第8話 夢を詰め込んだ孵化待ちのタマゴたち

*8*


 朝から一騒動。生徒会長がいると、騒動になる、の噂は本当だった……。


「じゃあ、桃原、またお昼に迎えに行くから」


蓼丸は頬をすり切りながらも、「さあ、行きましょう!」と爽やかな王子笑顔でズルズルと生徒会長を引き摺って行き。


「桃ちゃん、またねー!」と生徒会長は屁でもない明るさだ。


 はぁ。と萌美は息を吐き出した。


(あれじゃ、蓼丸がどっと老けちゃうな)


校門の自転車小屋のところで、1年校舎の一号館と、生徒会のある本館で別れて、靴箱に手を掛けた。上履きを出したところで、「おす」と杜野が声を掛けてきた。


「あ、おはよう。杜野くん」

「蓼丸さん、元気? 朝、逢ったんだろ」


(そうだ、この人蓼丸を超リスペクト!)杜野は美形なハズの顔を半分前髪で隠していた。


「前髪長いね」

「ああ、切らなきゃな」呟くと、丁寧に上履きを履いた。(蓼丸は踵、踏み潰すなぁ)と思って見ていると、「根はヴァイキングなんだよ」と笑って正答された。


「驚いただろ。あの豹変ぶり。でも、あんたのその小さい手で元に戻ったのには驚いた。ああ、そうだ。報道部には注意しな。蓼丸さんを護ってやれよ。眼帯王子のモードは平和でぼーっとしてるから」


「うん、超、平和主義だった! なにあれ」


「ははは。本性だったりしてね」楽しそうに笑う杜野に(本当に蓼丸が好きなんだな)と力一杯好感を覚える。


(あたしも蓼丸が好きだから、嬉しい。でも、蓼丸はどうなんだろう……)


 及ばずも、あのフェミニストな態度は萌美に影を落としてきた。すなわち、「蓼丸は女の子には誰にでも優しい」のではないのだろうか。


(優しいから、OKしたのかも……クリスマスまでに決めなきゃって)


