第166話 ベリサリウスの結婚式

 俺は明日に控えたベリサリウスとエリスの結婚式の衣装を届ける為、ベリサリウスの家を訪れている。ベリサリウスには金糸で双頭の鷲が描かれた絹のマント。エリスには純白のウェディングドレス。もちろん純白のヴェールも付属している。

 エリスに案内されてベリサリウス邸のリビングに通されると、ベリサリウスは椅子に座って俺を待っていてくれたが、俺が目に入ると立ち上がって迎え入れてくれた。

 俺はベリサリウスに一礼すると、さっそくエリスのウェディングドレスが入った包みをエリスへ手渡す。

 

 エリスは頬を上気させて包みを受け取ってくれた。

 

「ピウスさん。ありがとう」


 エリスは嬉しそうに包みを胸に抱くと、ベリサリウスの後ろへ控える。

 エリスはベリサリウスがいるときには「ピウスさん」と俺のことを呼ぶ。いつまでぶりっ子しているのか見ものだ……結婚すると素が出るのかそれともそのままなのか。

 

「エリスさん。明日の朝、着付けにカチュアがこちらに来ますのでよろしくお願いします」


「わかったわ。本当にありがとう。ピウスさん」


 エリスは長い耳が垂れ下がり、口元が緩みながらも俺に礼を述べる。

 

「ベリサリウス様はこちらを」


 俺はベリサリウスに向きなおると、両手でマントの入った包みを持ち膝をついて彼に包みを掲げる。

 

「ありがとう。プロコピウス。結婚式の差配も感謝しているぞ」


 ベリサリウスは包みを受け取ると、俺に開けていいか目くばせする。俺が無言で頷くと、彼は包みを開封し中にはいった純白のマントを両手に持ち俺にも見えるようにマントを開く。

 金糸で描かれた双頭の鷲がベリサリウスの目に入った時、彼の表情は懐かしいものを見るような顔になり、目尻が下がるのが見て取れた。

 

「いかがでしょうか?」


 おずおずと俺が尋ねると、ベリサリウスは暫く無言でマントを食い入るように見つめた後、俺に向きなおる。

 

「帝国の鷲とは……お前の心遣いに……私は何と言っていいか……ありがとう。プロコピウス」


「喜んでいただけて嬉しいです!」


「ありがとう。本当にありがとう。プロコピウス。お前がいてくれてどれだけ私は……」


 ベリサリウスの言葉は感動のためか、最後の方は途切れてしまったが、俺もこれだけベリサリウスに喜んでもらえると感激で胸がいっぱいだ。

 ブリタニアに来て以来、彼がいたからこそ俺はここまでこれた。彼なしでは生きていくことさえままならなかっただろう。ありがとう。ベリサリウス。

 これからもよろしくお願いします……俺は心の中で独白する。

 

 

◇◇◇◇◇


 

――翌日

 ティモタとライチが指導しオークと犬耳族が建築した凱旋門は想像以上の出来で、見事なアーチの技術が使われた立派な凱旋門となった。凱旋門は横幅が四十メートル、高さ二十メートルと本当にこんな短期間でつくったのかと思えるほどの巨大さだ。

 ローマの入口を飾るにこれ以上に相応しい建築物はないだろう。

 

 凱旋門を境にローマと外が区切られ、真っすぐにアスファルトの道が中央広場まで続いている。

 ベリサリウスとエリスの乗せた屋根の無い馬車は四頭の騎乗竜が取り付けられ、俺、ジャムカ、カエサル、モンジューが御者を務める。街道の左右にはローマだけではなく、辺境伯領や共和国からもたくさんの人がつめかけておりたくさんの人であふれている。


「ベリサリウス様。はじめましょう」


 俺が後ろを振り向き、ベリサリウスへ声をかけると彼は「よろしく頼む」と応じ、俺はジャムカらに目くばせし騎乗竜を前へと進める。

 馬車が進むと街道に詰めかけた民衆は歓呼で俺達を迎え、盛大な拍手が鳴り響く。

 

