第161話 英雄召喚のコスト
しばらくそうしているとエルラインは落ち着いたようで、自分で俺から離れる。
「ピウス。ありがとう。彼の意図を知ることも目的の一つだったけど、もう一つの目的……英雄召喚の儀式についても完全に理解したよ」
「そうか。銀の板を作成した人物を呼べそうなのかな?」
「特定の人物を抜き出すのは難しいね。計算が複雑過ぎて……英雄召喚自体は僕でも出来るよ」
シルフは確か出来るって言ってたよな。彼女は高性能コンピュータだからなあ画像処理のレベルが違うってことか。
でもエルラインにとって、銀の板の人物なんかより呼びたい人がいると俺は思うんだけど……
「エル。エルライン自身を呼び出すことって出来ないのかな?」
「銀の板を持ちこんだ英雄ならできるかもしれないね。英雄召喚は故人を呼び出すから理論上は可能だけど……この召喚は故人に死の直前までの記憶と若い肉体を召喚者に与えるんだよ」
うん。それはシルフだったかエルラインのどっちかに聞いた記憶がある。エルにとってエルライン自身を呼び出すってことに執着はないんだろうか……彼の話を聞いている限りアルカエアにとってエルラインは唯一無二の親友だったんじゃないのかな?
ひょっとしたら恋人同士だったかも?
「エル……君はエルラインを呼び出したくはないのかな?」
「故人は故人。全く接点のない者ならともかく、故人と故人の知り合いが再び会うことには賛成しないかな。故人は偲びこそすれ会うものじゃないよ」
達観してるんだなあ。俺だったら死者ともう一度話が出来るなら、話をしてみたい。そうかあ。シルフに頼んでみようと思ったけどやめておこう。
「そうか。エルの考えは分かったよ。ありがとう」
俺が礼を言うと、エルラインは肩を竦め石の棺から立ち上がる。
「英雄召喚の儀式が聖王国で行われた場合、すぐ感知できるようにしておいたよ。後、ミネルバ達に声を送った人物も僕が特定し追跡の魔術をかけておくよ」
「え、そこまでしてくれるのか……」
「なあに。ここまで君に付き合ってもらったんだ。これくらい当然だよ。あと何だっけ……知りたいことって?」
「知りたいことは、英雄召喚を聖王国が行うのにどれだけ手間がかかるかってことかな」
英雄召喚をポンポン行えるのだったら、今回の敗戦で反攻したいと聖王国が考えた場合、破れかぶれになって英雄召喚を行うかもしれない。
英雄の世界に与える影響力は非常に大きいってことは俺達自身、身をもって分かっているし……
「確か……数年かけて五人だったっけ。それでも彼らにしては良くやったと思うくらいだよ」
「つまり……」
「相当数の人数を集めて魔力を供給しなければ英雄召喚は行えないだろうね。エルが作った魔法陣は外部魔力を使うように出来ていなかったから」
「恐らく……ワザとそうしたんだろうなあ。召還に膨大なコストをかけさせたうえに、味方になるか分からない英雄。でも巨大な力を持つから……」
「そうだね。覇権を取り驕る聖王国を嘆いたエルラインが、魔法陣をそのように作ったんだね」
覇権を取った聖王国にとって英雄召喚は必要ないはずなんだけど、さらなる栄光やら野心を求めて英雄召喚を行う。英雄はとんでもない力を持つから覇権国家からすると権威付けにもいいし、残った国を亡ぼすのに使うのもいい。
欠点はもちろん分かった上でだ。その驕りが今回の敗戦を招いたんだけどな。
「ごめんごめん。話が逸れちゃったな。どれくらいのコストがかかるものなの?」
「一般的な魔力を持つ人間を数百人分……そうだね……それを半年以上続けて魔力を集めないと実施できないくらいかな」
「……思った以上に資金がかかりそうだな……それは」
「うん。供給する側も魔力を与える為の魔術を覚えないといけないから、人材を育てるだけでもものすごいコストがかかるよ」
