いじられ役の確定

 祝勝会というわけではないにせよ、一ヶ月ぶりに夕食はエレット・コレニアが作ってくれた。夕方まで訓練場を占拠して戦い合っていたが、どういうわけか、シャワーを浴びればすっきりするのだから、不思議なものだ。

 エントランスを使って立食形式で、食材の追加はなし。エレットも含めた全員で食事だが、最初のうちは料理の話ばかりだった。

「あーやっぱりゼットの味に似てるわー」

「ああうん、藍子さんもそう思うか。うんそうだね」

「え、なんでそんな上から目線なの」

「最初のうちは、焼く、煮る、適当に炒めるしかなかった、大雑把な男の料理ばかりだったのを思い出せば、その成長に落涙らくるいも禁じ得ないよ」

「火の通っていないじゃがいもー何故か焦げている野菜ー」

「抑揚つけて歌わなくてもいいでしょ⁉ ちょっとはるちゃん!」

「女子力がなかったーでも料理の腕上がったー鼻のてっぺんさがったープラマイゼロー」

「てめっ、ちょっ、待てこんにゃろ!」

 殴り合いの喧嘩が始まったら、あとでナイフくらい差し入れようと思いながら、デディは無視して料理に手を伸ばした。

「食ってるか、デディ」

「ああファゼット、問題なく。そっちはコレニアさんの手伝い終わったの?」

「まあな。本来なら食事を更に取ってやるんだが、そこまではいらんって言われた。こういう場で、そういう楽をするとなんか妙に落ち着かねえんだけどな」

「染みついてる?」

「厳しく躾けられたからな」

「うむ、儂が躾けた」

「コレニアさん、いつの間に。小さくて――失礼、なんでもありませんマァム」

「いや実際に小さくてよく視界から消えるだろ、お袋は」

「ファゼット! 事実だけれど、努力している人にその言い方はどうかと思うよ」

「なにやら儂のプライベイトが漏れているようじゃな……?」


「鷺城だ」

「鷺城さんです」


 二人して即答したら、どういうわけかため息と共に、ぱくりと肉の欠片を口の中に放り込み、咀嚼。

「……鷺花なら仕方ないのう」

「お袋、それ癖になるから気を付けろ」

「もう癖になっておるので手遅れじゃ。あと躾な? 執事じゃなくボーイとして侵入する際にぼろが出るようでは話にならんじゃろ」

「はあ、ボーイとして侵入ですか」

「パーティには主要人物なんぞが集まることがあるからのう、情報収集と暗殺用じゃな。トイレで屍体を見つけても、慌てず騒がず、換気口と排水溝を確認するように」

「わかりました。…………わかりました?」

「常識だぜ、デディ」

「マジかよ……」

「第一発見者になりたくない場合は、仕事を一緒にしてるボーイに、さりげなく便所に行ってこいって交替するんだ」

「なるほど」

「ほかのお偉いさんの秘書に耳打ちするのも効果的じゃぞ? ――どこぞの間抜けが屍体になってるんじゃが、お前さんとこは大丈夫か、とな」

「脅迫ですかそれ⁉」

「常套手段だ、覚えておけ」

「はあ……」

「あとナイフを差し込む位置は――」

「暗殺の話ですよねやっぱりこれ⁉」

「……? お袋、こいつ何言ってんだ?」

「いや儂もよくわからん」

「違うのか」

「暗殺の話に決まっておろう」

「仕事だぞ」

「…………、突っ込んだら負けな気がしてきた」

「いやファゼの背後の取り方とか、ちょっとお主らから見れば異常じゃろ」

「警戒の仕方や攻撃の得手不得手で想像できねえか?」

「うん僕はもう足を踏み入れたくないので退席させていただいても……?」

「なんじゃ詰まらん。情報も持っておらんようじゃし」

「学生に情報網を構築しろって言う方が酷だろ」

「ファゼは入学前にやったじゃろ」

「だから、俺と一緒にすんなっての。俺みたいなやつになったらどうする……クソ面倒だ」

「生きるためには必要なことじゃよ」

「……ファゼット、僕はどうしたらいい」

「キャットファイトを始めたあの二人に、ナイフの差し入れだ」

「あー、同じこと考えてたんだ。気が合うね」

 ポケットから鞘入りのナイフを二つ取り出して、ひょいとデディが二人の間に投げ込めば、こちらを見ずに迷いなくナイフを掴んで抜いた。

「元気いいわねえ」

「あ、鷺城さん」

 ちなみに教育したのが鷺花なので、この場に止める人間はいない。

「死なないようになさいよー。……で、藤崎は壊せた?」

「はい、問題なく。それなりに僕も成長してたんですねえ」

「卵から孵ったくらいね」

「ああうん、調子には乗ってません。僕がクソなのはわかりきってることです」

「よろしい」

「しかし、お主らどうするのじゃ? 一応、一ヶ月が区切りじゃろ」

「ああ、僕は続けます。ただ一度、学園に顔を出そうとは思っていますが」

「そうか。儂は辞めるぞ」

「え?」

「だろうよ……次は誰だ?」

「うむ。おお、藤崎は知らんやもしれんが、儂の家族には侍女も多くてのう。その内の一人、とりあえずフェリットが受け持つことになる。引き継ぎはちゃんとしたので問題なかろう。まあ、また変わると思うがのう……」

