第150話 聖王国の布陣

――ムンド

 聖王国軍は順調に行軍を行い、いよいよジェベル辺境伯領の決戦の地へと到着する。斥候の報告では敵兵力はおよそ一万八千。簡易的な防御陣地を構築していると情報が入った。

 防御陣地は穴を掘っただけの堀の奥に、連結した馬車を並べていると奇妙なものだそうだ。馬車を城壁に見立てているのだろうが……馬車では城壁の代わりにはならないことは明らかだろう。

 

 聖王国軍の炎弾の一斉射撃であっさりと燃え上がると思うのだが……しかし、防御陣地を作成したのはあの男――ベリサリウスだ。無策というわけではないだろう。

 

「ナルセス様。どう思われますか?」


 私は馬車に乗るナルセス様へ窓越しに馬の上から声をかける。

 

「そうですね。一番望ましいのは、ベリサリウスさん達がこちらへ攻めて来てくれることですね」


 ナルセス様は柔和な笑みを浮かべ、人差し指を口に付け首を傾ける。

 ナルセス様がおっしゃることはもっともだが、聖王国軍に「待つ」選択肢を選ぶことは難しい。なぜならお互い何日も睨み合うほどの食料を準備することが出来なかったからだ。

 敵の倍以上の兵力で短期決戦を挑み、粉砕することを計画し決戦に挑むこととなっていたのだから仕方がない。これ以上の予算を使うとなると税率を上げねばならなくなる。それは誰も望んでいない事なのだ。

 税率を上げれば聖王国民の生活は苦しくなり、結局は私達にも不利益となる。

 

 辺境伯側はどうか? 彼らもあれだけの兵を集めたとなると懐事情は必ずしも明るいものではないだろう。しかし、我々より寡兵なので物資の維持も我々よりは少なくて済むはず。

 何より、待ち構える為に陣地まで作っているのだから、充分な物資を既に準備していると見るのが自然だろう。


 カミュ様とダリア様は一体どんな戦術で辺境伯とラヴェンナ連合軍に挑むんだろうか。幸い今晩の作戦会議に呼ばれているからそこで聞くとしよう……

 

 その日私達は行軍を続けると、決戦の地へと到着する。

 私は直卒の聖教騎士へ指示を出し、野営の準備を始める。作戦会議を行う場については、カミュ様たちが天幕を準備していてくれている。この後、カミュ様からの伝令が私へ会議の開始を伝えに来てくれるはずだ。

 


◇◇◇◇◇


 カミュ様とダリア様を中心とした聖王国軍の層々たる幹部が一同に介すると天蓋の中とは言え圧巻だ。これだけの人物が集まっていてもナルセス様の様子はいつもと変わらず、柔和な笑みを浮かべ上品に座っている。

 正直な気持ちだが、この中の誰よりもナルセス様が大物に見える……決して口に出しては言えない事だが……カミュ様とダリア様はこの中で抜きんでた輝きを放っているが、ナルセス様ほどではないと感じてしまうのだ。

 

 それにあの二人……ベリサリウスとプロコピウス……奴らの存在感はナルセス様に並ぶ。私は奴らの顔を思い出し背筋が寒くなり肩を震わす。

 そうしている間にもカミュ様が中心となって、作戦の説明が進んでいる。

 

 聖王国軍の布陣は前列に重装備の兵と大盾を持つ部隊を配置し、後列から長槍で攻撃することを基本とし、長槍部隊の後ろにはまた大盾部隊が控えており、前列を後退させ兵を休ませることが出来る。

 また、前列で倒れた兵が出た場合にも後列の大盾兵が穴を塞ぐ。

 

 重装備の分機動力が悪いが、敵は防御陣地に引きこもるだろうから移動速度は問題ないのでは? と私は考えたがカミュ様には懸念点があるらしい。

 

「……というわけで我が軍の歩兵の機動力は低い。敵は馬車の後ろと馬車を護るように左右に陣を敷くだろう。我々はゆっくりと敵陣地まで前進すれば良い」


 カミュ様はここで一旦言葉をきると私たちを見渡し、肩を竦める。

 

「カミュ。君が先日戦った例の騎兵を警戒しているということだな?」


 ダリア様が長い赤髪をくしけずりながら、カミュ様へ彼の思っているだろうことを告げる。

 

「そうとも。ダリア。その通りだ。きっとどこかで草原の民が出てくるはずだ。数は二千。他に辺境伯の騎兵が千名いるのだが、草原の民と共に行動しないと思う」


 カミュ様が自身の考えを理解してくれたからか嬉しそうな顔でダリアに応じる。

 

「君の言いたいことは分かったよ。カミュ。君は騎兵を連れて草原の民と直接対決を行ってくれ。辺境伯の騎兵はこちらで引き受けよう」


「ダリア。恩に着るよ。奴らは二千とは言え侮れない。辺境伯の騎兵と共に行動してくれたほうがこちらとしては有難いのだがな……」


「噂に聞くベリサリウスが、軍団の強さは数だけではないことに気が付かぬわけはあるまい?」


 ダリア様はカミュ様へニヤリと微笑む。彼女は女性としては長身ではあるが、カミュ様と並ぶと見上げる形にはなる。

 カミュ様らのおっしゃることがようやく理解できた。兵力三千ではなく、わざわざ兵力分散の愚を犯してまで何故兵力二千の草原の民のみで攻めて来ると考えるのか。

 草原の民はカミュ様曰く、速度が聖王国騎兵と段違いらしい。速度だけでなく、方向転換する時の角度も小刻みで統一された動きもモノが違うとおっしゃっていた。

 

 草原の民の機動に辺境伯の騎兵はついていけないだろう。となれば、草原の民は辺境伯の騎兵へ動きを合わさねばならなくなる。機動力の利点を殺してでも兵力には拘らないだろうとカミュ様たちは議論していたのだ。

 つまり、草原の民のみの二千の方が脅威ということだろう。

 

「ダリア。君に歩兵全ての指揮を任そう。私は草原の民を必ずや打ち破って見せる」


「カミュ。君が敗れることは想像できないけど、劣勢になった場合はどうする?」


「その時は、草原の民を出来る限り引き付けておく。例え全滅しようともだ。君の戦いが終わるまでは」


 カミュ様はグッと拳を握りしめ。決意の表情を見せる。先日カミュ様は草原の民へ敗れているから、対応策をもちろん練っている。しかし、カミュ様も確実に勝てるとはダリア様の前で言い切ることはできないのだろう。


「了解だよ。カミュ。君の武運を祈る」


「少なくとも君の邪魔はしないさ……」


 カミュ様とダリア様は握手を交わし、お互いの健闘を祈る。

 この後、この場にいた全員へ今回の作戦行動が伝えられ、閉会となった。

 

 私は天幕を出た後ナルセス様を彼女専用の天幕まで案内し、控えていた彼女の侍女へ声をかけナルセス様へ敬礼を行う。

 

「ナルセス様。明日は必ずやお守りいたします」


「ムンドさん。そう硬くならなくても大丈夫ですよ。いざという時は私が聖教騎士団の指揮を執ります」


「了解いたしました。聖教騎士団三百名はナルセス様と共にあります!」


「よろしくお願いしますね」


 ナルセス様は柔和な笑みを浮かべ、私に礼をすると侍女に付き添われて天幕の中へと消えて行った……

 朝になれば戦争が始まる。私は踵を返し自らの寝床へと向かうのだった。

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