第21話 生徒会役員は超多忙!

*21*

 ――青葉も鮮やかな5月は入学初の生徒総会がある。


 生徒会の一年の立候補選挙のメンバーが発表される&先生の変動が伝えられる大がかりな総会だ。蓼丸は例の如く総会準備にかかりきりになり、お昼も雫と食べる機会が増えた。


 一度目、迎えに来た蓼丸を先生が見つけ、呼ばれてそのまま。


 二度目、やっと出逢えたと思ったら、教室で暴れた男子がガラスを割ったので、蓼丸出動。

「ガラス業者の手配か」と消えた。


 三度目、帰りようやく一緒になれたと思ったら、生徒会呼び出しで蓼丸リターン。ぼっち帰宅。


(もおお! ちっとも逢えない! 逢えてるのに!)


「桃原、黒板消し」


 ――杜野、桃原。は〝も〟同士でよく組まされる。今日は日直である。


「よし、あとは日誌だな」


 杜野は黒板消しをガーガー掃除する萌美の前で、日誌を開いた。

 ぼふっ、ぼふぼふぼふ。蓼丸のほんの少しシルバーかかった髪を想い出す。


(たーでーまーるー……っ!)と思いながら叩けば、当然動作も緩慢で、乱雑になる。


 ぼふぅっ。チョークの粉の攻撃を受けて咳込んだ。


「まあ、そう、怒るなって」


「怒ってないです」萌美はけほっと黒板消しの逆襲をくらいながら、つんと言い返した。蓼丸とはかれこれ五日逢っていない。逢っていないまま、連休に突入する。GWの最中はママとパパと旅行だし、逢える時間は今日しかないのに『桃原、やっぱりだめだ。今日も遅いから気をつけてお帰り』こんなメッセージが届いたところで。


「ガキだな。蓼丸さんが一生懸命やってるなら、応援するのが筋ってもんでしょ。黒板消しはもういいよ。日誌書いて」


 むすっと教室に戻って黒板消しを置いて、(確かにガキ)と杜野の言葉を思い返す。


 杜野もまた、蓼丸を追いかけてリスペクトしている、リスペクターズの内の一人。校内には蓼丸に憧れる男子が多い。



〝蓼丸さんが一生懸命やってるなら、応援するのが筋ってもんでしょ〟



 杜野の言葉が突き刺さった。


「杜野くん」呼ぶと杜野は伸ばした腕をこきっとやって、「ん?」と桃原を振り返った。


「……言うとおりだと思って。応援する。おとなしく、すわる」


 ぽすっと座って、髪がほつれているに気付いたが、もう蓼丸とは逢えないし、シニョンを可愛く丸めるのも疲れるしで、ばっさー、と解いて肩に髪を落とした。


「あーあー、おだんご、可愛かったのに」

「頭が締め付けられるの。ねえ、珈琲買ってくるよ。要る?」


 ばさばさの頭は我ながら酷い。山姥がモサモサ動いているみたい。


(でも、逢えないんじゃ意味ないもん……)


 それにしても、髪、もっさもさ。


 泣きそうになりながら、ブラック珈琲を買って、「糖分増量」のボタンを見るなり、また目頭が熱くなった。


 ――蓼丸は優しい。「今度スイーツ食べに行こう」「桃原が好きそうな店見つけた」「映画も行こう」……何一つ実現できないけど、楽しい計画をいっぱい告げてくれる。


(実現できないけど! 生徒会のせいで!)


 ぎゅっとボタンを押して(だめだめ)と唇を噛んだ。キスで懲りていないのか。チビのお馬鹿め。蓼丸は我が儘を言えば、ぜーんぶその通りにしてくれる。でも、それって虚しい話だって気付いたはずだ。


