選ばれた四人

 質問はあるか――。

 教員に言われるがままに顔を見せた屋敷には、自分と同じような立場の学生が三人いたのにも驚いたが、工匠科藤崎デディは、その言葉に対して迷わず右手を軽く上げていた。

「ん? このちびっこいクソ侍女に関してなら、あまり答えられないけれどね」

「クソ……⁉」

「それで?」

「どうして僕たちが……失礼、僕が選ばれたんですか?」

 四人がここに集められたこと、その関係性などを考察するのは苦手だ。けれど、必ず何かしらの理由があるはずで、デディはそれをまず知りたかった。

 ――だが。

「選ばれた理由の考察は?」

「それは……」

「自分で考えて一つの結論も出せないようなら、他人の出した結論を聞いても身にならないわよ? そんな身にならないことを答える相手の、労力への対価も用意してないみたいだけれどね」

「――何様だよ、てめえは」

「そう誰何すいかできるあんたが何様なのか、まずは証明しなさい。噛みつくだけの犬なら、親の躾を疑うところだけれどね。今は藤崎の話、横から口を挟まない。もっとも、思考時間を与える〝目的〟があったのならば、悪くはないわね、エミリー」

「チッ……」

「あんたはわかりやすいわねえ……まあいいか。それで藤崎?」

「あ、失礼。その――僕がおちこぼれ、だからですか」

「そうねえ、ここにいる四人は学園の評価システムを照らし合わせれば、その類に該当するかもしれないけれど、どうなのかしらね? 藤崎は自分をおちこぼれだと思っている?」

「――いいえ」

「じゃあ学園の評価システムに対して思うところは?」

「もちろん、あります」

「否定的な意味合いで」

「はい」

「じゃあ自分の評価システムに利己的な自己弁護が含まれていないという証明は?」

「それは…………たぶん、できません」

「でしょうね。だったら結果は出た?」

「……ええと」

「藤崎自身が思う学園とは違う評価システムにおける結果、および成果は出た?」

「まだ、です」

「そうよね。結果が出るのは藤崎が学園を卒業してからだもの――その評価システムを、完成させるつもりならば、だけれどね」

「……」

「そして、完成させるつもりがなく、文句を言うだけ否定するだけならば、子供の我がままと同じだけれど、そうではないことはよくわかった。故に、おちこぼれだと、その評価自体が〝間違いである〟と、今のところ決められているはずだけれど、そんなことを理由に選別するかしらね?」

「選んだのは僕ではなく、あなただ」

「あんたと私で選別基準が違うと?」

「違うはずです。僕は教育者じゃない」

「なるほど? だったら、藤崎の選別基準は何になるわけ?」

「それは……」

「教育者である、そこに私は否定しないけれど、違うというのならばその差異を明確にすべきで、比較対象が必要になる。この場合、教育者ではないと認める藤崎のものと、私のもの。比較に必要なのは定義――つまり、あんたならどう選択するか、という意見ね」

「……」

「さて、考えている間にほかの質問は?」

「あのう……」

「なあに、畑中」

「あなたは魔術師なんですよね?」

「そうね、四日前に召喚されたばかりの、と前置したらより正解に近づくけれど」

「異世界の!」

「とはいえ、あちらの話はあまり参考にならないわよ。何故ならば、あちらであっても私はやや異質だったから。〝異外いがい〟と、そこまで呼ばれるほど逸脱はしなかったつもりだけれど。実際、魔術形態において差異はほとんどない」

「うー、あー……解析したいんですけどぉ」

「自己解析がおざなりで、自身の〝境界〟すら掴んでない未熟者が何言ってんの。――ん、エレット、来客。ごたごたしてるから、顔見せて案内」

「は?」

「あんたの間抜け顔も見飽きたわねえ……。私がこの屋敷に布陣してないとでも思ったの? ベルを鳴らす前に顔を出すのが侍女としての礼儀でしょ。私の知り合いはそう言ってたわよ」

「そんな人は知らんが、確かにのう……」

 では行くかと、彼らの間を抜けるように玄関広間を抜けた。畑中だけが、それを視線で追っている。

椋田くらたは?」

「……え?」

「質問」

「あ……うん。あんた頭おかしい」

 それは質問じゃないわねと、鷺花は苦笑した。

「全員に、この時点でまず言っておく。――目の前の答えを求めるな」

 それが大前提であることを、鷺花はよく知っている。

「私は答えを知っている。あんたたちの疑問に対し、答えをここで足元に転がすことができる。けれど、それを拾うだけの人間は必要ない。ただし、だからといって諦める馬鹿を選んだつもりはないし、答えを求めない間抜けに育てるつもりもない」