 誰もがベリサリウスとエリスの登場を心待ちにしていてくれていたようで、馬車がローマ中央広場に到着しても歓声と拍手は鳴りやまない。

 俺達四人は騎乗竜をとめると下竜する。

 

 ベリサリウスはエリスの手を引き、馬車を降りると集まった民衆へ手を振りマントをひるがえす。

 マントが風にたなびき、金糸で描かれた双頭の鷲が太陽の光を反射してキラキラと輝きとても勇壮な雰囲気を演出する。

 

 俺が前を向くと噴水があり、噴水前に設置された階段の上には教師卓のような机があり、その奥にヴェールを被ったナルセスが静かに二人を待っている。

 ナルセスは二人の婚儀を執り行ってくれる神父のような役目を果たす。ベリサリウスの婚儀と聞いたナルセスは自身が婚儀を務めてもいいか自らローマまで訪ねてきてくれたんだ。

 ベリサリウスは旧友の来訪に喜び、ぜひお願いすると二つ返事で彼女に婚儀の依頼をする。


 神聖な雰囲気がこれほど似合う人もいないだろう。ナルセスは相変わらず超然とした神聖さを醸し出している。どこへ来てもどんな場所でも彼女のこの神々しさは失われることはないんだろうなあ。

 

 

 ベリサリウスとエリスはゆっくりと階段を登り、ナルセスの元まで進む。ナルセスは鷹揚おうようと彼らを迎え入れ、二人は俺達の方へ振り返ると一礼しナルセスの方へ振り返った。

 

「ベリサリウスさん、エリスさん。二人の婚儀をここに執り行います。お二人はお互いが夫婦となることを誓いますか?」


「はい」

「はい」


 ナルセスの言葉に二人ははっきりとした声で応える。

 

「神よ。ベリサリウスさんとエリスさんが夫婦となることをここに宣言いたします。二人に神の祝福あれ」


 ナルセスは手にもった金色の杖を天に掲げると、杖の先から光が真っすぐ天に向けてほとばしる。

 

 そこへ、空にあがったティンらハーピーが魔術が込められたオパールをかざすと、美しい花火に似た光が広がる。音はしないけど、見た目はまさに花火そのものだ。

 さすがエルラインの魔術だよ。完璧じゃないか。

 

 魔術の花火に観衆は大歓声をあげ、耳が痛くなるほどの拍手が二人を祝福した。

 こうしてベリサリウスとエリスの婚儀は滞りなく終了し、街をあげた祝宴がはじまる。小鬼村の村長は牛肉、鶏肉、草食竜の肉を大量に準備してくれて、周辺国から集められた様々な野菜や果物も目を楽しませる。

 

 素晴らしい結婚式だった。二人が喜んでいてくれればいいんだけど……

 俺はキャッサバ酒と草食竜の肉が挟まれたキャッサバパンのサンドイッチを手に持ち、ベンチに腰掛ける。

 

 集まった民衆もそれぞれ思い思いの料理を手に取り楽しんでいる。

 

 ああ。俺は何て幸せなんだろう。ローマは平和をこれからも謳歌おうかしていくことができるはずだ。民衆がこれだけ一体となって祝福できるんだから。

 

 祝宴は夜遅くまで続き、俺が家に戻る頃には空が白み始めていた。

 

 俺は風呂で汗を流してから、自室のベッドに寝転がる。俺は銀の板を手で撫でながら、今日のベリサリウスとエリスの婚儀を思い出し口元をにやけさせながらベッドをゴロゴロと転がる。

 二人の婚儀は終わった。大きな仕事を終えた俺は再びブリタニアに残るべきか、地球に帰還すべきか頭を悩ませる……徹夜したから眠気はものすごくあるのだけど、考えはじめると寝付けなくなってしまう。

 

「あー。地球の暮らしに戻りたい気持ちもあるけど、ブリタニアの友人たちも捨てがたい……うーん」


 俺はどちらも選べないため悶絶し、銀の板をバンバンとベッドに叩きつける。

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