新しい得物

 その日、エントランスに出てきたファゼットを見て、デディは驚いたように目を丸くした。

「おはよう、ファゼット」

「おう」

「珍しいな……っていうか、初めてじゃないか? 正装じゃないファゼットって。カーゴパンツにジャケット、しかもブーツ。手ぶらだけど?」

「なんだ、鷺城は言ってねえのか。今日は外出だよ、外出。陽菜はるなと一緒にな」

「へえ……――ん? それは〝外〟に?」

「おう。調査ってほどじゃねえけどな」

「じゃあ遠距離通信を試してみたいから、街の敷地よりも離れた地点で何度かこっちに通信送ってくれる? どうも〝距離〟に関する部分が曖昧でさ、そこの仕組みに触れてみたいんだ」

「ま、そんくれえならいいだろ」

「……おまたー」

「ちょっと外行くって本当⁉ 二人っきりで!」

 うるせえのが来たなと、ファゼットが呟く。似たような恰好をした陽菜はともかくも、藍子までは呼んでいないのだが。

「あのさー、通信機の長距離を試してみたいから、街より遠くまで行ったら一回連絡ちょうだい。仕組みを知りたくて」

「そんくらいなら覚えておくー」

「デディが今しがた同じこと言ったけどな」

「なぬ? ……よしデディ、こいつらのためにパーティの準備をしとこう」

「ああそうだね、やっておかないとなあ、無様に死んだ時のお別れパーティ」

「――縁起でもないことを言わないように」

 長身であり、いつも感情が表に出ないような、侍女の鑑とも言えるフェリットが右側の通路からやってきた。もう二十日以上一緒なので、慣れたものである。

「おはようございます、フェリットさん。いやこれもゲン担ぎみたいなものですよ。生きて帰って来い、なんて言う方が嫌われそうで」

「いえ、そうではありませんデディ。死んだ時ではなく、くたばった時と表現すべきなのです」

「おっと、これは失敬。確かにその通りですね」

「ファゼ、携帯食料が三日分よ。帰りは魔術品?」

「一応な。ただ、二日目で切り上げることにした。最悪の状況になっても手は打ってある。正直、使いたくはないが……」

「ああ、最終手段か。頼んだの?」

「一応、最悪ってことはありうるからな」

 最終手段。

 言うまでもない、鷺城鷺花である。

「あとフェリねえ、お袋には俺が出て行ってから報告してくれ」

「わかっているわよ、そのくらい……あの子、一緒に行くって言い出すものねえ」

「さて、んじゃ外の空気を吸ってくる。行くぜ陽菜」

「おー」

「いってらー、通信よろー」

 食料の袋を持ち、差し出された陽菜の手を取る。次の瞬間には、街の外壁を越えていた。

空間転移ステップなあ……」

「うん得意」

「知ってる。戦闘で使用された際の〝対処〟を随分と考えて身に着けた。どこまで通用するかは、まだ試してねえけどな。適当に歩くぜ」

「いいよー」

 街道のように石が敷き詰められており、しばらくは平原が続く――それが、この街の周囲の特徴だ。ざっと見て、視界に入る限り、魔物もいない。これもいつものこと。

 外の空気は、町中の圧迫感がなくなり、どこか心地よい。だが同時に、僅かな緊張をはらむ。

 こうして外に出るのは、随分と久しぶりだ。陽菜にしてみれば、たぶん、拾われて以来のことになるだろう。

 だったら今、どうして外に?

