休暇の過ごし方
いつも、毎日のように、彼らだとて鍛錬ばかりしているわけではない。この場合の鍛錬とは、表で鷺城鷺花を相手に戦闘をするのは当然のこと、魔術研究などの考察、いわゆる勉学を含めてのことである。
本当にたまに――ではあるのだけれど、たとえば今日のように、昼食や夕食も侍女であるフェリットがやるとのことで、一日の休暇を満喫することもあるのだ。
庭に出した寝転ぶことができるチェアが二つに、その間にはテーブルが一つ。木陰に設置して頭の後ろで手を組みながら、ファゼット・エミリーはのんびりと空を見上げていた。隣にいる
音がして顔を向ければ、玄関から藤崎デディが出てきて、大きく伸びを一つすると、軽く手を上げて近づいてきた。
「おう」
「やあ。……暇すぎて死にそうだ」
「休める時には休めばいいだろ」
「ごろごろしてるのは性に合わない。でもまあ、休暇だしね、一応は。どっちかっていうとあれ、鍛錬禁止令だよね」
どうしたもんか、なんてぼやきながら、創造系の術式で似たようなチェアを作り、眠っている陽菜の隣に設置した。
「
「あー、まあね。あっちの術式は体内とかに溜め込んで作るけど、僕の場合は物品所持が前提で、その形を変えるって感じだから」
「ふうん」
「寝てるわけじゃないのに、よくだらっとしていられるね」
「あー、時間の潰し方は心得てる。流れる雲を見てると、あーあれ、藍子が殴られた時の顔だなとか」
「どれ? 僕には藍子さんが頭を抱えてる時の顔にしか見えないけど」
「そっちか」
などと、本格的に雑談をしていれば、話題となっている藍子が、鷺花とフェリットと共に外へ出てきた。全員集合である。
「なんだ、外で食事パーティでもすんのか? 昼にゃまだ早いだろ」
「おいおまえら」
「デディ、呼んでるぜ」
「なんでこのクソ女は喧嘩腰なんだ? ――で、どうしたの藍子さん」
「さっきからくしゃみが止まらなかったんだけど、誰だ悪口言ってたやつ!」
「んなのはいねえよ」
「まったくだ。――悪口じゃなく事実だから」
「こいつら……!」
「血圧が上がりますよ、藍子。しかし、本当に仲良くなったものだ。これも鷺花様の成果ですか?」
「まさか」
冗談じゃないと、腰を下ろす動作で土の形が椅子へと変わり、表面を石がコーティング。まるで動作そのものに呼応するかのよう肘置きが作られ、足を組むまでで一区切り。
「――丁度いい。おい鷺城、お前がいた世界ってどんなのだ?」
「んー? 興味が出るくらいの余裕はできた?」
「詳しく事情を説明できない鷺城さんの立場を理解できるくらいにはね」
「可愛くなくなったわねえ、本当」
「わかります鷺花様。だんだんと成長に比例して、言うことを聞いてくれないんです」
「俺を見て言うなフェリ姉。言うことを聞かないように見えるのは、お袋の先約が早すぎるからだ」
「あの子はまったく……」
「で、鷺城先生、話の続き」
「そうねえ……数千年でいろいろあったけれど、環境そのものは大して変わらないわよ。フェリット、お茶」
「どうぞ鷺花様」
驚きによってか、鷺花の術式に反応してか、熟睡していただろう陽菜が飛び起きる。
――周囲の景色が、変わっていた。
「私の――生家よ。あまり過ごしてはいなかったけれどね」
「……え? え?」
「なにこれー……投影にしてはすげーリアルなんだけど」
「鷺城さん、少し歩いてみても?」
「いいわよ。……なに、エミリーは寝たまま?」
「心象風景」
「フェリット、ちょっとおいで。褒めてあげるから」
「は? ――あ、どうも。しかし何故です」
「エミリーの教育が行き届いてるから」
「少しは俺を褒めてもいいと思うが……?」
礼をするように頭を下げ、そこを撫でるような光景はいささか妙だったが、一瞥するだけに留めた。ほかの三人は――かつて、純和風と呼ばれた庭や、家屋などを見て回っている。それほど広くもないし、声も届く。