 もう一度、目の前の答えを求めるなと口にした頃、入り口の大扉が両方開いた。

「――っと、失礼、邪魔をしてしまいましたか?」

「構わないわ。都市運営の……加納だったかしら」

 ええと、スーツ姿の男は眼鏡の位置を正しながら微笑む。

「なあに、私の専属?」

「いやまあ、私が最初に接触したものですからね。この屋敷に立ち入ったのが運の尽きです」

「尽きてはないでしょうに」

 大きな台座に乗せられたものが、がらがらと音を立てて運び込まれる。もちろんエレットはそれを見ているだけで、手伝ってはいなかった。

「私はそうですが、リンさんとジグさんは尽きたかもしれませんね」

「おう……なんで俺がこんな荷物運びしてるんだ……?」

「サボってばかりだからよ」

「面倒くせえ……」

「――それで?」

「過去の文献の中に、鷺城さんの名を見つけました。その際、こちらの品物をあなたへ譲渡するよう指示が書かれておりましたので」

「ふうん」

 つかつかと歩いて近寄った鷺花は、まあそうでしょうねと言う。

「――ご存知だったのですか?」

「私の存在がこの世界に召喚された経緯を鑑みて、何かしらの因子が旗印としてこちらにあるのは必然だったから」

 そこにあるのは、横向きに置かれた一振りの剣だ。傷がつかないような配慮もしてあり、まるで高級品の扱いだが、そもそも、この大剣は簡単に傷など負わない。

「所持者の情報は?」

「いえ、何も」

「でしょうね。痕跡を消した方が良いだろうし、この街にいないことは既に調査済み。っていうか、私の広範囲探査術式で街を覆った時に、気付いたのが二人だけっていう現状を少しは悔やんでおきなさい」

「そうでしたか。わかりました、考えておきます」

「結構」

 ひょいと。

 柄を握った鷺花は、その大剣を掲げるようにして手にした。

「んなっ――」

「え? いや、なんだそれ……は? さ、鷺城さん、片手で持てる重量じゃないだろ!」

「藤崎が見ての通りの大剣よ。全長一八○○ミリ、幅を六○○ミリ、重量は約八十キログラム。魔術武装としては、まあ、かなりのものね」

「調査させてください」

「あたし、あたしも!」

「駄目よ。何もわかりませんって答えしか出せない調査をさせて、自己確認させるなんて優しさは私にないもの。私が死ぬまでに、私が認めたら、許可くらい出してもいいけれどね」

 鷺花は、大剣の表面に刻まれたExeEmillionの文字を軽く撫でる。その隅には、最後を記すEndeのナンバーがあった。

「ずっと保管してたわけ?」

「え……あ、はい、そうです。重量の問題もあって扱える人がいなかったのも、理由の一つではないかと」

「そう。――アンブレラ、起動アテンション

 鷺花の言葉に反応するよう、柄元に近い位置に埋め込まれた宝玉の表面が光り、すぐに文字が浮かんできた。

「おはよ。……ん? ああそう、やっぱ聞いてたか。で、あの子は? ――ふうん。で、どうする? ……いいけど、私の死と共に自動消滅するけど? いいの? ……わかった、あとは好きになさい。呼ばれなくても起きれるんでしょ。はいはい」

 どんな会話をしているのか、周囲の者は理解できない。ただ鷺花は、切っ先を床に向けてぱっと手を離した時、数人が反応しようとしたが、しかし。

 大剣はそのまま、影の中に収納された。

「じゃ、確かに受け取ったわ。ありがとうね、加納」

「は、はい。……では、私は失礼させていただきます。リンさん、ジグさん」

「お、おう」

「ええ」

 台車を引きずって出て行く三人を見送った鷺花は、さてと両手を叩く。

「――夕方からは親睦会で、警備隊の訓練場まで行くから、それまでは好きに準備しておきなさい。部屋割りなんかはエレットに聞いて。細かい説明もできるはずだから――よっぽどの間抜けだって証明をしたくないだろうしね」

「ぬ……」

 そうして鷺花が二階に去ってから、エレットが吐息を一つ。

「どういうわけか、儂がやることになった。そうじゃのう、儂のことはコレニアで良い。いいように使われていることにはため息も出るが……鷺花だから仕方がない」

 ため息が一つ。

「儂の見解を言おう。まず――お主たちが選択された理由は、わからん。じゃが、上が認めたのは、鷺城鷺花がどういう人物なのか、まだ掴めていないのが理由じゃよ。いわば試験期間というやつじゃな」

