第167話 エピローグ

「ちょっと! 乱暴に扱わないでよね」


 銀の板を乱暴に扱われたことにお怒りのシルフが銀の板から這い出して来た。銀の板から出てきた彼女は四枚のトンボのような羽をふるわせ飛び上がると、俺の顔の周りを飛び回る。

 

「いやあ。そうはいってもさ。悩むよ……」


「どんなことを悩んでいるの?」


 俺が真剣なことが分かったシルフは、神妙な顔で俺の胸に降り立つと三角座りをして俺を覗き込む。仰向けに寝たままの姿勢だった俺は首の下に腕を通して少しだけ首をあげシルフと目を合わす。

 

「残るべきか帰るべきかだよ」


「へえ、今すぐ帰りたいの?」


 はてなマークといった様子で首を傾けるシルフ。ん。何か話がズレてる気がするぞ。

 

「いや。悩んでいるんだって……どっちも捨てがたいからさ」


遠見とおみ。英雄召喚の仕組みを理解してる? 私はあなたを元の時間に戻すと言ったのよ」


「ん。話が見えないぞ……」


「本気で言ってるの……」


 シルフは呆れたようにため息をつき、英雄召喚の仕組みを再び説明する。死後の英雄の魂をブリタニアに呼び寄せる儀式が英雄召喚の儀式だ。シルフの技術ならば、いまここに生きている俺を地球で俺がこちらへ呼ばれたあの時へ送り返すことができる。

 あ。そういうことか。

 

 急ぐ必要はないんだ……こちらで過ぎた時間は関係ない。地球にある俺の魂が抜けた後の俺の体に俺の魂を送り返すんだ。魂に時間は関係ないんだ……死後の魂を呼び出しているのが英雄召喚なんだもの……やることは英雄召喚の逆回転だからなあ。仕組みは同じってわけだ。


「ありがとうシルフ。ようやく理解したよ……」


「ふんふん。じゃあ私は戻るわよ」


 シルフは銀の板へと吸い込まれていった。


 ブリタニアで寿命を全うしよう! その後、俺がここへ旅立ったあの時あの時間へシルフに俺の魂を送ってもらえばいい。なんだ。それって凄く幸せなことなんじゃないだろうか?

 だって、本来一度しかない人生を俺は二回も味わうことが出来るんだぞ。ブリタニアでの生活はきっと輝かしいものになるに違いない。


 ここで出会った仲間達、尊敬するベリサリウス、英雄らしくない気さくさを持つジャムカ。才能の塊だがどこか憎めないカエサルと個性豊かな人達に囲まれて天寿を全うできるなんて素晴らしいことじゃないか。

 ガイアら冒険者達、リベールとリュウとも久しく会ってないから、会ってみるのもいいな。まだ見ぬ世界を旅してもいい。


 その前に大事なことがある。

 ベリサリウスとエリスの結婚式の準備で、ティンとカチュアに今の俺の気持ちを伝えてなかった。エルラインも気にしてくれてるしなあ……


 寝て起きたらティンとカチュアに話をしよう。結婚式の翌日で明日はみんな休みだからな。

 待ってろよ! ちゃんと二人に話をするからなあ!

 

 

◇◇◇◇



――翌朝

 スッキリと目が覚めた俺は昨日の酒も残っておらず快調そのものだ。寝室を出てリビングに向かうと、エルラインがソファーに腰かけていた。

 テーブルには果実水とキャッサバパンのサンドウィッチが置かれているが、テーブルにある椅子に座る者は居ない。きっとエルラインが用意してくれたんだろう。

 昨日の祝宴で準備されていた料理と同じだから、きっと彼が俺のために取っておいてくれたんだな。

 

「おはよう。エル」


 俺はエルラインに声をかけると、彼はこちらを振り向き俺に挨拶する。

 

「やあ。おはよう、ピウス」


「これはエルが用意してくれたのかな?」


「うん。昨日の料理をそのまま持ってきただけだけどね」


 エルラインは肩を竦め、俺に顎で座って食べるように促す。


「ありがとう。エル。助かるよ」


「……その様子だとようやく腹をくくったようだね」


 エルラインは黙って朝食を食べる俺をじっと見ると、何か察したようだ。

 ん。彼にはすぐバレるな……俺ってそんなに顔に出やすいんだろうか。

 

「この後、ティンとカチュアに話をしに行こうと思ってね」


「一つ君に言っておこうじゃないか」


 エルラインはソファーから立ち上がり、腕を組むと俺の顔を覗き込む。彼の浮かべる表情は悪戯っ子のようなニヤニヤした顔なんだが……

 これはからかわれるときの顔だ!

