第162話 シルフ先生
シルフは黒板に真っすぐ横の線を引き、線の右端から放射状の何本もの線を引っ張る。ホウキ? かなこれ。
「シルフ。それってホウキ?」
「
ため息をつくシルフに、俺は曖昧な笑みで応じる。貧困な発想……確かにそうだけど。そんな呆れた顔をしなくてもいいじゃないか。
シルフはどこからか取り出した三角形の眼鏡をかけてから、胸を反らし講義をはじめる。
「この一本の線があなたのいた世界と思って。左が過去で右が未来」
線をなぞる様に左から右へ手に持った白い棒を動かすシルフ。
「ふむ。右端まで進むといくつにも道が分かれると」
「そう。過去は確定しているけど未来は無限に可能性があるのね。ここまではいい?」
「ああ。そういうことか。だいたい分かったよ」
「そう。じゃあ。あなたが過去から呼び出されたってことは分かった?」
「うん」
つまりこういうことだろう。俺の住む世界からありえたかもしれない未来の一つがブリタニアってわけだ。どこをどうなったら魔法のある世界になるのか想像もつかないけど……
話が複雑になるが、ブリタニアにつながる過去だって一つじゃないってことか。無限に分岐した世界につながる過去も一つじゃないかもしれない。一つの世界を紐とすると未来へ行くほど紐は分裂し、また絡まることもあるだろう。
「もう一つの疑問だけど……
「ほう。偉大な人物ほど魂の質量が大きいってこと?」
「その可能性は高いわ。だから、英雄召喚の魔法陣には一定量以上の魂の重さを持つものを呼び出すようにできているわ」
「おお。俺の魂も重たいってことか。俺もなかなかやるじゃないか」
「喜んでいるところ、あれだけど。あなたの魂の質量は凡百の一人と同じよ。特筆して小さくもなく大きく無い」
「えええ! じゃあなんで呼び出されたんだよお」
「あなたとプロコピウスの魂は捻じれて繋がっていたの。体がプロコピウスでしょ。そういうことよ」
「俺はコバンザメってことか……俺だけ死後の俺じゃないものな……普通に生活してたし」
「不幸なことに、あなたの魂はプロコピウスの魂に引っ張られて生きたまま転移してしまったってことね」
「酷い……転移については今更もう何も言わないけど。来た理由が酷すぎる……」
なんてことだよ! これまで頑張って来たけど、不幸にも一般人の俺の魂が「たまたま」引っ張られて来ただけだったのかよ。
昔からプロコピウスの夢を見るってのも、彼の魂と俺の魂に繋がりがあったからだろう。
自分の転移理由が余りにもしょっぱい理由だったため、俺はため息をつき地面にうずくまる。
「で。
「あ。ああ。うん」
シルフに魔法陣を調べてもらった一番の理由は俺が帰還できるか見てもらうことだった。俺は急に明るい顔になり、彼女を見上げる。
妖精風の衣装の下半身はスカートになっていて、空を飛ぶシルフを下から見上げた俺は彼女のスカートの中が見えてしまう。
何も履いていない。まあ、いいんだけど……
「何見てるんだか……あなたにはいっぱい彼女がいるでしょう……」
「い、いや。意識して見たわけじゃないって。たまたまだよ!」
「ふうん。まあいいわ。で、
「え? いつって? 戻れるの?」
「ええ。魔法陣を解析する前に言った通り、引っ張ることが出来るなら元に戻すことも出来るはずでしょ。実際解析した結果、問題なく実行可能よ」
「おおお。戻れるのか……少し考えさせてくれ……」
シルフと英雄召還の魔法陣について会話した時、彼女は「ここへ来られたんだから戻れる」と言っていた。実際に魔法陣を解析した彼女は、あの時彼女が出した結論と同じ、「戻れる」と言っている。
元の生活に戻れる。転移直後は戻りたくて仕方がなかったけど、今は少し違う。戻れる可能性をシルフから告げられた時にも考えたことなんだが、こちらの生活も俺にとって簡単に切り捨てたくはないんだよ。
どうすべきかはもう少し考えてからにしよう。シルフに頼めば戻れる。元の世界への帰還は悲願ではある。帰還方法を調査することは俺の目的だったものなあ。
ようやくここまで来れたことは感慨深い。
「あらそう。すぐ戻るのかと思ったけど。じゃあ私は端末に戻るわね」
「ありがとう。シルフ」
俺は端末にズリズリ吸い込まれていくシルフに手を振り、彼女の姿が完全に銀の板に引き込まれるまでじっと彼女を眺めていた。
それにしても、何でこんなホラーな演出するんだよ……出て来る時も帰る時も……
彼女が消えた後、俺はベッドの脇にある机に銀の板を置いてからベッドに寝転がる。
一人になると考えてしまうなあ。どうしようかな。俺……
――突然、俺の顔を覗き込む誰かが目の前に現れる!
さっきまで誰もいなかったよね! 何だよこのホラーは!
ビックリしてベッドから落っこちてしまった俺は、立ち上がると俺を覗き込んで来た者へと目を向ける。
「え、エルか」
俺が気配のあったほうに顔を向けると、両手を腰にやり上半身を少し前に傾けたエルラインが立っていた。
「やあ。ピウス。さっきから何してるんだい?」
エルラインに見られていたのか……俺はブリタニアと地球のどちらを取るのか悩んでベッドをゴロゴロしていたのだ。
「いやまあ、少し悩みごとをだな」
俺の言葉に何を勘違いしたのかエルラインがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ始めた。この笑い方はきっと良くないことだぞ。
「まだ悩んでいるのかい? ティンとカチュアで? 彼女達は二人揃ってでも良いと言ってるじゃないか?」
ああ! やはりそっち系で俺が悩んでいると思っていたんだな。
戦争前にティンと話をしたが、俺はどちらも好きだ。選べそうにないんだよな。優柔不断で申し訳ないが……でも戦争後には答えを出すと言った手前……うわああ!
俺は頭を抱え悶絶する。
「どうしよう。エル」
「僕に言われてもねえ。どうも君の性癖のように思えるよ。何を悩んでるんだい?二人揃ってなのが彼女達にとっても幸せだと思うけど、君は彼女達の幸せを願わないのかい?」
エルラインの言葉に俺は雷で撃たれたかのようにハッとなる。
俺は自分の事ばかり考えて彼女達の幸せとか感情とかを考慮してなかった。なんともまあ自分勝手な奴だよ。俺は二人とも好きだ。彼女達も二人揃っての方が幸せになれると思ってるんだ。
じゃあ、何で俺はこれまで悩んでいたのか? それは俺の中に残る地球で培った倫理観からきている。ベリサリウスやプロコピウス(本物)ら古代の人間にも理解されない倫理観なんだよな……ただひとり俺だけが持つから余計拘っていたのかもしれない。
ブリタニアに残るのなら、こちらの習慣に合わせて行く方が良いはずなんだよな。逆に一人にこだわる俺の方が奇異の目で見られるという何ともまあ酷い逆転現象だ。
「そうだな。俺は彼女達の事を考えず、自分勝手になっていたよ。後で二人としっかり話すよ。ありがとう。エル」
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