 ――たぶん、答えを知りたいからだ。

 果たして、自分たちは、外に対してどのくらいの興味があるのかと。

「A級以上の魔物が出たらどうする?」

「やる」

「……お前、なかなか好戦的だよな?」

「うっさい」

「ま、遭遇しないことが大前提だな。一応聞いておくが、場所移動スライドの感知は?」

「少なくとも空間転移の把握じゃ駄目だったのは覚えてる。ただ、ズレの認識がコンマ三秒くらい早くできてた。今はわかんない」

「認識できても対応は無理――ってことか。しかし、世界のことをもっと知っておけってのは、なかなか、鷺城も教育者らしいことを言ってくれるぜ」

「疑問を抱いても、意識そのものは、ほとんどしなかったから」

「ふん。で? 藍子の調子はどうだ?」

「だいぶ追いついてきたかも……」

「んなわかりきったことは聞いてねえよ。成長しねえクソなら、とっくにドロップアウトしてる。だいたい、追いついてくるのがわかってて、ぼうっとしてるやつをクソ間抜けと呼ぶんだろ」

「うるさい」

「てめえが歩いた道をたどってるようで嫌だってか?」

「同じでも〝こう〟はならない」

「そこに安心してる時点で、お前は同類だなクソッタレ」

「しってる」

 だろうよと言いながら、ちらりと振り返って街との距離を確認しながら歩く。ちなみに移動速度は、ファゼットが合わせるかたちだ。

「冒険科で学ぶの?」

「外の情報は一通り。ただし、確定情報のみだな」

「話になんない」

「屍体の数は増やしたくない、冒険科の人数も減らしたくない。さてどうする?」

「結果が中途半端なら、後者に重点を置く」

「だからクソッタレなわけだ――っと」

 街が見えなくなってすぐ、周囲の空気が変わり、二人は森の中にいた。当然、背後を振り返っても街はなく、後ろにも森だ。

「どっちだ?」

「中央に踏み入った」

「だろうよ。スライドする〝盤面〟そのものの面積が違うって可能性も考慮の上か」

「うん――だが、深入りは避けなさい」

「……」

 鷺花の台詞だが、まったく似ていなかったのでスルーした。

「あれ?」

「サルモドキだ」

「そっちじゃなくて」

「現実を見ろ」

「なまいきなー」

 いつもの蹴りを回避。

 両手と尾が妙に長いサルモドキは、木の上に三匹。こっちが足を止めて視線を投げれば、二匹が逃げるようにして奥へ行く。

「……仲間を呼びに行ったな」

「魔物のデータも頭入ってる?」

「既存のものなら、大半は」

「私は昔の記憶が頼り。こいつらは知ってる」

「つーことは、最初馬鹿にされたのも同じか……」

 長い手と尾を使って、サルモドキは高所を常に維持する。また、十匹ほどのグループで縄張りを持つ習性があるため、熟練の冒険者でも嫌がる手合いだ。このサルモドキのために投擲の用意をするパーティもいるくらいである。

 ちなみにこの場合、殺すのは好ましくないとされる。何故なら、縄張りにいる間中、ずっと狙われることになるからだ。

「その上で、この森にいる魔物はこいつらだけじゃない――か」

「離れるなよー」

「俺の台詞だクソ女」

「最初は右!」

「あっそう――っと、お前がやるか?」

「めんど」

「巻き込むけどな」

 魔力の使い方だけで同時通信を開けば、窓は陽菜の傍にも開く。舌打ちが聞こえたが無視した。

『はーい――うおっ、全員同時とかそんな機能あんのこれ⁉』

『うるさい馬鹿。ファゼット状況』

「一度目のスライドがあった、場所と距離は不明。適当に移動中」

『なんだ、目的地があったわけじゃないのか……映像、音声ともにラグなし。まったく、どういう仕組みなのか改めて疑問だね』

「あ」

「ジズリまで出てきたか……おい馬鹿ども、戦闘になるから切るぜ」

『諒解。差異を確認したいから、また適当に移動した後にでも』

『あたしなんもしゃべってないじゃん』

「うるさいばか。データ取れたなら切る」

『はいはい。気を付けてねー』

 そうしている間にも、やや大柄な獣は牙を剥きだしにして威嚇する。ジズリ――表現するのならば、地擦りになるのだろうか。肉食の魔物であり、ほかの魔物を口に咥えて引きずる様子から、そう名付けられたと聞く。人すらも喰うため、好戦的な部類だ。

