第19話 あたしの可愛いパイ

*19*


「でも、これでまだ2回目。クリスマスまでに勝てるかな……」


「まだ」繰り返してぽかんとなったが、多分蓼丸は真面目に考えている。


(またクリスマスまでにって言ってるけど、何なんだろう)


 窺っても蓼丸は優しい笑みでガードしていて、読み取るはやはり難しそうだった。


「桃原へのファーストキス。大切にしたかったのに桃原のせいだぞ」


 夢と台詞が被る。手を握られて、「うん」と涙を拭った。蓼丸が思いついたように、目線を上げた。


「どうした?」


「夢、見たの。蓼丸が女王様になっていてね」


 片眼が丸くなった。くすっと笑って先を続けた。


「マコとキスしたこと怒ってて、あたしに決闘しろーって。あはは。あたし昔からカラフルな夢を見るんだ。洋画見てたせいかな」


 蓼丸は「楽しそうだ」と微笑んでくれて、その笑顔で、ようやく胸の暗雲も薄れて行った気がした。


 ――どんより空、どんより雨雲、もうないかな。


「う、うふふ」と肩を竦めて笑う。蓼丸は大きな手で萌美を撫でた。


「夢って深層心理なんだって。そんなに悩ませているとはね。今日は楽しい夢、見られそう?」


 ほら、この人、こういう性格。


「うんっ」と元気よく頷いて涙を拭おうとすると、蓼丸が伸ばした指で拭ってくれた。


「キスの先もあるからさ。先手打っておいていい?」


 ――先手? キスの先?!


 今度は萌美が目を丸くする前で、蓼丸はいつになく強い口調で告げた。


「俺と涼風はガチでScramble中なんだ。何があったかは、克明に杜野に教えておく。涼風にしっかり伝わるだろう」


 揺るがない口調は、Scrambleに勝つと宣言しているみたいだ。


「本気で、取り合ってるんだね……あたし、どっちを向けばいいの?」

「青空見てろ」


 頷いて窓に視線を向けて、ふっと余所事をした。


(杜野くんも蓼丸をリスペクトしているとか)


「そういえば! マコも蓼丸をリスペクトって言ってたよ? ライバルなのに、リスペクトって出来るものなの?」


「そこは、男の持つ奇妙な部分。好きな女を共有したいという欲望もなきにしもあらず。フェミニストとサディズムを往き来する不可思議生物、遺伝子のらせんだ」


 ……女の子のあたしにはわかりませぇん。


「杜野くんに、あたしを見てろって言った? 蓼丸」


「言ったよ? なんでもするって言うので、「桃原萌美を見ていてやれ」って。何でもするって言うなら、何かさせてあげたほうが良くない? 織田会長の肩もみよりいいかと」


 ――命令の動機まで清純だった。


 何だかんだで、人への思いやりが溢れている蓼丸の手の位置に気づき、ぎくりとした。


(う、腕、腰、腰、腰! 指、指、動いて、ますがっ!)


 蓼丸は萌美の腰に回した腕をすす、と上に動かして、指先でつー、と脇腹を撫で、そのまま胸元に手を落ち着かせた。

「ちょ、あの」


「触るだけ。キスから一つ一つの階段を登ろう」


(ああ、あたしの可愛いパイを……心臓飛び出たらどうしよう。スプラッタだ)


 蓼丸は「ごほ」と咳祓いをして、桃原の胸をなんなく片手で包み込んで、ぐい、と引き寄せた。


(ど、どうしよ。指先も、肩も動かない)

硬直した萌美に蓼丸のニヒルな声が響く。


「負けるつもりはない。涼風がどこまで食いかかってくるか、楽しみになった。後で杜野に報告しておくけどね。桃原?」


「ハイ。キイテイマス。ゴチュウモンナンデスカ」


「桃原萌美」フルネームで呼ばれて、ふっと体のチカラが抜けた。

知らなかった。腰に手を回されて引き寄せられると、自然に上半身が傾いて、寄り掛かりやすくなる。ちゃんと、女の子は男の子の腕に収まるように出来ているんだ。


「神さまって、凄いね。ちゃんと、あたしが蓼丸に収まるように作ってくれてる。すっぽりだもん。ちっちゃくて、勝ち気で、お馬鹿だけどね。ぽん、と入っちゃうね」


「はは」


 ――結局お昼は食べられなかったけれど、もうお腹いっぱい。


 それに、健康診断で、ちょっぴり身長が伸びていた事実も嬉しかった。


「成長、してるのかな」

「してるよ。しかし、俺はしていない。織田生徒会長に遊ばれている。神部も付け狙っているし。全員まとめて、海に叩き落としてやろうかとか考えるよマジで」


 海賊言動に(ん? 眼帯、つけてるよね?)と顔を見やった。蓼丸は「さっきの話だけど」と顔をまた赤くした。クオーターだからか、男の子にしては色白なので、少し赤らんだくらいでもよく分かる。


「海賊の言動の時、周辺が荒波に見えるんだ。で、体中を怒りと興奮が駆け巡るんだけど、桃原の下着姿見て、全部気がそっちに行った。多分、桃原に欲情すると……」


 はた、と目が合って、蓼丸は「知らなかった」と口元を押さえた。


「欲情すると、海賊の言動になるのか。今がそうだった。……触れただろ、胸」


 はい。しっかり。……ちっちゃくてすみません。明日から毎朝牛乳飲みます。

 瞬きを返答代わりに増やすと、蓼丸は少しばかり目線を泳がせた。


「思った以上に俺――」


 また、はたと視線が合った。ところで、チャイムが鳴った。


「あ、やばい! 次、移動教室なの! 遠いから戻るっ」

「明日の朝逢おうな。頑張れよ」

「はいっ。蓼丸、ほんっとお馬鹿でごめんね! ごめんね! ごめんね!」


 早足になると、今度は嬉し涙が零れてきて、萌美は指先で雫を掬いながら、笑った。


 嬉しい。蓼丸は怒っていなかったし、キスしてくれた。


(入学式は失敗失態で散々だったけど、今から、あたしのらぶらぶ高校生活が始まったのかも知れない! 覚えていてくれたもん!)



***



『こらっ! おまえたちどこの中学だ!』


 先生に追い立てられて、蜘蛛の子のように逃げ回って、振り返った女の子がいたでしょ。


 ――そう。あれが、あたしだったの――……


(迷惑かけて、ごめんね蓼丸。でも、大好きだよ。そして、健康診断、好きになったよ。ちゃんと成長してるんだ、あたし)


 ――階段を登って窓から見ると、青竹が空を突き抜けるように伸び始めていた。

 あの竹を使って、七夕をやるんだって。

 いろいろ楽しみになって来たけど、全部蓼丸と一緒に楽しみたい。


 ――しょーがないから、マコも呼んであげよう。


 るんるんと階段を登る萌美の後ろを、ササッとチェシャ猫が通った――。




◇◆若葉色健康診断★Scandal!【了】

  ⇒生徒会総選挙大騒動★Scandal! To be continued・・・・・・

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