 

「な、何かな……」


 警戒する俺にエルラインはクスクスと声をあげて笑い。そのまま一歩前へ歩く。

 

「君がどういう選択をしようとも、彼女達はきっと君の意見に納得するよ」


「それってどういう……」


「全く……本当に鈍いね君は。君がカチュアかティンのどちらかを選ぼうとも、誰も選ばなくても、彼女達は君の言う言葉を受け入れ祝福してくれるってことさ」


「……それは余りに俺に都合が良すぎないか……」


 俺はいくらなんでもティンとカチュアはそんな単純じゃないと思うんだけど、エルラインは俺の肩に手を置き、ため息をつく。

 

「本当に君は……恋愛事以外は人の機微にとても鋭いのにね……どうして、色恋になるとこうなるんだ……理解できないよ……」


「そうかな……」


「いいかい。彼女たちは君がこれまで長い期間悩んでいたことを知ってるんだよ。非常に多忙な中でも君が二人のことについて真剣に悩んでいることをね」


「う、うん」


 エルラインが珍しく捲し立ててきたから、俺は戸惑いつつも彼に頷く。

 

「そんな君がようやく出した答えを彼女達が受け入れないわけがないんだよ。彼女達は君を愛しているわけだからね。愛する君が長期間悩みぬいた結果の答えをだ」


「ようやく理解できたよ……ありがとう。エル」


 エルラインは俺の肩に置いた手を動かすと、額に手をやりソファーに倒れ込む。


「とにかく……行ってきなよ。僕は君の友人として応援しているからさ」


「そうだな……行ってくるよ。エル」


 俺はエルラインに手を振ると、彼も手を軽くあげて応じてくれた。

 

 自宅を出て、広場に向かう。広場を挟んで北と東にカチュアとティンの家があるから、まずは広場に向かいどちらかの家に行こう。

 先にティンのところに向かおうかな。

 

 街道は昨日の祝宴の片づけが既に粗方終わっており、残すは広場に残された階段と祭壇だけだった。これだけ撤収が早いとは驚きだよ。

 広場の噴水が見えてくると、見知った顔が噴水のベンチに腰掛け朝食を取っているようだった。

 

 あれは……ティンかな。共和国や辺境伯領と取引を行うようになってから、ローマの衣類も随分と種類が増えた。彼女は翼があるから袖のある服は着れないんだけど、薄いブルーの花柄のレースが裾に刺繍されたシャツに、短い淡いクリーム色のフレアスカート、脚には膝の辺りまである革のロングブーツといった格好をしていた。

 彼女の長い茶色の髪と白い翼に良く似合っていると思う。ここへ来た頃は、服の選択さえできなかったんだよなあ。

 

 ティンは俺に気が付いたようで、遠くから両手を広げ俺に手を振っている。彼女の手の動きに合わせ、腕から伸びる美しい白い羽も揺れる。

 

「ピウス様ー!」


 俺は彼女の前まで足早に進むと、彼女に片手をあげて挨拶をする。

 

「おはよう。ティン」


「おはようございます! ピウス様!」


「後片付けをしていてくれたのかな? ありがとう、ティン」


「私だけじゃないです! みんなで協力して!」


「そ、それは……俺は呑気に寝ていたよ……」


「いいんです! ピウス様は一番頑張られたんですからゆっくり休んでください! 今日もお仕事ですか?」


「違うんだ。ティン。今日は君に話があってさ」


「わ、私にですか!」


 ティンは満面の笑顔を俺に向ける。自分に話があると言われて嬉しいのだろう。体全体から喜びが伝わって来る。


「ティン。話をしたいんだ。君と、これからのことについて」


 俺はティンの手を握り、彼女の顔をじっと見つめる……


「こ、これからのことですか! カチュアさんも呼ばないと……」


 ティンは焦ったようにワタワタと手を振るが、顔は真っ赤だ。

 そうだな。カチュアにも話をしないといけないな。俺はティンに微笑みかけ、彼女の頭を撫でる。

 

「ティン、それじゃあカチュアのところに一緒に行こうか」


「はい!」


 俺とティンは手を繋ぎ、カチュアの家へと向かう。

 ブリタニアの生活はまだ始まったばかりだ。俺はここでの人生をこれからも満喫していく。

 

 まずはこれから、ティンとカチュアに……

 

 おしまい


ここまでお読みいただきありがとうございました!

また第四部をやるかもしれませんが一旦ここで区切りといたします。

いろいろ外伝や閑話で書きたいことがあったりしますが……ありがとうございました!

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