 こう言ってはなんだが。

 森の魔物としては、ごくごく当たり前のものである。経験さえあれば対応は難しくない。

 ないが、ジズリであっても、森の主というわけではない。草原では頭上に注意と言われるよう、広いフィールドではオオモズと呼ばれる巨大な鳥が王者として君臨しているよう、森には森の王者がいる。

 実際にこの場にいるかどうかはともかく――存在が確認されている魔物ならば、あるいは、いるかもしれないと考慮すべきだ。

 故に、大前提として、森は荒らさない……のだが。

 隠れて移動しなかった以上、発見されれば戦闘になる。

「目的地はない――が、次のスライドまで抜けるか?」

「んー……」

 口を開いて飛びかかってきたジズリを、目測で回避したファゼットが問えば、首を傾げて。

「どのくらいでスライドするかな」

「知るか。昔から俺は、スライドを頼りにした覚えはねえよ。つっても、安全確保しつつ場を持って活動してたって理由だが」

「じゃ、今日中にもう一回スライド」

「はいよ」

 背後からの飛びかかりを回避しつつ、腰の裏から得物を引き抜き、前足の付け根部分にある心臓部へ差し込み、軽く捻ってやれば、どさりと地面に落ちた後の追撃はない。ただ、森の奥からサルモドキたちが声を放ちつつ、近づいてくるのがわかったため、離れるような方向に移動を開始した。

 木木が空を覆っているためか、足元には雑草がそれほど生えてはいない。もちろん、局地的にはあるので、それを避けながら。毒を持つ小さい魔物や動物も存在するため、木木をかき分けて進むような場ほど注意が必要だ。

 けれど、だからこそ疾走は選択しない。体力的な問題も加味して、少し早いペースで歩く、くらいの感覚が一番であると、ファゼットも陽菜も理解していた。

 二匹目のジズリが出てこなかったのを確認したファゼットは、くるりと右手で得物を回転させて腰の裏に戻す。ショートソードよりもやや長いが、ロングソードよりは短く、また直剣ではないそれを、――小太刀こだちと呼ぶ。

 腰の裏に、刃が上へなるように鞘を固定してある。本来ならば腰の横に佩くのだが、利便性よりも暗器としての側面――つまり、一見して得物が見えないよう配慮するための理由だ。つまり、引き抜く時は柄を握り、下方向へ押すようにして抜くため、その時点では逆になるのが難点だろう。普通に抜くと峰打ちになるし、上手くやろうとすると手首を捻ることになる。

 かといって、刃が下になるよう佩くと、邪魔になるのだから不思議なものだ。

「……邪魔」

 ジャコウと呼ばれる手首ほどの太さがある蛇の魔物の頭に、針が突き刺さった。その横を抜けながら一瞥すれば、細い針だ。医療用のものと比べれば太いが――。

飛針とばりか」

「鷺城から聞いてる?」

「得物自体は、投げ物として俺も基礎を教わったし、使われた。どちらかといえば暗器だが、なるほどな、陽菜との相性は良いか」

「空間転移の補助入れなくても、このくらいは問題ない」

「腕自慢すんな馬鹿」

「そっちは小太刀なんだ」

「ああ、一ヶ月の試用期間でずっと鷺城が使ってたんだが、まさか、俺に使わせる意図があるとは思ってなかった。つーか……これ教わった時もそうだけど、あのクソ女、本当に魔術師か? 小太刀だけで相当だぜ」