 ――うん、ちょっぴりオトナになったかな。

「そうそう、我慢、我慢……」なんてできるはずがない。


自販機で蹲っていると、「買いたいんだけど」と横柄な声に邪魔をされた。


 振り返ると「宮城先輩待たせたくないんだ」と小柄な黒い鼠がひょ、と自販機の前に立ち塞がった。「あ、もう一つ」の萌美を、じろっ。


 名札を見ると、赤いライン。一年A組……進学クラスでIZUMI とネームプレートがある。


目がでかいので、一瞬女の子と見紛う容姿。だが、スラックスを穿いているから男子だ。


「さっさと買ってよ。宮城先輩、めっちゃ短気なんだよ」

「ごめんっ!」杜野の好みが判らないので、オーソドックスなカフェオレにした。「終わりました~」と後ろに告げて、ムカムカと歩き出した。


 ――駄目な日はぜぇーんぶ駄目。それもこれも、蓼丸に逢えないから。いいもん、ガキで。

 逢いたい、逢いたい、逢いたーい。


腹でぎゃあぎゃあやっていると、「桃原さん」とまた呼び止められた。


「なに」

「頭がやまんば」と言われて珈琲を落とした。


「違うもんっ! これは、今朝までシニョンにしてたの! もう、うるさいなぁ!」


「あははは。やまんばが怒ってるし。待って。一緒に行く。1-Cに用事があるんだ」


(「やだ」とは言いません。オトナになった(つもり)だから)

萌美は微笑んで「どうぞ」ととびっきりの声音で告げたが、IZUMIは無視。ポケットから出した腕章をつけている様子。


(やな感じ)とやまんばヘアーを揺らして、情けなくなった。


『ママ、ほつれてない?』何度も確認して、蓼丸が好きそうなリボンつけても、逢えないんじゃ意味がない。


(生徒会なんか、だいっきらい)と涙目になったところで、和泉が「げえ」と声を漏らす。


「――和泉。遅いっ!」

「はいっ! 宮城先輩!」


 教室の前に、また別の青年が立っていた。太い眼鏡にふわふわ髪、きっちり、かちん、が聞こえてきそうな模範的な着こなしに、姿勢。ボードを抱えている。


「怒られたじゃん!」と肘でどつくと、和泉は「すいません! 自販機の調子が」と言い訳をした。


(あれ? あたしが邪魔したとか良いそうなのに)


 腕には「選挙管理委員会・査定」と書かれた赤い腕章が輝いている。宮城は教室を窺うと、くるりとターンを決めて、和泉に向き直った。


「杜野がいるな。和泉、さっさと総選挙の査定開始だと本人に承諾を取りに行って」


「はいっ! 宮城先輩」


「ついでに応援者が誰かも聞き出して」


「はいっ! 宮城先輩」


「二分以内で。時間が押した」


「はいっ! 宮城先輩」


(アンドロイドかな。この二人)と思うくらいやりとりに感情と容赦がない。和泉はまだいい。一年で、小さいから。問題は宮城と呼ばれたほうだ。にこりとも笑わない。


 じーっと人を看破しているような目付きだ。


「で、そのおまけは何?」急に視線を注がれて、萌美は宮城と呼ばれた少年を見上げた。不愉快そうに顰められた目に「このひと嫌い」フラグが立つ。


「……まあいいよ。和泉、さっさと杜野に話して。あと一名はどこへ行った」


 和泉は「失礼します」と1-Cの教室に踏み込み、杜野の前に歩いて「杜野くんですか」と可愛らしい声で問いかける。


「選挙管理委員会査定係の和泉椿です。半月後に控えた総選挙の査定を始めます。応援演説者は決めています?」


 杜野は「ああ」と立ち上がり、「宜しく」と頭を下げた。


(選挙監理委員会の査定なんかあるんだ……なんか、厳しい)と萌美がそわっとすると、隣の宮城が説明を加えてくれた。


「僕は宮城滝一(みやぎりゅういち)だ。生徒会役員は重要任務を背負うと同時に、責任が重くなる。だから全候補者の一週間の生活素行と成績、人望を見る査定を行うんだよ、一年女子。和泉は前の中学で一緒に組んだ子でね、一年ながら鋭い審美眼と査定に相応しい厳しさを持っているから、僕が抜擢して手伝わせている。で、今回の立候補した杜野と涼風。我々はこの二人を徹底監視と同時に――」


 ちらっと宮城は萌美を見下ろした。


 教室では、和泉と杜野の会話が終わろうとしている。


「応援者は、雫美香さんですか。恋仲ではないでしょうね。基本、恋仲の男女は応援者として認められないんですが」


「まさか。委員長同士だよ。雫さんには俺が頼むつもりだ。スピーチ巧そうだから」


 ちらっと杜野と視線が合った。杜野は(そうか)との表情を見せ、口を開いた。


「涼風の応援は、そこの桃原萌美さんだって」


 二つの鋭い視線に晒されて、萌美は声を上げた。


「ええ? ええ? え――っ?」



(なんで、あたしがマコの応援者――っ?)

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