第151話 戦争開始
いよいよ決戦だ。俺たちの布陣は連結した馬車に兵を詰め込み、左右の馬車の切れ目には盾を持たせた兵を配置している。馬車の裏側にも兵を控えさせ、ジャムカや俺の率いる飛竜部隊もここに配置された。
前方の塹壕にも僅かな兵を置いてはいるが、様子見の後すぐ引かせる予定になっている。
声を大きくする拡声のオパールと遠隔会話のオパールは百人以上を統率するリーダーに全て持たせている。こうすることで、ベリサリウスの指示が全てリアルタイムで伝達されるのだ。
遠隔会話のオパールは顔を思い浮かべた一人にしか伝わらないから、伝える順番が決まっていて、上流から下流にうまく伝わるように訓練を繰り返した。伝達に不備はないぞ。
中世レベルの部隊ながら、情報共有については近代レベルに達しているんだ。これは大きな……とても大きなアドバンテージだぞ。
俺たちは既に情報戦で完全勝利している。聖王国の兵数はもちろん指揮官の特徴から性格、容姿を把握しているし、敵兵の装備、物資も全て筒抜けだ。
飛竜からの偵察は本当に優秀だ。加えて、ハーピーは人間に比べて目が良い。聖王国が確認できない上空から彼らの情報を全て一方的に取得できたんだよ。
聖王国の斥候ももちろんこちらに来たが、見せてよい部分だけ断片的に晒したからこちらの数と装備くらいは伝わってるだろうな。
ベリサリウスが馬車の上に立ち、遥か遠くに影だけが見える敵影を睨みつけている。
もう間も無く、俺が飛竜に乗り奴らへ開戦の合図を告げに行くのだ。
俺と共に飛竜に乗るのは、目がいいハーピーのティンとエルライン。正直エルラインだけでいいのだが、エルラインの所属はローマではなくあくまで外部協力者。
俺たちが命令する立場になく、ベリサリウスも好きに動いて良いとお達しを出しているから役目を依頼していないんだ。
ま、まあ。何も言わなくても俺について来てくれるけどね。
さあ、ベリサリウスが馬車の上で両手を広げて演説の姿勢に入ったぞ。いよいよだ。
「諸君! この戦いはただの通過点だ」
ベリサリウスはそこで言葉を切り、ゆっくりと俺たちを見回す。
「勝利は約束されているのだ。肩肘張らず行こうではないか! 勝利は既に我々の手にある! このベリサリウスが君たちの勝利への案内人になろう!」
ベリサリウスの演説が終わると、大歓声が巻き上がる。
「応!」
「ローマ万歳! ベリサリウス様万歳!」
「連合軍に勝利を!」
それぞれが雄叫びをあげ気合い充分!
そうだ。全ては戦争芸術ベリサリウスに任せておけばいい。彼の指示する通り気楽に動けば、自ずと勝利はついてくる。彼こそ最大にして不世出の戦術家。この世に敵う者はいない。
俺はグッと拳を握り締めるとティンとエルラインへと目をやり龍形態になったミネルバに乗り込む。
◇◇◇◇◇
ミネルバにティンとエルラインを乗せて、彼女を中心に飛龍が付き従う。手持ちの荷物はギリシャ火に長いロープを全員が持っている。飛龍の騎手は全員リザードマンだ。
ちょうど聖王国軍も進軍を始めたようで、重装備の兵士に合わせてゆっくりと俺達の陣地にある塹壕へ向けて前進している。
俺が右手をあげ、攻撃の指示を行うと、飛龍隊全員はギリシャ火の入った壺を構え臨戦態勢になる。聖王国軍の上空まで進んだ時、俺が手を降ろすと飛龍隊は次々にギリシャ火の入った壺に火をつけて聖王国軍へ投げ入れる。
「ティン。彼らがどう動くか見ていてくれ」
俺は背中にしがみ付くティンに指示を出すと、彼女は地面に落ちたギリシャ火の様子を凝視してくれている。
「ピウス様。大きな盾で防御しています」
俺の目からではハッキリ確認できないが、大盾を構えていることは分かる。ん、炎が燃え広がってこないな。