「うん、あれおかしい」

「今更だな。お袋に言わせれば、仕方がないってやつだ」

「……あと扇も」

「扇? ああ、うちわの洒落たやつ。そりゃ面白そうだな」

「だとして」

 移動を続けながら、陽菜が言う。

「デディと藍子は?」

「今頃、そいつと対面中ってのはどうよ」

「んー、サルモドキうるさい」


 最初の通信が切れてすぐ、テーブルの上に置かれた無骨な黒色のそれを、改めて手に取る。

 通称は拳銃、型式で言えばグロック22と呼ばれるものらしい。六度目の分解に手を伸ばせば、二十秒もかからずに完了し、組み立てにも時間がそうかからない。

 ――この街にはない、代物だ。

 何故か? 不必要だからだ。使い方は想像しかないが、おそらく、同じ仕組みを術式で行った方が上手くできる。

「――あら、書庫にいたのね」

「ああ鷺城さん、自室は寝所みたいになってるから、落ち着かなくて。道具もごろごろ転がってますからね」

「自室をどうしようと、文句は言わないわ。で?」

「はい。構造それ自体は、あまり複雑ではないですね。いくつかの連動機構が組み込まれていますが、基本的には円柱、ないし円錐形の何かを飛ばす機能があります。ただ……」

「ただ?」

「足りないものがいくつか。それと有用性についての疑問が」

「でしょうね。貸して」

「はい」

 拳銃を受け取った鷺花は、弾装を引き抜くと一つだけ金属物を入れて戻し、そして。

「――っ」

 ぱかん、と音がした瞬間、椅子から転げ落ちたデディは、その痛みに奥歯を噛みしめて堪えた。薄目を開くようにして顔を起こし、自分の太ももを見れば穴が空いている――ならば?

 いくつかの術式で止血を行い、そこでようやく短く息を吐き出す。天井を見上げてから、両手で床から上半身を起こすと、無事な右足を使ってどうにか躰を起こし、再び椅子に座った。

「貫通か、高威力ですね」

「あら、文句は?」

「今更ですか?」

「いい返しね。――これがさっきの弾丸、これが薬莢やっきょう

「あー痛いのでちょっと待ってくれ。……あー痛い駄目だ痛い。ええと? ――火薬ですかこの香り。……あ、血の匂いが混ざってきた。あと痛みも」

「文句があるじゃないの……」

「僕の言葉から痛いを抜いて読んでください」

「まったく、どうしてそんなふうに育つのかしら」

 お前のせいだ、と思った。口にしないのが礼儀である。

「治療系の術式は苦手?」

「止血くらいしか覚えてませんし、医学は難しいですから。多少の治療促進はできるので、治りはそこそこ早いですけどね、あー痛い。痛覚を切ると後が大変だし」

 などと言いながらも、デディは既に弾丸に触れ、薬莢の確認を既に行っている。

「排出口のようなものは、この薬莢を出すものだったんですね。小規模の爆発を起こすことで弾丸を射出、回転を与えることで飛行性能を上げる……弾丸そのものは、思ったよりも小さいですね。てっきり、薬莢を含めたすべてのサイズを押し出すものだと思ってました」

「一応は〝創造クリエイト〟系の魔術師として、弾丸の生成については?」

「それは、できるかどうか? それとも、やるかどうか?」

「本当、そつない返答を覚えたわねえ……」

 それもお前のせいだ。

「これが弾よ」

「どうも。先端に弾丸、中に火薬、ここに撃鉄が落ちる――なるほど、材料そのものも集められることが可能な素材ですね。現状では不確定ですが、僕の術式で作ることも可能かと」

「でしょうね」

「そうでなくては、渡さない?」

「弾丸は消耗品だもの。それともなに、椋田やエミリーがあっさり使うのを、指をくわえて見ていたい?」

「それが現実になったらもう一度聞いてください」

「……詰まらなくなったわ」

「え、なにがですか?」

「あんたたちの反応が。殴って憂さ晴らしもできないようじゃつまらないわよ」

 いや、それは今でも充分にできているはずだ。間違いない。

「これを使って戦闘を構築する場合の想定は?」

「――障害物の多い場所を選択します。接近戦闘の場合は有利であると言えない状況が多くあるかと。遮蔽物に身を隠しながら、距離を保ちつつ――ですね。開けた場所であったもファーストアクションならば有用ですが、正面からの直接対決で使うには……」

