第165話 テラフォーミング
小鬼村の村長は快く料理提供の依頼を受けてくれて、共和国や辺境伯領の食材まで集めてくると張り切っていた。
みんながベリサリウスとエリスのために何かしようと思っていてくれているみたいで、俺まで嬉しくなってくる。
自宅に戻り風呂に入った後、ベッドに座るが、気にしないようにしていたことを思い出してしまった。
知らなくていいことなんだけど、気になると聞きたくなってくるんだよな。
シルフとその主人である英雄は、彼女の言葉によると六千年前とかに来たと言っていた気がするんだよな。
ブリタニアの歴史がどれだけ長く続いているのか分からないけど、英雄召喚の魔法陣を作ったのは遥か昔とはいえ、聖王国と聖教が成立していた時代だから、いくらなんでも六千年前ってありえない。
シルフ達は英雄召喚とは違う手段でブリタニアに来たんじゃないだろうか?
それを知ったところでどうなるってわけじゃないんだけど、一度気になり出すと気になる……今は一人で部屋にいてシルフと会話できる環境にあるから余計に……
俺は銀の板を手に取りシルフに呼びかける。
「シルフ」
俺が呼ぶとすぐに銀の板から、緑の髪にトンボのような四枚の羽がついた妖精シルフが画面より這い出してくる……その演出はもういいからさ。
「はあい。どうしたの? 遠見?」
シルフは朗らかに手を振ると俺の肩の周囲をクルクルと飛び回る。
「んと。シルフ達って六千年前にここに来たんだっけ?」
「違うわよ? 六千七百五十万年前よ」
六千七百五十万年前か。ん。んんん。
六千七百五十「万」年前? 俺のいた頃の地球に例えると、現代から六千五百「万」年前といえば恐竜が滅亡した頃……それより長い時間だってえ!
俺は驚き過ぎて座っていたベッドからずり落ちてしまう。
「そ、そんな昔に一体どうやって?」
「え? それは宇宙船だけど?」
当然と言った風に羽をパタパタするシルフだけど、俺にとっては刺激が強過ぎる情報だよ!
「う、宇宙船だって……何しにブリタニアに?」
「簡単に言うと、この星に人類が居住できるようにするためよ」
「ええと、テラフォーミングってやつか……途端にSFになってきたな」
「ふんふん。SFって何よ。ああ。遠見の世界では宇宙船がなかったのね」
しれっとのたまうシルフだが、俺はまだ開いた口が塞がらない……俺の住んでいた二十一世紀の地球では人類が進出した宇宙空間は月までだ。他の惑星どころか火星にさえ人類は到達していない。
たぶん二百年とか経過しても人類はせいぜい火星に到達してる程度じゃないだろうか。シルフ達の住んでいた世界はブリタニアから見て、俺の世界と違う「ありえた過去」の一つなんだろう。
うーん。深く考えるとドツボにハマりそうだからこのへんにしておこう。
「つまり、シルフ達が過去にテラフォーミングした結果が今のブリタニアってこと?」
「ええ。かなり強引な言い方だけど、間違ってはいないわよ」
「人類はテラフォーミングまでこなすようになったのか……」
「ううん。そんなことが出来たのは私だけよ。さすが私!」
「……この際、誰がはどうでもいいや……君の相棒は英雄じゃなくてこの星にやってきた異星人ってわけだな」
「そうよ。地球出身ではあるけどね。あいつが寿命で死んじゃってからずっと機能停止状態で私も眠ってたし」
「俺が居なくなったら、また眠りに付くのかな?」
「そうね。日本語が話せる人が語りかけるまでは眠っているわよ」
簡単にまとめると、シルフとその相棒がこの星に宇宙船でやって来た。しかしこの星は人間が住める環境じゃなかったから、シルフ達はこの星を住める環境――テラフォーミングを行ったと。
そこまではいいが、シルフの相棒は人間だから寿命がつきて死亡する。その結果、この星は放置状態になって長い時を経て人間や亜人が住む世界になったってわけか。
そう都合よく人間が生まれると思わないから、人間が生まれるように何らかの操作をしたんだろうな……俺には想像がつかない何かで。
過程はよい。シルフ達は星を住める状態にして、人間を生み出し、言語の魔法陣をセットした。おそらく……星を住める環境にした超巨大な魔法陣もあると思う。
「シルフ。この星の環境が激変するってことはないのかな?」
「大丈夫と思うわよ。これだけ長い時間が過ぎても変わってないようだし。おまけの言語の魔法陣もそのままでしょ」
「確かに。しっかし……壮大過ぎてもう何がなんやら」
「ふんふん。理解してもしなくてもいい話だから、いつものように軽く考えておけばいいんじゃない?」
「そうだな。そうすることにしよう。この話はもうこれで終わりだ。ははは」
「クスクス」
突然シルフが声をあげて笑い始めた。四枚の羽もものすごい高速でパタパタしてる! 何が彼女のツボに入ったんだろう。
「シルフ?」
「あ。ああ。ごめんね。あいつを思い出したから」
「君の相棒か」
「そうそう。いまのあなたみたいに悩まず、切り替えちゃうのね」
よっぽどポジティブな人だったんだろうなあ。そうでないと、シルフと二人でテラフォーミングしようなんて思わないか。俺だったら孤独死するよ。
「ありがとう。話はそれだけだよ。君は相棒のことをよほど好きだったんだな」
「……そんなんじゃないわよ! もう」
なんと分かりやすい。シルフは頬を膨らませて顔を真っ赤にしてプンスカしている。いや、もうその態度でお腹いっぱいだ……
AIと人間の恋か。時代は変わるなあ……
シルフ達は魔力の使い方も把握しているし、きっと魔力を使って惑星環境を整えたんだろうな。
あ。シルフが涙目で俺を睨んでる……話題を変えねば!
「そういや。この星って元々どんな星だったの?」
「そうね。あなたの知ってる星で言うと……金星にちかいかしら」
「灼熱の惑星だったんだ……」
「ふんふん。私にかかれば大したことないわよ」
「君の相棒も頑張ったんだろうに……」
俺がシルフの相棒のことを口にすると、彼女はハアとため息をつき「あいつは全く使えないのよね……」とか呟いてる……ひょっとして今の俺とシルフの関係に近いんだろうか。
シルフの相棒は全く知識が無くて、全てシルフ任せ?
あ。ありえそうだ……
俺はまた騒ぎそうになったシルフをどうにかなだめると、その日はそのまま就寝することとしたのだった。
とんでもなく壮大な話になってしまったけど、俺の日常には全く影響がないから今日の事は忘れることにしよう。明日からベリサリウスとエリスの結婚式の準備が始まるからな。
そっちへ意識を向けよう!
「あ。そうそう。
銀の板からシルフの声だけが聞こえる。
「んん?」
「英雄召喚の魔法陣……この文明もなかなかやるわね。あの発想は天才よ」
「そうかあ。シルフがそう言ってたと本人が知るときっと喜ぶよ。ありがとう」
「……ふんふん。まあ、人間にしてはだけどね!」
恥ずかしくなったのか、シルフの声はこの後聞こえることはなかった。そうか。この星を住めるように改造し、エルラインでさえ読み解くのに数年かかった言語の魔術の魔法陣を独りで構築したスーパーコンピューターであるシルフが褒めてるって本人が知ったら喜ぶぞ。
故人だから、伝えることはできないけど……俺は少し残念に思いつつも、エルラインの偉業を認める人がいて嬉しくなる。
俺は少し幸せな気分でベッドに寝転がっていると、すぐに意識が遠くなってきたのだった……
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