若葉色の健康診断 編
第7話 彼氏・彼女らしいこと
*7*
「いってきまーす!」
ドアを開けて、外の陽射しを浴びるを待つ……はずが、また「ママぁぁぁ」と玄関に逆戻り。
「ねえ、曲がってない? 曲がってない? 前髪、跳ねてない? 顔、むくんでない?」
「まあまあ。何度目? 大丈夫よ」
姿鏡に何度も自分を映して、萌美は満足するまでくるりくるりと繰り返す。
――糸くず、発見。一つ見つけて安心して、ドアを開けた。
隙間から四月の風と、心地良い桜の香りが忍び込んでくる。新興住宅の目の前は、ちょうどビルが建て壊されて、道路が見える。
――じゃあ、公園で待っているから。
(一刻も早く駆けて行きたい! でも、転んだり、髪が乱れたりするから――)
早足で行こう。
シタシタシタシタ……タッタッ……まるで犬のお散歩だと思いながら、早足になったところで、「おーい」と自転車の音と声がした。
振り返ると、サイクリング用の自転車に乗った涼風がハンドルを掴み、両脚をばーっと広げて通り過ぎるところで。
「あ、おはよう。マコ。ねえ、乗せてよ」
「だーめ。この地域は自転車に煩いんでーす。おれ、先に公園に行ってるから」
……はあ。罪のない表情だな。相変わらず。
萌美はシャー、と走り抜けた自転車をやるせない気持ちで見詰める。先日、盛大に知った蓼丸の秘密とともに、蓼丸が提案し、涼風と交わした「自然享受権」とやらで、萌美は「蓼丸諒介」と「涼風真成」のどちらも大切にして貰い、大切にする、つまりは抜け駆けしない、という約束を結んでいる。
「あたしは蓼丸と一緒に高校生活を……」
言いかけて、「ま、いっか」と足を公園に向けようとして、靴先に砂埃が載っているに気づく。多分爆走自転車のせいだ。
「せっかく夜、磨いたのに! マコのばかぁ!」
きょろきょろと見回して、さっと大きな葉をもぎろうとしたところだった。
「ハンカチ、貸すよ。葉っぱ毟っちゃだめだよ」
蓼丸がいつものちょっと緩めの制服姿で、公園の壁に寄り掛かって萌美を見ているところだった。
「桃原って面白いのな。いつもきょろきょろしてる気がする」
とっくん。とくとくとく。
柔らかそうな黒髪は、朝日に重なってアーモンド色だ。かすかに眼帯の飾りのビーズがぶつかる音は、きっとスウェーデンからの御守りかも。
――朝日がこんなに似合う人、いるだろうか。あたしは二日続けて恋音聞いた。
***
「お、おはよっ……本当に迎えに来るんだね」
「あ、うん。円卓の騎士って映画、知ってる? Knights of the Round Tableとは、アーサー王物語においてアーサー王に仕えたとされる騎士。俺、その騎士の台詞が凄く好きで」
「あ、知ってる。あれでしょ? 朝の目覚めと共に、姫に逢いたい……」
(朝から絶好調だな……)と思いながら、蓼丸の横に並ぼうと、早足になった。気づいた蓼丸は歩幅を広める代わりに、速度を落とした。
「うん、ちょうどいい」笑顔を確認して、蓼丸の足を見やる。
大きな足。長い脚。おしりもしまってて、動きも綺麗。腕に挟んだ鞄も似合っているし。春服のジャケットも、ネクタイの緩さもみんな似合ってる。
「は~……欠点ないなぁ」
「あるだろ」と蓼丸はとんとん、と眼帯を叩いて見せた。「コレを外すと、単なる奇人だから」は言い過ぎなようでいて、言い当てている。
「あたしは嬉しいけど。口説きいっぱい貰えるから」
「……俺は平和に暮らしたいだけだ。あの時、どうして外れたんだろうな。まあ、縛り方が緩かったか」
眼帯すれば、フェミニストな騎士。外せば女には「王女様」、男には海賊そのままの態度で「決闘しろ」……杜野に聞いたが、フェンシングが強いらしい。
「ね、今まで何人と決闘したの?」
蓼丸はごほっと拳を口元に当てて、目元を染めた。
「……多分、20人くらいかと」
20人!