「どうすればいい?」

「距離を詰めさせないこと、そして、一発を当てることです」

「ん、まあいいでしょう。とりあえず私の在庫、二百くらいあげるから、今日中に慣らしておきなさい。庭にターゲットを用意しておくから」

「あ、そのターゲットが藍子なら、怪我してて痛い僕のテンション上がるんですけど?」

「…………」

「え、何ですその目。かなり痛いのに今日中とか期限つけたことには文句ないですって」

「あんた性格悪くなったわよ」

「……鷺城さん、毎朝鏡の前でその台詞を――いたっ! また負傷が増えるじゃないですか!」

「文句が?」

「ありません、マァム」

「よろしい。上手く扱えるようになったら、狙撃銃も見せてあげるからがんばんなさい」

「狙撃用のものが?」

「あるわよ? 腕が良ければ千五百ヤードくらいは」

「マジかよ……」

「それも慣れてからの話よ。エントランスに置いておくから」

「あ、今行きます」

「あらそう」

 玄関口まで降りれば、さてと荷物を降ろすのではなく。

「ちょっと畑中ー表ねー」

 部屋の方で慌てた声がするのを返事と受け取ったのか、二人はそのまま外へ。鷺花は影の中から木箱を取り出して置くと、蹴り飛ばすようにして上の蓋を開けた。

「使い方はわかるわね?」

「予想はついてます」

 ずらっと並んだ弾丸を手に取り、弾装を引き抜いて一発ずつ手で入れる。それを終えて拳銃に差し込み、一つの操作で初弾は装填された。

 そこに標的――ではなく、藍子の到着である。

「はーい来たけど……え、なに」

「そっち立ってなさい。防御系の術式、あんた自動設定じゃないんだから、ちゃんと稼働させなさいよ」

「え? え?」

「藤崎」

「はい」

「肩幅に両足を開いて、左手でグリップを握りなさい。トリガーは右指。まず、左腕をまっすぐ正面まで上げて、右手で上からグリップを握る。顔の正面、まっすぐ向かう先は畑中ね」

「すげー嫌な予感しまくりなんだけど……?」

「グリップは意識したまま、左腕で押して右腕で引く。けれど肩の力は抜くこと。右指、トリガーは〝引く〟のではなく〝絞る〟ことを意識して撃ちなさい」

 いくつかの工程を咀嚼しながら、まずは一発、胴体付近に放たれた弾丸はしかし、無数の紫電が走るようにして停止するものの、防御されずとも外れ弾だ。

「ちょっ、なに今の⁉」

「続けて」

「はい」

「だからちょっと待てっての!」

 弾装一つぶん、全てを撃ち切ってから、デディは深呼吸を一つ。標的にされた藍子は防御に慣れたようではあるものの、肩で息をしていた。

「感想は?」

「一定のリズムを刻んで発射――」

「発砲」

「――発砲した方が良さそうですね。思いのほか反動も大きい。あと足が痛い」

「はふう……あ、ほんとだ怪我してんじゃん。どったの」

「先ほど、一発撃たれたんだよ。いい機会だ、藍子さんもどうかな、お勧めだ」

「嫌だよ⁉」

「はいはい、畑中はこっから出ないように」

 いつの間にか持っていた棒で、ぐるりと藍子の周囲に円を描く。それと同時に、デディの前には横長のテーブルが出現した。すぐに足元から木箱を持ち上げて乗せれば、近づいてきた鷺花は二つの弾装を置く。

「とりあえず予備よ。交換にも慣れておきなさい」

「ありがとうございます」

「えーっと……」

「反撃せず、がんばって防ぐか避けるかなさい」

「あたしにはそれだけかよ!」

「一発でも当たったら、午後からの訓練はなしになるから、そのつもりでね」

「なにその究極な選択的な⁉ ちょっ、あたし通信機の長距離制限がないあたりの分析をしたいんだけど!」

「避けながらなさい」

「オーマイファッ〇ンゴッド! なんたる悲げ――ちょっとクソデディ、合図くらいしなさいよ馬鹿! ばーか!」

 うるさかったので、すぐにデディは撃ち始めた。文句が聞き流せる程度には、銃声はよく響く。

 どこからともなく椅子を取り出した鷺花は、そこに腰を下ろし、本を読み始めた。銃声に混ざる藍子の文句は、どこにも届かない――。


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