「フェリねえか、そりゃ安心だ。つーかお袋、選別理由は?」

「フェリが熱心に状況を見たいと申し出てのう。鷺花も納得したぞ」

「ん? ――ああ、気になるのが私の方だったから、どうぞって。実際にエレットだって、状況確認のために居たようなものだし」

「お主が強引に配備したんじゃろうが!」

「でも悪くなかったでしょう?」

「それはそうじゃが……」

 そこでようやく、肩で荒い呼吸をしながら陽菜はるなが戻ってきた。無言でナイフを突き出したので、デディがそれを受け取る。

「満足したかよ、クソ女」

「はあ……はあ……なんで、……はあ、やってた、のか、わす……れた……」

「馬鹿だ、馬鹿がいる。ファゼット、こいつ馬鹿だよほら」

「今更確認しなくてもわかるだろ」

「いやいや、僕はあっちの間抜けを確認してくるよ。あはは、間抜けだ。食事中に倒れてる」

「うむ、仲間意識もできたようじゃのう」

「いいことね」

「それで? これからはどうすんだ?」

「ん? 課題が出ないとやる気も出ない?」

「スケジュールの話だ」

「どうだかね。まあ、戦闘訓練は継続、課題は個別。とりあえず、あんたと椋田くらたには得物をあげるから、それをまともに使えるようになんなさい」

「得物、ね」

「この世界には武術に特化した人間がいない――というか、中途半端過ぎるから、その怖さと一緒に教えてあげるわよ。藤崎と畑中は……ま、ある程度ね。戦闘特化させなくても大丈夫でしょ」

「――〝四人ならば〟と、そう付け加えるつもりだろ、鷺城」

「まあね」

「ったく……」

 まるで、一年後に外へ行くのが前提のような物言いだ。

「……まあいい」

「コレニアさん、なんか喉に詰まらせる飲み物ってなかったかな?」

「なんじゃ藤崎、自然に殺したいなら毒が良いぞ。どれ、儂が知っている面白い代物があってだな」

「あたしを殺そうとする算段をあたしの前で立てるな!」

 叫び、けれどすぐに頭を押さえながら、ふらふらと近寄ってきた藍子は、とりあえずグラスの水を飲み干して、吐息を一つ。

「あー疲れた。マジでなんなのこいつ、攻め方がすげー面倒だったんだけど」

「加減してくれたんだから感謝しとけよ」

「え、そうなん?」

「俺も陽菜も〝魔物の子〟だ。殺しの許可さえありゃ、もっと上手くやるさ」

「へえ」

「あーうん、そりゃそうか」

 などと、二人はそれを聞いても、大して驚かなかった。

 ――魔物の子。

 実際に魔物との間に生まれた子ではなく、街の外で冒険者に拾われた出生不明の子の総称である。未だに、どうして子供を拾うのかもわかっておらず、それがほかの街への手がかりになることもない。

 拾われてから、冒険者に育てられるケースはまだ良い。けれど、大抵の子たちは、冒険者に拾われるまでは一人で生きて来た。魔物から隠れ、あるいは倒し、生き残って冒険者に拾われる。

 環境の差だ。

 その話を聞いた時に、可能性に気付かないほどの間抜けではない。

「はるちゃんとは前から知り合いだったんでしょ? そういう感じあったし」

「まあな。俺の初仕事が終わった時に、ちょっとツラ合わせたんだよ。それ以降、たまに学園でツラを見かけてた。話はほとんどしなかったが」

「うん。このはくじょうものー」

「お前が原因でもあるだろ、引きこもり」

「うるせーばかー」

「いて。……何故、お前は、ことあるごとに俺を蹴る……? 女の扱いは丁寧にと言われている俺にも、対応手段はあるってことを教えてやらなきゃ駄目か?」

「え? 丁寧? あたしは?」


「「「え?」」」


「ちくしょうハモリやがった!!」

 本当に仲が良くなったものだと、エレットはしみじみと頷いた。

「なんだよもー、あたしだって泣くんだぞー」

「その時はデディを生贄にするから安心しろ」

「僕なのか⁉」

「順番だ、気にするな。そして喜べよデディ、入れ替わりで新しい侍女が来る」

「さっき聞いてたけど、僕が喜んでいいものかどうか。あまり世話になるのも、どうかと思うし」

「なんじゃ、藤崎は侍女服属性なしか」

「それとこれとは別ですよ! 侍女服は良いものです!」

「うむ、そうじゃろうとも。ところで畑中、まったく関係のない話じゃが、お主、侍女服いるか? 手配してやっても良いぞ」

「なななな、なんであたし⁉」

「いやお主、中身はともかく外見ぐらいは好みのものにせんと、もっと扱いが酷くなるぞ」

「ぬああああ!! 侍女服着た時の反応を見たらあたし本気で泣くかもしんないけど⁉」

「はい集合――」

 藍子を置いて、鷺花以外の全員が一つのテーブルに集まった。

「あ、お前はちょっと待ってろ」

「え?」

「……まず五百からな」

「あー僕が面倒を見るはめになる、に八百」

「うっとうしくなって放置に九百」

「便所に引きこもって出てこなくなるに千二百じゃ」

「侍女服が無駄になる、に千五百」

「あ、僕コール」

「思いのほか似合うに、千六百」

「ふぉるど」

「俺も降り」

「僕も」

「それが一体どんなゲームなのかわからんけど、あたしが馬鹿にされてることだけはわかった! お前らは敵だ!」

「ったく仕方ねえよな。ほれ千六百」

「あ、僕は部屋にあるから、後で払うよ」

「私も」

「あ、どうも――え? これ受け取ったらまずいんじゃないあたし。えー……?」

 いじられ役が定着してきた藍子である。まあ七割がた本気で言われているようではあるが。

 ――ともかく。

 まだしばらく、彼らの生活はこのまま続くことになった。


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