「ティン?」
「ええと、地面に落ちた燃え盛るギリシャ火に盾を被せて火を消しています」
なるほど。よく考えたな。ギリシャ火は水をかけても消えないどころか燃え広がる。そのまま放置しておいても爆発的に燃えるから、あれだけ兵が密集しているのなら、酸欠で倒れる兵も出て来るかもしれないほどだ。
そう。酸欠を利用して火を消したんだな。たき火の後に砂をかけて火を消すようなものだ。酸素が無くなると、火は消える。まあ、当たり前といえば当たり前だけどギリシャ火対策に大盾ってことか。
ちゃんと俺達の作戦を知っていて対策を練っている。急ぎベリサリウス様へ報告しないと……
俺は遠距離会話のオパールを握りしめ、ベリサリウスの顔を思い浮かべる。
<ベリサリウス様。彼らは盾を使い火を消してきました>
<プロコピウス。了解した。想定通りだ。飛龍隊は撤収だ>
ベリサリウスは相手も無策でこの戦いにもちろん挑んでこないと考えていたから、彼のこの反応は当然だろう。
逆に何の対応もしていないようだったら、ギリシャ火を飛龍と騎兵で彼らの軍団を覆うように燃やし酸欠で倒れたところに弓矢で攻撃すれば終わる。
まあ、そこまで甘くはないってこだな。
<ベリサリウス様。了解しました>
聖王国がギリシャ火対策を行ってきた場合、俺達飛龍隊は撤収することが事前に伝えられていた。飛龍隊は後の局面で使うことになるとベリサリウスは言っていた。
戦況次第では使わないかもしれないとも言っていたが……
「ミネルバ。一旦馬車の裏まで戻る」
俺がミネルバに伝えると、彼女はゆっくりと馬車の方へと旋回し、飛龍隊も俺達と同じように方向転換し馬車へと向かう。
次のポイントは塹壕だ。聖王国軍が塹壕まで進む頃、ミネルバに乗った俺達だけが偵察に向かう。
聖王国軍は炎弾を撃たず大盾を構えながら、進軍してくる。
なるほど。炎弾は撃たないか。俺は遠距離会話のオパールを握りしめ、塹壕の中にいる傭兵団のリーダーの一人に撤退するよう伝える。
彼らがどのような戦い方をするのかを見るのがこの塹壕の役目で、そのまま前進してくるってことが分かった。
炎弾は使う場面で集中して使うつもりなんだろう。どこで使ってくるのかはベリサリウスならば予想がついてるかもなあ。
俺が戻ると、ベリサリウスとジャムカが真剣に言葉を交わしていた。何か行うのかな?
二人は俺の姿が目に入ると手招きして俺を呼ぶ。俺は急ぎ彼らの元まで駆け寄り敬礼する。
「いかがなされました。ベリサリウス様。ジャムカ殿」
「接敵する前にジャムカ殿に行ってもらおうと相談していたのだ。プロコピウス」
ベリサリウスはジャムカを
「騎兵同士やり合うのですね」
俺がベリサリウスに確認を取ると、ジャムカが口を挟んでくる。
「おう。カミュの奴らは任せておけ。ベリサリウスさんは聖王国騎兵を引き付けておくだけでいいってよ」
つまり、ジャムカ達は騎兵を引き付けることに集中し、こちらの戦場には戻ってこないってことか。カミュの騎兵を無力化できれば、こちらはジャムカの騎兵がいなくなったとしても辺境伯の騎兵千名が残る。
ジャムカの二千で、カミュの五千が無力化できるなら、おつりがくるだろう。
しかし……大丈夫なのか……
俺が心配する顔を見て取ったのか、ジャムカは俺の背中を力強く叩く。力強過ぎだろ……痛いって……
「心配するなって。軽く捻ってやるさ」
ジャムカはガハハと笑い、俺達に背を向ける。
「ジャムカ殿。ご武運を!」
俺がジャムカの背中に向かって呟くと、彼は左手を軽く上げて俺へ応じる。
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