徒会活動が邪魔だって思ったのは初めてだ」って言ってた」


「え……」と信じられない目を剥くと、杜野は頷いて続けた。


「告白間違っちゃって、しょんぼりしてたのを見て、きゅんと来たって。蓼丸さん、変わったよ。何となくだけど明るくなった。元々優しいけど、桃原に対しては特に。嬉しいんだと思……ティッシュどうぞ」


 ずびー、と出て来た涙やら洟やらを思う存分出して、萌美は赤くなった鼻を擦った。


「でも、あたし、初日に眼帯むしっちゃって」


 あれは顔が見たかったから。「邪魔!」と思って奪ってしまった出来事だ。あの言い間違いだって、涼風に時間ロスさせられて焦ってただけで。


 ――でも、結果的にカノジョになってる。涼風と挟まれて。


(あ――……)


 その涼風の応援をしなければならないのか……どんよりとした雲をまた背負いそうだ。


「杜野くん、どうして応援者をわたしなの? 査定なんか無理だし」


「蓼丸さんを助けたいから。生徒会って大変なんだけど、恐らく次の生徒会長は蓼丸さんだ。そうなった時に、蓼丸さんの手下がいるといないのでは、違って来る。生徒会役員は普通の生徒やその親たち、先生のパイプライン、自分自身の進路を背負うわけで」


「ほえー、あたし、生徒会長さんのカノジョになるの?」

(だからこういう相づちがバカっぽい)思い直して「蓼丸なら出来るよ」と言い直した。


 杜野は目に光を宿して、ブルー・モーメントの空を見上げた。

空はオレンジを先っぽにして、濃紺に染まり始めている。夏の大三角形が輝きだして、夜空はおやすみを連れて来る。


「涼風と俺が入れば、ずっと蓼丸さんは自由になるんだ。涼風を押し上げるなら、桃原だ。……試練はあるけど、桃原は蓼丸さんが好き?」


「ちょー好き!」とやまんば頭を揺らして、はっと気付いた。蓼丸が振り向かなくて良かった。やまんばだ。ぼわっぼわでみっともない頭、見られたくない。


(ママの高いヘアオイル借りよう)と決めて、顔を上げた。蓼丸も杜野も頑張ってる。なら、萌美だってせめて自分のことはきちんとしよう。明日は、可愛く蓼丸がいつ見ても微笑んでくれる桃原萌美でいよう。逢えないくらいがナニさ。桃原萌美のおこちゃまめ。


「蓼丸のためなら、平気! なんでもこいだよ! でも、声、聞きたいなぁ……」


「そうだよな」

「うん、元気かなぁ……」


 杜野はそこで会話を止めて、自転車に跨がった。杜野の家は区画が遠いらしいので、お別れだ。


「また明日。涼風、きっと悦ぶぞ。俺の話もありがと、桃原さん」


「桃原でいいよ」


「じゃ、桃原。また明日」と杜野は自転車を走らせていった。寂しくてスマホを見るけれど、着信も、マーカーもついていない。


「声、聞きたいなぁ……」


 誰かといると、楽しい。けれど。やっぱり蓼丸へのしょんぼりは拭えなかった――。

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