「スケープゴートか、冗談じゃねえ」

「それは上にとってじゃよ、ファゼ。鷺花の意図ではない。もっともあの女のことじゃ、そういう反応を見せるだろうことを、大前提として現状を選んだのやもしれんが……それが確かな時点で、儂らは手玉に取られるだけじゃ。まあこっちは大人の都合よのう、お主らが気にする必要はなかろう」

 いい迷惑だが、エレットとしては気にしなくてはならない。

「お主らには最低一ヶ月、ここで暮らしてもらう。その間、学園への登校義務はなくなる。鷺花が何をするか知らんが、好きにして構わない。一ヶ月後のことは、まあ、その時にまだ判断すれば良かろう。で、一ヶ月も嫌なら鷺花を殺せと、本人から言われておる。あっちは殺さんらしいが、痛みは伴うとは言っていたのう……儂はお勧めせんよ」

「あのう、コレニアさんが食事とか作ってくれるんですかあ?」

「いや、儂はなにもせん。食事も掃除も自分たちでやれと鷺花は言っておった。もちろん、食材や物品の購入に関しては、儂が一律で管理することになるじゃろうがな。まあ最初は戸惑うこともあろうが、しばらくすれば慣れるじゃろ。お主らの部屋はこちらじゃ」

 正面の玄関口から左右の階段下に伸びる通路、その左側へとエレットは案内する。

「一度決めたら、しばらく変えるつもりはないが、どこにする?」

「私ここ……」

 一番近く、右の扉に椋田くらた陽菜はるなは手を当てた。

「あたしは隣で」

「……僕は逆側の入り口近くにします」

 畑中はたなか藍子あいこの判断がどうなのかは知らないが、デディとしては外での作業が多くなるから、という理由である。工作を屋内でやれるほど、防音設備は整っていないからだ。

「ファゼはどうする?」

「左側、一番奥」

「じゃろうな。部屋には最低限の設備しかない。お主らが自由に使える金は月に五万エルじゃ。経費で落とせそうなものは儂に回すが良い。判断がつかぬなら相談しろ。では以上じゃ、好きにせい」

 まずは部屋の確認かと、三者が入ったあと、がりがりと頭を搔いたファゼット・エミリーが視線を左右と、正面へ向ける。通路の先は行き止まりで、窓が一つある。左側の部屋は外に面しているので、中に窓もあるだろうけれど。

「お袋」

「鷺花にはすぐ見抜かれたから、気にする必要はないぞ。あれはどうかしておる」

 二人に血縁関係はない。だが組織の中で育ってファゼットにとって、その代表であるエレットは母親だ。そして彼女にとっても、息子の一人である。

「言いたくはないが、儂でも殺せん」

「……聞きたくなかった」

「お主も少しは学生を楽しめ。ただし、仕事で鷺花に手を出すな。――厳命じゃ」

「わかったよ……お袋もまあ、侍女の仕事がんばってくれ。相変わらず服が似合ってる」

「うむ」

 奥の部屋に入れば、ベッドとテーブルが用意されてある。ほかには何もない、ただの宿舎にも見えるが、そもそも贅沢な暮らしを好まない――慣れない――ファゼットにとっては、寝所が確保されているだけで充分だ。

 窓を開いて風を入れ、逃走経路と相手の侵入を想定しながら、すぐに廊下へ出た。行き止まりにある窓は小さく、十二個がそれぞれ小さく開くタイプなので、出入りは難しい。そちらも換気のため、少し開けておいた。いわば動作確認のようなものだ。

 玄関広間に戻って、歩く。おおよそ横が二十歩の距離、天井にあるシャンデリアは三ヵ所、天井と鎖で繋がれていた。それらを確認してから、一階の反対側へ。両方とも扉が開いているのはエレットの配慮だろう。外側に位置する部屋は厨房になっており、逆側は浴場だ。トイレは共同ではなく部屋に備え付けなので、まあ贅沢な暮らしになるのか。

 二階へは行かず、厨房の裏口から外へ。こちらは食材の運搬などを考慮して、屋敷の裏手にある道から近い。そこからぐるりと迂回するよう表へ出れば、やや広い庭がある。しかし、まだ手入れされていないらしく、芝の長さはばらばらだ。植林をしていないのは、前の持ち主の性格か。