 ……なんでクリスマスなんだろうね。


「おはよ~! 桃。しかし、男女の並びはつまらんね。なんか当たり前って感じ」がっつり系腐女子の雫がやって来て、杜野との会話と、萌美の思考は忽ち途中になった。


***


 クラスは真新しい制服の匂いや、座られていない冷えた机の木々のフレッシュな空気に染まっていた。


(朝の教室好き!)とばかりに席につくと、杜野の席に、涼風が座っていた。目の前には、ミルクコーヒーとブラック珈琲。


「……よ」

「……よ」と同じように挨拶をして、じろっと置いてある缶コーヒーを睨む。涼風はブラックを煽っていた。


「あたしの前までかっこつけてどーするんだか」直ぐさま取り替えると、涼風は美味しそうにミルクコーヒーを飲み干した。


「蓼丸の前で、何無理して飲んでんのよ。苦いの、嫌いなくせに」


 ――あー、渋めの珈琲が美味しいったら。


「珈琲くらい勝ちたかったんだよ。他、勝ち目ねぇもんな」

「もともと勝ち目なんかないってば」


 さわさわと揺れる木々から桜の花びらが遊びに来た。四季折々。窓際の特権だ。


「でも、今、勝ったかも」と涼風。


「は?」と萌美は眉を潜めた。


「それ、俺……飲んでたやつだぜ」涼風はごほっと朱くなって、缶コーヒーを指した。はっと気づいて、萌美はじ、と缶コーヒーに視線を落とした。


(まさかまさかまさか。間接キ)心で言うも嫌だ。しかし、涼風はにやっと続けた。


「間接キ」


「わああああああん! やっぱり、あんたなんかだいっきらい!」

「いいよ、嫌いで」


 涼風は涼しげに珈琲を飲んでいる。むっとして睨むと、「いっつも怒ってばっか」と眉を下げた。


「たまには、俺にも笑顔見せろよ。おりゃ」


 頬をつままれて、手を振り祓った。それでも涼風は「おりゃ」と何度も手を出してくる。きゃっきゃとじゃれて、(ペースに飲まれてる!)と手を叩いた。


「そだ。マコ。カレシらしいことってどんなんだと思う?」

「Hすっこと?」


 ――完全に、人選誤った。しかし、頭にないわけじゃない。教室の半分の話題は恋と性なんだから。よくみると、指輪の上に絆創膏巻いてる女子だっているし。


 漫画なんか、ほとんどそこがクライマックス。


「じゃあ、あー、こほん。これは審査デス。あ、あたしのカレになったら、何をしたい?」

「――なにも」


 涼風はほおづえをついて、目を遠くに向けた。その目は何か遠くのものを探しているように優しく撓んでいる。涼風だって、こうして見ると、サルだけど男の子なんだ。


(何もって……)と困惑するまえで、猿のような三白眼がふっと輝いた気がする。


「一緒にいられるって貴重なんだぜ? こうやって時間は流れてく。でも、一緒にいられて、桃原が見られればいいんじゃね? まあ、蓼丸はH巧そうだから期待すんのも分かるけど。指が長いから」


 ……確かに長い。触り方も優しかったな。少女漫画のヒーローはみんな指先巧みに服を脱がしていく。「おおおお」と思って読み耽ったあの漫画のように蓼丸も……。


 ぽわわん、と妄想して、すぐに両手で机を叩いて追い払った。また涼風のペースだ。


「してない! それに、そういうことはしません!」


 涼風は椅子に伸びた。


「どうだか? 眼帯外した時の目、完全に男だったぜ? いやぁ、格好良かった……」

「ああ、格好良かったな。俺もあの目に惚れたんだよ」


 いつしか杜野が加わっていた。『蓼丸リスペクターズ』のノリにはついていけない。ふと、雫が遠くから写メっているのに気づいた瞬間、「おらおら、席につけ~」と立野教師が出席簿で廊下近くの男子を軽く叩きながら入って来た。


 生徒はざわざわと喧噪を経て、席に戻る。


『健康診断』と大きく書かれた黒板にクラス全員の視線が集中した。


「Aクラスからだ。順番に廻るんだけど……委員長、プリント配って」


 ふむふむ。と見ると、健康診断の主な会場は「本館」と「講堂」だ。ぐるりと部屋を回って、最後にカウンセリング……。


「で、生徒会役員が誘導するから、カルテを提出すること。毎年持って帰ってくるバカがいるから、各時注意!」


 更に先生は大きな字で「生徒会総選挙」と書き殴って、ぱん、と手を叩いた。


「はいコレね。25日までに立候補者は、選挙管理委員会に申し出ること。各クラスで人数が多い場合は、立候補前に選挙する。で、今、立候補するヤツいる?」


 ――ばっと杜野と雫、それに涼風が手を挙げた。


(あ、あの……お知り合いさんたち……?)


 三人は立ち上がって互いに火花を散らしていた。


(というか、誰からも聞いてないし! あ、あたしも立候補……無理。文化祭の委員が精一杯。そうだ、各種委員会に入れば、生徒会と一緒に活動できる?)


 と、雫が「譲るわ。あんたらお似合いだし」とすとんと座った。


「内申より、萌えを取るんだよ」との強烈な台詞と共に、1-Cの立候補者はモノの5分で決定。


 涼風真成と杜野篤哉。

ヨコシマな想いでなければいいけれど。


「はい、決定。いいね、なんか。問題なさそうなクラスで」先生の声に、皆は笑ったけれど、多分、面倒ごとがいやなだけだと思う。やたらに冷たい生徒が多い。もうみんな、生徒会なんかより、進路を見ているのだろう。


 あたしにも、夢はある。洋画のお仕事すること。だから、英語だけは必死にやって来ている。でも、どうやれば夢に近づくのか分からない。

 蓼丸の夢はなんだろう?


 マコの夢は? トランプ芸人かな。


 教室か……と萌美は教室をぐるりと見回した。色んな考えをみなが抱えていて、決してひとつにはならないのに、どこか夢を詰め込んだ孵化待ちのタマゴたち。


(ウズウズと殻を揺らしているんだ、きっと)


全員の頭に鶏冠が見えて、くすっとなった。

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