「なるほど。それだけのコストがかかるなら、破れかぶれになって英雄召喚を行うってことはしないか……いや、カエサルがさせないな」
「ああ。彼か。彼に注意喚起しておけば問題なさそうだね。召喚のコストも伝えておくといいよ」
英雄召喚は一発逆転可能な力を秘めているから、状況打破の手段に聖王国が全てをなげうってでも実行する可能性がある。例えば、銀の板の英雄が聖王国に力を貸したとすれば戦況が一変するだろう。
英雄召喚の儀式を阻止する政略はカエサルに任せることにしよう……人任せだけど、カエサルに英雄召喚の危険性を伝えれば対応してくれるはずだ。
◇◇◇◇◇
俺はエルラインに自宅まで転移魔法で送ってもらい、風呂に入ってから自室へと向かう。
いやあ。エルラインの正体には驚いた。彼は俺に自身の過去を語ってくれた。どこが気に入られたのか分からないけど、話をしてくれて彼の気持ちが少しでも良い方向に向かってくれるなら嬉しい。
俺はベッドに寝転がり、銀の板を手に取る。
するとすぐに、銀の板から緑色の髪をした俺の膝くらいまでしかないサイズの妖精……シルフが四枚のトンボのような羽を震わせ這い出して来た。
何でこんなホラーな演出をするんだ……シルフ……
「シルフ。普通に出てこれないの?」
「こっちの方が面白いじゃない? まあ、いいわ。英雄召喚の魔法陣は全て解析済みよ」
「マジかよ! エルラインも魔法陣を全て読み取ったみたいだけど、シルフも終わってたのか……」
「何言ってるのよ。そのエルラインって娘は生き物としては破格の処理能力を持つけど、コンピュータと比べるなんてナンセンスよ」
それは分かる。どれだけ優れた計算能力を持つ人間であっても、円周率の計算スピードをコンピュータと競って勝てるわけがない。俺の時代にあったコンピュータでさえそうなんだ。
人間とそん色ないほどのAIを持つコンピュータの処理能力は想像を絶するだろうな……
「あれ。エルライン。娘?」
「違うの? あの子の魂は女の子だったけど?」
「分かるのかよ。先に教えておいてくれよ!」
「聞かれなかったから。何か言うことある?」
「ちくしょう! そう言われたら何も言えねえ。エルラインの魂を調べてくれとも言ってないし、その発想もなかった」
俺がため息をつくと、シルフはニヤニヤとした顔で飛び上がり、俺の腹に三角座りをする。少し悔しくなった俺は、起き上がるとベッドに腰かける。
ホログラムぽいのに俺の腹から転がり落ちたシルフだったが、気にもせずに俺の肩へ腰かけて両足をブラブラと上下に揺らした。
「英雄召喚の儀式を簡単に説明するわよ」
「おお。助かる。エルからも少し聞いたけど」
「うん。私もエルとあなたの会話を聞いていたたから、それも踏まえて説明するわよ」
シルフの説明は俺に合わせてくれているのか非常に分かりやすい。英雄召喚の召喚システムは「過去のどこかから魂を引っ張ってくるもの」らしい。召還された魂は死亡するまでの記憶を元々持っているそうで、魂へ肉体を与え召喚が完了する。
肉体は膨大な魔力を使い、魂に刻まれた肉体情報を元に構築される。
「ふむふむ。シルフ。疑問点が二つある。一つは地球とここブリタニアは同じ世界なのか。もう一つは魂の情報から肉体が作られるなら俺の体はどうなってんだという疑問」
「あなたが理解できるようにと考えると……そうね」
シルフは首を左右に振ってから、俺の顔の前まで四枚の羽を震わせて飛行すると右手を振るう。
すると黒板ぽいボードが出現し、いつのまにか彼女は指揮棒みたいな細い白い棒を手に持っていた。
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