 二階にある窓の高さをほぼ無意識に確認しつつ、ファゼットは右手だけをズボンのポケットに突っ込んだ。制服はないので、スラックスに白色のシャツ、赤のチェックが入ったネクタイ。侍女たちに育てられた影響があり、こういう正装に近い服装が日常になっている。

 髪は耳が隠れる程度で、男としては短いとは言えないものの、やや細身の顔についている瞳は鋭い。誰かを睨んでいるわけではないが、たまに勘違いされる程度には凶眼だ。

 ――おそらく。

 鷺城鷺花の技術に関して、顔を合わせる前から気付いたのはファゼット自身と、椋田くらた陽菜はるなだけだろう。ファゼットは見せなかったが、陽菜は反応を少し見せていた。

 事実、魔術師としての腕やら何やらはともかくも、鷺城鷺花の思考はファゼットにとって未知の領域だ。何を考えているかわからない――のではなく、いやそれもあるが、何より選択基準とでも呼べばいいのだろうか。

 人に癖があるように、状況に応じての選択がランダムになることは、まずない。経験に基づいたり、可能性を見たりと、ともかく自己判断であるのならば、答えを出すのは自己であり、それが〝一人〟である以上は、一定の傾向が見てとれる。

 この敷地内に張られている結界も、そうだ。

 足を踏み入れてすぐに、ファゼットは一度足を止めた。警報の術式が展開されていたのに気付いたからだ。

 いわゆる侵入者警報であり、罠ではない。ともすれば呼び鈴に近いなと思って足元へと視線を落とした直後、ファゼットは既に術式の中にいることに気付いた。

 警報ではなく、侵入者察知の術式があり、ファゼットは己の失態に気付いた。警報の術式に目を奪われたわけではないのに、二重の意味合いでの結界を展開しているという発想がそもそもない。だが順序としては正しいのだろう――察知し、警報が鳴る。いや同じにしてもいいはずなのだが、一体どういうわけか。

 察知の術式が敷いてある時点で、ファゼットの存在を捉えたはず。なのに、改めて目の前に警報が鳴る結界を存在させる理由は? 第三者にそれを教えるため?

 いや順序は逆だろうと、この時点で思った。

 本来ならばまず警報を鳴らして警戒を促し、そこから更に踏み込んできた者を選別して対応する。ああそうか、結界ではなくトラップの発想がこちらになるのかと思って。

 振り向いて確信を得た。

 逆手順。

 いや――文字通り、ここは結界だ。

 何故ならば退路側に攻撃術式が存在していたからだ。

 もちろん、今はないし、あったとしてもファゼットには気付けない。だが、あんな封じ込め方をされたのは初めてで、故に、忸怩を噛みしめながらファゼットは警報の術式へと足を進めるしかなかったのだが。

「……?」

 などと考えていたら、どん、とぶつかるような音と共に、正面扉を開いて陽菜が姿を見せた。左右に作ったおさげを揺らしながら、ふらふらと歩いたかと思えば、芝にぺたんと腰を下ろした。小柄であり、フリルのついた長いスカートなんぞを見れば、こいつ人形かとファゼットは思ってしまうのだが。

「……? エミリー?」

「なんだ」

 以前、学園ではなく外で知り合った間柄だ。認めてはいないが、魔術師としてはそこそこの腕前であることは知っている。陽菜がどう思っているかは知らないが。

「んー」

 ぺたぺたと地面のあちこちを触れる。

 実のところファゼットは陽菜が非常に苦手だ。簡単に躰へ触れてくるし、ぼうっとしていて放っておけない。これを計算でやっているなら放置なのだが、そうでもないのが頭痛の種だ。

「……いる?」

「いる。どうかしたか」

「目をやられたー」

「は?」

「鷺城を〝視て〟たら、やられた」

対抗術式カウンターを喰らったのか」

「対応されたわけじゃない。――常時展開している防御術式の中にそこも含まれてただけ。自動反応だった。こっちの〝予防策〟まで突破するのに二秒かかんない」

「身代わり噛ませてんのか、お前」

「とうぜん」

「あっそう……じゃ、俺は戻るから」

「なんだとー、見捨てるのかひとでなしー」

 知ったことかと、無視して屋敷に戻った。どうせ夕方からは面倒事だ。

 ちなみに、奪われていた視覚はしばらくしたら自然に戻った。そういう部分が、相手に合わせた鷺花の優しさである。


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