この場は、鷺花が記憶している景色そのものの疑似投影だ。といっても、本物と大差ないような調整が入れられているあたり、相当複雑な術式だろう。
「いろいろ事情があって、魔術を教わったのは別の場所だから、そっちの方が実家って感じだけれどね。幼少期から始めて、十三くらいには基礎を終えて……八割がた完成したのはその一年後くらいかしら。曖昧だけれど」
「英才教育かよ」
「そうでもないけれどね。で、私の父親っていうのが武術家の中でも飛び抜けてたから、技を盗んだ」
「教えを受けたわけじゃねえのか」
「私は武術家にはなれないと、お墨付きだったからね。それに、技術はともかく戦闘に関してはもう、ほぼ完成していたから、そこも踏まえてかしら。いろんな得物で戦闘しつつ、相手の技を盗んで覚える――ま、ついでかしらね」
「冗談だろ……」
訓練の中で見るその技術が、ついで、なんて領域をとっくに逸脱していることなど、ファゼット以外も知っている。
「あんたみてえのが、たくさんいたとは思いたくねえな」
「そうねえ」
周囲の景色が変わる。今度はビルが並び立ち、大きな道路が走る光景だ。彼らにとっては、もちろん、見たこともない風景だ。車だとて未知である。
「のわっ、なんか変なのが走ってる! すげー!」
「珍し。はるちゃんのテンション高い」
「そういう藍子さんもね……」
視線を向けているファゼットは、鷺花に懐かしみの欠片も浮かんでいないのを知る。覚えてはいるけれど、これを、懐古として受け止めてはいない。
――何故だ?
忘れてはならないが、懐かしむものではないからだ。むしろ、懐古そのものを封じたようんな。
「正解。懐かしみは、生きることに邪魔だもの。まあ今は、そのうち死ぬから大丈夫だけれどね」
「長生きの弊害か。お前みたいなのがほかにいたのか?」
「ま、そこそこね。数千年も生きたのは、ほかに二人かしら。まあ――そうね、あの子たちはなんていうか、そこそこ親しい知り合いってところ」
「二人もいたんですか……鷺城さん、友人少なそうだもんなあ」
「多いと面倒でしょ。藤崎はもういいの?」
「こっちで眺めていることにするよ。見るけれど、あくまでも映像だし、あまり深く入り込む方がまずそうだ」
「それも正解。――で、私の友人は後にも先にも、一人だけよ。朝霧芽衣――っていう馬鹿ね。あの馬鹿。唯一、私と対等であった子ね。ほんと、最初の六十年くらいしか付き合いはなかったけど」
「どういう人だったんですか?」
「似ていたと、一言で片づけてもいいんだけれどね。組み立ての術式を得意としていた女で、人材育成には私よりも秀でていたかしら。戦闘技術は――私には勝てない〝だけ〟ってところ。私が本気でやり合えたのも、あの馬鹿くらいだったわねえ……」
「へえ、嬉しそうですね」
「友達だもの。――悔いがあるとすれば、私が殺せなかったところかしらね」
「殺さなかった、じゃねえのか」
「殺し合いの回数は、それなりにあったけれど……最後はねえ、何かが見えたらしくて、向こうが止めたの。そうなるとは思っていたけどね。それでもちゃんと最後は看取ったから」
「へえ」
「鷺城さん、銃器はこの世界のものですよね」
「世界というより、時代ね。ありふれていたわよ、知らない人がいないくらいに。もっとも、正しく使える人間がどれだけいたか――という話になれば、別だけれどね」
「なるほど」
しばらくして、二人が戻ってくるのと同時に景色は消えて、元に戻った。
「でもさ、ちょっと不思議だったんだけど、鷺城先生が召喚されたってどゆこと? 防御できそうなもんなのに。興味があった――とか、そういうのもなさそう」
「長く生きていた知り合い二人が死んだのよ。厳密には殺された、かしら。その隙間を縫うようにして、召喚の術式を使われた。技術ではなく、心の隙間っていうのは、長く生きれば生きるほど、隠し通せなくなるのよ」
「それって、ほぼ奇跡的な?」
「言いたくはないけれど、まあそうね」
