第160話 アルカエア
複雑になってきたから少し整理しよう。聖王国にはかつて魔術から魔法を生み出した二人の天才魔術師エルラインとアルカエアがいた。理由は不明だがエルラインが亡くなり、彼の体にアルカエアの精神が入った。
アルカエアの体は今俺の目の前で眠っている少女ってわけだ。
「これはエル? 君なのか?」
俺が確認するように棺の淵に手をかけたままエルラインを見上げると、彼は口に手を当て首を少し傾ける。
「うーん。その体はアルカエアだね。その体に精神は入っていないよ」
「ややこしくなるから……エルの中にいるのはアルカエアの精神で、アルカエアの中には誰もいないってことだよな」
「うん。そういうことだよ」
「じゃあ。俺は君をアルカエア……アルと呼んだほうがいいのかな?」
「エルと呼んで欲しい。だってこの体はエルなんだから……君なら分かるだろう?」
エルラインは自分の体を両手で抱くように腕を動かし、俺をじっと見つめて来る。こういうところは少女っぽいんだよなあ……今まで意識してこなかったけど、確かにエルラインは少年らしくない仕草がたまにあった。
アルカエアは意識して元のエルラインのように振る舞っていたんだろうなあ。
彼が自身をエルと呼んで欲しいという気持ちは理解できる。俺だってこの体はプロコピウスだから、
アルカエアの場合は少し違うかもしれないけど……
「ああ。俺だってピウスと呼んで欲しいからね。同じだよ」
「うん。同じだね」
俺達は互いに顔を見合わせ笑い合う。エルラインはもう自身を隠そうとしないのか、今まで見せたことのないような満面の屈託のない笑顔を俺に向ける。
俺は彼の笑顔に思わず頭を撫でてしまう。いや、俺に男色の趣味はない。断じてない。
いつものように皮肉を言ってくると思ったエルラインは、意外にも目を細め、俺に撫でられるままになっている。
しかし、ハッと気が付いたように俺から離れると、いつもの嫌らしい笑みに顔が戻る。
「全く油断も隙も無いね。君は……本当は男でもいいんだろう?」
「い、いやそんなことはない……」
「ふうん。まあいいよ。アルカエア……アルの体を見せたんだ。僕の過去を少しだけ君に話そうじゃないか」
「おお。ぜひ頼むよ」
エルラインは再び石の棺に腰を降ろし、エルラインとアルカエアについて語り始める。
魔術から魔法を開発した二人は、貧しかった国が豊かになっていく姿に魔法を開発して本当に良かったと満足したそうだ。しかし豊かになり、誰もが魔法を使えるようになると聖王国は少しづつ変質していく。
聖王国は豊かになり飢えなくなり、余剰物資ができてくると、物資をお金に換えて軍事を強化するようになってくる。聖王国の兵士は魔法が使える為、周辺国に対し絶対的に優位な立場になり、ついに隣国を侵略する。
これに対し、エルラインとアルカエアは戦争の為に魔法を開発したわけじゃないと王へ抗議する。しかし、その頃になると王や貴族は二人を疎むようになっていた。既に魔法の技術は獲得し、浸透した。
巨大な力を持つ二人は魔法の開発者として聖王国内で絶大な人気を誇り、もし彼らが野心を持ったとしたら瞬く間に聖王国はひっくり返ってしまう。
よくある話だ。国が富み、余裕が出て来ると用済みとばかりに力を持ち国へ貢献した者を切り捨てる。権力者とは得てしてそんなものなんだよなあ。ブリタニアも地球とその辺りは変わらないのか……うんざりする。
二人に脅威を感じていた王は、逆に二人へ謹慎を命じ、魔法研究の指導者の立場をはく奪する。これにあきれたアルカエアは聖王国を去り、エルラインは研究に没頭し自らの館に引きこもることになる。
エルラインが研究していたのが、優れた資質を持つ者を召還する魔法陣――英雄召喚の儀式だった。彼は願う。自分とアルカエアは魔法によって飢饉から国を救うことができたが、その後に待っていたのは他国の蹂躙だった。
それでは彼らが願っていたことと違う。種族や力の持つ者、持たぬ者に関わらず平和共存できる社会。それがエルラインの望みだったという。
だから、優れた資質を持つ者をエルラインは求めた。
しかし、彼の研究が完成した頃を見計らって彼は不意を打たれて殺害されてしまう。
アルカエアが急いでエルラインの元へ戻った時には既に彼は物言わぬ躯になっていた……アルカエアは怒り狂い、彼を殺害した聖王国兵数百人を燃やし尽くし魔の森へと引きこもった。
アルカエアは聖王国の王を含む貴族や兵士全てを殺しつくしてしまいたかったが、エルラインの遺体が傷まぬよう早急に処置を取る為に彼の遺体を優先したから、聖王国の被害は数百人ですんだという。
その後、アルカエアの精神をエルラインの遺体に移し、魔力で動く死体――リッチとなり今に至るというわけだ。
「なるほど……経緯は分かったよ……酷く悲しい事件だったんだな……」
「済んだことだよ。今となってはもう何も彼ら聖王国に思うところはないよ」
「そうか……エルの中で整理はついたんだな」
「うん。ただ僕はエルラインの作った英雄召喚の魔法陣を見に行く踏ん切りがつかなかったんだ。君を見て、僕も踏み出してみようって思ったわけだよ」
「そうか……俺なんかがきっかけになったのなら嬉しいよ」
「……もう何も言わないけど。まあ、魔法陣を見て、エルラインが何を考えているのか考えたわけだよ」
確かエルラインは魔法陣を見て「憎かったのか、希望を託したのか」って言ってたな。魔法陣に何かメッセージがあったのかな。
「魔法陣に何か書いてあったのかな?」
「正確にはメッセージではないけど、君が大雑把に理解するなら魔法陣にエルラインの言葉が書かれていたと思ってもいいよ」
「なんて書いてあったんだ?」
「平和を願うと……」
「そうか。エルラインは平和を願っていたんだな」
「もう一つあるんだよ。召還される者の条件に聖教徒を除いていたんだよ」
「それって。聖教徒じゃあ平和を構築できないって言ってたのかな」
「本当の所は分からないさ。ただ。僕には彼が憎しみと希望、どちらの気持ちで魔法陣を作ったのか分からなくなってしまった」
エルラインは聖教のありように絶望したのだろうか。聖王国の仕打ちに憤慨したのだろうか。いや、そうならば自ら滅ぼせばいいんだ。しかしそれをせずに研究に没頭した。
彼はうすうす気が付いていたかもしれない。このまま引きこもっているといずれ処刑されると。いや、違う。彼はワザと刃に倒れたんだろう。
考えてみると明確だよ。彼ほどの実力者を殺害できる者なんていないだろう。彼は自らが災いとなるとでも思ったのか? 分からない。それは彼にしか分からない。
でも、魔法陣を作った気持ちは分かる……
「エル。魔法陣は希望を込めて作ったものだよ」
「……そうかな……」
「うん。それだけは間違いない。だって、彼は最後まで誰一人手にかけなかったんだろう?」
「……そうだね……僕はなんて……何故今まで気が付かなかったんだ……魔法陣を見るまでもなかった……」
エルラインも俺と同じ考えに至ったようだ。憎しみから魔法陣を作ったのなら、彼は殺されていない。つまり憎しみからじゃないってことに。
俺は震えるエルラインをギュッと抱きしめ、彼の背中をさする。大丈夫。大丈夫と言い聞かせるように。
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