第9話 初、間接キス?!
*9*
「朝は済まなかった」とお昼に蓼丸がホットドッグを下げたまま、頭を下げた。
「あ、いえ。こちらこそ」と慌てて下げて、「お昼いこ」と手を掴んだ。振り回して歩いていると、蓼丸は不思議そうな何とも言えない声音になった。
「ふっつーに手を伸ばしてくるよな、桃原は」
(あ! お父さんによくやるから! うっかり!)
「ご、ごめんっ。あたし一人っ子で、よくパパの手」「いいよ」と蓼丸は握り直して、大きい手に小さな萌美の手を押し込んだ。
「あのね、健康診断って生徒会役員いるの?」
蓼丸は先輩だ。色々聞けるのは有り難い。
「ああ、俺は視覚検査の辺りにいる。迷いやすいから、誘導係がいるだろうって。出口には副会長。生徒会長は本部詰め。毎年逃げるヤツがいるから、捕獲隊とか、あとは会長を見張る人員とか」
(相変わらず大変そうだ)
「生徒会役員は先に回るんだけどな。ん、身長伸びたかも? 節々が痛いし」
萌美はこっそり、胸を触ってみたが、変化なし。
まだまだオコちゃま体型で。Hすっことじゃね? なんて涼風のバカな一言で、意識してしまう。
(んっとに、あの、サル! 余計なことしか言わないし、しない!)
「胸がどうかした?」
「あ、ううん? ……女の子って好きな人といると、胸が張るんだって。張らないなあって……おかしなこと言ってるって突っ込んでっ!」
しかし、真面目な蓼丸は真剣に考え始めた挙げ句、萌美の手を両手で掴み始めた。
(うにゃ)変な声を漏らすも構わず、屈んでまで、萌美の表情を窺おうとしてくる。
あまつさえ、手が頬に持って行かれた。
蓼丸の頬は、少しひんやりしていて、男の人の肌って感じが、した。
「そういうの、本気にするタイプなんだ。いつ、胸がきゅん、するかなんて、桃原次第。でも、俺といてきゅんとしないの?」
綺麗なアーモンド色の片眼に見詰められて、指先がぷっくり膨らんだ気がする。
――突然、ず、きゅん。
(と来た! きたきたきた!)
覗き込まれて、きゅん、どころか ぐぐぐ……と引っ張られるような感覚が体を駆け抜けた。心臓が一大オーケストラを奏でている。
「た、たでっ……蓼丸、だ、大丈夫デスか、らっ……」
「きゅんとしない内は安心できないな。カレシの意味がない」
――直球。
(そっか、蓼丸は、あたしをきゅんきゅんさせることが、カレシとして出来ることって言ってたんだ……)
うん、ありがとう。蓼丸ありがとう。こんなあたしの、カレになってくれて。マコがくっついてくるのが気に入らないなんて言わないよ。だって、選ぶ度胸がないの、見抜かれちゃったから。
マコを選ぶことはないにせよ(断言)マコがああ、宣言する以上、蓼丸は無碍にはしない。
でも、貴方に惚れた二人が、生徒会にぶっ込み相談中です。言わないほうがいいのかな。
「生徒会総選挙だけどさ、桃原のクラス、一番に提出してきたよ」
蓼丸リスペクターズは行動が早いのだった!
「涼風は足が速いし、杜野は機転が利くから、両方欲しいところだ。涼風は会長を捕まえてくれそうだし、杜野は副会長の厭味もさっと受け止めて仕事させるのが巧そう」
「あ、そこですか」
くすくす、と蓼丸は声を漏らすと、萌美の手をやっと離した。
「うん、蓼丸が助かるなら、持ってって。二人とも、ボロ雑巾のように尽くすと思うよ」
「俺に負けた同士だな」
笑顔の応答に(イイカンジ)と嬉しくなった。蓼丸が自販機の前で足を止めた。
(あ!)
「まあ、助かるならいいよ、と」
プルタブを引いた。口、つけて飲んだ!
「あたしも、珈琲欲しいなっ」
「じゃあ、奢るよ」
「ううん、それ……それちょうだ……」
二人で会話が途切れて、萌美は慌てて自販機の前で財布を落とした。
チャリンチャリンと硬貨が転がって行く。「あーあー」と蓼丸が「これ持ってて?」と珈琲を渡す。
珈琲を持つ手が震えた。
こく。
(飲んだ! 飲んじゃった!)
「これで全部かな。二百八十円な」
「あ、ううん、ありがとっ、し、ぜん、きょうじゅけんだもんねっ」
顔が熱くて、慌てて頬を手で隠す。マコとのハプニングも、これで消えたはず。
ハプニングはないはずだった。廊下で、満足そうにカメラ抱えたカメラ小僧こと、報道部に会うまでは――。
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