「全て勝った。負けは許せないヴァイキングの血がね。一番長かったのは、体育教師との剣道試合かな。体育に眼帯外しちゃって……」
「きゃは。大変」
「笑い事じゃないよ。それから、俺、目をつけられてて……ってこんな話はどうでもいいか。今週いっぱいのお迎えだし」
え? と顔を上げると、蓼丸は、生徒手帳を出して、視線を落としたところだった。
「4月21日は健康診断、25日は生徒総会。そこで新生徒会の選挙の告知、四月いっぱいで、生徒会立候補者を束ねて、五月に総選挙だ」
(ふわあ)、と驚きで背の高い顔を見上げると、蓼丸はニコと微笑んだ。
――どきゅぅん。
(い、いちいち……心臓が反応する……)
「い、忙しい、ね」
「まあな。中学から慣れてはいるが、何しろあの生徒会長と副会長だろ。俺がしっかりしないと、選挙もただのお祭りになる。事務が苦手だと知ってたら、書記なんか断った。ともかく、生徒会長を捕獲しないと。足が速いんだ。だれか足が速いヤツ、生徒会に入ってくれないかな」
真剣な口調に、「むは」と笑いそうになって、萌美は慌てて口元を同じく拳で押さえた。
――でも、いいと思うけどな。お祭り選挙。
『足が速い』ならマコだ。そういえば、姿が見えない。また萌美はきょろ、と周辺を見回した。
「涼風を探してる? 先に行かせたよ」
ザリ、と蓼丸は足を地面に擦らせて、くっと笑った。
「考えたらフェアじゃないんだよ。桃原と涼風は同じ教室だ。すると、授業中だとしても、6時間は会話が可能。しかし、俺は朝と昼と帰りしかない。明らかにこれでは不利。彼氏らしいことも出来やしない」
――彼氏、らしいこと。
(やだ、彼氏認定してもらっちゃった。……彼氏らしいこと……なんだろ)
心臓も治まって来たし,聞いてみようかな。
「蓼丸、あの」
「チ.騒動の幕開けか」
(え? 蓼丸、今舌打ちした?)
見ていると、蓼丸は足を止めて、顔を手で覆い始め、「ちょっと持ってて」と鞄を放り投げて寄越した。
公園の終わりのベンチにズカズカ近寄った。
ベンチには朝だと言うのに、イチャイチャと抱き合っているカップルがいる。それも、男の手は女の子の服の中に入っていて、下着を押さえている状態。
――ちょ、ここ、公園で、朝なんですけど!
(あ、カップルの目の前で蓼丸が止まった)
「生徒会長! もうすぐ朝礼始まりますが! また副会長に厭味な一句詠まれますよ」
――あ、織田生徒会長。
「おっと、もうそんな時間? 惜しいなぁ、あと5分長かったら……危険だったな」
別れの隅々まで色気を押し込んで、そそくさと立った女子の制服は「黄燐女子学園」。お嬢様高校だ。
蓼丸はふるふると震えているようだった。多分、フェミニストだから、こういう「遊び」に納得が出来ないんだと思う。
「今度は黄燐女子ですか。……いい加減にしないと、近隣の女子校から苦情が来ますよ!俺、眼帯自ら外すの、ゴメンなんですが」
「恐いねぇ」と生徒会長は眼鏡を押し上げると、「今日の朝礼は中止」と言い切った。
「何としても、生徒会室に来て貰おう。書類が溜まっているから」
蓼丸は指でさっそく眼帯を外した――。
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