第6話 トライアングル自然享受権?!
***
(蓼丸の珈琲の好み、知らないなあ)
チラリとベンチに座らせた蓼丸を振り返ると、完全に落ち込んでしまった様子で、どよーんと俯いてしまっていた。
「蓼丸、珈琲……」
自販機にカードを翳しながら、萌美は蓼丸に声を掛けるも、返事はなし。ふっと更に目を横に走らせると、「恐かった……超絶恐かった」と青ざめた様子の涼風の姿。
「……ミルク入り、フレーバー、ブラック……」と3種類をガコンガコンと購入して、ホカホカ三本を腕に抱えて戻った。
蒼空は見事な青空に、ピンク色の桜が良く映える。優しい風に、ふわりと乗せられた春の香り。萌美はふ、と口端を緩めると、たたっと元気よく駆け寄った。
「はーい。ブラック、フレーバー、ミルクコーヒー。好みはどぉれ?」
「オレ、ブラック」
手を出した涼風をぴしゃりとやった。
「何いい気になってんのよ。あんたが待ち伏せするから、こんなことになったんでしょうがぁっ」
「一緒に帰りたかったんだ」
「幼稚園じゃないのよ。ねえ、マコ。もう一回言おうか? あたしのカレは蓼丸なの」
「二度も聞かせるな!」
涼風はプルタブを引いて、珈琲を呷った。
(ったく。選択肢が減っちゃった)と思った横から、「フレーバー珈琲」と蓼丸が手を伸ばしてきた。
――あたしが、お子様珈琲ですか。ブラックが好きなんですけどね。
さわっと春風。萌美はちゃっかりと蓼丸の隣に座った。完全に落ち込んでいる。醜態を見せたと何度も呟いては、落胆のため息を吐き出した。
「……眼帯外されるとさ……」
「海賊になっちゃうんだね。でも、あたしはずーっと外してて欲しいけど」
蓼丸はクッと笑って、「誰彼構わず決闘するけど」と微笑んだ。海賊の蓼丸はカッコイイ。台詞が甘くなって、ズキュウウウウウウウウ……と胸が飛びそうになる。
『いいだろう。遊んでやるか……桃原は俺のオンナだ!』思い出して、珈琲を吹き出しそうになった。ミルクコーヒーが甘すぎるせいもある。
「――幼少に、オレは良く熱を出していてね。おじいさまが、眼帯をくれた。この石は御守りだからって。で、オレは気に入って、眼帯を装着したんだ。伊達政宗好きだし。で、おじいさまが、枕元で、北欧のヴァイキングのお伽噺を延々聞かせているうちに……」
蓼丸は「あの有様だ」と頭を抱えた。
「夢中で聞いていたら、海賊が目覚めたと言うか。涼風、怯えさせたか」
涼風は無言で俯いていたが、ばっと顔を上げて、目を輝かせた。
――ん?
「すっげ! リスペクト! 「桃原はオレのオンナだ!」 オレも言ってみたい! 蓼丸さん、さっきの決闘受けて立つぞ、オレは」
マコは頭が悪すぎた。萌美はひょいっと靴を脱ぐと、頭をばしっと叩いた。
「蓼丸へこんでるの、わからないの?!」
「ごめんなさい」
「それに、喧嘩は嫌。ねえ、喧嘩するのやめようよ。三人で仲良くしよう。あたしには……」
〝蓼丸が大切〟
言葉は決まっているのに、出て来ない。それはマコが一生懸命蓼丸に情報を聞いてくれたから。遅刻まで覚悟して。
……わたし、憧れの悪女にはなれないな。ちっちゃいし。
(「白いドレスの女」のキャスリーン・ターナー。「氷の微笑」のS・ストーン。クールで知的な悪女ぶり……道は遠い)
蓼丸がようやく顔を上げた。
「喧嘩は嫌だよな……」と涼風に向いた。
「お姫様が俺たちが争うのは嫌だと言った以上、ここは協定しかないだろう。フェアに行かないか? 俺にはスウェーデンの血が流れているが、スウェーデンでは冬のスポーツとして盛んに行なわれているのがクロスカントリー。子供の頃からクロスカントリーに慣れ親しんでて、なだらかで平地が多い地形だから、誰もが自由に自然を楽しむことができる「自然享受権」があるんだよ。自然享受……今の俺ときみに提案する」
――しぜんきょうじゅけん?
萌美と涼風は同じような表情をしていたらしい。
「幼なじみって感じだな」と蓼丸が噴き出した。互いにむっと睨み合った前で、涼風が1歩前に進み出た。
「中身は?」
「んー……。桃原を困らせるようなことは、互いにしない。抜け駆けもしない。笑顔を護りたいなら、好きな子を困らせては駄目だ」
涼風はコクンと頷いて、「同感っすね」と手を差し出した。
変な図式。でも、決闘云々よりずっといい。ほ、と目を休ませていると、蓼丸の声が飛んだ。
「桃原は、クリスマスまでにどっちを「桃カレ」にするか、決める。オレたちは桃原の要望通り、喧嘩はしない。桃原を「享受」する。だから、桃原も涼風と喧嘩はしないこと。平和が一番だろ」
眼帯つければ平和ボケ。外せばフェミニスト海賊。つくづく面白い人をカレに選んだものだと、萌美は可笑しくなった。
――さて、じゃあ、マコとも仲直り、しますか★
こうして萌美の「桃カレScramble」は幕を開けたのだった――。
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