第10話 報道部のチェシャネコ

*10*

(あれ、報道部の子かな)と思う前で、蓼丸がつい、と顔を上げた。間接キスには気付いていない様子に、萌美はほ、と胸を撫で下ろした。

(気付かれたら恥ずかしさで爆発する)それもこれも、マコのせいだ。


 ――マコ……無理してブラック珈琲なんか飲まないでよ。


 萌美は唇を曲げた。何一つ嬉しい行為ではないのに、涼風の行動がいちいち心に刺さる。涼風の行為こそ、ラブラブだからこそ活きるはずで。


「桃原、ちょっといいかな」と爽やかテイストの声音で蓼丸は誰かに手を挙げた。


「やべっ」と逃げるカメラと三脚。カメラが大きいので、どうもカメラと三脚が動いているように見えたが、影からちらっと少年の姿が見えた。


 ツンツンに外ハネさせている「チェシャ猫」のような小柄な少年だ。勝ち気そうな目はどこかで見た覚えがある。

 どこかで。どこだっただろうか。


(うー、記憶の断片に引っかかる。なんか、杜野くんのそばで見たような……)


 萌美は瞬間記憶には自信がある。つまり、一度見たモノは忘れない。


(うーん……視界にチラチラ映るんだけどな……チラチラ? ――あ)


 杜野の斜め後ろ、涼風の列の次の席でよく伏せってる男の子! なまえは、なまえは。

 考えて想い出せなくて、考えるのをやめた瞬間、ぽんっとAが見えた。


 二条だ。二条陸。


 萌美は咄嗟にカメラに声をかけた。


「あれ? 二条くんじゃない? 1-Cの! 杜野くんの斜め後ろにいるよね。チェシャ猫っぽいから覚えてた! あたし、桃原!」


「え……?」と二条が止まった瞬間。蓼丸の腕が伸びた。蓼丸はチェシャ猫こと二条の首根っこを掴んでいた。


「で、何を撮ってたんだ? ん? 報道部のチェシャネコ」

 にーっこり笑っているが、目が笑っていない。二条はつんけんとしながら、言い返した。


「言えるわきゃないだろ」


「よし、じゃあ、きみを三年生の女子に放り込むとしようか。きみみたいなちっちゃい男の子は可愛がってくれるぞ」


 微笑ましいような微笑ましくないような脅しである。二条は口を尖らせた。


(いじけてる。可愛い)ツンツン髪を揺らしてぼそっと呟いた。


「部長に、まずは生徒会役員の写真を持って来いって言われて、入部テスト」


 蓼丸は「そうか」と首根っこを離す。二条はむすっと襟首を直し、そっぽを向いた。


「俺に見つかっちゃだめだろうけど。フィルム見せてくれたらいいよ。報道部?」

 二条はドヤ顔になった。猫目をきらきらさせて、ぱきっと告げた。


「ああ! 神部先輩を追いかけて来たんだ!」


(あ、あたしと同じ)萌美はきゅ、と蓼丸の腕を強く握った。


「神部先輩。3年の。中学校の報道コンクールで優勝したんだ。それも、職員室SCOOPで。教えて貰える時間はもう1年もないから焦ってんだよ」

「わかるっ」

「桃原?」と蓼丸が驚く前で、萌美はぎゅっと二条の手を掴んだ。


「その気持ち、すごぉーっく! わかる! あたしも蓼丸追いかけて来たの。その神部先輩に会いたいな」


「え? あ?」


「きっとお似合いカップルになるよ! 追いかけて来た二条の想いが通じるといいね!」

「桃原、神部は男だ。二条が固まっちゃったから手、離してあげて」


 蓼丸の声に、はっと手を離した。


「え? 男の子なのに、男の子追いかけて来たの?」

「桃原が考えてる内容とは違うって」


 萌美はきょとんと蓼丸を見上げた。蓼丸は笑いを噛み殺して「続きはお昼とりながらだ。ホットドッグ、好き?」と袋を目の前で揺らした。


「あ、好きッスけど」

「じゃあ、一緒にどうかな。桃原と仲良しみたいだし」


(蓼丸、クラスメイトと喋るとみんな仲良しに見えてる?)


 結局二条も誘って、3人で廊下を歩き出した。


 ――また、貴重な時間に、野良のチェシャネコに優しい言葉なんかかけちゃって。


たくさん二人っきりになりたいのに。

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