「その自動防衛術式、鷺城さんは常時展開していますが、魔力はどうしているんです?」
「ん? ああ、そもそも人の気配と呼ばれるものが、魔力なのね。人が生活している以上、周囲のマナに溶け込むようにして放出しているものなの。それを使ってる」
「うそん……あれ、ゼットやはるちゃん反応なし?」
「考えりゃわかる」
「消去法でわかる」
「こいつら……!」
「常時展開術式のほとんどは感知系よ。そっちに頭を回すよりも、術式の初動を早くした方がよっぽど効果的ね」
「なるほど」
「頷くなよデディ、お前藍子だろ」
「なんでそこであたしが⁉」
「けれど、初動を早くするのは頷ける話だろう?」
「その〝初動〟が何パターンあって、対応が何パターンあるのかを、きちんと考察しろ」
「…………鷺城さん、人間ですか?」
「もちろん、その規範から逸脱したことはないわ」
いやそもそも、人間の規範なんてものを把握しているあたり、怪しいものだ。
「あと半年ってところか……」
「ん、ああ、そういえば鷺城さんは外へ行くとか言ってたね。ファゼットは?」
「たぶん俺も行くことになるだろうな」
「――へえ? あ、何故かフェリットさんが嬉しそうに頷いているのはさておき、僕としては予想外だったな」
「あたしもー。はるちゃ……寝てらこいつ」
「お前らはもうちょっと〝予想〟しろ。だいたいな、学校であんだけ暴れた上に、警備部には頭下げて挨拶される俺らが、――どこに就職するってんだよ」
「……」
「……」
黙って、二人は考え出した。
「つーか、こうなった時点で就職先に俺らの意志なんか通るはずがねえだろ……。危険人物として裏で出回ってるの、知らねえのか、こいつら」
「あんたみたいに、情報網を構築してないのよ」
「教えろよ鷺城」
「あんたが知ってるなら、私が教える必要もないでしょ」
「またこれだ……フェリ姉、助けてくれ」
「自分で何とかしなさい」
「笑いながら言うなよ。実際に俺だけで何とかすると、寂しいとか言うじゃねえか」
「姉として当然です。ところで、リリが顔を見せたようだけれど?」
「ああ、ちょっと挨拶くらいな。妙に懐かれてんだが、おい、エルギ
「兄さんは場末の酒場でウエイター。いつも通りね」
「で、年齢が近い俺に懐くってか……おい鷺城、あるいはここに顔を見せるかもしれないが、あんまり苛めるなよ」
「あら、私がいつ苛めたかしら?」
こういうことを、
「あー……ん? おいデディ」
「……なに? 僕、今絶賛落ち込み中だけど。どっかに光が差していないかと」
「そんな光を探してる時点でもう駄目だな」
「わかってるけどそんな現実はいらない」
「お前、どうせ暇なんだから実家に顔見せておけばいいだろ」
「いや僕、これでもちゃんと定期的に戻ってるよ。クソみたいなことしてる親父に文句言ってるけどね」
「商売だから仕方ないだろ」
「まあね。そこはそれ、これはこれ。まあ鷺城さんに育てられてる時点で、ちょっと反則な気もしてるけどさ」
「ふん、たった半年で変わるもんだ。明日からの訓練で泣き言を増やすなよ」
「……すげー嫌な予感がするので僕は寝る」
ごろんと、顔をそむけるようにしてデディは寝転がった。おおよそ半年だ、ここからは厳しくなるだろうことなど、想像するまでもなかろう。
欠伸が一つ。
「ま、なんだっていいか。フェリ姉、あとよろしく。昼になったら起こして」
「はいはい、ゆっくりお休みなさい」
ゆっくりと、まぶたで蓋を閉じれば、自然と耳が冴える。最低限の警戒というより、もはや癖だ。
それでも、この場所ならばそれなりに眠れるようにはなった。
それなりではあるけれど――。
「複雑ねえ……」
「あらそう?」
「私たちの前しか、見せなかったんですけどね、こんな顔」
「嫉妬はみっともない」
「それはエレットにどうぞ」
うるさい、まだ寝ていないんだ。聞こえてるぞお前ら。
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